8日目 セッちゃん

 先程まではマシロによって調整されていた脳内麻薬のおかげで恐怖が曖昧になってはいたが、今の行為で再び上塗りされた恐怖が全員を襲い、足が竦み動けなくなっていた。


「どうしたの? 行こうよ」

 マシロがみんなを見ようとすると、急に眼つきが変わりスンっと鼻で何かを吸う。


 スンスンスンスン言わしながら、フラフラと一人の傭兵の前にいく。


「君はさっき会話した人だねぇ」


「あぁ⋯⋯それが何か?」

 顔に冷や汗を滲ませながら答える。


「んっと⋯⋯何かいい匂いがするけどなにか持ってる?」


「ん?? あぁ、もしかしてコレの事か?」

 そう言うと、布袋から大きめのオニギリを取り出すと、マシロの眼が輝いた。

「⋯⋯欲しいならやるよ」

 一つ渡すと、ハムハムと食べはじめる。


「お〜い〜〜しぃぃぃぃ〜〜!」

 大人でも大きめのオニギリを、小さな口元でハムハムと何度も口一杯に含ませて感涙している。


「もう一つあるが⋯⋯いるか?」


 ピタリと一瞬とまり、傭兵を見上げる。


「あふぁたばふぁみか(あなたが神か)」

 マシロの眼はより一層輝いたという。


 その姿を見るといつのまにか全員の恐怖が薄れていた。理由と言うわけではないが、敵対者には容赦無いが、それ以外は普通なのだと自然にそして勝手に頭で理解していた。



「とりあえず君の名前は〜?」」

 オニギリを喰べ終わったホクホク顔のマシロが傭兵に聞く。


「⋯⋯レオンフィルドだ」


「じゃあ、レオ君。君が傭兵達のリーダーに任命しまっす!」

 ビシリと敬礼をする。


「⋯⋯選考基準は聞かないでおくし、別に構わないが、リーダーという事は特別報酬はありか?」


「さっきも聞いてたけど、そんなにお金が大事なの?」


「そうだな⋯⋯俺にはどうしても金がいる」


「ふむり。そもそも私との契約は復興のみだから、水都の代表者に報酬の話を切り出せばいいんじゃないかな? 私は『手伝わせる』だけだけど、あなた達は水都に協力するんだから能力以上をすれば報酬もらえて当然だと思うよん」


「なるほど。ならば水都の女王セルフィーナ:ドューム:アザム:フィオーレカイザー殿」


「⋯⋯分かりました。報酬のお話の件は城を奪還後に必ずお話しすると誓いましょう」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いま、なんて?」

 マシロが真顔になっていた。


「蒼龍様。改めまして水都で王女を務めさしていただいていますセルフィーナ・ドューム・アザム・フィオーレ・カイザーです。どうぞお見知りおきを」


「セルフィーナ・ドゥーなんとかって⋯⋯どこからどこまでが名前なのさ?」


「全部ですが? 王家の者は代々名前を引き継ぎますので長ければ長いほど繁栄しているという象徴なのです」


「ふ〜ん⋯⋯。じゃあ、そんな長い名前を呼ぶのがめんどくさいから、私はセッちゃんと呼ぶね。セッちゃんはマシロの事はマシロでいいよ」


「蒼龍様! 失礼ですが王族にそのような短い名で呼ぶのは無礼にも程が⋯⋯」

 ウォルがいきり立つ。


「でも、覚えるのめんどくさいもん⋯⋯。というか、覚えらんないよ。そもそも普通名前なんて四文字から六文字あれば十分なんだよ?」


「ウォルよいのです。セッちゃんと呼ばれると⋯⋯なんだかご友人みたいで嬉しいです。マシロ様」


「様はいらないよ。マシロはセッちゃん達とは共存の道を進む同等の仲なんだから」


「わ、分かりました。マ⋯⋯マシロ、改めてよろしくお願いしますね」

 

「うん、よろしくね、セッちゃん」



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「そういえば、お城にはどうやって戻るの?」


「馬も殺されましたし、歩いていくしかありませんね」


「じゃあ途中、馬もきゅうしゅ⋯⋯⋯⋯」

 マシロの頭は馬肉の事でいっぱいになり涎を垂らしはじめる。


「いや、俺たちの転移スクロールがあるから、それで城まではすぐに戻れるぞ」


「あぅ! ⋯⋯そんな便利なアイテムあんのね。青いタヌキもビックリだよ」

 馬肉の夢が潰えた為、マシロの精神に9999ダメージ!!


「青いタヌキ⋯⋯? なんの事を言っているかは分からないが、夕刻まではここで待機した方が動きやすいから、その間に行っておくか?」


「レ⋯⋯レオきゅん!」

 マシロのレオに対する好感度が3upした。


「なぜ夕方なのですか? 被害の事を考えれば、様子を見る為にもすぐに城に戻った方が⋯⋯」


「いや、都民は余程抵抗しない限りは殺されはしない。それに今戻れば、どこで他の傭兵とどこで鉢合うかは分からないし見つかれば戦うしかなくなる。夕刻ならばある程度区切りがつくし、傭兵達は酒を飲みはじめるだろうから、言い訳でも合わせれば嘘でも通りやすくなる」


「なるほど⋯⋯」


「だから、あんた達もその嘘にはある程度合わせるように考えておいてくれ」


「分かりました」


「どうでもいい話終わった? 馬の場所に早く行こうよ! ついでに他の栄養分もあれば吸収しておきたいし」


「⋯⋯分かった」


「よし! じゃあ、この場から離れる準備するからちょっと待って。コレを回収しておかなきゃ、ウチは此処から離れられないし」

 湖に足を入れると軽い地響きと共に湖がものの数秒でマシロに吸収されていった。


「まさか、その湖だったものは⋯⋯」


「私だよん。ビックリしたかい?! 湖に化けてそれを飲みにきた動物達を吸収していったのさ!」

 どや顔をするマシロに対し、傭兵達は湖の全てがマシロだったとは一切思わずに心の中で(⋯⋯ 戦わなくてよかったな⋯⋯)と思いつつドン引きをしていた。




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「にしても、ゴブリンがあまりにいないのはそういう理由だったのですね」


 馬の場所まで歩いていく最中に、ゴブリンの襲撃がない事の疑問にマシロが答えていた。


「そうだよ。まぁ、ウチを丸呑みしたのがゴブリンキングとは思わなかったんだけどね〜。今思い返せば、確かに彼だけは他のゴブリンとは少し違っていたね」


「それはそうでしょう? ゴブリンキングは狡猾で自分の身に対しては慎重に更には相手の弱点を突くズル賢い知能を持っていますからね」


「チッチッチ、そこじゃないんじゃよ。私が言いたかったのは骨の周りにある肉が中々美味だったんだよ。基本的にゴブリンの肉は毒素を含んでるし、臭みも味も不味いし、肉質も固いんだよね。それなのにキングだけは美味だった⋯⋯それがどれだけ凄いか分かるかい?!」


「こら、暴れんな」

 レオンが暴れるマシロの足を押さえる。


「マシロ、一つお聞きしたいんですがよろしいですか?」


「なぁに、セッちゃん」


「なぜレオンフィルド様に肩車を? 私ではダメなのでしょうか?」


「セッちゃんと私は同等だもん。レオ君は雇っているからね。それにこの中で今一番好感度が高いのはレオ君なのだよ」


「どうしてですか!」


「そりゃ⋯⋯オニギリじゃないか⋯⋯ていうか、それ以外考えられねぇだろ」


「なら、私だって先ほどサンドイッチを!」


「それ、ウォル君のお姉さんが作ったじゃない?」


「そ、そんな⋯⋯」


「姫さん⋯⋯安心しろよ。好感度が高い言(つ)っても、微々たるもんだろうし城にもどったらすぐ離れるだろうよ」


「ぐぬぬ。なら! マシロ!! 私の右腕を食べていいですよ!」


「ぴゃ!!」

 マシロはビクンと猫みたいに動揺する。


「ひ⋯⋯姫さま! なにを言っておられるのですか!」

 さすがのウォルも動揺を隠せない。


「元々、この腕は斬られていました。ならば無くなっていてもなにも不思議な事ではありません! さぁ、どうぞマシロ!」


「う⋯腕を食べるのは物凄い痛いし⋯⋯綺麗な顔が数十年は絶対に老けちゃうんだよ?」


「構いません! それで貴女(マシロ)との距離(あい)が縮むなら!!」

 その目に迷いはなかった。


「⋯⋯⋯⋯レオ君、降ろしてください」

 マシロは水水しいボディをプルプル震わせていた。

「⋯⋯あぁ」


「い、いいい今の発言で、セッちゃんの好感度がままマックスにゃ⋯⋯。う、うわーいセッちゃん大好き〜」

 そのまま抱きつき抱っこされる。


「よかった! 分かっていただけたのですね。うんうん。マシロの身体は軽いしひんやりプルプルで気持ちいいですね」


 うふふと言わんばかりな会話の中、マシロの目だけが泳いでいた。


(最悪やぁ〜⋯⋯治療してもらったと思わしていた右腕が、実はとっくに喰べちゃいました(テヘペロ)なんて言えるわけねぇっしょ!)


「もし、これでも来ていただけなければ、右腕を斬り離すしかありませんでしたよ」


(⋯⋯斬り離してもすぐくっつくんだけどね⋯⋯その腕⋯⋯たぶん私の元に還す以外、永久に不滅⋯⋯例えば火事にセッちゃんが焼かれたとしても、右腕だけはみずみずしくピチピチと動いてる感じになると予想⋯⋯)


 二人の思惑はともかく、周りから見ればマイナスイオンが漂う空気になっていることだけは確かだったのである。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「馬のとこまで来たのはいいが⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯」


 死んでいた馬の周りにはその肉にありつこうとした動物の死体が転がっていた。


「劇毒か⋯⋯なにもここまでキツイのを。あぁ、そうか音も立てずに始末しておきたかったからか。どうするんだ? 流石にお前でも喰えねぇだろ?」


「ごぴとーたまでした」

 すでに食べ終わっていた。


「⋯⋯⋯⋯毒は大丈夫なのか?」


「毒? あぁこれの事?」

 口をモゴモゴすると黒い小さな飴玉を手に吐き出す。


「これが毒?」

 手に持とうとしたがマシロに止められる。


「毒を集めたものだから触らない方がいいよん」

 そう言って再び口の中に入れてコロコロと回す。


「で、結局の所お前の身体は一体どうなっているんだ? 鉱水や毒なども含まれている割に、湖になれば動物が寄ってくるのを捕獲していたなど」


「ん〜なんというか、身体の中心にポケットがあって、そこに入っていくような感じ? だから水分といっても分類毎に分かれているっぽいかなぁ?」


 などと、話していると背後からお腹の音が鳴る。


「す⋯⋯すみません」

 セッちゃんが少し恥ずかしそうにしている。


「あぁ、そういえばマシロが全部喰べたんだな。夕刻までまだ時間があるから⋯⋯食料を確保するか?」


「⋯⋯⋯⋯ふぬ。勝手に食べてしまったウチにも責任があるし、ウチが出してあげよう」


 そう言いながらプルプル震えると、身体から頭が無くなった馬がボトンとリリースした。


「ま⋯⋯まさかそれを喰べろというんじゃ? それよりその身体からどうやって出したの方が疑問だ⋯⋯」


「呑み込むだけなら速いよ? 人は喰べたものを胃に運ぶっしょ。だから、呑み込み直後なら大丈夫だけど、美味しい部位は最初に食べる派なので頭は既にありませぬ。じゃあ早速調理に入ろうか、マシロ流極上の生肉をご堪能あれ」


 馬の身体に手を当てるとスパスパと分解分離され、撫でると皮が消えていき赤身が現れる。


 ただ赤身は死後数時間が経過しており新鮮味を感じなかったが、マシロの指先から一滴ほど滴を垂らすと今にも動き出しそうなほど見る見る活性化していき、その肉を少し大きめの一口サイズに切り分けていった。


「⋯⋯う⋯⋯美味い⋯⋯いや、これが馬?! 旨過ぎる?!」

 少し戸惑いはしたものの、口の中に入れると馬肉の旨さに驚愕する。それを見た他の者も次々に食べて陶酔していく。

「なんだコレは⋯⋯生肉だけでは絶対にこんな味にはならない⋯⋯。この馬肉本来の味を一切壊さずに味は底がないと思える程奥深く、身体の隅々まで美味さが浸透していくような⋯⋯」


「ふふん! その秘密はマシロ水さ!」

 バーンとドヤ顔をしつつ、指先からプクリと水が膨れる。

「セッちゃん、試しにちょっと舐めてみる?」


「いいのですか?」

 はしたない行為だと感じ、少しばかり周りを気にしたが、指先に口づけをする様に吸う。


「はぁはぁ⋯⋯美味しいれふ」

 一口舐めた途端、目がトロンと蕩けてしまい、口を少し離すと舌をだして、色気を漂わせながら舐りはじめた。


「ん⋯⋯チュ、ん、はぁ⋯⋯」

 指先から人差し指を舐め、ときより身体をビクンとさせている。


「大丈夫なのか⋯⋯それ?」

 色気に惑わされじっくり観察していた事になんとか気づき正気にもどったウォルが言う。


「うん。大丈夫よ。舐めてる間は細胞が喜ぶからこんな感じになるだろうけど、覚めるのは早いよ」

 そういって、指を離すと数秒後には正気に戻った姫が今の事を思い出しながら恥ずかしがっていた。


「ふふ〜ん♪ どうだ! これがマシロ水の素晴らしさなのさ。栄養満点に美容効果、毒素除去、身体の細胞に隅々まで浸透して元気になる」


「すげぇな。俺も舐めさしてもらっていいか?」

 

「え? 絶対に嫌。けど、どうしても飲みたければ、コレあげるよん」

 そういって、水の塊を渡す。


「流石に男に舐められるのは嫌か?」


「ううん。そう言うわけじゃないんだけど。男が舐る姿見たいと思う?」


「あぁ、そういう意味⋯⋯」


「そうそう、ウチはサービス回を大事にする派なのさ」


 どやぁという顔をしている少し離れた場所で、数十人の野太い声で「おっほぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」と言う大声が漏れはじめていた。


「それにしても、こんなに美味しいのを喰べてるのなら、普通のサンドイッチやオニギリでは物足りないのではないのか?」


「ううん。マシロ水はマシロにとっては普通に美味しい水だから使っても変わんないよ。多分だけど、ウチにとっては『想い』が入っている料理の方が美味しいと感じるんだと思うよん」


「そうか⋯⋯」

 化け物と思っていた中に少しだけ人間味を感じる。


 周囲からガサガサと何かが向かっている気配を感じる。


「敵か?」


「ううん。バカじゃないかな?」


 マシロが呆れ果てた顔で言っている途中で、周囲から目が血走っている傭兵達が次々と現れる。


「水⋯⋯みず⋯⋯マシロ水⋯⋯吸いてぇよぉ。吸わせぇろぉぉぉ!」


 パンツ一丁で現れた傭兵達はマシロの姿を確認した瞬間に飛びかかってくるが、マシロが指をパチンと鳴らした直後、次々にバタバタと倒れていく。


「これは一体⋯⋯?」

 倒れた傭兵を確認すると眠っているだけであった。


「マシロ水の過剰摂取で酔っちゃったんじゃないかな? 舐めて、もどって、舐めて、もどってを繰り返した事によって器官が狂ったんだとおもう」


「なぜこんな姿なんだ?」


「⋯⋯それは言わなくても分かるっしょ? マシロ水が無くなったことにより目の前にいる相手の口に付着している⋯⋯⋯⋯」


「わかった! もう言わなくてもいい⋯⋯」


「ほらね? 想像したくなかったっしょ? 男だけの酒池肉林なんて⋯⋯それでもレオ君も舐めてみる?」

 人差し指から蜜を膨らませて、レオの口に近づける。


「⋯⋯いや、遠慮しておく」


「そ、ざ〜んねん。まぁ、お腹も膨れた事だし夕方に起こして出発でいいよね?」


「⋯⋯あぁ。それまでに嘘などの辻褄合わせやルートの確認をしておこうか」


 話し合いを終える頃には陽が沈みかけていた為、傭兵達の身なりを整えた後に水都へと移動をした。

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