7日目 生存手段

「こんな大人数で寄ってたかって、女子の物をとるなんてはずかしくないん? ほんと、これだから⋯⋯人というやつは⋯」

 指輪がついている方の手首を軽く捻ると、ズルんと取れる。


「へ? はぁ? それ? 俺の手?」


 マシロは言葉に反応する事もなく指輪を抜こうとしたが、少し固かったので指を同じように引き抜いて指輪を取ると姫に渡す。


「お母さんから貰った指輪なんでしょ? あの男の皮脂など綺麗に取っておいたから、次はとられないようにね」


「え? あ⋯⋯ありがとうございます」

 指や手を分離さしているのに対し血が一滴すら垂れていないのをとても疑問に感じるものの質問をする勇気がなく、ぎこちなくお礼をする。



「じゃ、お礼に私の質問に答えてもらおうかな?」

 真っ白な髪から見えるブルーアイが異様な威圧感を放つ為、背筋がチクチクと強張る。

 

「は⋯⋯はい。な、なんでしょうか⋯⋯?」

 なんとか返事をするもののラグ補佐官が視界に入り、何か失礼な事を言えば自分もああなる未来をどうしても重ねてしまい緊張が高まる。


「さっき私が喰べた⋯さんどうぃっち⋯⋯貴女がつくったの?」

 モジモジと頬を赤らめて恥ずかしそうに聞いてくるが、そのモジモジしている間はラギ補佐官の指を葡萄の実をもぐように関節からプチプチと取れていく。


「あ⋯あれはウォル⋯⋯いえ、そこの騎士のお姉さんがつくった物です」


「ふむ。教えてくれてありがとう」


「は⋯はい」

 下を向き、両手で指輪を強く握りしめる。


「さてっと、どうでもいいんだけど⋯結局の所、何で喧嘩してるのさ?」

 捥いだ指を口に放り込みながら、暇潰しに聞いてみる。


「戦うなんて一つしかないだろうが! 領地をうばう戦争だ! 蒼龍! お前の大切にしていた土地を我等に奪われる気分はどうだ?!」

 ラギ補佐官が叫ぶ。

 

「さっきから、蒼龍⋯⋯蒼龍って聞くけど、それってもしかしてウチの事を指してるの?」


「お前以外にだれがいる?! 蒼龍とはよほどアホなのだな。死にたくなければ、さっさと俺を元通りにしろ!」

 これが夢とおもっているのか、それとも魔法(げんかく)の類と認識しているのかは不明だが、生首になったラグは威勢よく叫ぶ。


「⋯⋯ふむ⋯。蒼龍って、もしかしてコレ?」

 手が一瞬だけ龍の形に変わる。


「蒼龍様! やはり貴女様が私達が探しておりました蒼龍様なのですか? なら、お願いいたします。早急に水都までお戻り民達をお助け下さい!」


「んぁ?! 吃驚したぁ。あ〜、ん〜⋯⋯」

 姫様が叫ぶよう懇願してきたが、マシロは腕を組み複雑な表情をしながら考える。

(コレ⋯⋯あかんやつだわ。やっぱ、最初に食べていた⋯あの龍⋯有名なやつやん⋯⋯アレを食べたから私が生まれたと言っても過言じゃないから納得はできるけど、あの龍って既に骨すらない⋯⋯)

 骨だけ返せば許してもらえる甘い考えをしていたが、骨すらないので解決策を考えるのを即座にやめる。


「蒼龍様? ご気分がすぐれないのですか?」


(ん〜まぁ、けど⋯土地を奪われた気分って言われても⋯⋯微塵も知んないしなぁ。ん? 奪われた土地っていったっけ? それに探していた蒼龍⋯⋯お戻りください⋯)

 マシロの頭上に何かを閃いたように電球が光る。


「ごほん。まず、最初に言っておくけど、たぶん私は君達が思っている蒼龍ではにゃい! 君たちから見ればその蒼龍の可能性が数百分の1ぐらいはあるかもしれないけど、私はこの森で彷徨っていた数年間の記憶しか持ってはないし、それ以前の記憶はないからね」


「記憶喪失という事なのですか?」


「その解釈は違うと断言するよん。記憶喪失ではなく、前の蒼龍は間違いなく死んでいる。生まれ変わりなのか、別の生物なのかは分からないけど、このマシロは君達の言う蒼龍などではなくただのマシロなのです」


 ニコリと微笑むと、あまりの可愛さに全員の心がきゅ〜んとなるが、喰いかけの手を見ると一同がスンッと心は冷めた。


(よし! とりあえずは掴みはおっけ! 蒼龍かもしれないほのめかす言葉に可愛らしい笑顔。勝負はここからだぜぃ!)


「ひとまず双方の事業は分かったけど、ウチには奪う奪わないなんてものに興味はないし、助ける気もサラサラにゃい」


「そ⋯⋯そんな⋯⋯」

 姫がショックを受ける。


「⋯⋯ただ、今の私は目標というか野望がある。『マイホーム』『ぐーたらしたダラけた生活』『美味しい料理』の3点ね!」


(⋯⋯ダメな子じゃん⋯⋯)

 全員、心の中でそう叫ぶ。


「だから、蒼龍の寝床とやらをウチにもらえるなら、水都内であれば私が守護をしたいと思う。美味しい料理はお願いしたいし、それ以外はダラダラしているから水都内で何かが起きる以外は、基本あなたたちに干渉しないようにする。何か相談あればのるしどうかにゃん?」


「⋯⋯水都はもともと蒼龍様の都です。蒼龍様の死を知り、マシロ様が蒼龍様に少しでも関係しているのであれば⋯⋯是非、お戻り下さい。ウォルもいいよね?」


「⋯⋯私は反対です。蒼龍様の加護がなくとも流水などは使え、今思えば加護の恩恵というのはアリやハチ達のように命令通り動いていただけに感じています。マシロ様、『龍の記憶領域』はご存知でしょうか?」

 姫様に一瞬振き頷く。


「ううん。知らない。なにそれ、おいしいの?」


「ほ⋯⋯ほら、記憶が無いんだから知ってるわけないでしょ?」

 

「姫様。もし、これが嘘で⋯⋯もう一度全員を洗脳しようとしていたら⋯?」


(ふむり。なるほどねぇ〜。この子、結構しっかりしてるし、蒼龍に嫌悪感あるのなら、ごまかさないほうが良さげだねぇ)


「ねぇ、ちょっといい?」

 マシロがウォルと目を合わせる。


「⋯⋯申し訳ありません。失言でした。姫様が望まれるのであれば問題はありません」


「え? 急にどうしちゃったの?」


「ここまで言ってるのに、首と身体がくっついていますからね。もし俺の発言が邪魔だったら、今頃そこにいる生首と同じになってる筈ですので」


「そ⋯⋯そういう事はもう二度としないでください! もし次、同じようなことをしたら⋯⋯」


「わ⋯⋯分かりました」

 姫からいまだかつてない憤怒を感じ動揺するが、今一度マシロの方を見る。

(蒼龍を喰らっていた途中で彼女(マシロ)が生まれた映像を俺に見せたと言う事は、お互いの利害一致の為だが⋯⋯)

 現在の状況を察するだけで、水都に連れて帰ったとしても、彼女の気分次第で全員の命がいつ無くなってもおかしくない事を危惧する。

(俺は⋯⋯姫様と姉さんだけ助ければいいんだけどな⋯⋯)

 




「さて、ひとまずウチは姫様(こちら)側についたから、君達は敵となるんだけど? どうしよっか?」


「ほざくな蒼龍。こんな感覚もないチャチな幻術しか使えないお前に何ができる!」


「あぁ〜⋯⋯ごめんごめん。そういえば少し黙って欲しかったから驚かせようとしたんだっけ〜?」


 マシロがラグ捜査官の身体に触れると足首より上が全てバシャリと音を立てて水になり飛び散る。


「それがどうしたぁ! ネタが分かっているのにまだ下手な幻術をしようというのか!」


 マシロは何も言わずにラグの頭を抱えて足首にドッキングする。


「ふんふ〜ん♪」

 足首周りを頭の位置と調整しつつ、付け根周りを触り終えると立ち上がる。

「どう? 足首動かせる?」


 ラグは言われた通りに足を動かす。


「うんうん。完了! じゃぁ、神経感覚など元に戻してあげる」

 飛び散った水がマシロの方に向かい吸収されていく。


「⋯⋯⋯⋯なに⋯⋯?」

 その瞬間、夢みたいにフワフワしていた状態から通常の感覚に移行したとその場にいた全員がハッキリと感じた。


「恐怖って与えすぎると簡単に壊れるんだよねぇ。だから、君以外は徐々に慣らしていったの。仲間の顔見てみたら?」


「⋯⋯あ?」

 拙い足を動かして、傭兵達の顔を見たが恐怖によるものなのか自分を見る感想かは不明だが全員顔を引きつっていた。

「⋯⋯⋯まさか⋯⋯まさかまさか⋯⋯」

 血の気が一気に引く。


「そ、夢でも幻術でもなく、まごうきとなき現実(リアル)だよん」

 にししと笑うマシロに、震える手も身体も持ち合わしていないラグはかろうじて眼の焦点だけが震えていた。

「さ、戦(いくさ)してたんでしょ? 君はとりあえず言葉に責任もとっか? 今から私に触れたらゲームオーバーだよん」


「ま! まて! なぜだ?! なぜこんな姿になっても痛みなど感じない! おかしいだろう? こんな技や術があるわけがない?!」


「技? 術? 何言ってるの? それは知能ある動物がただ競う為もしくは生きる為にできた賜物(しんか)でしょ? ちなみに、これがマシロにとって唯一できる生存手段だもん」


「生存手段?? なにを言って⋯⋯がぁぁぁぁぁ」

 目が飛び出しそうな激痛があ走る。


「君は戦闘中に敵と気軽に喋るの? まぁ、疑問あるままは嫌だろうから痛覚を1秒だけ戻してあげたけど分かった? 今まで痛覚神経を切ってあげてただけだよ」


「あ、ありえない⋯⋯こんな事は⋯⋯」


「逃げないの? 殿(しんがり)を勤めない敗兵は逃げるのが仕事でしょ?」


「ありえないありえないありえない⋯⋯夢だ! コレはただの夢に決まっている! はははは!!!!」


「あ〜⋯⋯壊れちゃった⋯⋯まぁ、もう少しだけ意識を覚醒さしてもいいけど、めんどいし〜もういっか」

 頭にポンっと手を乗っけるとそのままパシャりと水となり、そのままマシロに吸収されていった。


「さて、君達がどこに雇われていたのかは興味もないし知るつもりも無いけど、今から私が君達を雇おうと思ってる」


 動けない傭兵達は恐怖で無言になっていたが、その一人が口を開く。

「雇う内容は⋯⋯⋯⋯城の奪還か?」


「う〜ん。奪還というより復興かな? どれだけ崩れているかも分かんないしねぇ〜」


「雇うという事は、報酬は⋯⋯出るのか?」


「なにを言ってるのにゃ? 君たちの『命』が報酬だけど安い?」

 ブルーアイが異様に煌く。

 

 全員の背筋が凍る。『雇ってあげる』は、目の前にいる化物のせめてもの慈悲なのだろうと感じ、断れば即座に死ぬと理解できた。


「一つ聞かせてくれ。復興が終わった後は?」


「解散でいいんじゃない? あぁ〜大丈夫。契約は守る派だから何もしないよん。証拠を見せろみたいなこと言わないでね? どうでもいい事だし、信じる信じないは君達におまかせで♪」


「わかった。俺は従おう」

 それと同時に傭兵達も次々に頷く。


「えっと、最後は君だけだけど? どうする?」

 残りはガヴ団長だけになる。


「⋯⋯断れば⋯⋯」


「いただきます?」


「⋯⋯分かった。俺も従う」

 ガブはガックリと肩を落とす。


「そっかぁ〜。なんか団長って言ってたから断られるんじゃないかと思ってたけど、りょうかい〜。じゃあ拘束解くねぇ」


 全員が自由になる。


「よし! 早速、水都に戻ろう」

 くるりと背を向けた瞬間に、ガブが凄まじい殺気と共にマシロの首を斬り払うと離れた首の上で頭がコマのように回る。


「馬鹿め! 戦争なら最後まで生き残った方が勝ちに決まっているだろう! 捕虜にするなら武器、四肢を削ぐのは当然だ。だからアホと言われたのだ」


「あはは〜何コレ〜楽しい♪」

 クルクル回っていた頭は、回転が徐々に落ちると何事も無かったように元通りにくっつく。


「ば⋯⋯ばかな⋯⋯」


「剣離さなくて大丈夫?」

 

 マシロにそう言われて、持っていた剣をみると凄い速さで溶けていく。


「オリハルコンで作られた剣が⋯⋯ありえん⋯⋯ぐぁ」

 剣が全て溶け、驚きの余り手放すのがおくれたガブの指先に液体がつくと激痛が走る。


「あ〜ぁ、忠告はしたのに。鉱石だろうが他の物であろうと、くっついている分子結合さえ切り離したら分解できるんだけどねぇ」


「ぎゃぁぁぁぁぁっぁあぁ!!!!」

 マシロの言葉が届いているのかどうかすら分からないほど、徐々に分解されていく激痛にのたうち回る。


「あ、そこ剣の鉱水あるから触れない方が⋯⋯」

 言葉届かず、のたうち回っていた足が水に触れるとその部位も分解され始める。


「〜〜〜〜〜!!!!」

 人の声が発する限度をこえ、もはや声帯が壊れそうなほど言葉にならない言葉を発する。

 まるで早送りしているかの様に、身体中が老けはじめ髪が白くなっていく。


「う〜ん。絶望と苦痛による老け以外は、やっぱりゴブリンと同じ結果かぁ」

 一度見た事があるマシロは、この後は狂い笑いだけだと知っている為、ガヴの身体をそっと触ると液体に変え吸収すると口元をペロリと舐めた。


「ふぅ〜。じゃあ、水都に行こっか」

 

 傭兵の中にはガブと同じように隙を見せれば攻撃しようとしたのがいたのかもしれないが、今の行為を見た後にはその考えは無くなっていた。

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