対女子コーラス部⑧
江上家のインターフォンを鳴らすと、直ぐにエプロン姿の江上琥珀が出て来た。
彼女の笑顔を見て、おや? と思う。こんなに素で笑う奴だっただろうか?
「待ってたよ!」
「夕飯食わせてもらいに来た。あと、歌ってもらいたいのもあるから」
「あ! もう編曲終わったんだ! 上がって上がって!」
「お邪魔しまーす」
家の中は、出汁や醤油の香りが漂っていて、俺のリクエスト通り、和食が献立なのが分かる。
「先にご飯にする?」
「うん」
江上の後に付いてダイニングに入れば、テーブルの上には既に所狭しと料理が並んでいた。
ブリの照り焼き、筑前煮、ひじきの煮物、甘酢蓮根の他、名前を知らない料理も数点ある。
この品数……、昨日から仕込んでいたに違いない。
「凄ぇ……」
「適当な椅子に座ってて。ご飯とか持ってくるから」
キッチンの方に消えていく彼女を眺めながら、俺は先日と同じ椅子に座った。
リュックの中からコンビニでコピーしてきた楽譜を取り出しておく。
これだけの料理を前にしては、ちゃんと働いていたという証拠を見せなければならない気がするのだ。
「山盛りにしといたからね~」
「有難う」
惣菜の数が多いから、白米なのが嬉しい。
「いただきます」と言って、さっそくブリの照り焼きを食べてみると、甘い油と程良い醤油味が感じられ、かなり美味しい。
朝ファミレスで食った、味の抜けた焼き鮭とは大違いだ。
旨い旨いと言いながら食べまくる俺に、江上は文句を言うでもなく、ニコニコ笑う。
「あ! これ、お前と染谷に」
まともに会話していないのに気が付き、先ほど取り出しておいた楽譜を、江上が座る方に押しやる。
「飯を食い終わったら、一回歌ってみてほしい」
「分かった! 防音室にアップライトピアノがあるから、後で行こう」
「了解」
彼女は楽譜をペラペラ捲って眺め、口元を押さえた。
「おお……、これ、里村君が一人でアレンジしたんだね」
「何で改まるんだ」
「君が合唱部に入部して、私に協力してくれるのが、奇跡みたいに思えたから」
「大袈裟な……。というか、自分が無理矢理入部させたんだろ?」
「そうなんだけど! 直ぐにめんどくさくなって逃げるんじゃないかと思ってて」
全く面倒ではないとは言えない。
だけども今の江上は様子がおかしいから、そこは黙っておくべきなんだろう。
「せっかく染谷さんも入部して、三人で活動出来てるのに、廃部になるのは嫌だな……」
「お前は歌が上手いんだし、瑠璃さんだけじゃなくて、元部員にも再認識させたらいいよ。歌を歌う者にとっては、歌唱力がなによりもアピールになるんじゃないかな。今回失敗したとしても、次に繋がるかも……。よく分からないけど」
「そう……だね。合唱部部長として、実力を見せてやるよ!」
「そうそう」
「やっぱり里村君が居て良かった」
彼女の方を見ないように気をつけながら、もりもりとご飯を食べる。
江上姉妹の笑顔は結構な凶器なのだ……。
「そういえば、朝、瑠璃さんに会ったんだけど、東京に何の用なんだ?」
「ヴァイオリンのコンクールに出てるんだよ。順調に勝ち上がってるみたい」
「流石……」
何となく察してはいた。
やっぱりまだ瑠璃さんは進路に迷っているんだろうな。
夕食後は二人で防音室に篭り、楽譜を細かく調整していった。
帰る頃には、時刻は二十二時を回り、ヘトヘトになっていたが、江上が夕飯の残りをタッパーにつめて渡してくれたので、少し復活出来た。
◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます