9日目 水都

「よし。思っていた通り、傭兵達は街に帰還したな」

 転移スクロール後、水都周辺に飛んだマシロ達は周辺を警戒しつつ進む。


「ふぉぉぉぉぉおおお!!」

 森を抜け、初めて訪れる都に感動をして、声を出したマシロの口を咄嗟に抑える。

「⋯⋯むぅ⋯⋯」



「⋯⋯やはり、入り口の方でまだ傭兵達が集まっているか⋯⋯」

 レオンは少し考える。

「むぐむぐむぐ⋯」

 口を押さえられて喋れないマシロは何かを言っている!


「じゃあ、作戦通り行動を起こす」

 作戦とはマシロ、ウォル、姫様、レオ以外は街に帰還、好都合な事に雇い主は俺らと共に行動していた為、うまく嘘の言葉で傭兵達を誘導して、誘導後は仕事完了として酒場で戯れさしつつ、マシロ水を混入させて全員を堕とす。


「本当にこれで上手くいくのでしょうか?」

 姫様はいささか疑問に思う。


「どうだろうな。水(コレ)の効果は実証済みだからな。俺たちの最優先目標は城に入り奪還する事だ。実際、マシロが犠牲者は出したくないと言っているんだから⋯⋯無駄な戦いはせず城に進入し他の首謀者を倒した方が早いだろう。傭兵は金が支払わなくなったと分かれば働く事はないしな。なぁ? マシロ?」


「⋯⋯⋯⋯」

 マシロはチーンと電池が切れたおもちゃの様に寝ており、揺さぶっても起きる事はなかった。


「あの⋯⋯マシロ⋯息していないんですけど⋯⋯」

 姫様がオロついていたので確認してみるが、息もなく脈拍もない状態である。


「⋯⋯そもそも、コレは元々息をしていたのか?」


「え⋯どうでしょうか⋯?」


『⋯⋯⋯⋯』


 傭兵達が水都に戻り他の傭兵と話を済ませると次々と街に入っていき、起きないマシロを余所に時間だけが刻々と過ぎていった。


「⋯⋯その、なんだ、ご飯の匂いに起きるかもしれないから⋯⋯行くしかないだろう」


 暫く様子を見ても、身体になんら変化が無くみずみずしいボディがそのままな事から、戸惑いながらも3人は準備をして街に入る事にした。



 街に入ると、両手を縄で縛られ服装が泥だらけに汚れ髪が荒れた姫様を見るたびに動揺を隠せないでいた。その場で泣いて崩れる者、姫様を助けようと武器を持とうとしたが、レオンがその手で抱いている少女(マシロ)にナイフを当てると跪いた姫が懇願し許しを乞い、民に武器を収めるように言う。


 姫が捕まった噂はたちまち水都全体に広がり、傭兵達は仕事を終えた安堵感、都民は絶望感に浸る。



「はぁ⋯⋯はぁはぁ⋯⋯ 待ちなさい!!」

 噂を聞きつけたのか、急いで駆けつけた一人のメイドが手にナイフを持ち現れる。


「⋯⋯姉さん」

 ウォルが呟いた言葉に姫様がビクっと反応する。


(本当にきたのかよ⋯⋯)

 作戦を話し合っているときに無謀に立ち塞がってくる人が必ず来ると姫さんとウォルが言っていた。それはウォルの姉であるアイラという女性。強気で姫の為なら数秒稼ぐ為に命すら簡単に投げだすという⋯⋯。特攻精神を持ち合わしているならそれなりの手練れかと思いきや、


「アイラさんは見た目に反して弱いですよ」

「姉さんは姫様が喜ぶからといって料理や家事スキルしか取らなかったですから⋯⋯」


 ⋯⋯だそうだ。


「ウォル! あんた何を諦めてるの! 私が数秒でも時間を稼ぐからさっさと姫様を連れて⋯⋯」

 間髪言わずに傭兵に向かっていくアイラだが、レオンの持っていた少女(マシロ)にナイフが突きつけられている事に戸惑う。


「あなた、そんな小さい子を人質に!」


「アイラさん⋯⋯止めてください。⋯⋯彼女が蒼龍様の生まれ変わりです⋯⋯」


「なっ!!」


「ちなみに傭兵に卑怯というのは⋯⋯褒め言葉だろ? いかに効率よく安全に仕事こなす事が重要なんだからな」

 レオンは何も言わず、ナイフでマシロのほっぺをペチペチと叩く。


(起きないな⋯⋯確かサンドイッチ作ったのは騎士(ウォル)の姉と言ってたはずだが反応なしか⋯⋯ )

 俯いている姫を見ると小さく頷く。


「はぁ〜。で、お前はこの状況でナイフを俺に突き付けたわけだ。どうなるかはなんてものは、当然分かってるよな?」

 胸ぐらを掴むと服が破れ肌が露出する。


「⋯⋯⋯⋯くっ⋯⋯好きにすればいい」

 少し間を開けたがアイラはこれからされる事を想像した上で了承する。


「じゃあ、早速案内してもらおうか? 人気の無い家屋にな」


「まて⋯⋯姫様も連れていくのか?」


「そりゃ、この二人の監視をまかされているのだから当たり前だろ? いいじゃないか。自分の乱れる姿を魅せても」


「下種め⋯⋯」


(⋯⋯上手くいけば3人共助けれるかもしれないわね⋯⋯)

 すぐにそう考えたアイラは人気の無い家屋へと案内した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここは⋯⋯?」


「私の家。ここならベットも食べ物もあるしいいでしょ? それに化粧直しぐらいはさしてもらいたいからね」


 鍵を開けて家に入ると、男(レオン)は抱いていた少女(マシロ)を私に渡した。


「え?」

 なぜ、いま少女を手放し私に渡したのかわからないまま、レオンはスタスタと歩きソファにもたれかかる。


「あ〜疲れた。姫さん、説明は任せる」


 そう言いながらソファーの上でゴロンと寝転がった。


「え? えぇ? なに? どういう⋯⋯」


「ごめんなさい、アイラさん。実は怪しまれない様に街に入るための演技なんです」

 握り締めた手を離すだけで、縄がするりと解ける。


「演技って⋯⋯どうみてもこいつらは傭兵じゃ⋯⋯」


「あ〜確かに傭兵だが、森に入ったほとんどは少女(ソレ)に新たに雇われたから安心していいぞ」


「はぁ〜? もう何が何だか⋯⋯ただ、なら二人は無事だったんだね?」


「よかった⋯⋯」と、そういいながら暫く抱きしめた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なるほど大体の事情は分かったけど、今現在、城の周辺には結構な人数がいるよ」


「そうだろうな。まぁ、どっちにしろ、マシロが起きない事にはどうしようもないんだが」


「そうなんだろうけど⋯⋯この子が蒼龍様の生まれ変わりねぇ⋯⋯」

 

「いい! 小さなメイド姿もワンピ姿もちょっとボーイッシュな服も全部似合う!!」

 チラリとマシロの方を見ると、姫がマシロに様々な子供服を着せ替えて楽しんでいた。


 この人気のない借家がある事は、ウォルも姫も知らず、アイラの完全なプライベート部屋であり、小さな子供服の店が開けれるぐらいの数が用意されていた。


「まぁ、信じられないのもしょうがないんだが、一般常識は当てはめない方がいい。傭兵(おれら)は命を代償に雇われただけだからな。アレが素で動くなら俺らなぞ必要ないし、もしそうなっていたなら、既に街の人間以外は全部喰われているだろうよ」


「いまいちピンこないね⋯⋯」


「後々嫌でも分かるさ。まぁ、とりあえず何か料理を作ってもらえないか? マシロが起きるかもしれないからな」


「分かった? けど、手の込んだものは無理だからサンドイッチでいいかい?」


「あぁ、その方がこいつが起きるかもしれないからな。頼む」


 キッチンに入っていくアイラを見た後に、城の見取図を確認しながら、手薄な場所や侵入しやすい場所の考察をする。暫くしてマシロの方を見るとペンギンの着ぐるみを着せられており、姫さまが感涙して拝んでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ありあわせサンドイッチだけどお待たせ。姫様もよろしければ」


 サンドイッチをテーブルに置いた時には、なぜかペンギンがテーブルに鎮座していた。


「わっ!?」


 テーブルに皿を置く前までは何も無かったはずなのに、コトンという小さな音と共に着ぐるみを着た少女が座っていた事に驚く。



「マ⋯マシロが急にいなくなりました!! 今の今まで目の前にいましたのに!!」


「美味(うま)、美味(うま)」


 姫があたふたと慌てるが、サンドイッチを食べ始めてるペンギンマシロに安堵する。


「目覚めたのか? 脈拍も呼吸もなかったから心配したぞ」


 考察にひと段落ついたレオンが、仕事がやっとできると安心するが反応がない。


「うまうま」


「? おい?」

 触ろうとした瞬間、ペンギンの姿はサンドイッチごと視界から消える。


「何処に行った?」


「あそこにいます!」

 姫様が指した方向を見ると天井角に器用に張り付きながら、もにゅもにゅとサンドイッチを口に入れている。


「⋯⋯こいつ、意識がまだないんじゃないか?」

 あからさまに行動がおかしい事に疑問を抱きつつも暫く様子を見てもなにも変化は起きなかった。


「う〜ん。しょうがない。コレをたべさしてみようか」

 アイラが黄色いサンドイッチを取り出す。


「それは?」


「姫様が好物の物凄く美味しいサンドイッチだよ」

 物凄く美味しいという言葉と同時に、天井角からサンドイッチをのせていたお盆がカランと落ちると同時にアイラの胸元にペンギンが張り付きサンドイッチを求めていた。


 サンドイッチを一口食べた瞬間にマシロがプルプルと震えて水となり衣服だけのこして消えていった。


『⋯⋯⋯⋯』

 一同、沈黙。


「一体何を食べさしたんだ?」


「姫様が好物な90%以上カラシマスタードのサンドイッチ⋯⋯」


「それはサンドイッチではなく、ほぼカラシだろ⋯⋯」


 沈黙を引き伸ばさないかのように、丁度その頃、外では小雨が降りはじめていた。


「で⋯⋯どうするんだ? この姉ちゃんがマシロを倒したって事になるとヤバイんじゃないか?」


「んにゃ、ヤバくはないよ。マシロ(影)が倒されたのはビックリしたけどねん」


 アイラの身体からスライムが飛び出し、地面の着地と同時にマシロがにゃんポーズをしながら現れる。


「⋯⋯で、なんでお前はそんな格好で飛び出てきたんだ?」


 レオが頭を抱えながら質問するが、当の本人であるマシロは、一糸纏わぬ姿で、頭からはウサギの耳が生え、尾骨辺りからはモフモフの球体をした尻尾が生えていた。


「さんどうぃっちのお礼で好みの姿になったから?」


 皆がアイラを見ると顔を真っ赤にして俯く。


「この家も自分で製作用に借りてるし、2階は作業場じゃよ。とくに子供に着ぐるみパジャマ類を着せるのが最高の至福らしいっぽい」


「うわぁぁぁ、これ以上はバラすなぁ!」

 と、言いつつもマシロを満足気に抱く。

「悪いか! 世間からはクールで美人、ナイスバディ、更にはかなりの手練れなお姉さんと言われてるけど、そうだよ! 実際は子供が喜ぶ事が一番好きなただのお姉さんだよ! なんで初対面のあんたが知ってるのよ!」


「企業秘密だぴょん」


『⋯⋯⋯⋯(汗)』

 アイラの本当の姿に戸惑う。


「まぁなんだ。悪くにゃいぞ。むしろ最高じゃ」

 マシロは再びペンギン型着ぐるみを着用していた。



「で、さっきまでのお前は一体なんだったんだよ?」


「ん〜? あれはマシロ(影)だよ。街に入る前に言ったやん。地下水脈あるからちょっと見てくるって」


「むぐむぐしてた時か⋯⋯そんなの分かるわけねぇだろ。で、どうすんだ? 今日中に城に入るのか?」


 アイラはバレた事もあり、姫さまと後方でマシロ(影)で着せ替えを楽しんでいる。



「城? 今から行くかぇ?」


「話を聞く限りじゃ『いくかぇ?」て気軽にいえる人数じゃないぞ? さすがにあの人数を見つからずにすすむなんてほぼ不可能だ」


「ん〜? お城はもう空いてるよ?」


「んん? どういう意味だ?」


「だから、お城の中にはメイドさん達以外だれもいないよ?」


「はぁ? それはありえないだろ? 攻めるだけ攻めて終わればさよならみたいな事⋯⋯」

 背筋にゾワリと悪寒が立つ。

「⋯⋯お前か⋯まさか⋯⋯」


「うん? だって、さんどうぃっちお姉ちゃんは城で料理しているって言ってたじゃない? すぐに会いにいくのは最優先事項だよ。まぁ、結局いなかったんだけどね。それに今日はさっさと寝て明日から忙しい復興作業だよ?」


「城にいた奴らはどうなったんだ⋯⋯」


「え? それは言わなくても分かってるんじゃない? あぁ、一応装飾類などは残したよ。あとで売るなり好きにしたらいいよん」


「そうか⋯⋯じゃあ、俺らの仕事は、本当に最初から街の復興作業のみか」


「うん? だから最初にそう言ったよ?」


「にしても、相手から情報などを尋問して聞き出したり、報復したりはしないのか? 蒼龍としての力を見せつける⋯⋯」


「そんな事する意味ないよ〜。私はぐーたらできるマイホームが欲しかっただけだし、この水都でこのまま生きていく予定だもん。だから邪魔になりそうなら速攻排除だし、一応『このまま退散するか』、『戦闘(たべられる)』か選んでねって言ってあげたよ?」


「⋯⋯」

(これは想像以上に楽感的に考えすぎていたのかもしれない⋯⋯マシロは化物の類いや魔王などではなく『天災』そのものでは⋯⋯)

 頭を抱えるレオン。


「一応。今、この街にいる傭兵にもチャンス与えたよ? 『作業する』か『放棄(たべられるか)』でね」


「⋯⋯そうか」


「けど、コッチは安心していいかな。マシロ水を渡した傭兵達が簡単(ひっし)に説明してるから、ほとんどの傭兵は作業に協力してくれる事になったから」


「分かった」


(地形把握能力、戦闘向けでは無いと本人(マシロ)は言っているが対人・対軍のどちらにも勝る全捕食能力。コレが本気なら世界すら滅ぼせるだろう⋯⋯ただ、救いなのは世界より身近な生活環境だけを求めている事か。それに⋯⋯)

 チラリと姫の右腕を見る。

(あの右腕は間違いなく、あの時に斬られたはず⋯⋯それを治せるという事は⋯⋯もしかするとアレの病気を治せるかもしれないな)


 レオンは自分の目的を再認識をし、ここが敵地だろうがマシロに少しでも近づき可能性を求める事にした。

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