第19話 夏の大打ち上げのお知らせ
『はいこんにちは。タイセイさんどしたの?』
などとHISAKAの家へかけて電話口で言うのはMAVO嬢くらいなものである。
「やあ元気? HISAKAいる?」
『今日は留守……… あたし一人だけど』
「じゃあまあ、伝えといて。今度の週末、夏の大打ち上げするから、PH7、出席するかどーか知らせてって」
『はーい』
タイセイは受話器を下ろす。実にコンパクトな会話である。
「オキシドール7」では「夏祭り」と「カウントダウン・パーティ」に関しては後で大打ち上げをすることにしている。それは店長がこの店を開いてからずっと続いている「季節の行事」だった。
「夏祭り」や「カウントダウン」に出た全バンドに一応召集をかける。オキシのフロアか、入らなければ他の所でやることになっているが、最近できた上の店がなかなか広いのでそちらを使おうか、ととも考えられている。
まず不参加のバンドはない。メリットは三つある。一つは他バンドとのコミュニケート。二つ目はそこへ顔を出す業界の人間――― レコード会社から派遣されてきた奴、音楽ライター、プロダクションの人等々と話をするチャンス。そして三つ目は、何と言っても「安く飲み食いができる」。これが最大のメリットだった。
だいたいにおいて、ロックバンドなぞやっている者は貧乏である。HISAKAは例外である。某バンドのベーシストの名言「バックがついてなくて全国回れるのは親に金出してもらっているか、おねーちゃんにたかっているかですよ」。
そういう状態だからロッカーにはそうそう肥満な奴はいないのだ、という説もある。不摂生な生活も含めて、恰好以前に栄養が行き渡らないのだ、と。
まあほぼ全バンドが出席するとは今回の幹事であるタイセイも思っている。ので、大抵のバンドには日時しか言わない。
―――のだが、その一般的な定義にPH7は当てはまらないので彼女達にだけは聞こうと思ったのである。
彼は先輩にはああは言ったが、実は結構今の電話の相手を気にいっていた。声もそうだが、言葉や行動の端々に、奇妙にほっとけない所があるのだ。
だが絶対に手を出すまい、と決めていたのも事実である。彼はまだ死にたくなかった。
*
「あ、そーか。そういうのあるって言ってたものねえ」
「どーすんの? ハルさん」
「ん? 出るよ」
「みんなで?」
「……そーだな……」
HISAKAはどうしたものかな、と考える。
「MAVOちゃん出たい?」
「ん? 面白そうだし」
「そおねえ…… みんなで行こーか。P子さんも一緒に」
「P子さんも?」
少し前にヘルプに来てもらった一匹狼の飄々としたギタリストの名を出す。オキシドール7の紹介だけあって、「動じない女」をよこしてきた。
「まあ今んところ、正式ではないにしろうちのメンバーだし」
「あ、良かった」
あっさりとMAVOは言い――― そしてHISAKAの顔を見てつぶやく。
「どしたのハルさん、廊下でいきなりペンギンでも見たような顔になっちゃって」
「あれ、そんな顔してる?」
「してる」
「……あれ?」
そしてHISAKAは本気で首をひねりだした。不可解な感情が時々やってくるのだ。
「MAVOちゃんP子さんって好き?」
「すき。だってすごく居心地いいんだもの」
「居心地、ねえ。楽?」
「うーん…… 何って言うんだろ」
MAVOは考え始める。どこがどうこう、というのではない類のものではないのである。
「あのさあ、例えばあたしが一人でTV見てたとするでしょ? もしかしたら、すごく面白い番組で、涙流して笑ってたり、顔崩しまくったり、笑いすぎでお腹いたくなってたりするような時あるじゃない」
「うん、あるね」
MAVOは一度笑い始めるとそう簡単には止まらない。それはよく知っている。
「うちのひと達ならともかく…… まずたいてい『あんた大丈夫?』とか言いたくなるんじゃない?」
「ま、そりゃそーだ」
確かにそう自分も言ったことがある。
「でもP子さんは何か『あ、そんなに面白いんですか』で全てを終わらせてしまうような気がするんだもの」
「なるほど」
つまり、その動じなさが「気楽」だと。HISAKAはそう解釈した。
言う人によってはその台詞は嫌みでもある。ところが彼女の場合、それがただの事実の確認にしか聞こえないところがミソなのだ。
まあ確かにそうだよな、とHISAKAも思う。TEARも似たことを言っていた。
「何かさあ、強いなあ、と思うわけよ」
何が、とHISAKAはその時TEARに訊ねた。すると彼女はこう答えた。
「どんな事実でも事実として受けとめるのって、簡単そうに見えて強いじゃねえ? 全然逃避してないってことだし」
なるほど、とHISAKAもその時思ったのだ。ただHISAKA自身は彼女達が言うほどその部分を感じてはいなかった。
当然である。自分にとっても当たり前なことなど、いちいち珍しがって感じたりはしないのだ。人に言われてようやく気がつく。
結局HISAKAは自分自身のことをほとんど知らないのである。
「何かさあ、あたし達が何であろうと平気な気がする」
「あたし達?」
「だってあたし達」
MAVOはそこで口をつぐんだ。
「何?」
「何でもない」
「何でもないじゃないわよ」
「何でもないってば」
「こんにちはあ」
タイミングよく、「は」にアクセントを置いて、当の話の本人がやってきた。
MAVOは露骨に安堵と判るため息をついた。HISAKAは軽く表情を固くする。
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