第18話 「野望持ちのお嬢さん、名前は何で言うの?」
「モノ運びするぜっ」
TEARの声がする。機材と言っても大半が借り物だったが、ベースとドラム、キーボード、それにアンプが二台あった。
手早くドラムを分解するとケースに一つ一つ詰め、それをまたどんどん階下のワゴンの中に運んでいく。
「あ、手伝います」
ナホコははっきり言って疲れきっていた。だが、その時はそう言わずにはいられなかった。
「あ、そお? じゃお願い」
HISAKAが言う。そういえば、とナホコは気付く。
機材を運んでいるのはメンバーと、もう一人居る女の人(=マリコさん)だけじゃないの。
タイセイだって手伝おうとはしない。彼は彼で次のバンドのこととか忙しくて構っている暇はない。
そのせいかもしれないけれど、一度に重い機材を運ぼうという感じではない。
細かく細かく分解して何度も何度も運んでいる。ドラムのパーツ、シンバルとスタンド、椅子だの。さすがに重いアンプだけど、タイミングを合わせて皆で。
……人手が必要だよなあ……
ナホコは結局スネアドラムとフロアタム、それにキーボードを運ぶべく階段を往復した。
「これで全部かな」
「そうですね」
マリコさんが「本日の機材」という表をつけてチェックしている。
「じゃ参りましょうか」
「ほーい」
HISAKAの号令にTEARとMAVOが手を挙げる。
「……それで……」
HISAKAはちらり、とナホコの方を見る。
「今からあたし達はあたし達だけの打ち上げに行くけど、どお? 手伝ってくれたことだし」
「手伝いだったらいつだって!」
反射的にそう返していた。
「こないだHISAKAさんとえ…… と」
「こっちはTEAR」
TEARの方をむいて首をひねっていたのでMAVOが助けた。
「TEARさんに会えた時に…… このバンド好きって自覚して…… で今日、本当に好きって…… 判っちゃって……」
ふむふむ、とHISAKAはうなづく。
「お願いしますっ! 何かお手伝いさせてください」
「ふむ」
HISAKAはTEARとMAVOの方を見る。TEARが訊ねる。
「高校生?」
「はい」
「いろいろ言われない? 親とか」
「うちは、したいことをすればいいけど、その落とし前はつけろ、って家なんです」
「と言うと?」
「夜遊びしても成績は落とすな、男と付き合っても避妊はしろ、と」
「大した親だ」
ほお、とTEARは感心する。自分の家とこうも違うものか。
「だからもしそちらのお手伝いさせてもらえるんなら、その分向こうもがんばらなくちゃならないし、絶対に打ち上げとか行けないだろうけど……」
HISAKAはにっこりとした。そして、ナホコの真正面に立つと、
「うちの音が好き?」
「はい」
「どうして?」
「判らないです。やっぱり。歌も曲も音も全部…… それに、見えたんです」
「何が?」
「何処かの球場を一杯にしているんです」
「うちが?」
「はい」
MAVOとTEARは顔を見合わせた。HISAKAはぽん、とナホコの肩を叩いて、
「野望持ちね」
「え」
「でもそういうのは自分のバンド作ってどうとか思わない?」
「思いません」
即答する。
「あたしは音は作れない。だから、音を作れる人がすごく尊敬できるんです。そういう人の手伝いをしたい。そういう人達と一緒に何か作る手伝いをしたいってずっと思っていたんです」
「ずっと?」
「あ、違う、このバンドだから、だ」
ナホコは記憶をたどるようにつぶやく。
「ごめんなさい、PH好きになって、そういうのが形になったんです」
TEARもMAVOも、リーダーが決めろ、と目で合図する。
「野望持ちのお嬢さん、名前は何で言うの?」
*
「野望か」
機材を積んでいるワゴン車の中でTEARはつぶやいた。
車の運転は「呑まないことにしている」マリコさんにまかせて、HISAKAとTEARは後部座席で話していた。
アルコールに弱いMAVOはHISAKAの肩に頭をのせて、すでに夢の中だった。
「嫌い?」
「いや」
HISAKAの問いにTEARは首を振る。
「ある程度は。あんたは好きだろう?」
「判る?」
「判るさ」
ばれたか、とHISAKAはつぶやく。
「やるからには先頭を走りたいのよ」
「先頭ねえ」
「それこそあの子が言ったんじゃないけど、とりあえず球場クラスをソールドアウトさせるバンドにならなきゃ」
「とりあえず、ね」
「もちろんそこまでにはいくつもクリアしなきゃならないことはあるけどさ」
「バンド以外の方法ってのは考えなかった訳?」
「あたしはバンドがしたかったのよ」
「なるほど」
そういうことか、とTEARは思った。だったらいい。
「誤解してた。ごめん」
「何が」
「あんたがあまりにも客を動かす戦術どうの、とか好きそうだからさ、単にそれだけが目的かなと、ちょっと思ってしまったんで」
「目的じゃないわ、手段よ」
「ん」
少し声を荒げた拍子にMAVOが目をさました。どうしたの、とねぼけまなこと気の抜けた声で訊ねる。
「何でもないわ。まだ寝てて」
「ん」
素直にそのまままた彼女は眠りについた。HISAKAはその髪を撫でながら、
「ものすごく伝えたいことってのがある時、あんただったらどうする? TEAR」
「伝えたいこと?」
「さしずめあたしだったらそれを表現するのは音楽よね」
あ、そういう意味か、と納得する。
「それだったらあたしも同じさあ。ただあたしはあんたよりコトバを知らないから、音だけになってしまうけど」
「でもいくらそれを作ったところで、人が聞かなくちゃ仕方ないのよね」
「うん」
「その努力はしなくちゃならないのよ」
「……」
「それが野望ってコトバで言うなら言えばいいのよ。あたしはあたしの作ったものをたくさんの人に聞いてもらいたいの。この子の声で広げたいの。この子の声一つひらっと街で流れれば、それがPH7の曲だって誰にもすぐに判るくらいにしたいの。それだけよ。それが夢よ。でもそれを本当にするには、現実で頭を使っていかなきゃならないの」
「確かに」
それだけ、というにはなかなか大きなものではあるが。一方、TEARは前自分のいたバンドを思い出す。
「チェインの連中はそういう野心がなかった」
「そういうことね」
HISAKAはにっと笑った。
「最初にあんたと会った日、あんただけが浮いてたもの」
「ちょっと待て、それじゃあんた」
「初めっからあんたは野心持ちだと思ってたわ」
全く。TEARはがっくりと肩を落とす。
「あたしあんた好きよ」
「へ」
「あ、勘違いしないでね、そういう意味じゃないから。やっと戦友が増えた気分なのよ」
「戦友」
「そーよ」
「そーか、戦友か」
そう言えばそうだった。何処のバンドに入っても、そういう気分には一度もなったことがなかった。
「ん」
気がつくとHISAKAの前にTEARは手を突き出していた。
「何」
「あらためて握手」
「ほー」
そう言いつつもHISAKAは手を出した。結構がっしりとしてやや自分よりも体温の高い手を握りしめる。
「ギタリスト、探さなくちゃね」
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