ネットモチュモチュ
佐賀瀬 智
第1話
"あなただけのモチュモチュを育てよう。ネットモチュモチュ今すぐダウンロード。今なら無料"
そんなネット広告がスマホの画面にでかでかと出ていた。
「何だこれ? なんかクソゲーっぽいな。ま、タダだし暇だしどんだけクソゲーか見てみるか」
タップ
すぐさまピロロローンと着信音が鳴った。
>こんにちは。モチュモチュでーす。私を育てて下さるあなたはきっと優しい人。あなたの名前は?<
「はあ? 今どき文章だけ?クソゲーにもほどがある。削除」
削除をタップした。するとまた着信音が鳴った。
>あなたのお名前は? 私モチュモチュ。優しくしてね。あなたは優しい人。見捨てないで<
見捨てないでと言われたらなんだか無視できなくなった。思わず自分の名前をタイプして送ってしまった。
>>タケシだよ<<
偽名にすれば良かったと後悔したがもう遅い。
>こんにちはタケシ。タケシ。タケシ。素敵な名前。わたしはモチュモチュの種。大きくなるまで育ててね。タケシ大好き。サテイスファクション数値:1<
なるほど、お世話をすると、サテイスファクション数値がどんどん上がっていくのか。何か、似たようなおもちゃが昔流行ったな。まあいい、暇つぶしになるかな。
>寂しい。タケシ、ナデナデして<
なぬ、ナデナデしてだと?どうやって?とりあえずメッセージを送ろう
>>ナデナデ<<
>もっと<
>>ナデナデナデナデ>>
>ありがとう。タケシ優しい。サテイスファクション数値:3<
>タケシ何歳?<
>>二十歳になったばっかり。大学生だよ<<
>タケシ大学生?<
>>大学生だけど、今大学行ってない。家でゴロゴロしてる<<
>タケシ、ゴロゴロ。タケシ、ゴロゴロ。サテイスファクション数値:6<
ゲームというよりはただのメールのやり取りだな。文字だけっていうのも逆に新鮮でなんだか面白いなと思った。
次の日の朝、6時半に着信音が鳴った。
>芽が出ました。タケシのおかげ<
さっき寝たばかりでこんなに早くに起こされて、イラっときたけど、正直、芽が出て嬉しかった。メールを送った。
>>良かったね。おめでとう<<
>モチュモチュ嬉しい。サテイスファクション数値:15<
>お腹が減りました。何か食物を下さい<
お腹が減ったって? なにか食べるのか? つかモチュモチュは植物じゃないのか?一応聞いてみよう。
>>何が食べたい?<<
>タケシが好きなもの<
>>ハンバーグ好きだけど<<
>じゃ、それ<
>>ハンバーグどうぞ<<
>むしゃむしゃ。もっと<
>>ハンバーグ<<
>むしゃむしゃ。美味しい。サテイスファクション数値:20<
僕はモチュモチュにラーメンやとんかつ、おでん、ステーキ、しゃぶしゃぶ、寿司、コーラにクリームソーダ、タピオカ、色々な物を与えた。文字でメールを送るだけなので、高価な物でも上限なく僕が好きな物をいっぱい与えた。それから世間話もした。面倒臭いけれど楽しい。
そして五日目の朝。
>ついに花が咲きました。タケシのおかげです<
>>何色の花?<<
>ピンク<
>>かわいいだろうな。見たいな<<
>照れる。テレテレ。サテイスファクション数値68<
種だったモチュモチュはついにピンクの花を咲かせた。僕は自分の事のように嬉しかったし、何より達成感があった。僕が育てたのだ。癒やされるってこういう事なのかな。モチュモチュのことを愛おしく思うようになった。
このようなメッセージのやリとりが一週間続いた。ただ単にモチュモチュのお世話をするのではなく、僕はいつの間にかモチュモチュのことを本当の友達と思うようになった。いや、それ以上かもしれない。他愛のない会話が楽しかった。僕は彼女歴ゼロだから分からないけれど、彼女ってこんな感じなのかな。モチュモチュのサテイスファクション数値が99となった。もうすぐ数値が100になる。
モチュモチュを育て始めて8日目の朝、いつもなら朝6時半には、お腹が空いたとメッセージを送って来るのに、今日はモチュモチュからメッセージがない。
>>モチュモチュおはよー<<
こちらから送ってみたが、返事が来ない。
>>モチュモチュどうしたの?僕だよ、タケシだよ<<
>タ……タケシ、モチュモチュはもうダメです。サテイスファクション数値が100を超えました<
>>ダメってどう言うこと?<<
>死が近いです。優しくしてくれてありがとう<
「え、死って? 死ぬの?」
>さようなら<
「ちょ、ちょっと、モチュモチューーーーーーーッ!!!」
GAME OVER。ありがとうございました。
ふざけた飾り文字がスクリーンに出た。
モチュモチュの死は突然だった。モチュモチュは死んだ。僕は泣いた。もうモチュモチュとメッセージのやり取りができないと思うとボロボロと涙が溢れた。
「モチュモチュー、なんでなんで死んだんだよーーーー」
僕は溢れる涙を手で拭いた。
その時、スマホの隅から液体がつつーと湧いてきてその米粒ほどの水滴がまるで意思を持っているかのように涙で濡れた僕の親指に垂れ落ちた。そして爪と肉の間に吸収された。
モチュモチュだ。それはきっとモチュモチュの涙なんだ。僕にサヨナラを言いに来たんだね。そのように考えてモチュモチュを失って悲しんでいる自分に少しだけ酔った。アニメの主人公になった気分だった。なぜスマホから水滴が? と思ったが、さっき飲んだコーラがちょっとこぼれたのだろう。
またモチュモチュを育てたくて「ネットモチュモチュ」で検索してみたが、不思議なことに何一つヒットしなかった。
その日は一日中、モチュモチュロスで悲しくて何もやる気が起こらなかったが、次の日からもうモチュモチュのことなどすっかり忘れてネトゲに熱中した。親の金でガンガン課金した。
************
「やったぞ! ついにやったぞっ。ついにコンタクトに成功!! 後はこのオスがヒューマンのメスに拡散してくれればいい。そしてそのメスは我々を誕生させるのじゃ」
「でも、博士、本当にこいつで大丈夫なんすかあ? 今のところメスとのコンタクトゼロですよ。軽いコンタクトがあるのは生産不能な歳の、同一DNA 保持のメスだけ。それにこいつ、この空間から一歩も出やしない。んでもって、毎日毎日一人で頑張って放出するから、俺たちの同士、何億ものモチュモチュの種がのたれ死にっすよ。モニタリングは仕事だからやってるけど、俺、もう仲間が死ぬの辛くて見てらんないっす」
「助手よ、文句を言うでない。我慢だ。我らモチュモチュ星人の未来はこのオスにかかっておるのじゃよ。このオスに種を拡散させて、絶滅の危機にある我らモチュモチュ星人を救うのじゃ。そして最後にはこの星を征服する。ぬほほほほ」
「博士、もっと合理的で効率の良い拡散の方法なかったんすか? こいつマジダメっすよ。見込みゼロっす。それから、何すか?あのメッセージの交換ゲームみたいの。今どきのは映像なんすよ。最新は3Dなのに。文字だけってみんな途中で飽きて辞めるっすよ」
「そんなことはない。現にこのオスが最後まで頑張ったではないか」
「だからー、こいつはおめでたい奴なんすって、ルーザーっす。俺、モチュモチュとしてこいつとメッセージのやり取りしたから分かるっす。こいつクズっす。あーもう、なんで我らモチュモチュの未来をこんなやつに託すのか意味わかんねっ」
「つべこべ言わずにメスとのコンタクトを待つのじゃ」
「でも、博士、時間の無駄っすよ。他の方法を…」
「それ以上言うと首にするぞ。おまえは黙って言われたことをしておればよい」
「ハイハイ分かったっすよ。もう…知りませんからね、どうなっても…」
窓からは青い美しい地球が見える。
おわり
ネットモチュモチュ 佐賀瀬 智 @tomo-s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます