5日目 姫と騎士
この世界は龍の加護により守られている。
それがいつからかなんて事は考える必要もなく、そう生まれた時から私は理解をしていた。
赫龍、蒼龍、翠龍、壌龍、楓龍と呼ばれる祖龍ーーそれぞれが巨大国家を創り、神として崇められている。そして、この5大国家こそ、世界の全てを回しているのが現代の状況である。
他にも祖龍と呼ばれる龍は発見・目撃はされているが、関与する必要はないと命じられ、我々人類はその命令を守っていた。
だが、今回⋯⋯水の都を治めるはずの蒼龍の気配が無くなったことで、龍達の間で力のバランスが崩れてしまったと言っていた。
我々人類がその気配を感じる事はできないのだが、他の祖龍達は感じることができ、様子を見るとともに水の都に攻めてきたという推測された。
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「追手をなんとか撒けたのかしら⋯⋯」
騎士が馬のスピードをゆっくり落とす。
「まだ、安心はできませんが⋯⋯ひとまず馬を休憩させて私達も一息入れましょう」
死角である木の陰に入り、腰を下ろして体を休める。
「蒼龍様⋯⋯本当にどうしたのかしら⋯⋯ウォルはどう思う?」
ウォルと呼ばれた騎士は姫の足元で頭を下げる。
「他の国が攻めてきた事を考えれば⋯⋯やはり倒されたのではないのでしょうか。蒼龍様がおつくりになった私達の都を放置して消えるなど考える事ができません。それに、もし⋯⋯蒼龍様が私達を必要としなくなれば都自体を水に沈め私達の魂と共に行かれると思われます」
「けど、蒼龍様が倒されるという点も気になるわよね⋯⋯⋯それよりもウォル、今は私と貴方だけなんだけど?」
私とウォルは幼馴染であり、二人きりの時は出来る限り身分という壁はとり払うようにしてもらっていた。
「あ〜⋯⋯分かった。けど、実際はそこなんだよな。戦闘力がトップクラスである蒼龍様が負けるのも考えにくいが⋯⋯倒す倒されない以前に巨躯が起こす戦闘なら少なくとも地響きや爆発音で少しでも俺たちに伝わるはず⋯」
「そうよね。けど、数日前に少し地響きがあったじゃない? あれと何か関係があるのかしら?」
「それはないだろうと思う。あの程度の地響きなら魔法でも起こせるだろうし、ただの地震だったんじゃないか? それか、そろそろゴブリンが活発になる時期だったしゴブリンキングでも目覚めたとか、そんなとこだろうと思う」
「そっか⋯⋯。そういえば毎年ゴブリンキングを討伐しにいってるわよね」
「だな。毎年必ず出現するから、際限なく増え続ける前に討伐してるからな。もう少し休んだら、ゴブリン討伐時に利用してる洞窟があってそこで補給物資を手に入れようと思う」
洞窟の場所を伝えておくと、ウォルが何かに反応する。
「姫、暫く身を屈めて下さい。客です」
数本のナイフが飛んでくるのを、剣で叩き落とす。
「ヒュ〜! やるじゃないか兄ちゃん」
木の上から男が飛び降りる。
「あのおっさんには、追跡だけって言われたんだけどよ。やっぱ傭兵は実績を上げないとな。てな訳で大人しく捕まってくれるとおじさんは助かるんだがどうかな?」
世間話をするかのように何食わぬ顔で喋る。
「断る。我らの都に攻めた報いを受けてもらう」
剣を男に向ける。
「交渉決裂かぁ〜そら⋯⋯残念」
それと同時に隠密していた上空と地面から別の傭兵がウォルに斬りかかる。
「ぐぉ⋯⋯」
「⋯⋯が!」
不意打ちにも関わらず、ウォルは流れるような動きと剣捌きで2人の首を飛ばす。
「おぃおい、今のは完全な不意打ちだっただろう⋯⋯そんなんありか?!」
騙し討ちに失敗した傭兵は後退りながらナイフを投げて逃げようとするが、流れる様な動きでナイフを斬り、間合いを即座に詰めて他の2人と同様に斬られる。
「くそ⋯⋯これが⋯⋯水都の力か⋯⋯」
「姫様、今すぐここから離れましょう。たぶん足が潰されています」
休ませていた馬の所に行くが、予想どおり既に殺されており、馬につけていた荷物が散乱しており、それを見た姫様は疑問を覚える。
「ねぇ⋯⋯ウォル、この荷物って⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
荷物の中身は数日分の食料と着替えと宝石などの金品であり、どう見ても蒼龍様を探しにいく支度ではなかった。
「まさか、私達を逃すために? 冗談でしょ? ウォル答えなさい!」
「その通りです。残念ですが⋯蒼龍様の所在も不明、そして何より我々には探す時間すらないです」
それはそうだ。最優先とはいえ蒼龍がどこにいるか何をしているか、そんなものが分からないまま飛び出している状態であるのだから、水都を助ける前に既に現在進行形で襲われているのだ。
「それなら⋯私もみんなと一緒に死ぬわ! 私達だけ生き残るなんて嫌よ。それにウォルのお姉さん⋯⋯⋯」
ウォルの悔しがる顔を見て言葉が詰まる。彼も私と同じ気持ちなのだと。
「王と王妃も早くに亡くされ、姫様一人で頑張っているのは全員が理解しています。私達をひきとっていただいた恩を含め、姉さんから一生のお願いと頼まれたのです」
「一生のお願いって⋯そんな⋯⋯最後みたいな言葉⋯⋯」
「⋯⋯まぁ、本音を言えば私達が殺されるリストに入っているからです。姫様もご存知に通り、姉さんは城の料理長などを勤めさして頂いていましたが、その裏で兵士達とお酒を結構楽しんでいたんですよ」
「飲んでいたのは⋯⋯知ってます。ただ、楽しそうだったので酔いすぎない様に注意はしたことがあります」
「まぁ、楽しんでいるが本音ですが、実の所を言えば兵士を酔わし情報収集をしていた部分もあるんです。酔っているからその真意の程は知れていますが、それでも気になる部分は見逃さないのが姉さんなんです」
「⋯⋯いまの状況は⋯⋯」
「そうですね。予め想定していた事が起こった事であり、姫様の為に動いていた貴族、商人、それに私の部隊長も炎都や他都の者だったんですよ。もし都を奪う場合には龍に連なる者も断ち切らなければいけないとの事です」
「それはおかしいわ。それこそ私が小さい頃からの知り合いもいるのに⋯⋯」
「勘のいい龍に感づかれては駄目ですからね。記憶を封印したりなど、何かしら細工をして水都と共に生きていたんでしょう」
「そんな情報手に入れたりして⋯⋯アイ姉さんは大丈夫だったの⋯⋯?」
「そこらは心配しなくてもいいですよ。俺も一度聞いてみたけど、『酔ってる人間にこの妖精酒を飲まし、さらにある種のお酒を飲ませると酔った記憶無くなっちゃうのよ』とか、『私を酔わせて抱きたいんだろうけど、正直まだまだ足りないわ!』みたいに、別の意味で完成しており、酔わないからね⋯⋯」
「さすがアイラさん⋯⋯」
「その中でキッカケは些細な言葉だったらしいですよ。ただ、その言葉が疑問に残っていたらしく、それを少しずつ調べていくと他都を奪う場合は連なる者を断ち切らなければいけないに辿りついたんです。実際、蒼龍様の気配がなくなって、ここまで行動が早いのは想定外だったんですが⋯⋯都を生かすためには人員が必要不可欠。それにはやはり、そのまま住んでいた人間が都合がよく、水都の一般人は殺されない可能性が高く、殺される対象となる私達を逃しただけなんだ」
「もし仮にそうだとしても、支配を快く受け入れる人なんていないでしょう? 蒼龍様の加護を頂いている私達が焱龍に乗り換えるなんて⋯⋯」
「そこですよ。蒼龍様に連なる者を全員殺害するのは⋯⋯姫様が当たり前の様に思っている事は『龍の記憶領域』に当たるらしいのです」
「記憶領域? それにらしいっと言うのは確証ではないのでは?」
「それは俺も蒼龍様の加護を得てしまっているからでしょう。拾われた姉と俺は一緒だけど、姉は加護は得てはいない」
「? どう言う事?」
「俺が蒼龍様に一生仕えると姉に言った事があるんですが、それはその時の言動で感じただけの言葉と思っていたのです」
「それって城で働いている者達なら、当然だと思うんだけど⋯?」
「本気度の差です。それは⋯姉からの目線でいえば、『感謝』からくる言葉。私からいえば『執着』『信者』『酔心』に当てはまると言われました」
「ん〜いまいちピンとこないんだけど⋯⋯それに少し失礼じゃない? 蒼龍様を崇拝するのは当たり前と思うんだけど?」
「私も最初は同じ気持ちでしたが⋯⋯今はほんの少しですが言ってる意味がわかるのです。記憶から蒼龍様の事がが抜けていく感覚。勿論、姉と同じように感謝という意味では忘れる事は無いのですが、そこまで執着していたのはどうしてなのだろうと」
「あなたまで⋯⋯」
「勘違いしないでくれ。私達は姫様に拾っていただいた時から姫様が一番だったんですよ。貴女の為に死ぬなら本望と言える程。その気持ちは変わる事がないと思っていましたが⋯⋯私は蒼龍様に傾いていた。姉はいつでも姫様の事を考えていたのに」
ウォルの悔しそうな顔をみて、暫く沈黙が続く。
「ねぇ、ウォル⋯⋯」
「みつけたぜ!」
何かを言いかけようとしたら、上から何かが降ってきたのでウォルが剣で斬り払う。
「これは⋯⋯」
斬ったのは間違いなく人間であったが、その顔は先程斬って殺した傭兵であり、斬った傭兵の身体から血液ではない液体が降り注ぐ。
「そらぁ!!」
戸惑っているウォルの隙をつき、姫の背後から虚を突きウォルを蹴り飛ばす。
「分断完了っと。へへ、いい匂いするだろ? よく燃えるぜぇ!!」
間髪いれずに、油のかかった草に火を放つと勢いよく燃え踊るようにウォルに向かい燃え上がらせる。
「ウォル!」
「姫様、俺はあとで追いつきますから先に進んでください」
「ウォル⋯⋯分かったわ」
姫がその場を離れようとするが、傭兵がそれを見逃すはずがないが、火達磨のウォルがそのまま傭兵に斬りかかる。
「おいおい、燃えてるまま斬りかかるなんてバカかよ!」
斬撃を受け止めるが、炎による熱さは想定になく間合いを取る。
「『水心』炎は水に消される。お前ら傭兵風情こそ蒼龍(みず)の技を舐めすぎているんじゃないか?」
剣を構え、身体を捻りながら大きく剣を振るうと身体中の炎が剣の刀身へと集まり、炎の刃となり傭兵の持っていた剣ごと、そのまま斬り伏せた。
「『流水』攻を流し、先を断つ」
燃えている刀身をもう一度振るうと火は消え、鞘に収める。
姫を追うつもりだが、周囲に人の気配が増えていくのが感じた。
(追いつかれた⋯⋯いや、元よりこちらの馬を壊された上に、あちらは馬を壊すつもりで走らしていた差か)
剣を抜く。
(このまま少し時間稼ぎつつ、姫を追うか⋯⋯?)
蒼龍の加護を得ている姫様も流水は使える。が、それは回避に特化したもので攻撃能力は皆無である。
(傭兵程度なら⋯⋯問題はないのだが⋯⋯なにか嫌な予感がするな)
自らの直感を信じ、姫の元へ走りだす。
「黙って行かす訳がねえだろうが!」
隠れていた傭兵達がここぞと言わんタイミングで現れるが、『流水』を使い紙一重で避けながら、剣で斬りかかってくる全員に流れる様な剣でかすり傷を負わしながら走る。
⋯⋯。
「こ⋯⋯こいつっ!」
一刻も経たず、攻撃を続けていた多勢な傭兵達は明かに数が減っており、攻撃をするのも躊躇い始めていた。
傭兵達の身体中には、ウォルに斬られたかすり傷が数えきれぬ程刻まれており、逆にウォルにはかすり傷一つついてはいなかった。
それにより、傭兵達は自分達が向かっても傷一つつける事はできない相手だという認識を身体中につけられた傷だけで思い知らされて心が折れかかっていた。
「さて、数も減った事だし、お前らをわざわざ姫様の元へ連れていく理由はないからな。ここらで動けなくさしてもらう」
追手というのは、追いかける立場から自分達が優勢だと油断している奴が多い。それに加えて数の利がある為、ウォルは一人一人の手足を斬り払ったり、殺すという考えは持たず、傷を負わし勝てないという敗北感(イメージ)を負わせ、少しのかすり傷であろうと、皮が斬られた箇所が熱いという恐怖を植え付け、集団心理に基づき、その恐怖と敗北感を増幅させた。
結果、通常の戦いすら出来なくなった傭兵達は為す術もなく再起不能にされていったのであった。
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