17日目 パンドラとマシロ 【4】
「⋯⋯⋯⋯レイ⋯⋯貴女は、あの爆発で死んだはずです」
彼女に仕組んでいた魔石。あのおかげで彼女の思考は読めていた。そして爆発と同時に通信機が破裂した感覚が確かにあった。
「えぇ。あの時、間違いなく私は死にましたよ。まさか脳から爆発し頭蓋骨の内側から破裂する感覚を体験するとは夢にも思いませんでしたが」
「ならば、お前は何者ですか? 死んだ人間が生き返るわけがありません。もし生きていたとして、ここまでどうやって来たのです?」
「跳躍で来ましたよ? あそこーー水都にあるマシロ様のお部屋。城の屋上にある庭園といえばよろしいですか? そこから炎が見えたことを確認しましたので一回ジャンプしただけです」
空を指差しあっけらかんと黙々と答える。
「ありえない! それは矛盾しすぎている。死んだ人間がなぜそこに行っているのです!!」
「繋ぎ止める術⋯⋯この名は既に竜言語魔法として一括りにされ失われていますが、マシロ様がその術を利用して、旧身体(ほんもの)=新身体(にせもの)だったのを逆に致しました。簡略していえば、今まで使っていた本物の方に術として一時的に入っていた状態にした訳ですね」
「にせものの身体だと⋯⋯」
「あぁ、いえ⋯⋯偽物といっても細胞の一片すら本物と全く同じですよ。むしろ前とは違い傷一つない健康体ですね」
「ふざけるな! そんな事ができるわけがないし、それにそんなに簡単に作れるものでもないだろう! そんな事ができるなら既にそれは『神』以上の存在だ!」
「都市龍というのは『神』として崇められていますよね。まぁ、ここ数日間ほどじっくり時間をかけ培養したと聞いています」
「数日間⋯⋯? 培養? 何のことを言っている? 彼女と会ったのは今日が初めてでしょう?」
「いえ? あの醜豚(ベンジャー)を処理している時にある意味出会っていましたよ。アレに殴られている時には既に私の中へ入られていましたので」
「な⋯⋯何を言っている⋯⋯? 私には貴女(レイ)が何を言っているのか分かりません。それに今日ーーたった数時間前に殺し合ったばかりでしょう?!」
「⋯⋯それについてはノーコメントで。要するに、あの夜から今日まで貴方(ドレイク)様は一人で踊っていらっしゃっただけの話です」
ノーコメントという割には何かを思い出したのか少し恥ずかしそうにしていたが、すぐに元に戻る。
「そ⋯⋯そんな事⋯⋯そ・そうだ! あの5つの命に関して貴女は何も知らなかったでしょう?!」
「えぇ、命はあるとしか知らされていませんでした。マシロ様は『ん〜細胞はなんとか取れるから、たぶんいけるんじゃない?』と仰られてたので、それに賭ける事に致しました。そもそも私達には選択肢がありませんでしたので」
「は? 流石に命までは⋯⋯なんだ⋯⋯その『たぶん』と言う発言は! 馬鹿にするのも大概にしろ!」
「なんと言われましても、貴方にとってはとても残念な事ですが⋯5人の命も無事を確認済みです。私と同じですよ。肉体が死ねば術が解け、元の肉体に戻る」
「ありえない⋯⋯そんな事は⋯⋯」
頭(こうべ)をたらし、ショックを受けるドレイクだが、指輪を見た瞬間に生気を取り戻す。
「まだ何かありますか?」
「あぁ、お前は蒼龍を迎えに来たんだろう?」
「そうですね」
「ならば、蒼龍が入っている装置の説明はしたな?」
レイはピクっと反応する。
「反応したって事は覚えているな。今、装置の酸素量をかなり低下した。これを止めて欲しければさっさとコレを解け」
「はぁ⋯⋯お好きにしてください。まだ、そんなしょうもない微かな希望に縋れる余力はあったんですね。今、言いましたよね? 一人で踊っていたと」
「くそが! ならば、後悔しろ! 苦しみのたうち回る蒼龍の姿をな!」
「終わりましたか? では、マシロ様でも起こすとしましょう」
レイがまるでマシロの位置を分かっているかの様に馬車の中に入っていくと、荷台をバキリと破壊しながら装置を片手で担ぎ上げ降りてくる。
「確認いたしますか? 気持ちよさそうに眠っておられますよ。それとも酸素量をまだ減らしていらっしゃらなければ、今からでもどうぞ?」
とっくにやっている。酸素量はすでに空であり真空状態まなっているはずだが、目の前にいる蒼龍(マシロ)は、熊のスーツ姿でまるで冬眠中かのように丸まって寝ているではないか⋯⋯。
「ありえない⋯⋯こんなことは」
「⋯⋯⋯⋯もう、よさそうですね。マシロ様、お迎えに上がりました」
装置をコンコンと鳴らすが返事はない。
「⋯⋯⋯⋯あら? これはいけませんね。完全に寝床として満足していらっしゃる」
どうやったら無理やり起こさずに起きてもらえれるか考える。
「そういえば⋯⋯マシロ様は食べる事がお好きの様でしたね」
背中の黒槍が一本地面に刺さると地面から樹が巻きついていく。それはみるみる成長してレイの身長より少し大きくなると、りんご程度の一つの虹色果実がなり、それを少し嬉しそうに収穫すると樹はパラパラと崩れて消えていく。
「マシロ様、妖精しかつくれないと言われる生命果実(アンブロシア)ですよ〜。この世界にいる殆どの人間が食べたことのない逸品なはずですよ〜」
表面に爪で軽く傷をつけると、とても豊潤な香りが当たりを包み込む。
「⋯⋯⋯⋯ふファ!」
マシロが眠りから覚めるとガラス越しに見る果実に目を輝かしていると、ズルリと液体状になり底の穴から外に出る。
「⋯⋯穴だと?! 一体⋯⋯いつから⋯」
ドレイクは、驚きながらも酸素量が減少しない原因を理解した。密封密閉状態が原則、それに穴が空いていれば調整ができるわけがない。
「この中に入れられた直後ですよ。おはようございます、マシロ様。是非、この果実をご賞味いたして下さい」
果実を渡すとマシロは感動している。触ってみるとその感覚はとても柔らかいのだが、どれだけ力をいれても潰れる事はなく元に戻る。
香りに誘われながら皮に一口被りつくとグミのような感触でムチッと口の中に入っていく。両方とも噛み跡から果汁が外に漏れることはなく、香りをより一層深くさせ、口の中にある果肉を噛むと、じゅわぁぁっと様々な果物を連想させる果汁が溢れてくる。
「はふぁぁぁぁぁぁ」
ほっぺたが落ちるという表現は間違ってはいないのだろうか、噛んだ果汁が口の中に溢れ出しほっぺたがプックリと膨れる。口内でも吸収されながら飲み込むとその果汁が身体の中に流れていくのがハッキリと感じる。
全員が美味しそうに食べているマシロを見ながら生唾を飲み込むが、ドレイクだけは歯茎から血が滲む程、噛み締めながら怒りを露わにしている。
「なにが⋯⋯何が平等理論だ! 結局は最高傑作(パンドラ)を仲間に引き抜き、戦力を増強したのではないか! 最初から計画していたなら、戦力を確保する事を最優先にしていたのだろう! 結局、最後は武力行使をし目的は世界征服か!」
「⋯⋯⋯⋯んと、なに言ってるん?」
果実を小さくハムハムと味わいながらマシロは疑問に思う。
「マシロ様、ですからーー」
レイが小声でドレイクの思惑を話している。
「あ〜なるほど。レイを武器として使うかの話かぁ。バカじゃない? そんな事する訳ないでしょ。レイは秘書兼専属メイドだよ。ウチは水都内の至る場所に行ったりするから、すぐに来れる人材が欲しかったんだよね。それこそワープが使えるぐらいの人が。ただ、ついでにウチを運んでくれたり身の世話もしてくれるなら更にgood!」
指を前に出しドヤ顔をする。
「はぁ? レイを武力勧誘ではないだと? なら、今のこの状況はなんだ? 一瞬で冒険者達を束縛し無力化させたこの状況は!」
「あ、ほんとだ。逃さなかったんだねぇ」
気づかないフリではなく、最初から興味がなかったのか眼中にすらなかったのである。
「えぇ、流石にマシロ様を捕らえた人間を放っておくのはどうかと致しまして⋯⋯」
「どっちにしろバラバラになってくれた方が、恐怖を与えずに済んだだけかもなので特に問題はないよ。だからゴブリン達も周りに潜んでたのね」
恐怖という言葉に全員が反応する。
「待ってくれ。俺たちはもう戦うつもりはない。蒼龍⋯⋯いや、蒼龍様は選択肢を与えて罰すると聞いた」
「⋯⋯そうですね。これ以上は何を言っても意味がありませんし、どちらにせよ⋯⋯我々の負けですね」
選択肢で何を言われるのかは分からないが、どちらにせよこの状況でも一人も殺されていないし逃してもよかったという言葉に、そこまで酷い選択肢ではないだろうと確信をする。
「選択肢を与える意味がよく分かんないけど。君たちはこっちの道は選んでたよね?」
「⋯⋯は? こっちの道とは? たしかここまでは一本道だったはずですが⋯⋯」
「私はハッキリと申し上げましたが? マシロ様を置いて逃げるか連れて変化する事を望むかと」
ドレイクの心臓が強くはねる。
「ま⋯⋯待ちなさい。あれは選択ではないでしょう? ただの報告だったはずですよ?」
「まぁ、どっちでもいいじゃない? 今言ってたじゃない、どちらにせよ〜って」
マシロがゆっくりと冒険者の女性に歩み寄る。
怯える女冒険者にマシロが触る。
「君は小さな男の子が好きなんだねぇ。時には買ったり、お礼と生じてなんどもなんども色んな意味で食べちゃうと」
「や⋯⋯やめ⋯⋯」
秘密を一瞬で暴露され、顔を真っ赤にする。
「鏡写(かがみうつし)って知ってる? 世の中、自分がやった事は必ず自分に返ってくるんだってさ」
生命果実(アンブロシア)を指で掬いあげ、彼女の口元に運ぶと口から大量の水分が溢れ出し、瞬く間に身体がずぶ濡れになるが、彼女は恍惚状態に味に酔いしれ溢れ出る果汁を飲む。
「少し前にゴブリンにもお世話になったし、今回でお礼に丁度いいかなって」
「⋯⋯⋯⋯はひ?」
「ゴブリンのメスって存在していないから、存在さしてみようかなと」
恍惚のまま、身体を大きく跳ねさし、ゴキゴキと関節から変貌し肌の色も変貌していくと、女性の身体をもった髪の長いゴブリンに変わる。
「うん。ゴブリンのDNAを引用しつつ、女性型に変換できたっと。ひとまずは『ゴブリーナ』と名称をつけよう」
「うわぁぁぁ!!」
隣にいた冒険者が動けない身体のまま逃げようとするが、再びアンブロシアを口に入れやれると恍惚な表情になる。
「このゴブリーナのDNAを引用しつつ、男性の身体から変換さして⋯⋯」
そのまま男もゴブリーナへと変貌を遂げる。
「⋯⋯ありえん」
ガタイのいい男はこの現状を認めようとはしなかった。
「君は戦闘狂だねぇ。味方も敵も関係なく、やりたくなれば襲い、奪い、戦い、殺す。なら、ちょっと美味しそうなゴブリーナに変身して襲われたらいいね」
ガタイのいい男は、ナイスバディなゴブリーナに変わる。
アンブロシアを使った最初の二人はゴブリンによって運ばれていったが、今回はアンブロシアを使っておらず、拘束を解くと身体をバルンバルンと跳ねさしながら森へと消えていく。それを追いかけるゴブリン達。無事に逃げられるかは彼ーー彼女次第である。
「ゴブリンのメスを増やせば、ここら一帯はゴブリンだらけになり、水都もいずれ襲われる事となりますよ? わかっているのですか?!」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。これから生まれてくるゴブリン寿命は10日前後で、水都の人間は絶対に襲わないようにDNAに刻んであるから」
そんな事出来るわけがない⋯⋯そう思うが、この周りにいたゴブリン達は? もし本当なら、外敵から守る先兵として⋯⋯。
その間もゴブリーナが増えていく。もうすぐ自分の番がやってくる。だが⋯⋯もう、どこで間違ったかなんて考える必要もない。冒険者の中に『おれには家族が〜』を言っていた奴もすでにゴブリーナに変身している。
「⋯⋯⋯⋯すいませんが、私にもアンブロシアという物を最後に頂けませんか?」
「いいよん」
そういって、残りの果実を全て渡してくれる。
「ありがとうございます」
自分がどうなるのかなんて聞くのが怖かったかもしれない為か、果実を一気に丸呑みする。果汁が溢れ溺死するならそれでも構わないと思ったがそうはならなかった。
「ふふーん。そういえばルイス君とこで料理食べたよね?」
ルイス⋯⋯あぁ⋯⋯あの料理か。
「あの時から身体の内部を弄ってたんだよね。魔力保有量をある程度取れるように」
何をいっているんだ?
「元々私を大量に摂取さして、規定値まで持っていこうとしてたんだけど、生命果実(アンブロシア)のお陰で直ぐに溜まってくれたみたい」
果汁が体内に吸収されて行っているのが分かるが⋯⋯それが何か⋯⋯。
「爆発を起こした都市の人数と貴方が遊んだ人数1054万6542人分頑張って産んでね」
何を⋯⋯、そう思っていたが身体の変貌と共に思考能力は低下していくが、最後に叫ぶ。
「化け物⋯⋯め! キサマにはココロがナイのがぁぁアァァァ」
【ゴブリンクイーン】
ゴブリン族の母。水都周辺に生息するゴブリンが死ぬとその魂が還り再び産み出していく生物。図体はゴブリンキングより大きいが、滅多に動く事はなくただ、死したゴブリンの数を合わせる為とされる。
涙を流したクイーンはそのまま、数十人のゴブリンに安全な巣穴へと運ばれていく。
「マシロさま⋯⋯大丈夫ですか?」
「ん〜? 大丈夫よ。ココロって言われた時に⋯⋯ないなぁって思っただけ」
「そうですか⋯⋯。それと馬車にいる奴隷達はいかが致しますか?」
「うんと、この場合好きにさせた場合はどうなるの?」
「水都なら問題はなさそうですが、他の街にたどり着いた場合は奴隷になりますね。ただ、ドレイクが商品として扱っている奴隷は生活面でも夜の営みでもきっちりと指導されていますので、重宝されるかと思います」
「夜はともかく、生活面がしっかりされているなら水都で雇いたいかも。けど、本人達の意思をきいて好きにさしていいよ」
「分かりました。では、一度水都の方に戻り、明日処置致します。マシロ様は直ぐに戻られますか? それとも馬車でゆったり戻られますか?」
「少し考えたいこともあるから馬車で戻る〜」
馬車に乗り、ユラユラと揺られながら空を見る。
断片的な記憶、食べれば色々と思い出すが、その中に『私』という存在のヒントになる物は何も思い出す事はない。
ただ、この姿は最後に見た女性に似ている事と何かのお願いを断り、私は微生物のままで長い時間過ごす筈だった事だけ。
お願いを断ったなら、別の誰かにその話をもっていっているのではないだろうか?
「もしかしたら、私の心とやらも、この世界に落ちているんじゃないのかなぁ〜」
今の自分では利害一致は満足するが、それに対して相手は関係がない。セッちゃんがゴブリンだったとしても、何も変わらなかったし、死んだゴンブト君が、もし交渉できて私と利害一致していたら水都の人間がいなくなっていたかもしれない。
そのココロとやらを私が手に入れてしまった時に、私の中で何が芽生えるのかが、ただ単に興味があるだけかもしれないが、食べる喜び以外の喜怒哀楽がそこまでない私には⋯⋯相手の必死さがほんの少しだけ羨ましく感じ、ココロというモノを欲しいと思えてしまったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます