学校一の美少女②
俺たちは十分程かけて夕飯を作り上げ、江上姉を加えて食卓を囲んだ。
姉妹は二人並ぶと相乗効果で、美少女度を高め合うらしく、直視するのも憚ってしまう程に眩しい。
今更ながら、とんでもない所に来てしまったと後悔しきりだ。
江上姉は、先程俺に見せたような色気を封じ、あっけらかんとした態度で学校の噂話や、最近流行の店の話をひたすらに話し続ける。彼女の相手を江上妹がしてくれるのをいい事に、俺は黙々と料理を堪能する。
料理は予想に反し、かなり旨い。
先程考えていた意地の悪い事など完全にふっとんだ。
サクサクジューシーな唐揚げも、ふっくらと炊き上がった白米も、具沢山のケンチン汁も、全てクオリティが高い。
容姿端麗、頭脳明晰、おまけに料理の腕も優れてるとか、恐れ入ったぜ江上。
◇◇◇
朝の四時五十分。
早朝のヒンヤリした空気の中で自転車を漕ぐ俺は、散歩中の老人に胡散臭げな表情で見られたり、駄犬に吠えられたりしながら江上の家まで来て、LINEでメッセージを送る。
“ちゃんと起きてるか? 今江上の家の前に着いた”
三十秒も経たずに、家の中から江上が出て来た。
厚手のカーディガンにジーンズを合わせ、小さな顔にメガネをかけている彼女は新鮮で、ついジロジロ見てしまう。
「お待たせ! 自転車ウチの庭に止めていいから」
「うん」
徒歩で学校まで行かなくちゃならんのかと、面倒臭く思うが、部長が言うのだから仕方がない。
自転車を置いてから、二人並んで暗い道を歩く。
つい先日まで、ただのクラスメイトだった彼女と、こんな時間にブラブラしているのが、なんだか滑稽な感じだ。
起きてからあまり時間が経っていないからなのか、江上は普段よりも言葉数が少なくて、会話が続かない。
「江上って、いつもはコンタクト嵌めてるのか?」
「そうだよ。でも、休みの日は眼鏡にしてる。こっちの方が楽だから」
「ふーん。毎日眼鏡の方が良くないか」
「そう?」
「うん」
眼鏡をかけていると、イマイチだと思う奴がいるらしいが、俺はそうは思わない。
特に江上の場合、元々顔立ちが整っているからか、眼鏡を掛けることでシャープな雰囲気が加わり、かなりいい感じだ。
眼鏡トークをする俺に、江上は冷ややかな視線を投げかけたので、黙る事にした。
再びの沈黙にため息で呼吸しながら歩き、三分程後に校門に辿り着く。
「もしかして鍵がかかってるのか? 入るのは無理そうだな」
「大丈夫。昨日おじいちゃんから鍵を貸してもらったから」
「おー」
彼女がポケットから取り出したのは、大きめなサイズの鍵だ。
それを門扉の鍵穴に突っ込み、ガチャガチャ言わせると、軋むような音をたてながら開いた。
空を見上げると、山の端の部分が紅色に染まっていた。
ソロソロ朝日がお出ましになる頃合いだろう。
校庭に備えられているベンチまで行き、並んで腰を下ろす。
「やっぱ朝は寒いね。里村君、そんな薄着で平気?」
「平気」
いつも学校指定のジャージで寝ている俺は、今日は下だけジーパンに履き替えて部屋を出て来た。
確かにこの生地は風通しがいいけれど、江上の家に着く前に自動販売機で買ったコーンポタージュがいい仕事してくれて、ポケットの辺りがポカポカと温かい。両方のポケットに入ったそれ等のうち、俺は右側の方から一本抜き取り、江上に押し付けた。
「くれるの?」
「昨日夕飯をご馳走になったし、お返し」
「有難う!」
コーンポタージュの缶を自分の頬に押し当て、嬉しそうに微笑む彼女は妙に可愛い。
俺はワザとらしく「ゴホン」と咳払いし、視線を逸らす。
辺りがまだ薄暗くて助かった。
コーンポタージュの飲み方についてアレコレと話しているうちに、空はだんだん青くなっていった。もう夜が明けたと言っていいだろう。
この位の明るさであれば、校歌に隠された謎が解けるかもしれない。
「朝日に照らされし学び舎は、我等の誉れ、希望が溢れ、夢まで一筋の道が見える」
校歌の歌詞を口にする俺に、江上は頷く。
「それが何か一つの手がかりを指してそうだね」
「うん。きっと日中とは異なる事が起こっているはず」
キョロキョロと周囲を見回しながら、校庭を歩き回る。
――一筋の道ってことは、一本の線とかなのか? 実際に探してみると良く分からないな。先入観で物を見てしまうし。
グラウンドから自転車置き場、そして校舎裏にある部活棟まで行き、ハッと目を見張った。
影が伸びている。
自転車置き場にかかる屋根の影が、ちょうど矢印のような形になり、部活棟の側を示しているのだ。
対象は初代理事長の銅像だ。
「江上アレ見て」
俺が指差す先を見て、江上は歓声を上げた。
「ご先祖様の銅像に矢印型の影が伸びてるね! 何かそれっぽい!」
「だよな」
意外な程簡単に解けてしまった謎にやや肩透かしを食らった気分だが、全然問題ない。
直ぐに楽譜を入手して、さっさと帰ってしまおうと思ったのだが……。
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