1日目 自分について

 広大な森に一つの大きな湖があった。


 その場所で自分の身長よりも長い白い髪を靡かせた子供が動けなくなっている動物に真剣な眼差しで語りかけていた。


「はじめまして、私の名前はマシロと言います。とある事情があるのかすら分からないんだけど、この森で今まで一人で生きてきました。両親がいるのかも分からないし、私には出生から今までの記憶はありません。けど、記憶というものはないけど残滓っぽいものはかすかに残っているので、元の記憶はもしかするとあったのかもしれません。いわゆる転生者とでもいうのでしょうか? ですので、何も分からない無知な私にこの世界の事を教えていただけると助かります」


 鹿はキョトンとした顔をしている。


「ふぅ、もし人間に遭遇した場合の練習終わり。まぁ、どうでもいいけど年齢も分からんし、知った所でどうでもいいんだけどねぇ。私に記憶というものができるようになって、今日で666日目だけど、未だ人っ子一人も見てないんだし。ていうか、この森林地帯⋯⋯かなりの規模だから少しでも人に会うために転々と移動はしてるつもりなんだけど⋯⋯まだ、君のような動物以外見てないし、人という存在がもしかしていない世界なのかなぁ⋯⋯鹿さんは人を見たことがある?」


 鹿は微動だに動くことはなく、その眼差しはマシロをじっと見ている。


 この森林地帯にある大きな湖。

 そこに連日、動物達が喉を潤しに現れ、その動物達を獲りながら、なんとか今日まで生きながらえてきたマシロ。


 鹿の首が傾くとマシロの首も一緒に傾く。


「え? 人という存在がいない世界って言ったのに私が人じゃないかですって? 嫌だなぁ〜、残念ながら私は人ではないよぉ〜。だって⋯⋯君が身動きできない理由であるこの湖こそ私自身だもん」

 他の場所でも喉を潤しにきた動物の一匹が湖から出た水の塊に捕まりひきづり込まれていく。


「長々と話をしてごめんね。痛みなどはないから眠るようにお休みなさい。今日も命に感謝して⋯⋯いっただきまーす♪」


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 ハイ、一コマでご馳走さまでした。


 食べるっていっても、ゴリゴリバキバキ言わせて食べているわけではなく、どちらかというと分解していく為、分類的には吸収でしょうか? 最初は口内摂取してたんだけど、絵面は⋯⋯最悪だったといまでも反省してる⋯。


「そろそろこの辺りの滞在も数日たったし、面倒だけど移動しようかな〜」

 巨大な湖がシュルシュルと凝縮・マシロに吸い込まれていくように収まっていく。


 私の存在は残滓に残る記憶から読み、分類でいえばスライム系だと判断した。ただ、判断はしたものの正直それで正しいのかはよく分からない。どちらかというと水質などは変更できる為、今は水っぽいが、本質は透明色の水銀ーーもしくはアメーバみたいにグニグニしている感じである。自分の事だし、考えてもしょうがないので「まぁいっか」程度に、今日まで生きていた。



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 あの夜ーー私の意識が蘇った日を思い出す。

 記憶の混濁する中、水の上に立てるというハッキリとした感覚。それは意識が後から蘇ったもので本来はずっと活動していたという事だった。


 そして、そのまま水の中へ溶けていく。


 水の中に溶けると、湖の全てが自分だと瞬時に理解すると同時に、湖の底に1匹の巨大な龍が死んでいた。


 そして、この龍が小さな水溜りで生きていた私を飲み込んだのがキッカケだった事もうろ覚えだが理解できた。


 飲み込まれた私は自然と龍の体液を乗っ取りはじめ、徐々に増殖し増えていき、異変に気づいた龍は抵抗はしたが、細胞まで乗っ取られ身体の主導権も奪われて何もできずに終わったのだろう。


 この湖の正体は⋯⋯この龍の体液、栄養素、細胞、魔力など全てが含まれた乗っ取られたモノーーいわゆる私であったのである。


 私の意識が再び生まれたのは、間違いなくこの龍のおかげであり、この龍が普通なのか、それとも特殊なのかは不明だが、残された龍の骨も分解し吸収して私は完全に生まれたのである。


 ただ前世の記憶に残るものはズタズタのポッカリと穴が空いたような記憶ばかりで自分を知る様なものは何もなく、名前すら思い出すことはなかった。ただ名前は真っ白な光だけが印象に残っている為、マシロと名乗ることにしたのである。



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「まぁ、あれから666日かぁ〜。早く楽して生きていきたい⋯⋯。でも、なんでだろう? 動きはじめると結構動けるのに、なぜか⋯⋯動いてはならない⋯⋯ううん、楽して生きようっていう意識が日に日に強くなっていくんだよねぇ⋯⋯。はぁ⋯⋯まぁ気を取りなおして、ひとまず服でも着よう」


 動物の皮でつくったボロボロのワンピースらしきものを羽織る。


「ふむ。とりあえず裸だと変態さんに見えるからねぇ。ないよりかはマシ。まぁ、R指定? ⋯⋯にはならないから裸でも大丈夫なんだろうけど」


 ワンピースをめくっても、生殖器や排泄器などは一切なく、ツルツルかつぺターンである。水分でできている分、赤ちゃんのほっぺみたいに全身がとてつもなく潤っているのはいうまでもない。


 ただ、裸足でボロボロの布切れを着たその姿はまるで奴隷みたいである。


「にしても、この姿だけはデフォルトなのが不思議だよねぇ」


 そういいながら、背をにょ〜んと伸ばしイケメンに変身し手で顔を覆い片目を光らしてカッコいいポーズをしてみるが、一呼吸の間にイケメンがさながらホラー映画の様にドロリと無残に溶けていき、元の姿だけが残ると余分な部分は地面に落ちマシロに吸い込まれていく。


「ん〜。もっと頑張れば持続できるかもしれないけど私には頑張るチカラもないし⋯⋯まぁ、気にすることもないっか」


 そのまま地面をペタペタと音を立てて走り出し、今まで湖があった場所を脱出する。


「ふぃ〜疲れた。これだけ大きくなると湖の穴から出るのも一苦労じゃぁ〜。けど、記憶ではスライム系がモンスターを捕食したら変身できるってあるのに⋯⋯そんなものなれるわけないじゃん〜。どんだけファンタジーなのさ。実際は巨大な水の塊になっただけで、なんもかわんないのが現実じゃん」


 背の高そうな木に近づき背中を預けると、まるで引っ張られるかのようにス〜と木に登っていき頂上に立つと辺りを見渡す。


「ドラゴンになれるんだったら⋯⋯今頃は世界中飛んでいけたんだろうなぁ⋯⋯」


 見渡しを終え木から滑るように降りていく。


「結局、666日も生きてきたけど、木に背中の水分を吸着さして自分の体を引っ張るぐらいしかできないし⋯⋯まぁ? こうやって腕を剣みたいにする事もできるけど⋯⋯」


 真剣な顔をして、目の前にある木に剣を振るうが砕けて液体が飛び散るだけであった。


「ほら切れない。現実はこんなもんよねぇ」


 飛び散った液体がズズズとマシロの方に向かい吸収される。


「さてっと、もう少し行った場所に湖になれそうな場所と何かがいる気配があったし、当分そこでユラユラと寝て過ごそ〜」


 湖になれば、水を求めた動物達がくるので食事には困らない。無論、私の水はとても綺麗な水であり栄養価も高いので、動物達にしても生きる為に必要なものなので、お互いがウィンウィンなのである。



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 森の中を進んでいく。


「あ〜だるい。だるいけど歩かなきゃダメなんだよね〜」


 先程の木を登ったときのように、寝たまま地面を進むことも出来る⋯⋯が、それやると完全に人として終わってるような気がするので、私の頭にあるかは分からないけど脳がストッパーをかけてくれている。


「寝たまま、水平方向に移動とかほんっと見た目からしてやばいっしょ。それはもう新種のカタツムリんじゃ。まぁ、小さな溝でバランス崩して横転したり樹木に頭突きとか結構難しいけどねぇ」


 さらに進んでいく。


「確か〜ここら辺に⋯⋯」

 そういい終わる前に、胸に矢が刺さった。


「⋯⋯グガァ⋯⋯」

 木の陰から弓矢を放ったゴブリンが憂いな顔で姿を見せる。


「うぁ⋯⋯やばい⋯ゴブリン⋯⋯にげない⋯と」

 うつ伏せのまま、苦しそうに這いずろうとしたが、すぐに近づいてきたゴブリンによって頭を殴られて気絶する。


「グガグガ⋯⋯」

 そのままゴブリンはマシロを担いでどこかに去っていく。


(よし、私という荷物を運んでもらう作戦が見事に成功!)

 グッとアクションを取ろうとしたが、ゴブリンに勘付かれそうだったので心の中でガッツポーズをし、そのままどこかに運ばれていった。

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