15日目 パンドラとマシロ 2

 夕刻、日が落ちはじめて、辺りを優しい朱色が包み込む。


 セッちゃんはマシロを抱っこしながら、城へと帰っていく。


 マシロが来る今までなら、一人で城から出る事は到底不可能であったであろうが、現在ではこの水都には抑制力がかかっていた。


 水都に害なす者の処置という抑制力。罰する訳でもなく、即座に殺される訳もなく、ただ動けなくなるという現象。


 どんな裏通りだろうが、建物の中だろうが、隠れ家であろうが、大人数だろうが少人数だろうが人を襲う行為、攫うなどの犯罪行為などは即座に動けなくなり、警備兵が位置に迷う事もなく駆けつけて対処する。


 これがどのように行われているのか、魔法なのかどうかでさえ一切不明であり、情報は悪党達により、様々な推論が立てられるも噂が拡大していくだけで正解を見つける事はできなかったのである。ただ、これが『蒼龍』の加護と認識されていったのである。


「はぁぁぁぁぁぁぁ〜♪」

 セッちゃんの顔は蕩けていた。

「今日は何という日なのでしょうか⋯⋯。ご褒美? 神様からの贈物? それとも⋯⋯これが本当の天国(ヘブン)」

 

 朝は奴隷の件でビックリしていたが、その後は街に出てスイーツ店、服・装飾品などのショッピング巡り。姫様が想像した事が実現したという珍しい日であったのだ。


 今日1日遊んでいたせいか、ナマケモノスーツに着替えたマシロが私の胸の中で丸まって寝息(・・)をたてている。母性が目覚めるとでもいえばいいのか、非常に愛らしく感じて心がほっこりとなる。


 そして⋯いつもなら私なら、このチャンスを逃す訳もなく自分の寝室に連れて行き一緒に寝ようとしていたが、今日は非常に満足したのか、マシロの寝所に連れて寝させることにした。


 城の中心にある支柱は、地下から水を汲み上げ屋上の部屋に湧き出るようになっており、そこから芸術的に色々な方向に分かち合いながら、下へと流れて城下街まで行き届くようになっている。


 その屋上がマシロの部屋であるが、最近は何かをしていた為、入る事は許されていなかった。


「マシロ様、お部屋に着きましたよ?」


 勝手に入るのは失礼だと思い声をかけたが、マシロが眠そうに手を扉にかざすと、スライムのような粘り気のある水で出来ていたロックが外れて扉が開くと再び寝息をたてる。


「では、失礼しますね」


 セッちゃんが部屋の中に入ると光を通さない真っ暗な空間に驚愕した。


 本来、この場所のコンセプトは陽の光を多く取り入れる噴水の庭園なのだ。それが、どのような原因で真っ暗な空間になっているのかは想像ができないが、地面から青い光が蛍のように舞い上がると、それぞれの物体の位置を示す様に飛び交っている。


 噴水の位置も青い光のお陰で難なく分かり、噴水の中心にあるマシロ専用の揺籠(ベット)にそっと寝かせると改めて周りを見る。


(静かだわ⋯⋯)

 まるで、外界と遮断されているかの様な世界。それは深海、それは深淵。自分が立っているか、浮いているのかすら分からなくなる様な錯覚感がそこにはあり、青く淡い泳ぐ光はその幻想をさらに引き立てていた。


 出口まで戻ろうと歩む中、ふといくつか丸い繭みたいな物が気になってしまった。青い光の生物(?)が住んでいる部屋みたいな物なのかと興味本位で覗きにいく。


「こ⋯⋯これは⋯⋯いったい⋯⋯」


 セッちゃんは急激に血の気が引き蒼ざめていく。この数日間、引き籠もっていた理由がコレだとハッキリと理解できた。


 恐る恐るそれに触れると、トクン⋯⋯トクンと確かに小さな鼓動を感じる。


「まさか⋯⋯この繭みたいなの⋯⋯すべて⋯⋯」


 マシロと出会って、ほぼずっと一緒にいたはずであり、どのような形であれど多少なりとも覚えはあるはず。


 だが、そこには見知らぬ少年と少女が眠っていたのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「約束通り来たよん」

 姫様が城に帰っている一方、マシロの方は夕刻ーー日が沈む前には朝に訪れた奴隷の館にいた。


「いらっしゃいませ、マシロ様。流石に今の時刻では、お姫様をお連れしていないのですね」


「あぁ、大丈夫だよ。眠ってる私(ダミー)を置いてきてるから。さすがにこれから見るドロドロしている部分は見せれないからねぇ」


「いてくれた方が、事がスムーズに進んでいたのですが⋯⋯まぁ、仕方ないですね」


「スムーズって? もしかして、その館の中に人っ子一人すらいないのが関係しているの?」


「えぇ、残念ながら。ご主人様の命令で『蒼龍様』を捕獲すると言う結果になりましたので、折角なので、どの程度か試さして頂こうかと」


「そうかぁ〜やっぱりねぇ」


「?? 初めからこうなると分かっていたと?」


「だねぇ」


「なら、姫様を城に戻したのは、人質になる可能性を考慮してという訳ですか⋯⋯」


「人質? あはは、違う違う。水都の人間にそういう行動を取るつもりなら、例外なくさっさと終わっちゃうからだよ〜」


「ふふ、さっさと終わるなどと虚言を吐かれるなんて、本当に面白い方ですね」


「ウチからにしてみたら、この会話自体が虚言だよん。ちなみに、どうでもいいけど、いつも食事をするときに料理と会話したりする?」


「言ってる意味がよくわかりませんが?」


「だから、今からかぶりつこうとしている鶏肉(・・)などに会話なんて必要とする? ウチからにしてはその程度なんだよねぇ」


「それでは、まるで私を食材とでも言ってる様に聞こえますが?」


「え? 違うん? 敵対するならそれは既に獲物(しょくざい)以外なんでもないとおもうけど」


 レイの身体から黒い炎が噴き上がる。


「先日、あの森の中、醜い豚に起きた事をお忘れでしょうか? そこで、私の黒炎(ぞうお)で蒸発したのをもうお忘れですか?」


「あ〜、あったねぇ、そういう事も。けど、汗みたいな水分一滴が蒸発したからって、いつまでも心に残す人っているの?」


 周囲が円柱に黒い炎で壁ができる。


「逃走は不可能と思って下さい。どこまでが本気かは今から試さしていただきます。途中、降伏し服従するならすぐに申して下さい」


「いつでもいいよん。人の強さがどれくらいで、どれくらい通用するか測ってみたかったし、私が満足する程度までは遊んであげる。そもそも、こんな事は始まる前から終わってるのよねぇ」


 目つきの悪い熊さんスーツの姿をしているマシロは、両手を上げて「がうがう」と言いながら威嚇ポーズをした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「おや、コレはとても柔らかくて美味しいお肉ですね。もしよろしければ是非とも、オーナーに直接ご挨拶をしたいのですが?」


 一方、奴隷館の主ドレイクは元貴族用の店で食事を堪能していた。


「初めまして。成り行きでオーナーをまかせられましたが、ルイスと申します」


「成り行きでオーナーと言われましたましたが⋯⋯この大繁盛、よほどの手腕とお見受けしますが」


「いえ、残念ながら。私達は料理を作っているだけですよ。アイデアはマシロ様が助言してくれていますね」


「マシロ様というと『蒼龍様』ですか⋯⋯?」


「えぇ、そうですよ。よく食べに来られるんですが、その時に言うんですよ。「いいお肉は私以外にあげていいよ。ウチのは安い肉で十分だからねぇ」⋯⋯」


「それは⋯⋯なんというか、心が広い方なのですね⋯⋯。なら、今食べさして頂いたお肉はとても高級な⋯⋯? それにしては値段が⋯⋯」


「いや、それが⋯⋯実は、それも安い肉なんですよ」


「??」


「安く硬い肉でお出しした時は「蜂蜜やタマネギの微塵切りで揉むといい」と言われ、やってみたところ、とても柔らかくなって、それ以降はこれでやっています。この他にも色々アドバイスと言うべきか⋯⋯自分(マシロ)が満足するものを食べたいかのかは分かりませんが、出来るだけ応えていくうちに料理ができていき、いつのまにか繁盛しただけなんです」


「へぇ⋯⋯マシロ様はとても博識なのですね」


 彼の中で、更にその価値を増す。それこそ不良品(レイ)が負けても捕らえれるまで弱らしてくれればいいぐらいには既に思い始めていた。


 話していると、外が騒がしくなる。何事かと思ったルイスが外にでると、黒い炎できた壁が発生していると聞く。


(ようやく始まりましたか)

 ドレイクはその正体は分かっているので、焦る事もなく、食事を更に堪能している。


「いやぁ〜ビックリしますね。黒い炎の壁が急に発生するなんて⋯⋯」


「そうですね」


「それにしては、きにせず食べてる様子でしたが⋯⋯?」


「商人をやっていると、こういう不可思議な事は何度か体験を致しますので」


「なるほど。商人さんだったのか」


「私からしてみれば、騒がしいと思ったのが最初だけで、今は既に普通になっている事の方がビックリしていますよ。普通なら危険だと感じれば街から逃げる事や避難する人がいてもおかしくない様に感じますが⋯⋯」


「ははは、水都にいる人間にそういう奴はいないですよ。特にマシロ様がこっちにきてからは尚更ですね」


「そこまで信頼できるほど『蒼龍様』は凄いのですか?」


「凄い⋯⋯? ⋯⋯それは少し違いますね。あくまで私達と蒼龍(マシロ)は【共存】ですよ。お互いができない事をして共に生きていくだけですからね。しいていえば、既にこの水都が蒼龍(マシロ)の母体ではないでしょうか? それに私達が住ましてもらっている代わりに食事など彼女の住みやすい環境を整えるとでも言いますか。彼女が危険だと判断するような敵がいるなら、私達程度では何処に逃げても一緒ですからね」


「環境というなら、黒い炎の原因を調べるのも必要では?」


「マシロがもし求めればそうしていますね。ただ、何も起こらない事から、この事象は何もなく普段と変わりませんから普段通りでいいんですよ」


「求めるとか⋯⋯まるで洗脳されているようにかんじますね」


「ははは。外からだと、やはりそう感じるかと思います。が、実際には水都の人間にしか分からないとしか言いようがないですね。それに、勝手に調べたりすると『調べるぐらいなら料理をもう一品!』みたいに言われると思いますよ。調べるという行為は、私達では勝手に不安や恐怖を感じるかもしれませんしね。おっと、そろそろ食事がお済みになられますが、食後のコーヒーなど如何ですか? 今日、丁度彼女から教えて頂いたモノがありまして、全てのお客様にサービスして感想を聞いているのです」


「ほう。なら、お願いします」


 暫くすると、透明のグラスの中に6割が白い液体に残りの2割が茶色い泡の2層に分かれた飲み物を出される。


「これがコーヒーですか?」

 

「えぇ、ダルゴナコーヒーという飲み物ですよ。下は冷たいミルク、上はほろ苦く温かいコーヒーです」


 香りはコーヒーであり、一口飲んでみる。


「こ⋯⋯これは、面白いですね」


 下のミルクが重いのか、グラスを傾けるとミルクが口に入ると同時に、苦く感じるコーヒーの泡も丁度いい感じに流れ込んでくる。


 冷たさと温かさ、ミルクの甘さとコーヒーの苦さが口の中で混ざり合うと、一つの味へと変化が起こる。


「面白いでしょう。このコーヒーは、豆を砕いたモノ、お湯、砂糖を均一で入れて泡立て器で混ぜただけですよ。ただ挽いたばかりの豆では、ここまでの泡立ちが作れないのがデメリットでしょうか」


「ふーむ。ここまでとは⋯⋯。ありがとうございます。今日の夕食はこれまで食べた中でも最高だと言っても過言ではない程、感動しました。ただ、レシピも気軽に仰られているようですが⋯⋯アイデアを取られたりしたらどうするのです? 正直、他の都市でやれば更に稼げるのでは?」


「そういって頂けるとこちらもうれしいです。ですが、私達は水都以外に店を展開することはないですし、好きにしてくださってよろしいですよ。もし、他の都市でこういう店があれば、値段や味など、どれぐらい変化が起こるのか見るのも楽しそうですから。では、またいつでもお越しください」


「えぇ、また」


(ここまでの自信⋯⋯他の都市に展開する頃には、既にこの店が更に上に行っているという自信から来るものだろうか? 彼女の母体と言っていたな⋯⋯それは、この都市もまだ成長している⋯⋯? まさかな⋯⋯どの都市でも言える事だが、ある程度育った都市の成長は必ず緩やかになる。それが再び成長期にはいるとは考えられん)


 ドレイクは口に残ったコーヒーの余韻に浸りながら外に出ると、目の前に大きな馬車が止まる。


「さて、必要な物も揃いましたし、そろそろ戻りましょうか」


 レイには時間を与えていた。その時間が過ぎれば、この約束は無しとなる事も理解している。

 ならば、どのような手をつかっても仕事を完遂するのが彼女であり、間に合わない場合は、水都を放棄し『蒼龍』は別の機会を狙うしかない。


「まぁ、大事な命の為、そうなる訳にはいかないですよね。期待していますよ。私の不良品(レイ)」


 頭では別の機会を狙うと分かってはいるが、心では、どうしても今回で手に入れたいという衝動は抑えきれず、勝負の結果を早く知りたい為、馬車を急かせ奴隷館へと戻っていった。

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