第4話 私のペアは一倉先輩

結局、私のペアは生徒会長の七里先輩でも副会長の神戸先輩でも無くて、一倉先輩というただの役員だった。


生徒会室の書類が収められている棚の横で挨拶をする。


「私、一倉沙代。よろしくね!」


艶のある肩まで伸びている黒髪と大きくぱっちりと開いた瞳。整った顔というのはこういう顔を指すのだろう。出し惜しみの無い笑顔は安心感を生む。


「よろしくお願いします、一倉先輩。新見真智です」


少し固すぎた挨拶だったのかもしれない。しかし一倉先輩は全く気にしていない様子で私の手を握ってくる。びっくりして手を引いてしまう。


握手か…。


「あ、急だったね、私のことは気軽に沙代お姉ちゃんって呼んでいいから!」


馬鹿にされているのかもしれない。

優秀な人なのだろうか。思っていたイメージとは完全に外れた私のペアになった一倉先輩。本心を隠すために表情を力を入れて保っていたので顔の筋肉が痙攣する。


「いや…一倉先輩と呼ばせてもらいます」


既に自分の発言に興味が無くなったのか先輩は微笑んでいるだけだ。


私のペアの先輩なんだから優秀なんだろう、大丈夫。


そう言い聞かせてその日は解散となった生徒会室を抜けて帰宅する。



・ ・ ・


緊張を持って見上げた桜の花びらも全て落ち切った頃には私は学校生活に慣れてきた。それは生徒会役員になった同期の役員も同じようでペアの先輩と一緒に仕事をしている。


中学校の生徒会活動をイメージしていた私は高校での生徒会活動には驚いた。活動できる幅が多くて仕事も多い。


それに、雑用のようなことも多い。メインの仕事が多い分、それに伴って雑用も多くなるのだ。


生徒会室で全員が作業をしてしまうと狭くてどうにもならない。そのため空き教室を使って今は作業をしている。遠くから運動部だろうか威勢の良い掛け声が聞こえてくる。

「一倉先輩…何してるんですか?」


なるべく声に呆れている気持ちを乗せないように話しているつもりだが抑えるにも限界がある。


「何って、見聞を広げているんだよ」


一倉先輩の手にはどこで買ったのか完全に日に焼けた時代を感じさせる文庫本。つまりはサボっているのだ。


「はやく、やらないと…」


今やっているのは雑用。こんな仕事は早めに終わらせてもっと大きなやりがいのある仕事をしたいのに一倉先輩は何だかのんびりしている。


「大丈夫だよ、私たちの今日の仕事はこれだけだから~」


そういう問題ではない。今日の雑用は生徒会に送られてきた学校生活の改善案と返信を貼り付けて廊下に掲示できるようにすることだ。


「その本、どうしたんですか?」


手は止めない。私は生徒会長を目指す。こんな所で仕事をサボる事なんて出来ない。手に持ったスティックノリを止めたりはしない。


「あ、これね。駅前の古書店があるでしょ?そこに売ってたんだよ100円、安いでしょ」


深い意味なんて無かったのだ。一倉先輩はそういうところがある。どこか軽いというかふざけている。だから雑用のような仕事しか舞い込んでこないのだろう。


もう少しで体育祭の準備が始まるのだろう、他の役員達は忙しそうに動いているのにここだけ空気が停滞している。


やっと完成した掲示物を持ち上げる。


「一倉先輩、これ届けてきます」


文庫本を閉じてこちらを見ている先輩はニコニコと頷く。


「いってらっしゃい~」


両手に丸めた画用紙を抱えて空き教室から別の空き教室に歩く。2年生が使う空き教室には2年生が集まっていた。1年生と違ってひとりで行動することも多い2年生はバラバラになっていることも多いのだが体育祭の関係で集まっているのだ。


「すみません、小蒔先輩いますか?」


用があるのは2年生の小蒔史先輩。


「はい、新見ちゃんコッチ来て」


忙しそうに書類を確認している小蒔先輩の元に移動する。書類の作業に使っていたペンをゆっくり丁寧に置くと椅子から立ち上がる。


「あの小蒔先輩。頼まれていた仕事終わりました」


丸めた画用紙を広げて内容を確認する。銀色のメタルフレームの丸眼鏡の奥の大きな瞳を動かしているのが見える。


二つに結われたおさげ、一定に切られた前髪と合わさって古風な印象を与える。実際に実家が高校近くの商店街にある小蒔和菓子店の一人娘なんだそうだ。


ペラペラと喋る一倉先輩からの情報だが嘘ではないようだ。一度、差し入れで和菓子を貰ったことがあったからだ。


「どうですか?何か不備でもありましたか」


確認の時間が長くて心配になるが、こちらを向いて微笑んで「完璧だね」と言ってくれる。


「もっと大きな仕事がしたいって顔してるね新見ちゃん」


本心を読み取られてびっくりする。


「ごめんね、私の雑務を押し付けちゃって。今は体育祭の準備で手が離せなくて…」


両手を合わせて謝罪の意志を表してくれる。複雑な気持ちが湧き上がるが外に出す事はしない。


「いや…大丈夫ですよ小蒔先輩」


小蒔先輩は何かを思いついたように私の手を取ってくる。


「じゃあ、ちょっと体育祭の仕事してみる?私と一緒に」


勢いに負けて頷く。意外と強引だ。



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私の先輩に関すること おじん @ozin

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