第2話 「どっかに上手くてうちらとウマが合って恰好いい女いねーかなあ」

 それはともかく、バンドネームHISAKAとMAVOはライヴハウスを探し、メンバーを探し、曲を作り、楽器の練習をし、馴染みの楽器屋を開拓し、と毎日毎日動き回っていたのだ。その間、どういうバンドにしたいのか、どういう宣伝方法を取ればいいのか、も手探り状態だった。


 だったらとにかくまずは練習すればいいじゃないか。


 そういう者もいるかもしれない。だが一日中練習だけで過ごす訳ではない。ただでさえこの二人は身体動かし系のパートである。ある程度は休む。

 だが休むのは身体だけである。その間に頭はひっきりなしに活動している。暑いさなかだったら、夕方窓のそばで冷たいものでも飲みながら(アルコールではない)、アイスクリームでもなめながら、思いついたことをあれこれ言い合う。


 時間だけは、あった。

 髪の色が変わり、「ステージの顔」を考え、衣装も決める。いちいちレポート用紙にメモなんかもしたりして。

 ひどく、楽しい。HISAKAは思った。

 だが。

 どうしてもこのバンドの難点があった。

 メンバーである。


 HISAKAはドラマーであり、MAVOはヴォーカルである。90年代に入ってからは、打ち込み関係の発達めざましかったから、何もギターだのベースだの、きちんと揃えることはなかったのかもしれない。だがまだこの時点ではその発想はなかった。弦楽器隊が必要だった。

 ところがその弦楽器隊が揃わない。入ったと思うと辞めてしまう。男でも女でも同じである。どちらかと言うと、HISAKAはメンバーは女がいいと思っている。だが、「上手い」女は実に少ない。だいたいプレーヤーの女性人口は実に少ない。これがヴォーカルだったら、掃いて捨てるくらい居るのになあ、とため息ものである。

 そしてその少ない中で、「上手い」人は本当にわずかであり、そういう人はだいたい既に売約済みである。


「どっかに上手くてうちらとウマが合って恰好いい女いねーかなあ」


 最近のHISAKAの口癖である。この一年でめっきり口が悪くなった。


「そう簡単にいるわけないよお」


と、滅多にいない声のヴォーカルは言う。


 そりゃそうだ、とHISAKAは思う。だけど。もう一方で考える。


 だけどその「滅多にいない」奴を揃えられればとんでもないバンドになるんじゃないだろーか?


 HISAKAの頭の中にはこの一年で、だんだん見えてきたものがあった。それは根拠のない成功の確信、別名「思いこみ」というものと同時にふくれあがってきたヴィジョンである。

 ただ、そのヴィジョンにたどりつくには、段階を踏まなくてはならない。一足飛びに手に入るんだったら、そんなもの価値はない。思いこみと努力、それとそれに値する成功。それが理想。

 だが現実はとりあえずその最初の段階から試練をびしばしに与えて下さる。

 ちら、とHISAKAはステージに目を移した。次のバンドに替わるらしい。

 この日の出演バンドは三つ。それぞれHALF-BLOOD,BEHIND,CHAIN REACTIONという。どうやらその三つ目の「連鎖反応チェインリアクション」という意味のバンドが登場するようである。

 女の子が詰めかける。どうやら今日の三つの中ではここが目当てという子が殆どらしい。いきなり場所を移動する子が増える。客層もやや違うようである。


 はて。


 HISAKAはこのバンドを見るのは初めてだった。

 やがて何やら「登場のテーマ」らしい音楽が鳴る。ファンらしい子達は、それが合図であるのを知ってるのか、メンバーの名を呼び始めた。


 おやおや。


 彼女の相棒がよく好んで着ているような可愛いワンピースを着た子がやはり叫んでいる。それも潰れるんじゃないかと思うようなダミ声で。似合わないよなあ。ついつい思ってしまう。

 似合わないと言えば、その可愛い系を着た子が煙草をふかしているのもそう思う。まあ人の勝手と言えば勝手なんだが、どうもその光景にはバランス的に許せないものがある、とHISAKAは思ってしまうのだ。服の製作者の意図を無視しているような。もちろんそんなこと考えるのも自分のおせっかいだとは思うのだが。

 可愛い系の服にぬいぐるみとお花は似合う。皮ジャン系に煙草やバイクは似合うと思う。暗黒どろどろ系のファンの子が着ているような黒いずるずるたらん、としたスカートや黒レースにも煙草は別に似合わなくもない。お水系のイメージもあるから。だが可愛い系に煙草は似合わないと思う。これはもう信念に近かった。

 そういう服を着たかったら似合った行動をしろよな、と言いたくなってくるのである。実際には言わないが。

 さて「連鎖反応」が出てきた。四人編成のバンドのようである。向かって右手にギター、左手にベースが位置につく。と、HISAKAは左手に目が止まった。


 あれ。


 入ってきた瞬間は野郎だと思った。だがよく見ると、ナイスバディの女である。ただ、身長が実に高くて、ヴォーカルの男より高い。180センチ近くあるんじゃなかろうか、と見た。

 このステージの左手の柱には、ある位置に大きな落書きがある。HISAKAは自分が出たときに、それがだいたい目線くらいだ、というのを覚えていた。ところがそのベースの女、その落書きが口元にあるように見える。


 とすると。


 HISAKAは175センチだ、と最後の健康診断の時に測った記憶がある。あたしより何センチか高いってことか、と納得する。

 それにしても派手な女だった。顔の化粧が濃いとかそういうことではない。いるだけで妙に目を引いてしまうのだ。

 もう少しじっくり見よう、とHISAKAは呑んでいたコップを丸テーブルに置き、前に詰めかける少女とはやや距離を取ってステージの真正面で腕組みをした。

 正面に視線を移すと、あ、そういえばヴォーカルがいたなあ、という感じだった。歌自体は下手ではない。音程も合ってるし、まあ声量もある。ややありきたりな声という気もするが、とびぬけて変でもないので、わかりやすいものではある。

 右のギタリストも、テクニック的には実に上手い。「とても上手いコピーです」と拍手してやりたいくらいだった。はっきり言って、これまで一緒にやって、逃げていった歴代ギタリストなんぞよりずーっと上手い。


 だけど、華がないなあ。


 あっさりとHISAKAは判断を下す。

 こういう見方をする客というのは、居ることに気がついてしまうと、プレーヤーの苛々の対象になるものである。案の定、ベースの女はHISAKAのその視線に気付いたようだ。まっすぐ値踏みしている、どうやらバンドをやっている奴。


 派手な女である。


 何が派手と言ったって、まずそのボディだろう。胸も腰も、HISAKAとは逆に、実に起伏が大きい。だが全体的に見ればスレンダーである。ウエストは実に締まっていて、ぜい肉の一つもなさそうだ。細身の皮パンに収まった脚も、すんなりと長い。髪は光があたると上のふわふわした部分も下の長くストレートに伸ばした部分も金色に透けて見える。

 メイクはそうきつくはないが、素顔自体が日本人女性離れした彫りの深さを持っていた。眉は太く、ややつり上がり気味だったが、目自体はどんぐり目だったので、ややファニーフェイスの感がなくもない。タンクトップからはちきれそうな胸にはじゃらじゃらと木やメタルのペンダントやネックレスが幾重にもかかっていた。

 重そう、とHISAKAは思う。

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