14日目 パンドラとマシロ

 マシロが城に戻った事が皆に伝わると、生気が抜けきってゾンビのように徘徊していたはずの姫様が、息を吹き返しマシロもとへ駆けつける。


「ま⋯⋯マシロさま⋯⋯」


「あ、ただいま〜」


「ご無事で何よりでした! 民に何かひどい事はされませんでしたか?! 何か失礼な事は致しておりませんか?! 必要なものはこちらで用意致しますから、どうかマシロさまは頂上の庭園で置物かのように居座り続けてくださいませ!」


「セッちゃ〜ん⋯⋯。置物ならマシロ(偽)置いて行ってるじゃない」


 くぅぅっと「ちがうんです。そうじゃないんです」と悔しがる。


「これは単にウチが自分の環境を整えたいわがままだから気にしないで。それよりも明日からやる事あるから引き籠る〜」


「本当ですか! どこにも行かないんですね!」


 それから、マシロは数日間、ご飯はダミーマシロが黙々と食べ、その他は一切外に出ることはなく、誰一人として何をやっているのかは知ることはなかった。ちなみに、セッちゃんですらマシロの部屋には入る事は許されず、再びゾンビのようにマシロがいる部屋の扉をカリカリと言わせているだけであった。


 


「やる事のメドがたったし、食べ終わったらセッちゃんと行きたいところがあるんだけど〜ひまぁ?」


 数日後、朝食を黙々と食べていたはずのマシロが元気いっぱいに食べ始めながら唐突に言ってくる。


「勿論、行きます! たとえ健国際などがあろうと却下してでも行きます!」

 ぱぁぁぁと明るい表情をするが、すぐに表情がほんの少し崩れる。

「あ⋯⋯あの、もしかしてレオン様や他の方を連れていったりは?」


「ないよ〜。レオ君の方は、最近ちょっとした調査で忙しいからねぇ」


「調査ですか?」


「うん。まぁ、気にしないでいいと思うよー。なので、ウチが是非とも行ってみたい所ができたから一緒にいこうね」


「はい! では、私は今から気合をいれてお洒落してきますので! ゆっくり食べていてくださいね!」

 姫様はウキウキ気分で戻っていく。


(マシロさまが是非いってみたい所)

 想像しなくてもわかる。

(ズバリ、スイーツ店ですね!!)

 想像するだけでご飯は3杯は食べれそう。

(マシロさま、こちらのパンケーキもとても美味しいですよ。あ〜ん♪)

(マシロさま、ほっぺたにホイップがくっついていますから、少し動かないで下さいね)


 ふにゃぁと、既に極楽を味わった表情をしながら、自分の部屋へと帰っていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その数時間後、二人はお洒落なスイーツ店とは全く無縁な広い部屋の真ん中で大きなソファーに座っていた。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 チーンと消沈している姫様は、ここに来るまで抱っこしているマシロだけを見て移動していた。

 少し長い道のりも歩く事すら苦にならず幸せが勝り、自分がどこ(本人はスイーツ店しかないと思っていた)に向かっているのか気にもしなかった。


「着いたー! ここだよ。早速入ろう〜」


 そこには古い大きな洋館があり、扉を開け『こんにちはー!」と、元気よく入っていくと、黒スーツを着たあからさまにスイーツ店とは無縁な男達が数人いた。


 唖然となっている姫様を余所に、黒スーツの男は国の姫が来客した事に戸惑いを隠せず、急いで上に報告しにいく。


 そして⋯⋯まだ、現実を受け止められない姫が、黒スーツに誘導された所がいまいる場所であった。


 暫く待っていると、扉がノックされ、片眼鏡をかけた顔立ちの整った青年が入ってくる。


「申し訳ございません。まさか、神子(ひめ)であるお方が、このような場所にご足労していただくなど⋯⋯」


「えぇっと⋯⋯」


「遅れながらお客様の情報漏洩はありえませんので安心してください。おっと、申し訳ございません。名乗るのが遅れましたね。私は奴隷商を務めておりますドレイクと申します。以後お見知りを」


「奴隷商⋯⋯ですか?」


「えぇ、そうですよ。わざわざこの館にきたという事は訳があってかと思いましたが⋯⋯?」


「いえ、すみません。なんか奴隷商人っていうと⋯⋯その、なんというか、太って威張ってるイメージが強くて」


「ははは、勿論、そういう方もいますよ。ただ、私が扱っている奴隷はゴミのような扱いをする事はありません。勿論、他とは値段が少しばかり張りますが、それに見合う奴隷を提供しているという自負をしております」


「そ、そうなんですね。失礼しました⋯⋯ん?! 奴隷?」


「えぇ⋯⋯? そうですよ。ただ、来ていただいたのに失礼な事を申し上げますが、その⋯なんというか⋯小さい子を連れてくるのは、勉強の一環かもしれませんが、あまりよろしくはないと思われますが⋯⋯」


「ま⋯⋯マシロさま!! 今日ここに来たにはもしかして食事用を買うためにきたのですか!! だから、今日の服装は『くっちゃうぞぉ〜』みたいな獲物を狙ってるかのような目つきのクマさんスーツなのですね!!」


「マシロ⋯⋯さま。あぁ、なるほど、これは失礼致しました。貴女様が、あの『蒼龍様』でしたか。ただ、大変申し訳ないのですが、食事として奴隷をお売りする事はできません。奴隷を大事にしておりますので⋯⋯。ただ、奴隷をお売りする事はできませんが、いろんな国の菓子などがありますので、そちらをお出しいたしましょう」


 黒スーツが、テーブルいっぱいに菓子を用意していくと、マシロがチビチビと食べはじめる。


「こちらこそ、突然の訪問申し訳ございませんでした。マシロさまが行きたいという場所でしたので、スイーツ店みたいなものばかりと思ってしまっていましたので⋯⋯」


「いえいえ、お気になさらずに。それと関係なければ申し訳ないですが、水都の平民や貴族達を平等にするという声がかかっていますが、勿論、私たちも賛同いたしますよ。何かあればいつでも相談して下さい。完全な平等ではなく、あくまで差別化を無くすというのがいいですね」


「賛同していただいてありがとうございます。何かあれば、その時はよろしくお願いしますね」


 思ってたより遥かにまともな対応で安心していたが、ふとマシロを見るとまだチビチビと食べていた。


「これは⋯⋯」

 無言マシロは中身のない状態⋯⋯この館に入るまではいたのに⋯⋯。


「どういたしましたか?」


「あ、いえ、マシロさまが⋯⋯まだ寝ぼけているみたいなので⋯⋯」


 あはは、と誤魔化している所で、マシロの雰囲気が変わる。


「ふぁぁ〜あっと。な! なんでこんなに見た事のない菓子が! しかも結構減ってる⋯⋯。くっ! 味の共有もやはりするべきか! この件は早急に考えるとして⋯⋯はじめましてドレイクさん」


「えぇ、はじめまして『蒼龍様』。神子(ひめ)様にも言ったのですが、食事の為に奴隷を貴女にお売りする事はできませんがお許しください」


「奴隷を食べる?」


「違うのですか? てっきりマシロ様の事なので食事用の為にここに足を運ばれたのかと」


「水都に害をなしてない人を食べるような事はしないよ〜。それに奴隷ってそういう用途はないよねぇ? 別の意味で喰べるはあるんだろうけど」


 ニヨニヨと意味ありげに話していると、その事を理解したセッちゃんは顔を赤める。


「『蒼龍様』? でしたら、今日はいかほどのご用件だったのでしょうか? 奴隷を欲しがるとはおもわれないのですが?」


「あ〜、ただ⋯⋯この地がとても【臭いの】。とてもね。悪臭というべきなのか、そういう類のモノが感じる場所だから気になって来たって訳」


「⋯⋯⋯⋯。なるほど⋯⋯申し訳ないと思いますが、この家はそういうものには特に気をつけていたつもりなのですが⋯⋯」

 黒スーツの男に目線を配ると部屋から出て行く。


「そうですよ。マシロ様。私もドレイクさんが、この場所で奴隷を売買しているなんて言われるまで信じられませんでしたよ。なんていうかもっと空気が違う場所のような⋯⋯」


「そういう表面上じゃなく、裏面での話かなぁ。魂が嘆いてると言った方がいいかな?」


「⋯⋯あぁ、そういう意味でしたか。確かに、この屋敷に住んでいた前主がそういう趣味だったのは存じておりました。ただ、私が住み始めた後に隠し部屋も全て清掃をしたつもりでしたが⋯⋯まだ、何かがあるのかもしれませんね。そちらさえ良ければ探していただいて構いませんよ」


 扉がノックされ『失礼します』と、メイド服以外の箇所全てに包帯が巻きつけているメイドが入ってくる。


「お呼びでしょうか。ご主人様」

 眼も包帯で隠されているが、まるで見えているかのように位置とりを把握して礼をする。


「レイ、仕事中にすまないね。こちらは『蒼龍様』であるマシロ様と、『神子(みこ)』であるセルフィーナ:ドューム:アザム:フィオーレ:カイザー様だ」


「初めまして。レイと申します。以後お見知りを」


「最初に言われていた臭いの原因は彼女かと思って連れて来させましたが⋯⋯失礼を承知で申し上げますが、『蒼龍様』に、レイを見てほしいのです。見ての通り彼女はある呪(まじな)いに侵されておりまして、解毒方法や和らげる何かが少しでもあれば是非教えてほしいのです」


「いいよ。見知らぬお菓子ももらったしねぇ」


「本当ですか! ありがとうございます。レイ、マシロ様のおそばに」


 マシロの方に近づくと膝をつける。


「じゃあ、ちょっと触るね〜」

 そういうと手、足、身体、頭などに触れていく。

「⋯⋯⋯⋯ふむ」


「何かお分かりましたか?」


「それ以前に、この子ってどうやって手に入れたの? なにも知らずに手に入れる事はないよね?」


「え⋯⋯えぇ。わかるのですか?」


「そりゃ、これだけ混じってるならね。ある意味、この状態が奇跡じゃないかな」


「奇跡⋯⋯そうですね。レイは奇跡の体現者です。この呪いさえなければ⋯⋯ですが。レイと出会ったのは森の中ですよ。瀕死の状態でしたが、生きていましたので保護いたしました」


「マシロ様、一体どういうことですか? 呪いとか奇跡とか」


「セッちゃん。この子は嵌合体(かんごうたい)だよ。いわゆるいろんな種族が混じったりしている拠所体(キメラ)だね」


「⋯⋯どうして⋯⋯」

 そうなったのか聞こうとしたが、声を選ぼうとしたが見つからなかった。


「『神子』様。私の力を持って調べた結果、レイは獣人、鳥人、精霊、魚人、竜、悪魔(魔物)、幻獣(霊種)の遺伝子を組み込まれた人間なのです。もう既に滅んだ街の事ですが、そこでは大魔術実験が行われており、色んな生物同士を掛け合わせていたのです。その実験の唯一成功したのが彼女なんですよ。ただ、その後に全身が勝手に傷を負ったり、腐敗したりしているのですが、その再生力で生き存えているのです。それに、後にその街は大爆発を起こし完全に消滅しています。再生力がなければ彼女も生きてはいなかったのではないでしょうか⋯⋯」


「それは⋯⋯」

 蒼ざめるセッちゃん。


「ちなみに、その寄り合っている場所(にくたい)には問題はなく、どちらかというと⋯⋯その後に施した魔術のせいじゃないかな。少なくとも5人の命と繋げられてると思う」


「あの爆発の時、彼女(レイ)と一緒に囚われていた子供に術をかけたとは言ってはいましたが⋯⋯とても生きているとは思えません。それでも繋げられているという事は生きているというのでしょうか?」


「多分ねー。どこまでが生きている定義(・・)かは知らないけど、意識があると言う事でいえば生きてはいるんだろうね」


「なら、その子達を見つけ、術を解除すれば、レイは元に戻るのでしょうか?」


「ん〜無理だろうね。繋がっていると言ったけど、これは同化と同じ意味かなぁ。四肢、頭、心臓、などそれぞれの部位に繋がっているから、解除すると言う事は破棄すると言うことになるから、死んじゃうんじゃない? 心臓なくても生きていれるんなら生きれるだろうけど」


 ドレイクが険しい顔で何かを考え込むがそれも一瞬、すぐに元の顔になる。


「そうですか⋯⋯。見て頂いてありがとうございます」


「いえいえ〜どういたしまして」


 マシロが離れると、それと同時にレイが包帯に巻かれた右眼を抑えるが血が瞬く間に滲んでいく。


「申し訳ございません。裂傷が起きましたので、これで失礼いたします。マシロさま⋯⋯ありがとうございました」


 白い包帯がみるみる赤くなっていく中、一礼をして部屋を後にした。


「大変だねぇ。あと、臭いの件なんだけど、夕方ぐらいに立ち寄ってもいーい?」


「えぇ、もしかすると私が用事で出かけているかもしれませんが、使用人達には言っておきますので」


「ありがとう。じゃあ、セッちゃん、帰ろ〜」


 そのままマシロはセッちゃんに抱っこされながら屋敷を後にする。


 座ったままのドレイクの元へレイが再び現れる。


「どうだ? 安心しただろう? 最高傑作になるはずだったお前がそれを捨ててまで生かした5人の命はまだあると」


「えぇ、ただ彼女は生きている定義の話をしていましたが?」


「それはそうだろう? あの爆発で生きているだけで不満なのか?」


「⋯⋯⋯⋯いえ」


「お前に引き渡すにはまだ足りない。もっと、もっと俺の為に働いてもらわないとな。終わった時には、大量の金と共に5人と好きなところにでも行けばいい」


「⋯⋯」


「で、それよりも大切な報告があるだろう? 『蒼龍』はどうだったのだ?」


「⋯⋯戦闘能力はほぼ皆無です。何か秀でたモノがあるわけでもありません」


「それでは、あそこまで崇められる理由は?」


「分かりません。ただ彼女を解析した結果、彼女自身は目にも見えないほどの生物が結合しているように感じました」


「どう言う意味だ?」


「推測ですが、彼女の姿は原型を留めているだけであって、本来はスライムもしくはさらに小さな生命が集まっているようなものかもしれません」


「スライム⋯⋯なら、魔物なのか⋯⋯。お前はアレを退治できそうか?」


「わかりません。未知の要素が多く、戦ってみないとどうなるかは不明ですが、一つ言えることは負ける事はなく、最低でも相討ちにはできると思います」


「ふむ。もう一度聞くが、戦闘力は無いのだな?」


「はい。彼女は攻撃する能力は一切ありません」


「なら、『蒼龍』を商品として捕獲してみろ。できれば、お前達を開放してやろう。できそうになければ即座に撤退し、俺達は水都から出る」


「それは負けた場合、水都を捨てるという事でしょうか?」


「そうだ。特に水都(ここ)に執着している訳でもないからな。それにアレは水都に害をする者に執着しているのだろう? 負けるなら潔く出ればいい。結局、焼け死んだがアイツも街から出れたようにな。それに戦ったなら蒼龍の情報も得よう。それを他国に情報として売れるだろ。どうだ? やってみるか? チャンスを掴むかどうかはお前の好きにすればいい」


「分かりました。では、本日、マシロ様が来られた時に対処を致します。これから入念(・・)に準備を致しますので、これで失礼します」


 レイが出て行き、静まった部屋でドレイクは考える。


 マシロが勝った場合:必ず選択肢を出すと言う話から、水都を離れるだけで済む。レイが生きているなら情報を寄越すだろうし、レイが死んでいても、レイの能力を越える何かを持ち合わしているという情報は手に入る。


 レイが勝った場合:蒼龍を完全に手中に収める。水都を支配してもいいし、蒼龍を他国に売るのもいいだろう。


 相討ちだった場合:捕獲できそうなた蒼龍の捕獲。不可能であれば水都を放棄。


 どちらに転ぼうが、ドレイク自身の負担は無いのである。レイと繋がっているガキの術を解けば元に戻るなら人質の価値は存分にあったが、解いた時点で本体にも影響があるなら⋯⋯アレは既に不良品である。


 ならば、負担にならないなら賭けをするのも一興。


「せいぜい、愉しませてもらいましょうか」

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