第6話 とあるライヴハウス通いのジョシコーセーのある日。

「気が知れーん」


と、ユキノが言った。


「何であのバンドがいいのさナホコ?」

「何でって言われてもさあ」


 放課後である。補習も本日は休みである。


「ならオキシへ行って来月のスケジュール聞きにいこ」


とナホコはやはりよくライヴハウスへ通う友人二名に持ちかけた。

 友人Aのユキノはもうじきメジャー行きらしい、という「ダブル・アップ」というバンドがお気に入りで、友人Bのアナミはオキシでは1、2を争う妖しげな魅力のバンド「ラヴィアンローズ」が好きである。

 さてナホコは、と言えば、別にどちらも嫌いではなかった。

 と、いうよりもっと「気になる」バンドが居たのである。

 学校と家の中間にライヴハウスがあるというのは幸運である。バスに揺られて一時間、が家なら、二十分くらいの所に「オキシドール7」はあった。


「PH7なんてさあ、どーせレディースじゃん。よしなよお」

「あんた演奏聴いたことあんのかよ」

「あるじゃん、あんたと一回行った」

「あん時はギターがボロボロだったの!」


 へえへえ、とユキノは両手を広げてオーマイガッ、とおどける。

 とは言え、ナホコとて、自分がはたして「気になる」からと言って、「好き」かどうかは判らなかった。まだそれを見極める程回を重ねた訳ではない。


「でもまあ珍しい名だあね。どうゆう意味だっけ?」

「ペーハーだろ? 化学取ってるんじゃねーのお前?」

「うるせえユキノ。ナホコの方が頭いーじゃんかよう。3組のくせに」

「へいへい…… 酸でもアルカリでもねえ状態だよ」

「中性かいな」


 ほお、とアナミが感心する。どれどれ、と手提げの中から滅多に持って帰らない教科書を出した。


「おや珍しい」

「うるせえ。一応テスト勉くらいはしなきゃなんねーだろ」

「それよっか見ろよ」

「おーっ確かに合ってる」


 ぱちぱちぱち、と友人達は手を叩く。どーでえ、ナホコは胸を張る。と、ぽろん、とスカートの上にベストのボタンが落ちた。


「あ゛ーっ」


 転がっては一大事。慌ててナホコはボタンを手に取り、あーあ、とため息を付きながらベストのポケットに入れる。


「おめーよお…… これで一体何度目だ?」

「知らんわ。このベストのデザインがまずいんだよっ」


 あーうざってえ、とナホコはベストを脱いで手提げに入れる。


「面倒なんだよな、制服ってのは」

「だからって脱ぐ奴っているかあ?」


 ユキノは眉をしかめて呆れた。

 やがてバスがオキシドール7の最寄りに着いた。慌てて三人は飛び出す。はた迷惑な客を下ろすとバスはあっさりと姿を消した。


 ライヴハウスというのは、意外に外観が地味なことが多い。

 だが、周辺には明らかにそれと判る雰囲気というものがある。まあまず周辺の道は汚い。特にライヴの後はとても。

 壁にはスプレーペンキで何やら落書きが何度かされている。その上にチラシを貼った後、はがしたあと、いろいろである。ちなみに時々何を間違ってか、極右極左のそれとすぐ判るデザインのものも貼られたりするが、別にライヴハウスとは関係がない。

 入り口は地下にあるから、そこへ降りる階段の横の壁には様々な貼り紙がしてある。ライヴの告知だの、メンバーやローディ募集、単なるメンバーへのラヴコールだの、実に様々である。


「もうさすがにダブルアップ、ここじゃやんねーかな」

「まだラヴィアンはだいじょーぶだもんね」

「……」


 ナホコはじっと貼り紙の一つ一つを見る。何度壁に視線を走らせようと、どれだけ目をこらしても、どうやら彼女のお目当てのお知らせはない様だ。


「どーしたの彼女たちーっ」


 のんびりとした声でタイセイが声をかける。何やらがやがやとしていたので、今日は何もライヴがないはずなのにと気になった。


「あ、タイセイさーん」


 さすがに何度も何度も十何回も通っていれば、ここの店長の息子の顔など知ってしまう。この人もよくステージに立ってはいるのだから。


「タイセイさんっダブルアップもうここじゃやりません?」

「ラヴィアンの次のライヴいつか知ってますか?」


 ユキノとアナミは下にいた彼に一気に走り寄って一気にまくしたてた。そのあまりの迅速さに、ちっしまった遅れを取ったぜ、と舌打ちをしてナホコも下へ降りた。


「ダブルアップのことはどうかな。でも彼らもここは好きだと言ってたし。ラヴィアンはもうじきツアーをするとか」

「本当ですかっ」

「その程度くらいなら言えるよ」


 にこにこにこ、と柔らかい笑いを店長の息子は投げる。


「で、君は?」

「あ、PH7の」

「ほー」


 一瞬彼は口元を緩めた。


「好きなの?」

「たぶん」

「たぶん?」

「だって『好き』って言える程あたし、たくさん見てないですから。だからライヴ見たいんですけど予定……」

「今のところ無いようだね、残念ながら」

「そーですか……」


 がっくりと肩を落とす。


「でももうじきHISAKAは来るって言ってたけど」

「えーっ」


 思わず大声を上げていた。どうしたどうした、とトガシやイクシマまで出てきたので、ナホコはぱっと口を押さえた。ああどうしましょどうしましょ、と思わず顔が真っ赤になる。


「おめー声がでかいんだよ」


と眉間にしわを寄せてユキノがため息をついた。タイセイは――― 実に良く笑っていた。笑い過ぎでどうやら腹筋が痛そうである。


「そんなに笑わなくてもいいでしょう!」

「ごめんごめんーっ。でも本当、居れば会えるかもよ、笑ったおわびに言ってしまうけど」

「タイセイさーん」


 どうしたものかね、とトガシとイクシマは顔を見合わせる。


「どーせ彼女達もそこの階段降りてくる訳だし。待ってるだけならいいよ。ただし別にこっちは手出しはしないから、話しかけるとかそういう努力は自分でしてね」


 ぶんぶん、と音がするくらいナホコは頭を縦に振った。


「待つのーっ? おいナホっ」

「待つっ」

「うちら先に帰るよっ」

「いいっ帰って」

「友達甲斐のない奴ーっ」

「何ゆーとるよ、あんたらだってもしここにDUのリョータとかラヴィアンのタカシとか居たらあたしなんざ突き飛ばしてくだろーに」

「そらまあそーだろーけどさ」


 だけどなあ、とユキノとアナミは顔を見合わせる。


「じゃあ待つんだったら、そこのベンチでね。オレ達は関知致しませんから」


 にこにこにこ、と笑いを浮かべたままで店長の息子は行こ、と二人従えて事務所の中へ入っていく。じゃあたしら行くからね、とユキノとアナミも手を振った。

 仕方ねーなあ、と手を振り返しながらナホコは思った。正直言って、どうして残ってしまったのか、彼女にもよく判らないのだ。

 ただ、思わずそうしてしまった。

 それが「気になる」からなのか「好き」だからなのか、その正体が判らない。判らないから気になる。


「うーむ」


 とりあえずベンチに腰をおろした。

 一方バス停に再び戻った二人。そういう時には必ずいない奴の噂ばなしというものが出てくるものだ。


「やっぱ判らんわ」


 ユキノは腕組をしてうなる。


「何?」


「ナホコさあ。だってさあ、いくら恰好いいとか何とか言ったって相手は女じゃん。追いかけてどーすん?」

「あいつ、うちらより真面目だからさあ。やっぱまた音楽がどーとか、とって考えてんじゃない?」

「だけかなあ。あのしゅーちゃくはハンパじゃねえぜ」

「お前しゅーしゃくって漢字で書ける?」

「書けねえ」


 お前もかーっ、とアナミは言い、二人してへらへらへら、と笑った。


「お、バスが来た」


 バス停よりやや前気味にバスは止まった。何やってたんだよー、とぶつぶつ言いながら乗り込もうとすると、降りてくる女がやけにでかい二人連れであることに気付いた。


「おい」


 ユキノはつんつん、と友人をつつく。抜いた色の髪。どれどれ、と言っている間にバスは無情にも動きだした。

 一番後ろを慌てて取って、遠くなっていくライヴハウスに一生懸命焦点を合わせる。


「おいアナミ、あれって『CHAIN REACTION』のベースの奴と違う?」

「そう見えるけど」

「横は」

「ナホコのお気に入りだよなあ……」

「あの二人仲いいんか?」

「あたしが知るかよ!」


 そしてバスは角を曲がった。


「あ、でもさあ、『連鎖反応チェインリアクション』ベースの奴、抜けたとか、あたしのツレ、言ってたぜ」

「あれ、じゃあまさかPH7に入るってんじゃねーだろなあ?」

「知らんわ。あーそういや、あのひとぁ結構恰好いいと思ってたんだ」

「お前もナホコと同じかあ?」


 顔をしかめるユキノにアナミは構わず、


「ツレがさあ、そーいや言ってたんだわさあ。『連鎖反応チェイン』がそれでちょいとガタガタになっちまったんで、ライヴが減ったってファンが怒ってるって」

「何、じゃ、何か仕返しでも企んでるってゆーのかよ?」

「あそこのファンってさあ、何っか大人しいんだけど、時々インケンになるんだわ」

「へえ。ばっかじゃねーの」

「知らんわ」

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