19日目 一段落 (後編)
マシロ達一行は、冒険者ギルドに足を運んでいた。
ギルドの扉を開け中に入ると、屈強な男からこちらをニヤニヤと見つめる輩がそのほとんどである。
「なんだありゃ? ここを奴隷の販売と間違ってるんじゃねぇか?」
この中で一番まともに見えるレイはメイド姿、その腕の中にはマシロ。更に後ろにはおどおどしている5人の若者。冒険者ギルドに来るには似つかわしくなかった。
「⋯⋯いらっしゃいませ。こちらは冒険者ギルドですが? お間違えではないですか?」
受付嬢もすこし不信感を抱いているようだ。
「えぇ、後ろにいる5人の冒険者登録をしに参りました」
「⋯⋯そうですか⋯⋯ただ、失礼ですが⋯⋯奴隷をつかうのなら、もう少し育てて使った方がよろしいかと⋯⋯」
「大丈夫だよ。この子達は立派なグルメハンターになってくれるからね! それに奴隷じゃないよ」
マシロが発言すると、受付嬢がすこしビックリしていた。
「グルメハンター? ぎゃはは、なんだそりゃ? そこら辺の家にいる鶏の卵でも納品すんのかい?」
ずいっと近寄ってくる大男。
「そんなオドオドしているガキより、お前達二人が身体はって稼いだ方がいいもん食べれるぞ? なんなら、俺の仲間達も呼んで一稼ぎさしてやってもいいぜ!」
マシロが受付嬢を見るが目を逸らす。
「ふむり。どうも冒険者っていうのは立場が分かってないのかな?」
「あぁ?」
「ギルドが仲介して依頼を受けてくれる人を探してるじゃない? なので、冒険者は受けてくれたお客様。なんで冒険者って偉そうなのが多いの? おまけに臭い」
「そりゃ決まってるだろうが! 冒険者の方が圧倒的にに強えぇからよ。こっちは困っているから手伝ってやってんだぜ? だから⋯⋯お前みたいな口が達者な奴に舐められる前にお灸をすえてやんだよ」
「すみません。口臭がひどいので、マシロ様に顔を近づけないでくださいませんか?」
レイが身体を捻って遠ざける。
「⋯⋯てめぇら二人とも、無事にここから出られると思うなよ⋯⋯」
「ま⋯⋯マシロ様? まさかこの水都の?」
受付嬢がすこし慌てている。
「マシロ? あぁ、この水都の蒼龍の事を言ってんのか? 馬鹿か! こんな抱えられてないといけないような子供(ガキ)のはずがねぇだろうが! あらかた名前でも変えてんだろ」
言い合ってる最中に、マシロは5人を手招きして受付の方にあった用紙を渡す。
「とりあえず、こっちに来て冒険者申請の紙書いといて〜」
「話おわってねぇんだよ! おまえら!」
レイを掴もうとした手は、肩の付け根からズルんと落ちる。
「ごめんね〜。まだ今日はやる事あるからさ。時間に余裕ないんよ。明日からはぐーたらできる理想の生活の為に!」
気合の入った言葉にレイが小さく拍手をする。
「おおおおお前! おれに! おれの! うでが!!」
「強いんでしょ? 私達をめちゃくちゃにしたいんでしょ? なら、おいでよ。この子達が登録用紙書き終わるまであそんであげるからさ」
レイからマシロがストンと落ちる。今日はネコさんスーツのマシロがテクテクと大男に向かっていくと、足を手でペシンと叩くとその足も付け根がバシャンと崩れ地面に転がる。
痛みもないが右手右足が無い大男は冷や汗をかいてマシロを見上げている。
「どうしたの? かかってくるなり距離を取るなりしないの?」
ちょこんと座り見下ろしながら言うマシロは不吉な笑みを漂わせている。
過呼吸気味のまま動く事ができなくなっている大男に、ペシンともう片方の手を更にもう片方の足も叩いて飛ばす。
四肢が飛び終わる前には、既に大男は口から泡を吹いて気絶をしていた。そして転がった足がテーブルをコツンと叩くと、それにびびった男が立ち上がろうとするが、動けない。動けない事を叫ぶとすでにこの場にいる全員が動けない状態である事に気づき、マシロの動きに注目する。
「鬼ごっこだねぇ〜。逃げなくていいのかにゃぁ〜?」
ニッコリと微笑んだマシロがトテトテと転がった足のほうに行くと、男が『くるな! くるな!』と涙目で懇願する。
「泣いているの〜?」
そのまま机に登り、男の涙に触れようとしたが、白目をむき泡を拭いてそのまま倒れた。
ギルド内は、パニックに陥る。動けない身体を必死に『うごけ! 動け!』と叫んでいる者もいる。
が、どれもマシロが近づくと、白目から泡を吹いて気絶をしていた。
「冒険者って、気絶すると泡を吹くスキルでも持ってんの?」
なんだか急に白けてきたマシロに、受付嬢が『あ⋯⋯あの! 冒険者登録完了しました』と呼びかけられて、レイの所にすぐに戻る。
「えぇっと⋯⋯冒険者ライセンスがこちらとなります。まずはFからはじまり、クエストをこなして行けば上がっていくシステムです」
ギルド内でガタガタと震えている男たちをチラチラと蒼ざめた表情で見ながら説明する。
「レイも冒険者登録しておく?」
「いえ、私は前の仕事で必要だったので登録は済ませています。ただライセンスはどこかに無くしたようです」
「な⋯⋯なら、ライセンスを再発行いたしますか? 再発行と登録料は⋯⋯ご・ご迷惑をおかけいたしましたので免除さしていただきます」
「⋯⋯なら、そうですね。お願いできますか?」
「で・では、こちらに血を一滴お願いします」
指を少し切り、そのまま言われた通り水晶に手を置くと受付嬢がさらに蒼ざめる。
「ランク⋯⋯S⋯⋯パ⋯パンドラ!! まさか、いままで一切詳細がご不明でしたパンドラ様?!」
「レイちん⋯⋯そんなに凄かったんだね」
「あ、いえ⋯⋯。私は元主人(ドレイク)に言われた依頼をこなしていただけですので、まさかギルドの依頼も含まれているとは知りませんでした」
どうやら、名誉が欲しい貴族(ドレイク)様が勝手に受注して勝手に行かしていたらしい。
「パ⋯パンドラさま⋯⋯」
「すみませんが、レイという名前で修正して頂けますか? すでにパンドラという裏(コード)ネームは終えています」
「かしこまりました。ただ、数十個の依頼報酬が受け取られていませんのですが⋯⋯このギルドだけでは支払うことができません」
ペコペコの必死に謝罪をする受付嬢。
「ちなみに金額はいくらぐらいいくの?」
「ええっと、ザッと計算して白金貨35枚と金貨7枚銀貨65枚です」
「ふ〜ん。おおいのかすくないのかよくわかんないね」
「マシロ様にとっては価値のないものですからね。ですが、すぐに用意できそうにないなら、間に合いそうにないので必要なさそうですね。なら、その報酬全額なんですが、このギルドで管理して頂けますか?」
「え? それは⋯⋯」
「そうですね。依頼という形で出しましょうか。未知なる食材、珍しい食材などを持ってマシロ様に納品した場合、それに見合った対価(ほうしゅう)として支払うようにしましょう」
『あなたが【神】か!』
マシロがものすごく嬉しそうな顔でレイを見つめる。
「い・いえ、マシロ様専属の秘書(メイド)ですよ」
まさかここまで嬉しそうにしてくれるとは思いもよらず、そのマシロスマイルに心を揺らされ照れるレイ。
「わ⋯⋯分かりました」
そして、この冒険者ギルドは後に『ハンターギルド』と名前を変える事になる。ハンターとは一般的に『グルメハンター』の事を示すようになり、肉、魚、魔石、魔物、果物、様々なグルメハンターに分かれる事になるのであった。他の都市にも噂は広がったが、少ない報酬などから水都以外で流行ることはなく、水都専門ギルドとなった。
ちなみに、手足をもがれた大男は、マシロ達が去った後に、手足の付け根がビチャビチャと奇妙に動き、あるべき場所に戻ると傷跡もなく元通りになったのである。マシロ曰く、『水都に害ないし、ただの時間(ひま)潰しだったからねぇ』との事。
次に訪れたのは布屋である。よくお金を入れる為に使われる袋を求めにいく。
「あるよ。いくつほしいんだい?」
「あるだけ」
ニコニコとマシロが即答する。
「あるだけって⋯⋯在庫あわせれば300近くはあるぞ?」
「ん〜少し足らないかなぁ。柄物など合わしたら幾つぐらいになるん?」
「350ぐらいだな⋯⋯」
「オッケー。じゃあ全部頂戴」
「お金あるのかい? 全部で約金貨一枚近くなるぞ?」
レイが金貨一枚を置く。
「お釣りはいらないからとっておいて。急な注文で迷惑かけたからそのお詫びだよん」
「いや、買ってくれるなら大助かりだが⋯⋯こんなに袋を買ってなにをするんだい?」
「ないしょ〜」
大量の袋を買って店をでると、そろそろ部屋割りも終えただろうと戻ることにする。
「お、マシロ。なにしてるんだ?」
ルイスに声をかけられる。
「買い物ついでに必要な準備〜」
「そうか、そういえばオウカが寂しがってたぞ。『最近食べにきてくれないから飽きたのかな』って」
「なら、あそこの宿り木にご飯作りに来て〜。街で困っていた子供達が住むようにしたから」
「あぁ⋯⋯さっきまでのアレは襲われていたのか⋯⋯てっきり遊んでいるかと思ったよ。すぐに子供達がいなくなり、静かになったと思ったら⋯⋯。あそこの巨大樹に行ったのか。了解。じゃあ、今日は店ではなくてそっちで飯つくるようにしよう」
「ありがと〜♪ じゃあ、またあとで〜」
巨大樹に戻ると、子供達が『おかえりなさい』と出迎えてくれた。
部屋割りが終わったに、基本となる挨拶とこれからの生活を話し合っていた様子。
程なくして、ルイス君達がきてくれた。
子供達の人数も多い為、かなりの量を作っていると、その匂いが風に乗り街に降りて行ったせいか次々と人が集まってくる。
椅子が足りなければ、木材屋が椅子を持ち、果物や他の食べ物屋も来て、どんどんご飯をつくっていくうちに、いつのまにか勝手にお祭り状態になっていく。
いつもより都内に人が少ない事に気づいた人達は、その話を聞き巨大樹に様子を見に行ってみる。
そして仕事をしていた人達も午前中で『休業』の張り紙をしていき、昼前には街全体がお祭り状態になっていき盛り上がりは更に増していく。
「あんれまぁ〜⋯⋯なんか凄いことになってるねぇ」
マシロは先程買った布袋を両手で出しながら次々と積み上げていく。
「いたー!! マシロさま! 一体何がどうやってこうなったのですか?!」
セッちゃんの登場である。どうやら祭りの話が城まで及んだらしく、止めようにも止めることができず、原因を探っていたらしい。
「どうもこうも⋯⋯勝手に盛り上がっただけで⋯⋯ウチはなんもしてないよ」
いくら蒼龍様でも、街の皆に仕事せずに祭りを開催せよ。と、力づくで強制しない限りはありえないと分かっていた。
ピコンと電球が飛び出て何かを閃くセッちゃん。
「マシロさま、良い機会です。このままお昼一番で皆さまに蒼龍として挨拶いたしましょう」
その言葉に嫌がる顔で答えるマシロ。
「それは良い機会かと。先程の冒険者ギルドのように理解していない愚者もいますし。一度挨拶をしてくださいませ」
レイからも圧力がかかる。
「⋯⋯う⋯うーん⋯⋯分かったよぅ。ただし、これきりだかんね」
セッちゃんは急いで戻り、アイラさんと再び現れたが、その手には幻想的なドレスを携えていた。
「素晴らしいですね。これは貴女が?」
レイもアイラの服の腕前に納得している模様。
この時点でマシロに着ないという選択肢は無くなった。
いつもの全身スーツを脱ぎ、ベースは白だが光が当たると蒼く煌めくドレス。ドレスとはいえ上は和服のようになっており下はフワリと膨らんでいるミニスカート。腰周りに大きなリボンがアクセントとして可愛らしくアピールされている。
「はぁ⋯⋯はぁ。最高!!!」
アイラさんが涎を垂らしながら壊れた。
それもそのはず、頭にはドレス生地と同じ大きな華のカチューシャ、長い髪は綺麗にまとめられ、薄らと淡いピンク色で化粧が施されている姿はまるで芸術品だった。
白と蒼の幻想的なそれに一歩も遅れを取らない珠の肌であるマシロ。それが三位一体となればだれもが驚く程の至宝の完成である。
「⋯⋯⋯⋯脱いでいい?」
マシロとしては猫さんスーツの方が良かった。こんなミニじゃ屈もうが座ろうがパンツ丸出しなので、さっきから執拗にレイが怒って注意してくるのである。
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昼一番、祭りの最中にドレス姿のマシロがみんなの前に現れると、全員時が止まったように凝視し固まる。
レイが地面を足で叩くと、地面が盛り上がり土台ができるのを登っていく。
皆が凝視する中、マシロがゆっくりと口を開く。
「あ〜あ〜、皆さまのおかげで、マシロはこの水都を無事に乗っ取り(?)が完了した事をお知らせ致します。知ってる人は知ってるでしょうがマシロは決して『蒼龍』ではありません。これはお姫様も了承しています。ただ、みんなとはこれからの共存生活を満喫していきたいのでよろりんです〜」
中身はいつものマシロのままであった。事前で蒼龍らしく喋る練習をさせられており、それを見事演技でクリア。本番は関係無いと言わんばかりに通常運転である。
セッちゃんのが口をぱくぱくさせながら蒼ざめていたが、みんなが喝采をしていたことにより、とっくに認められていたことをここで初めて知ったのである。
「あ〜、あと子供も大人も関係なく一人一つ、この布袋受け取って〜。今回のこの街にあった物だから皆で分ける〜」
そういうと、教育者と子供達が荷台で布袋を運び、次々と渡していく。
「ん〜なんだこりゃ?」
振ってみるとジャラジャラと音が鳴る。
「どうやらお金みたいだな」
これだけ人数もいる訳だし、10まいぐらいの硬貨だと銅貨あたりかと予想しながら、手で取り出すと一枚一枚が黄金色に輝いていた。
それを持った手が激しく震えている。貴族ならともかく平民が金貨をこんなに持つ事などありえない。ありえないが、自分の手の中にある硬貨が未だ理解できないのである。
恐る恐る顔をあげると、他の者も皆同じ様になっていた。
(それはそうだ⋯⋯)
だれがこんな大金を知らぬ奴らにポンっと渡せる? この世界、金なんていくらあっても困る事はない。そもそもザッとこの街には300人はいるから3000枚⋯⋯⋯⋯頭がどうにかなりそうである。
「マシロー? 渡されたのはいいけど、この金貨どうしたらいいんだ?」
一人の青年気軽に蒼龍殿に喋りかける。確か最近人気になっている料理屋のオーナー⋯⋯ルイスだったか⋯⋯。
(変な質問しやがって⋯⋯ころされるぞ)
これはこの方が忠誠度を図る為に用意したものであるはずだと確信する。黙って持ち逃げするなら処罰され、全てを返還するように無言でいっているのだ。そこで蒼龍様といい威厳を皆に知らしめる⋯⋯そう思ったのだが、次の言葉に愕然とした。
「普通に自分の為に使ったら〜? 店舗増やすとか、器具増やすとか改装するとか好きにしたらいいよ〜。子供達でいえば、お金の使い方を学べばいいし。あ、ただ欲張って二つ取らない方がいいよ。動けなくなるし、動く為に中身を減らす罰(わな)を仕掛けてる〜」
関係性が親族か何かかと思う程⋯⋯フレンドリーな接し方なのであった。
「あっぶね〜。いっぱい取ろうかとしたけどしなくて良かったわ」
そう言いながら、ケラケラと笑いながらルイスは作業に戻っていく。今のやり取りはわざとらしい素振りだったが、これは欲張るかどうかの警告(せんたくし)のように聞こえたのであった。
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