学校一の美少女③

「無いな……」


「見当たらないね」




 二十分程かけて銅像やその周辺を探してみたものの、どこにもそれらしきモノはなかった。


 銅像の表面とかに音符とかが刻み込まれているんじゃないかと想像していたのに、どこもかしこも滑らかで、意味をなしそうな模様など無い。




「もしかして、銅像の下に埋まっているのかな?」




 江上は難しい表情で、銅像の足元辺りに視線を向けている。


 たしかに、箱か何かに楽譜を詰めて土の中に埋められている可能性はなくはないだろう。


 だけど、孫が二人共女子高校生だというのに、クレーン車を使って銅像を退かし、硬い地面を掘りまくらなきゃいけないような場所に仕込むなんてあり得るか?


 そこを掘り返してみるくらいなら、校歌が示す場所は他と考えた方が良いように思えてならない。




 俺は銅像の台座から一度下り、やや離れた所まで歩いて行く。


 自動車置き場からの屋根の影はもうズレてしまい、半端な所を示している。


 今の太陽の位置は、朝日とは言い難いかもしれない。また明日以降に来て、別の場所を探すべきか。




 憂鬱な気分で江上の方を向くと、彼女はまだ銅像を観察していた。




――このままじゃ埒が明かないんだよな。でも部長は江上だし、俺が仕切ってもいいのか?




 陰キャらしく、中止の言葉を言い淀んでいるうちに、鳥が頭上を通り過ぎ、初代理事長の銅像が持つ小振りな本に止まった。


 何故だかその光景から目が離せない。


 初代理事長が見つめる先にあるのは、今鳥が止まっている本だ。


 先程その本には何も書かれていないと確認してはいるが、そのもの自体が楽譜ではなく、次なるヒントなのだとしたら?




「嫌になるくらい手が込んでるんだな」


「里村君、何か分かった?」




 俺の独り言を聞きつけた江上が近寄って来て、可愛らしく小首を傾げる。


 


「銅像が見つめる先にあるのは、手元の本。第二のヒントは『本』なのかも」


「言われてみると、確かに仏頂面で本を睨んでるね」


「もしかしたら、俺の考えは外れているかもしれないけど」


「ううん。次は本を探してみよう! この学校に関係する本……ご先祖様が自費出版したやつとかかな? 午後から里村君の用事が空いているなら、図書室に行かない?」


「今日は何の用事もないな。でもいったん部屋に戻って仮眠とりたいかも」


「じゃあ十三時に図書館に集合ね」


「分かった。んじゃ、また……」


「あ、待って!」




 フラフラと帰ろうとした俺のジャージを、江上が掴んだ。




「どうせ自転車ウチから回収してくでしょ? だったらウチで朝食食べてって」


「いいの?」


「女二人だと、折角料理作っても余りがちだから片付けてよ。昨日の分も残っちゃってるし」


「んじゃ、食べてこ」




 江上の料理はかなり旨い。


 一人暮らしをしてからというもの、俺の朝飯はコンビニで買ったお菓子とか、肉まんとか適当な物ばかりだったから、彼女の手料理は妙に心に染みた。


 飯を食わせてやると言うのなら、遠慮無くいただこう。







 昨日の残りのケンチン汁と、朝食用に焼いてくれた鮭、梅干しが乗ったご飯等を堪能し、更に彼女の家のリビングで土曜朝のテレビ番組をダラダラと観てから帰ってくると、時刻はもう九時を指していた。


 俺はベッドに倒れ込み、頭を抱える。




「休みの日なのに、何やってるんだ俺……」




 江上の飯は凄い。旨いだけでなく、食った後に気が抜ける。


 副交感神経を刺激しやすいような食材を多用してるだけかもだが、何だか俺に必要な物が詰まっている感じだ。


 食わせてもらっている御礼に、幾らか貢献してやらねばという気になる。




「もう一回歌詞を読み返してみるか」




 ベッドに寝転がったまま、床の上のリュックを引き寄せ、中から学生証を取り出す。


 しかし、無理な姿勢の所為で顔の近くに持ってくるまでの間に、手の中からポロリと滑り落ちた。




「チッ」




 身を起こして拾い上げると、ちょうど学生証の“MEMO”ページが開かれていた。落下したときに捲れてしまったからなのか、右上の方が折れ曲がっている。


 指でそれを直してみると、意外なモノが現れた。




 アルファベットの『D』だ。




「……こんなの、前からあったか?」




 学生証の中身なんか、まともに見たことが無いから見逃してしまっていた。




 灯台下暗しってやつなのか?




 たぶん他のページにも、似たような文字があるはず。


 確信めいた考えで、次のページを捲ると、やはりあった。その次のページにも印字されている。


 『Gm』『C♯』『B』……ボロボロと出てくる。




「これ、コードじゃん! そうか、あの銅像の爺さんが見ていた本は、学生証だったんだ! すげぇ、大発見!」




 つまりこうだ。


 校歌の歌詞にヒントが隠されているという意味は、それを確認するために学生証を見る過程でコードを拾える可能性もあったと。


 だが、俺たちのように遠回りしても軌道修正出来るルートも用意されていた。




 理事長の意図に呆れつつも、ポケットから出したスマホで急いで江上にメッセージを送る。




“今日の図書館行きはキャンセルでいい! 月曜日楽しみにしとけ!”


“どういう事!? もしかして何か解ったの!?」


”そうだ! でももうひと作業してからの方が伝わりやすそうだし、時間が欲しい!“


”分かったよ! 月曜日が待ち遠しいなぁ“




 江上からのメッセージを読み、ニンマリと笑う。




「えーと……、まずは五線譜が必要だな」




 定規を使って、自作しようかと考えたものの、並行に線を引いていくのは失敗しそうな気がする。


 昼飯のついでに楽器ショップで買ったらいいかもしれない。


 それまで仮眠だ!




 俺はアラームをセットし、もぞもぞと布団の中に潜り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る