第7話 わくわくとどきどきが入り混じる
「で、何であたしまで来ねえといかないんだ?」
とTEARは言った。
「何ゆーとんのよっ。あんた加入したんでしょっ。だったらもう一人のメンバー探しくらい協力しなさいっ!」
「MAVOちゃんはどーしたのさっ!」
「あの子はあの子で別にすることがあるの」
「何を?」
「ひみつ。あ、黒猫」
「……」
何なんじゃ、とTEARは肩をすくめる。ごまかしたな、と思いはしたが、特に言うほどでもない。
そのまま二人は階段を降りて行った。
階段を降りてくる音がして、ナホコはびくん、と身体を固くした。
「あれ?」
と先に降りていたTEARはベンチに座っているナホコに声をかけた。
「事務所閉まってんの?」
「え? いいえ!」
「何言ってんのTEAR、電気ついてるわよ」
「あ、本当だ。じゃああんた何してんの?」
「え」
何やってんの、と言われても。ナホコはHISAKAを見た瞬間頭が真っ白になった。
「中の人に用なら呼んであげるけど?」
ハスキィヴォイス。HISAKAの声は結構特徴がある。そのままHISAKAが中へ入っていこうとしたので、
「違いますっ! HISAKAさん来るってタイセイさんが言ったからあの……!」
ベンチから勢いよく立ち上がっていた。手提げカバンがその拍子に落ちる。ふたが無いカバンの中身はどさどさと床に落ちた。
「あらあら」
すっとかがみこんでHISAKAはささっと音もさせずに散らかった中身を拾い、はい、とベンチに置いた。
「……す、すみません」
「何だ、あたしを待っててくれたの。ありがと。でも、どうして?」
慌てて自分もかがみこんだので、ナホコは視線がHISAKAと同じくらいの所にあるのに気付いた。整った顔に多少どきどきする。
「あ、あの、PH7好きなんですけど、ライヴ、しばらくないって聞いて…… いつ頃次のライヴができそうですか?」
あ、「できそうですか」なんて偉そうな口を利いてしまった!ナホコは途端に自己嫌悪に襲われる。だがHISAKAはそれに気付いてか気付かずか、ふっと笑って、
「もうじきできるから。また来てちょうだい」
実に見事だ、とその光景を見おろしながらTEARは思った。
ナホコは自分でも気付いていなかったが、HISAKAに「PH7が好き」と言いきってしまったのだ。
ナホコは決して相手がメンバーでも、好きかどうか判らないバンドに「好き」と言いきることはない。音楽のような「好き」なものに関しては妥協をしない。何はともあれ、彼女はまだそんな態度が許される年と立場だったから。
ところが、HISAKAを見た瞬間に、声をかけられた瞬間に、「好き」と「どうでもいい」の間をふらふら揺れていた針が一気に「好き」に振れきってしまった。何なのよ。ナホコはくらくらする頭を必死の精神力で支えようとする。
「それじゃあね」
「あの!」
「まだ何かあるか?」
「ここ、ですよね? やるんなら」
と地面を指す。何かやや違うんじゃないか、とTEARは思ったが、とは言えそれ以外の指し方も判らないので、リーダー殿の方をちら、と見る。
「そうね」
きっぱりとHISAKAは言った。
「新メンバー入れての最初はここでやるわ」
それは半分ここに連れている新メンバーにも言い聞かせている。TEARにはそう取れた。
「はいっ」
ばいばい、と手を振ってHISAKAは事務所の方へ入っていった。TEARもそれに続く――― 続こうとしたが、ふと何か考えついたか、くるっと振り返った。
「おいあんた」
「はい?」
どうやらHISAKAに過敏反応しているらしいな、とTEARは見て取った。
「PH7は何処が好きなんだ?」
「何処って…… あなた確か『
「いんや、今度お仲間になることにしたから。だからあいつの事もよく知りたいんだけど、あんたのようなファンから見て、あいつはどうだ?」
「どうだって」
どうなんだろう。ナホコは急に冷静な自分が出てくるのを感じる。
「判らない。けどHISAKAさんのドラムって、圧倒的なんです」
「圧倒的」
「あたしは楽器のことなんて全く知らないですから、身体にどう感じるか、としか言えないけど」
「うんうん」
「何か、えーと…… 何っていいましたっけ、戦争映画か何かで、だだだだだ、と撃つやつ」
「マシンガン?」
「えーと、それで撃たれた気がしたんだ」
「へえ」
それが「前から」彼女の音を受けとめた場合か、とTEARは妙に感心した。
あのご馳走になった翌日、あの家で彼女のドラムに合わせてみた時、「何じゃい」という感じはあったが、それを言葉で表すことはできなかった。
ただ、何か変だ、何か凄いという感じはあった。
なるほどそういう言い方もあるんだなあ。
TEARは妙に感心して、ナホコの言葉にいちいちうなづいてしまった。
「TEAR何してんの?」
HISAKAがのぞく。
「あ、ごめん、すぐ行く」
それじゃね、とTEARはぽん、とナホコの肩を一つ叩いた。ナホコは呆然として彼女達が入っていった事務所のドアをしばらく見ていた。
あたし新しいメンバーと喋ってたんだあ……
それに気付いたのは、ドアが閉まって、帰ろうと階段を登りかけた時だった。
きっとあたしが最初だ。
わくわくとどきどきが入り混じって、急に呼吸困難に襲われそうになり、慌てて息を大きくつく。
わーい。
ほとんどスキップのような足どりでナホコはバス停へ向かった。
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