16日目 パンドラとマシロ 【3】

 馬車が奴隷館に辿り着く頃には、既に黒炎の壁は消えており、白い煙がモクモクと風に流されていた。


 館は既に人が住めるものでもなくなっており、周りの樹木や地面、至る所にクレーターができている。


 まだ黒炎がユラユラと燃えている場所にいくと、レイがいた。


「お帰りなさいませ⋯⋯ご主人様」


 下半身はすでになく、普通なら死んでいる傷の状態であっても、黒炎が傷口に群がるようにほのかに燃えており、その最高傑作の部分が彼女を生かしている。


「レイ⋯⋯蒼龍は?」


「あそこで寝ております⋯⋯」


 ボロボロの腕をゆっくりと持ち上げながら、マシロのいる方向を指を指す。


「ふむ? 殺して⋯⋯はいないのですね」


「はい⋯⋯」


「よくやりました! 流石は私の最高底傑作(パンドラ)ですね」


 指を指した方向にいくと、マシロはうつ伏せのまま倒れていた。


 違和感と言えばいいのか、不可解な疑問を持ちながら、彼女(マシロ)を抱えるとレイの元に戻る。


「レイ⋯⋯これはどういう事ですか?」


 これだけ戦闘跡があったのにも関わらず、マシロの身体はチリ一つ埃すらついていないまま、ただ寝息を立てて涎を垂らしていた。


「⋯⋯ご主人様⋯⋯これが結果です。私が全力でいこうが彼女にとっては【遊戯】程度だったのです。私が持つ全ての技術や知識・魔法を用いても、彼女を満足(・・)させて眠らした程度だったのです」


 戦闘能力でいえば一級品。デメリットのせいでその能力も大幅低下しているとはいえ、彼女に勝てる者はそうはいないはずだろう。その彼女が発したくないであろう言葉、自分ではその程度だとそう言った。


「それ程までに⋯⋯」


「⋯⋯ご主人様⋯蒼龍様をここから連れ出す事はオススメ致しません。そのまま放置をして水都から離れる事をオススメ致します」


「ふふふ、それは無理な話でしょう。都内は彼女に魅了されていますよ。それこそ水都がなくなれば自分たちもそのまま死んでもいいと言わんばかりにね。それほどまでにコレには価値があるのですよ」


「⋯⋯彼女(ソレ)に関わらない生き方が普通です⋯⋯彼女に関わって生きていくおつもりなら⋯⋯その全て変化してしまう事を覚悟した方がいいです」


「変化⋯⋯そんなものは当たり前でしょう。彼女という存在は全てを画期的に変化させれる価値がある。その知識も然り、この姿から滲み出る愛らしさは、この世にある如何なるものより勝っている」

 片手で彼女の頬っぺたを挟み込みプニプニと楽しむ。

「この感触だけでも金が取れそうですね。ふふ⋯⋯私ともあろう者が迷ってしまいますよ。どの金稼ぎが一番いいかをね⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯ならば、私からは何も言うことはありません」


「そういえば、貴女のその身体は再生するのですか?」


「はい。ただ魔力供給が圧倒的に不足し、空気中の魔素でなんとか繋ぎ止めている状態です」


「なるほど。ならば魔力ポーションがないといけませんね」


「はい⋯⋯。よろしければお願い致します。それと⋯⋯」


「大丈夫ですよ。今回の報酬である貴女が守りたかった『命』をお還しいたします。では、準備致しますのでもう少し頑張ってください」


「⋯⋯ありがとうございます」


 安心したせいか、ふと眠気が襲いかかりレイの意識はゆっくりと沈んでいった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「起きてください、レイ。お待たせしました」


「⋯⋯⋯⋯」


 ぼやけた意識をゆっくりと覚醒する。


「随分と疲れが溜まっていましたね」


「⋯⋯申し訳ありません」


 身体には黒炎がユラユラとも燃えているため、再生するほどの魔力が供給されていない。そして目の前には、少し大きめのバケツが5つ用意されており、中は黒いヘドロのような物で一杯になっている。


「はい。これが報酬の『5つの命』ですよ」


「⋯⋯は?」


「だから、これが報酬の命ですよ? 大丈夫、まだちゃんと生きています。原型は留めていませんがね」


「⋯⋯⋯⋯っ!!」

 身体を動かす事はできず、ただその理由(・・)は想像がついていた。


「繋ぎ止める術でしたっけ? あの爆発の時に咄嗟に使ったのは称賛に値します。が、一方的な恩恵を与える物とばかり思っていたのでしょう?」


 分かってはいた。5人の命を繋ぎ止めたは私の勝手な言い分であって⋯⋯本当は巻き込んでしまったのではないかと。


「実際は貴女の中に眠っている力が解放するに従い、この子達の身体が蝕まれていってたのですよ。徐々にゆっくりと蝕まれる姿には、観賞用として悪趣味(マニア)の方には、十分に稼がせていただきました」


 繋がっていた直後は、暖かい命を感じていた。が、力を使う度に暖かさは冷めていき、いつしか命だけを感じるようになった。

 それはただ単に慣れてしまっただけなのか、力の代償なのか、それとも新たに拾われた主人に何かをされているのかは分からなかったが、疑問や不安という感情は黒いモヤモヤしたものに変化していき、私に追求させる事はなかった。


「大丈夫ですか? そんなに放心状態にならなくても大丈夫ですよ。今からみんなで仲良く還れますから。本当は知っていたのでしょう? まぁ、ここまで悲惨な状態とは思ってはいなかったでしょうけどね」


「⋯⋯⋯⋯」

 

 いつからか内側に溜まっていた黒いモヤモヤは『竜の逆鱗』みたいなのだと理解した。黒炎(ぞうお)は、その副産物であり、圧縮したソレは私の体内に溜まり続けていき、内側から破れるように裂傷していった。腐敗⋯⋯は、向こう側からきた合図だというのは、目の前にある命の形ーー現状を見て今知ることになった。


「本当は、5人の姿を確認した瞬間にソレを爆発するつもりだったのでしょう? レイが納得できる程の威力ならこの世界の表面を全て焼き尽くすぐらいですかね? ふふふ⋯⋯」


「⋯⋯なぜ⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯知っているのか? 知りたいですか? そもそも、あの爆発を起こした街の支配者は私だったんですよ。まぁ要するに実験をしていたのも私であり、貴女(レイ)の動向などは常に私には分かっていたのです」


「⋯⋯それでは⋯⋯」


「えぇ、見つけたのも勿論、たまたまではなく必然でしたよ。私の特殊能力でもいいましょうか? 実験の賜物とでも思ってください」


「⋯⋯⋯そうですか⋯⋯」


「おや? そこはその無けなしの魔力でも使ってでも怒りに身をまかして襲ってくるかと思いました。それかこの5つの命を喰らってでも復讐してくるのかと考えましたが⋯⋯残念、両方外れましたか」


「どうせ無意味なのでしょう⋯⋯。どういう仕組みかは分かりませんが、その考え通りに動いた時に対処する術を持っている」


「いいですね。貴女の考えが分かると言った時点で、そこまで判断できますか。十全でしたら、まだ貴女が欲しかった所です」


「ドレイク様、準備完了致しました」


「分かりました。さて、名残惜しいですが、そろそろお別れです」


「私がいなくなれば、蒼龍が目覚めた時に⋯⋯対応はできませんよ?」


「ふふ、まだほんの少しだけ望みに賭けたいですか? 蒼龍の方は特殊な装置に入れてますのでご安心を。あれの中は私の魔力次第で無酸素状態になります。どんな強者であろうと無酸素で生きていける生物は私は知りません。まぁ、それでも苦しまなければ真空状態にでもして見るのもいいかもしれませんね。あとはじっくりと時間をかけて調教していくだけですよ。まだ、何かありますか?」


「⋯⋯⋯⋯」


「無いようでしたら、お別れですね。貴女の脳の中にある魔石と館の地下にある巨大な魔石を接続(リンク)して爆発(ボンッ)となるだけです。いまの貯蔵量(ぞうお)でしたら、この水都ぐらいは巻き込む程度でしょう」


「分かってはいましたが⋯⋯そこまで下種(ゲス)だったのですね」


「下種とは少し違いますよ。ん〜表現して例えるなら、ただ、この世の中に沢山ある人間(おもちゃ)で遊んでるだけでしょうか? 減らしても増えていくので誰も困りませんしね。結構長々とお話しましたね。では残り数十分程度ですが、余生をその5つの命と楽しんでください」


 それ以上、振り返る事もなくドレイクは去っていき、残されたレイは、静かになった場所でジッと5つの命を静かに見て何かを語っていた。



 数十分後、再び黒炎の壁が出現し爆音と共に炎の華が水都を照らす。


 移動中の馬車の中から、ソレを鑑賞する。


「残念。最後で水都に被害が出ない様にしましたか。まぁ、龍がいなくなった都市を見るのも観察対象として良いでしょう。どちらにせよ、彼女(レイ)は私の思惑通りにしたくなかったんでしょうか? 5つの命を吸収してまでも壁を作り上げたのですから」


 その答えを知ろうとする事もなく、こうしてドレイクは、山中へと消えていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 山の半ばぐらいに辿り着く頃、ドレイク達はゴブリンの集団に襲われていた。


 が、所詮ゴブリンであり、ドレイクが連れている護衛達、その全員が実力のある冒険者であり、金の為なら非道な事でもできる者達で構成されており敵では無かった⋯⋯が⋯。


「⋯⋯ゴブリン程度に、一体どれだけ時間を費やしているのですか?」


 たかがゴブリンに、思っている以上に時間がかかっていた為、怒気混じりに声を上げる。


「それが⋯⋯どうにもこのゴブリン達はおかしいんですよ。罠や囮など使う事もなく、お互いをフォローをしている。数の理があちらにある以上、不用意に数匹だけ倒すために前に出れません。それに火矢など馬車に放つこともないという事はどうやら⋯⋯」


「『蒼龍』がいるとわかっているのですか⋯⋯。それにしてもゴブリンも操っているなどと⋯⋯なかなか手間をかけさしてくれますね。ふーむ⋯⋯」


(あまり山の中で派手に戦闘をして位置を晒したくはないですが⋯⋯すでに森もある程度奥に進んでいる⋯⋯今更ばれた所で追いつく事はないか⋯⋯)


「魔法で派手に焼き払いましょうか。今更ばれた所で追いつく事は不可能でしょう」


「了解しました」


 合図を送ると冒険者達の一部が魔法詠唱を開始する。


 それを察知したゴブリン達は一斉に森の中に逃げる様に入っていくとスゥっと姿が消え、爆炎が目の前にある樹木を吹き飛ばす。


「終わりましたか? 別に殲滅する必要はありませんし、ある程度脅せば迂闊に手を出す事はないでしょうからさっさと行きますよ」


「それが⋯⋯魔法すら予測していたようで⋯⋯森に逃げたのではなく、穴に逃げ込んだだけのようです」


 土穴からゴブリンが再び現れるが、全員武器を捨て崇めるように平伏する。


「なんなの一体! これは⋯⋯どういう事なのうよ!」


「しらねぇよ。このまま斬っていいのか! どうなのか指示をくれや!」


 指示系統に混乱を招く。今まで時間を稼いだかのように戦っていたゴブリンが、魔法を予知し回避したのにもかかわらず平伏し崇めるような行動をとる。


「ドレイク様⋯⋯どうしますか? 正直、長い事、冒険者をやってきましたが、こんなことは初めてです⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」

 ドレイクが馬車から出るが、ゴブリン達は平伏し崇めている行為は収まる気配はなかった。


【彼女をおいて水都から出た方がいい。蒼龍に関わるなら普通にはもどれません】

 ふと、レイに言われた言葉を思い出す。


「⋯⋯⋯⋯ゴブリンはこのまま放置。先に進みましょう。ただし、ついてくるようであれば迎撃を⋯⋯」


 ドレイク自身も想定外の出来事であり、攻撃してわざわざ再び戦闘をおこす必要はない程度に考える事しかできず、もし、このままついてくるなら矢でもくれてやり動けなくすればいいしか思いつかなかった。


 数人だけゴブリンに警戒しつつ全員が馬車に乗り出発しようとした瞬間にキィィィィンと甲高い風切音が耳を横切ると、黒い槍が数本、大地に突き刺さり、それと同時に黒い鎧を纏った人間が空から落下し大地を揺らすとゴブリン達が何かを叫ぶ。


 槍投げで使われるような細い槍は繋ぎ目すら見えないほど黒く雷がバチバチと周囲に巻きように走り、それが実物ではなく魔力でできた物だと推測され、合計10本の黒槍は地面から自然と抜けると同時に、黒い騎士の背中にまるでマントを思わせるかの様に収まる。


 黒い騎士と表現はしたが、その姿はまるで竜の格好をした騎士である。性別は女性、黒鎧は足甲、手甲以外は軽装でお腹周りなどはその素肌を晒しており、セミロングの髪に口元は見えるが眼鼻などは兜で見えない。


 竜騎士は何も話す事はなく、右手を前に突き出すと、まるでワープでもしたような速度で背中の槍が一本地面に刺さる。


「【影縛(バインド)、【影移動(リープ)】」


「全員、警戒を!!」と言おうとしたが、言い終わる前には既に馬車の中にいた全員を含めて、横一列に並べられていた。


 実力がある冒険者達でも、誰一人として目の前にいる竜騎士に勝てないと判断するが、撤退しようにも指一本すら動かせないまま、ただその恐怖に怯えるだけである。


「参りました。私達は降伏いたします。そちらの望みはなんでしょうか?

 動けないままのドレイクは、慌てる事もなく竜騎士に交渉を求める。


 すぐに殺されないとなると、何か目的があっての事。それが蒼龍だとしたら惜しいがこちらが敗北した以上、引き渡せばいいし、お金を求められたなら渡せばいい事。


 商人をしていると襲われる事はしばしばある。こちらの戦力が上なら殺せばいいし、こちらが負けた場合は相手が満足するだけの金と女さえ用意すれば大抵は引き込める。


 この場合は、もし蒼龍を求めるなら選択肢が渡されるはずなので、お金を渡す事もなく二度と水都に来る事ができないぐらい制約はかけられるが生き延びれる可能性が高いだろう。そして、金なら満足いくまで渡すし、そのままこちら側に引き込んでもいいが、この状態から考えれば前者であろうと考える。


 竜騎士は自分の手と手甲を見る。

「あぁ、なるほど。失礼致しました。貴方にはこちらの方がよろしかったですね」

 竜騎士の鎧が黒く燃え上げると同時に、形状を変えて白と黒のメイド服へと変わる。


 10本の黒槍は変わらず、そのメイドの後ろにあるが、気にせずスカートの裾を持ち上げお辞儀をする。


「1時間ぶりでしょうか? 元ご主人様」


 憎しみも怒りも感じさせる事もなく、ただお客様をおもてなすかのように優しく微笑むレイがそこにはいた。

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