夜中の焼うどん①
老人ホームでの演奏会を終え、受付令嬢である華さんの助けられながらも、俺達は無事に楽譜を入手出来た。
以前学生証の中から拾い上げたコードに、カノン進行という法則性を見つけ出し、メロディー部分を探し出す必要があると考えていたわけだけど、楠木さんから貰った楽譜には予想どおりメロディーに相当するものが描かれていた。
最近スマホに入れてみた自動演奏アプリにその楽譜を読み込ませ、三人で聴いてみると、なんとも爽やかな曲だったので、お宝をゲットしたかのような達成感を味わえた。そして、一つ大きな問題にも気がついてしまったのだが、この曲を合唱で扱うのなら、三部合唱――女性ばかりの編成とすればソプラノ、メゾソプラノ、アルトが必要になる。
つまり、現在の江上と染谷の二人だけでは対応出来ないのだ。
早急に部員を増員させなければならないため、新聞部が発行する学校新聞内に染谷が勧誘記事を書くことになった。
別に彼女ばかりに仕事が課せられたわけではない。
江上の方は曲に付ける歌詞を考え、俺はピアノ伴奏部分を練る。
重い課題だけれども、歌詞を考える作業だけはやりたくなかったので、助かった……。
恥ずかしいポエムを作り、裏で馬鹿にされるのだけは嫌だからな。
とはいえ、俺には別に作曲の知識や心得があるわけではない。
楽譜に描かれていることを従順に演奏するだけでも精一杯な程度の人間性能だし、出来上がりもお察しだろう。
三人の中では一番ピアノに詳しいようだから、やるけどさ。
江上のおごりで軽く打ち上げをした後、俺は学校まで来て、旧理事長室のピアノの前で頭を抱える。
ピアノの伴奏を考えるのはやはりかなり難しい。
メロディー部分の楽譜はト長調だったので、それに合わせてノッペリと和音を弾くだけならば脳死作業だ。
でもそれだけだと少々つまらない気もする。
――このコードは第二転回形にするかな……。それぞれのコードを構成する一番高い音が印象に残りやすいから、その繋がりをヌルッとさせたいような……。メロディー部分は合唱してもらうとして、右手でコードを弾いて、左手は……根音……を弾く? むずっ!!
コードの一つ一つに悩み、五線譜に書き込みんでは直ぐに消しゴムで消す。
こういう作業をサクッとやれたらいいんだけど、イチイチ時間をかけてしまうのが俺の駄目な所だ。
瑠璃さんはこれを全て一人だけでやったんだろうか。
この作業を一緒に出来たら楽しかっただろうな、と現実逃避し、虚しくなる。
今は一応敵対関係にある人間に対して、何を馬鹿な事を考えているのか。自分に呆れて、大きく伸びをする。
ちょうどその時、廊下の方から足音が聞こえてきた。
スマホで時間を確認すると、もう二十時を過ぎていた。
この旧校舎の中には俺くらいしか残ってなさそうなのに、一体誰なのだろうか?
――ど、泥棒とか、ゆゆゆ、幽霊……じゃないよな!?
恐ろしい想像をしてしまい、どこかに隠れようかと考えるが、聞き覚えがある声が歌を口ずさむのを耳にし、ガクリとする。
戸を開いて来訪者の姿を確認すると、予想通りの少女。江上琥珀がこちらに向かって歩いてきていた。
「こんな時間に何しに来たんだよ」
俺の顔を見た彼女はヘラリと笑った。
「おじいちゃん家から帰る途中で、ここの明かりが見えたんだ。まだ頑張ってるのかなーって、気になってさ」
「時間も時間だし、もう帰ろうかと思ってるけど」
「えぇ!? 折角差し入れ持って来たのに」
そう言われてみると、何やら良い香りが漂っていて、俺の腹は盛大に鳴った。
午後一時くらいにイタリア料理のチェーン店で、チマチマした物をつまんだだけだったから、かなり腹が減っている。
ニマニマと笑う江上が憎たらしい。
「帰る前に、江上が持って来た物食べさせて」
「うん。食べて、食べて!」
理事長室の中に押し入って来た彼女は、デスクの上に大小様々なタッパーを並べていく。
焼うどんや、茄子の煮浸し等、この辺の飲食店ではまず食べれないような品々に、心奪われる。
俺の分しかないようなので、本当に俺だけの為に持って来てくれたんだろう。
いそいそと椅子に座り、「いただきます」と言う。
焼うどんのタッパーを持ち上げると、まだ温かい。
「もしかしてコレ、俺一人の為にわざわざ作ってくれたのか?」
「そうだよ。今日は家で煮うどんにしたから、流石に持って来づらいなって思って」
彼女は水筒の中からお茶らしき液体を蓋の中に注ぎ、俺の前に置いてくれた。
至れり尽くせりってやつだ。
「悪いな。俺なんかの為に気を遣わせて」
「何言ってんの! 里村君のお陰で次に繋がったんだから、これくらい当然だよ!」
「さっき奢ってくれた料理で充分だったのに」
「フッフフ。私知ってるよー。君がああいう料理より、家庭的な料理の方が喜ぶってこと」
「う……」
やはり江上はあざとい。でも図星なんだよなぁ……。
ちょっと温い焼うどんをモソモソと口に運ぶ。
焦げた醤油や、タップリかけられた鰹節の味わいがちょうど良く、箸が進む。
人参や椎茸等、具沢山でもあるので、きっと健康にも良いものなんだろう。
向かいに座る江上が、嬉しそうに俺を見つめる。
「そんなに見ないでほしいような」
「私の料理を美味しそうに食べる姿って、いいものだなと思って」
「そんなもん?」
「そーだよ」
江上って良く分からない奴だな。
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