学校一の美少女①

 理事長の邸宅は学校の敷地内にあるため、てっきり江上もそこに住んでいるのかと思ったが、別居しているらしく、彼女とその姉が住む家は学校から歩いて五分程の距離にあった。


 近未来的な雰囲気漂う家は、女子高生が二人で暮らすには大きすぎるくらいで、五時過ぎに上がると物音一つしなかった。


 もしかして、俺と江上の二人きりなんだろうか……。




 キッチンで料理をするからと、俺はリビングに置き去りにされたわけだが、居心地の悪さが尋常じゃない。




 住んでいるのが女性達だからなのか、壁も床も白で統一されていて、可愛らしい小物や妙にフワフワした雑貨がセンス良く配置されている。


 ファンシー過ぎる空間が、どうにも俺を排除したがっているように感じられてならない。




 スマホで何か暇つぶししようと考えたものの、先程の江上とのゲーム対決の所為で充電がかなり減っていた。緊急時に連絡が入る可能性を考えると使い切らない方がいいだろう。


 仕方がなしに、床に転がっているテレビのリモコンを拾い、操作する。




 ニュースやら情報番組を飛ばし、幼児向けアニメで止める。


 シンプルな作画に、平和な世界は、究極の癒しだ。


 耳に優しい音楽も、疲れている時に心地良く響く。




 思考停止状態で愉快な仲間たちを観ていると、リビングの側に配置されている階段からペタペタと誰かの足音が聞こえてきた。




――ん? おかしいな。今は俺と江上の二人しかいないし、江上はキッチンで料理作ってるのに。




 不審に思い、リビングから顔を出すと。




「お~? 珍しく客が居るじゃん」




 ちょうどその人物が階段を下りきったところだった。眠たげに目を擦りながら、片目でコチラを見る少女に、俺は息を飲む。




 江上と同色の亜麻色の髪は緩く波打ち背中に流れ、やや吊り上がった目は緩慢に瞬く。


 制服を着ているのだが、だらし無くスカートからはみ出たシャツや、靴下を脱いで、剥き出しになった生足が例えようもなくルーズ。


 圧倒的な陽キャだ。


 俺とは反対属性の、学校一のアイドル、江上瑠璃がそこに居た。


 近くで見ると、彼女はあまりにも顔が良い。

 間抜け面をさらさないようにしないと……。




「お、お邪魔しています」


「あー。あたし、君の事知ってるよ。ピアノの神童君でしょ」


「何で知ってるんですか? 俺の名前」


「何でって、音大附属に通っているあたしのお友達が教えてくれたからさ」


「音大附属」




 たぶん俺はその高校に推薦で進むはずだった。モチベーションが地に落ちたから、その話は蹴ってしまったけど。




「翔君はさ、この地区の音楽やってる奴等の間では結構有名なんだよ。ウチの高校の名は全国に知れ渡るのかな~って期待したのに、君ってば、何のコンクールにも出なくなっちゃって、ガッカリしちゃったな」


「俺にも事情があるので……」


「ふぅん」


「琥珀ちゃんとはどういう関係なんだい? 彼氏とかかな~?」


「ただのクラスメイトです。江上先輩が気にするような関係ではありませんので」


「え~、でもさ。近くで見ると君結構可愛い顔してるし、琥珀ちゃんもしかしたら、その気があったりして!」


「……あり得ません」


「そうなの~? まぁ、リビングでゆっくり話そうよ」




 俺は江上姉に肩を抱かれて、リビングに連れ込まれる。


 イキナリの接触に、俺の顔面には熱が上がった。たぶん他人がみたら相当みっともない有様になっているだろう。




「あ! 君ってこういうアニメが好きなんだ~。可愛いとこあるじゃ~ん」


「えーと……、良く出来てますよね。俺みたいなチンパンが観るにはピッタリです」


「なになに~? 随分自己評価低まってるね。君には大きな実績があるんだし、もっと堂々としていいんじゃない?」


「もうピアノはあんまり弾きたくないので、その実績を誇ろうとは思えないというか、なんというか……」




 現状を説明しながら、情けない気分になってきた。


 そんな俺の顔を、絶世の美少女が覗き込む。色素が薄い瞳に吸い込まれてしまいそうだ。




――ち、近い……。




 動揺して目が泳ぐ俺に対し、彼女は囁いた。




「どっかに自信を落っことしてしまったの?」


「いえ、……元から無いというか」




「あたしなら君を本気にさせれるのに」


「何言って……」




 心臓が鷲掴みになるような感覚になり、俺は焦って江上姉の肩を押し返し、リビングから逃げ出した。


 「翔くーん」と気怠げな声が後ろから聞こえて来たが、戻ったら何かを奪い取られそうな気がして恐ろしい。


 江上が居るダイニングキッチンに駆け込み、キッチリとドアを閉める。




「何だよ、何なんだよあの人……」


「どうかした~?」


「べべべ別に!」




 アイランドキッチンに立つ彼女は菜箸片手に小首を傾げ、俺を見つめている。


 その、やや間の抜けた表情にホッとし、近づいて行く。




「何か手伝う事ある?」




 室内は香ばしい香りが立ち込めている。フライパンを覗き込めば、唐揚げらしき物体が激しい気泡に包まれていて、弾けるような音が耳に嬉しい。




「じゃあ千切りしたキャベツを皿に盛ってくれる?」




 彼女が指差すのは、まな板に乗った千切りキャベツの山。


 なるほど。それくらいなら料理心皆無な俺にも出来そうだ。




「了解」




 渡された箸で、皿の上にキャベツを盛り付けながら、問いかける。




「江上のお姉さんて、学校から帰ってくるのが早いんだな」


「もう帰ってたんだ」


「二階に居たっぽい」


「んー、お姉ちゃんは割と授業サボるから、今日もそうだったのかな」


「自由人だ……」


「もしかして、変な事言われたの?」




 何故かギクリとした。


 『本気』がどうたらと言われはしたが、それを江上には伝えたくない気がする。


 


「いや、特には。綺麗な人だな、瑠璃先輩。近くで見たら動揺しまくって、失礼な態度とったかも」


「そうなんだ。お姉ちゃんって私の交友関係に興味示すから、ちょっと心配したけど、大丈夫そうだね!」

 

 

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