3日目 マシロの存在

 檻生活が始まり早くも数日目。


「ゲェ! ギゲっ!!」

 

「やめて! こないで!」

 そういいながら、私はいつもの様に檻の奥に後退る。


 攻撃的なゴブリン⋯⋯通称ジャイアンは、この数日間ずっと私を怖がらせようと挑発してくるが、今の生活が変わるのが嫌なので演技をして付き合ってあげている状態である。


(そろそろかな〜)


「⋯⋯グガァ!! ガゥガ!!!」


(ほら来た)

 いつも餌を持ってきてくれる大型のゴブリン⋯⋯通称ゴンブトくん。彼の巨体に、さすがのジャイアンも退散していく。


 彼は一応ここのボスらしい。⋯⋯らしいというのは彼はボスにしては優しすぎるのだ。


「⋯⋯グガ」

 ゴンブトくんがいつも通り採れたての果物を置いて去っていく。


 それを平らげてゴロンと横になる。


(平和だねぇ〜)


 ゴンブト君のおかげでダラダラ生活が平和に続いている。ジャイアン以外のゴブリンも最初の方は涎を垂らしながら見られてはいたが、最近では果物を差入れしてくるのである。これは自分達が食べるというよりかはボスに食べさしたいという感じがしている事から、彼はずいぶん慕われているのだろうと感じた。


 あと、これだけは言っておきたい。

 数日間閉じ込められて少し太った私は、さぞかし汚らしいと思いだろうが、実際は表面部分だけが汚れているだけで、いつでもその部分はパージできるのである。さすがに太ってないと思われると、ゴブリン達が無意味だと知り、ご飯の供給が止まってしまう可能性を考慮し、少しずつ変化を与えているのである。


 ただ⋯⋯絡んでくるゴブリンが問題で、彼だけは、よく我慢したと思えれるぐらい痺れを切らしはじめていることだけが懸念要素であった。


 それから更に数日後。日に日に場が慌しくなっていく。どうやら抗争らしきものが起こっているらしく、ゴンブト君は来なくなり、代わりに毎日、特徴のない量産型ともいえる普通のゴブリン達が新鮮ではない餌を持ってきてくれるようになった。


 ただ、ジャイアンだけは相変わらず現れるのだが、なにもせずにニヤニヤとしながら去っていく。


(う〜む。なんか嫌な予感しかしないけど⋯⋯まぁ、めんどいし⋯⋯いっか)

 ここ数日でゴブリン達の入替が激しくなり雰囲気が変わっていったが、質が落ちているとはいえ餌が運ばれてくる以上、マシロにとっては些細な変化なので気に留める事はなかった。


 更に数日後。とうとう大事な餌のクラスが果物から葉っぱに落ちてしまい、それに合わしたようにジャイアンが歓喜な雄叫びをあげて近づき、檻を開け私を縛り上げようとするので、拒絶の声をあげながら必死に抵抗する。


 ジタバタする私の顔を嬉しそうに殴り、幾度も殴られ私は顔を守るように伏せて大人しくなる。


(あらぁ〜⋯⋯こりゃぁ食べられる雰囲気じゃのぉ〜。折角ゴロゴロできてたのに残念)


 演技は餌代なので、とりあえずは最後まで付き合うのがマシロ流。どちらにせよ攻撃する術は持ち合わしていないマシロはやられるまましか手はないのである。


 縛られたまま、広場のほうに運ばれていくとゴンブト君より遥かに巨大なゴブリンが偉そうに鎮座しており、その周りには宴会さながら料理が盛られていた。


 その料理を見ていくと同胞であるはずのゴンブト君の姿があり、彼とこの集落にいたであろうゴブリン達が料理され並べられていたのである。あろうことかジャイアンが裏切り、他のゴブリンを引き入れて反旗を翻したと想像する。


(いいゴブリンかは知んないけど、暴力より理性が出るゴブリンが処理された感じかなぁ。まぁ、この中にも止むを得ず従っているゴブリンもいるだろうけど)


 などと、考えているとボスゴブリンが私の縛られている頭を片手で掴み顔に近づけていく。


「くっ嫌! 離れて!」

 などといいつつ、攻撃力のない蹴りをボスゴブリンに放つが気にもせず、そのまま鼻の方に持っていくと必要に嗅いでくる。


(に〜お〜う〜なぁ〜!)

 流石にコレは恥ずかしく、身体を捻って逃れようとするがボスゴブリンには効果はなく隅々まで匂いを嗅いでヨダレを垂らし陶酔していた。


 するとジャイアンがボスゴブリンに何かをおねだりするようにジェスチャーしている。なんというか⋯手をスリスリしてごますりをしている感じだ。


 その姿に少し苛立ちそうだったが、ボスゴブリンは次の瞬間には私の親指をへし折り、捥いだ指をジャイアンの方に放り投げる。


「⋯⋯⋯んぁ? んん?! ⋯⋯ああああぁぁっぁぁっぁぁ!」


 私はワンテンポ遅れて痛みによる悲鳴を上げた。


(やっばい! 一瞬で捥がれると思わなかったから何が起こったかわかんなかったし!)

 チラリとジャイアンに投げられた親指を見るが血は出ていなかった。

(自分で分離したなら擬似血を流すこともできたんだけど⋯⋯)


 内心ヒヤヒヤしたが、ジャイアンは親指をすぐに口に放り込み味を堪能しながら飲み込む。


 私の方は千切れた親指からポタポタと赤い水をながし涙目になる。


 ジャイアンは更にくれと言わんばかりに催促するが、ボスゴブリンの咆哮により即座に離れていく。


 ようやく静まった所で、ボスゴブリンが喋ると周りに待機していたゴブリンが喝采する。


(うひぃ〜ゴブリンっていっても群れをなすと圧巻だねぇ〜)


 そして私を高く持ち上げ、そのまま大口をあけ、まるで手品師が口から剣を入れる仕草をする様に私を口の中にスルスルと飲み込んでいった。


 いわゆるマシロの踊り食いである。


(あ〜竜に続いてゴブリンにも食べられるとは⋯⋯なんか食べて食べられての人生なのかなぁ〜)


 視界が真っ暗に染まる。


(なんか身体全体がモニュモニュされて奥に押し込まれていくぅ〜)


 不思議な感覚を感じながら奥に引きづり込まれていく。


「おぉう! なんか! こう! 圧迫されつつ絞り出される感覚がヤバかったぜぃ」


 にゅるんっと少し広げた空間に出る。


「ここは胃かなぁ⋯⋯? なんつ〜か⋯⋯何も見えん。見えんが空気は悪そう。ひとまず浄化作業してみよう」


 ひとまずマシロバリアー(パージ可能)がある為、匂いも汚れも遮断しているが、空気がどんよりしていることだけは感じる。


「ん〜だめだ⋯⋯。流石の私でもここでぐーたら暮らす勇気がない⋯⋯」


 胃ってことは食べたものが集まってくる場所なので案外ここできた物を消化していけば暮らせるのでは? とは思ったのであるが、空気の悪さ、真っ暗な空間、ゴブリンが食べた物が食事の3連コンボは少し厳しい。


「はぁ〜しょうがにゃい⋯⋯。めんどくさいけどそろそろ湖でもつくるかにゃぁ〜」


 大きくため息をつきながら、マシロの身体から大量の液体が滲み始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゴブリン達が宴を楽しんでいるとボスゴブリンが急に立ち上がる。


 その光景にゴブリン達は自らのボスに注目するが、ボスゴブリンは口を手で塞ごうとするが大量の水が曲芸のように口から空に向かって吹き出し洞窟内に雨を降らす。


 驚愕したゴブリン達だが、その液体が口に入ったゴブリンが美味いのか嬉しそうに叫ぶ。


 すると他のゴブリンも大きな口を開きその雨を口の中に招き入れると歓喜に震える。


「ギャッギャ♪」


 ボスゴブリンの表情が見えないゴブリン達は、この水の美味しさからこれも宴の一種と勘違いして大いに盛り上がっていく。


 しばらくすると、ドスンという音と共に身体中の水分がなくなったように干からびたボスゴブリンは仰向けに倒れ絶命しており、それを見たゴブリン達がようやく異変に気づき慌てて行動を起こそうとするが、脳とは裏腹に体は一切動かなくなっていた。


「無駄だよ〜。私をずいぶんと美味しそうに飲んでたじゃない。美味しかった? じゃあ、その分の対価を頂戴ね」


 ボスゴブリンの口からにょ〜んとスライムが飛び出し、地面に落ちるとマシロが現れる。


「ッゲ! ぐっげ!!」


「ごめんね〜。ウチはゴブリン語はわかんないんだぁ。まぁ、言いたいことはなんとな〜く分かるけど、めんどいので省略して⋯⋯」


 マシロが手を合わせ。


「命に感謝していただきます♪」


 満面の笑みで言った。


「ギャッギャ! ギャキ!!」

 

 動けなくなったゴブリンは水の中に沈んでいく。が、それは水の中に沈んでいくのではなく、水の中に溶けるように消えていくが正解である。


 ゴブリン達は怒っているように叫ぶ。


 痛みによる叫びではなく、我々を解放しろと言わんばかりの怒気が混じった声。


 徐々に沈みながら消えていく身体に手を突っ込むと痛みもなにも感じないまま水につけた部分が溶けながら消えていった。


 痛みがなく血も出ていない腕の断面図を恐る恐る覗くと、元からそうだったとしか思えれない程、皮膚がピッタリと断面図にひっついていた。


「⋯⋯⋯⋯げっゲェ⋯⋯」


 ゴブリン達はなにが起こっているのか分からないまま、その数分後にはたった一匹を残して全てのゴブリンが水の中に消える。


「さ〜て、ジャイアンくん。私からは君に恨みはないんだけど、ゴンブトくんの痛みだけは返しておかないとね〜」


「⋯⋯グガァァ!! ガァッ!」


「煩いなぁ〜。もう、お仕事期間はおわったし演技はもうやれないよ〜?」


 言葉が通じていないせいか、ゴブリンはほえるのを止めようとはしない。


「はぁ〜じゃぁ、怒気や殺気の混じった声は出ないようにしよう」


 マシロが両手で軽くパンッと鳴らした次の瞬間、静寂が訪れる。


 ゴブリンは叫んでいる感覚はあるのだが、なぜか自分の声より目の前にいるマシロの声が鮮明に聞き取れるのに戸惑いを見せる。


「さて、いまから君もみんなと同じで食べるんだけど〜違う所が一点だけあるの」


 ただ友達に話しているかのような口調、マシロは足下の水でパチャパチャと蹴って遊びながらゴブリンのほうを見て、


「痛覚は切ってあげないから、頑張ってね〜」


 と、笑顔でいった。


「グギャァァァァァァ!!!」


 足に激痛が走る。


 それは味わった事のない痛み。


 神経を針で突かれるような痛みが常に脳天に新しく上書きされていく。


 その痛みが細胞レベルで肉体が一欠片ずつ水に溶けるように消えていくが、それでもなぜか意識を手放すことはない。


「ァァァァァァァァァァッァ!!!」


 やめてくださいとも許しを求めることも⋯⋯以前に、口から出せる言葉が痛みによる絶叫だけであった。


「おおぅ、意外にうっさいなぁ〜。断末魔がゴンブトくんに送る鎮魂歌のつもりだったんだけど⋯⋯まぁ、ウチは聴く必要ないし耳栓しとこっと」


 耳栓というよりかは耳穴を水で埋めただけであるが声が完全にシャットダウンする。


 それから数分後、残りは頭だけになりズブズブと沈んでいくゴブリンは笑いと悲鳴が混じった声を上げながら最後まで意識が途絶えることはなく水の中へと消えていった。


「〜〜♪」

 ゴブリン達が作ったゴブリン料理も消化しながら巨大になっていく水塊の中で鼻唄まじりに時間をつぶす。


「んお? もう終わっちゃったのね。どうも水の中でユラユラしてると時間があっという間に過ぎちゃうなぁ」


 水塊がマシロに吸収されると、その場に残ったものはマシロのみであり、他は汚れすら無く綺麗さっぱり跡形も無くなる。


 その光景を見ながらマシロはボソリと一言。


「マシロ通る道、塵残らず」


 湖で獲物を獲る行為も人を探すついでに狩場を転々としていたのもコレが理由の一つである。本来であれば、マシロにとって人に会えないのならそれはそれで良かったのだが⋯⋯その場で獲物を獲り続けていると警戒され、いつしか湖に獲物がよりつかなくなっていき、やむなく人を探しつつ移動をしていたというわけである。


「うむ。ゴブリン達のお陰で⋯⋯名言が生まれたっす」


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