3-2
冬休みに入って一週間が経ったある日。私は、ある人に会うために電車に乗っていた。親には、遠くにいる友達に会うと一言言って家を出てきた。車内放送が流れて、目的の駅についた。改札を抜けると、そこは長閑な田園風景が広がっていた。今日会うある人は、まだ来ていないようだ。
それにしても、とても長閑だ。車の通りも静かだし、まわりには小学生たちの笑い声が響いている。こんな静かな町に来たんだ。
暫くすると、一台の車が来た。あ、あの人かな。
車から降りてきた人は……、
「橘。わりい、待たせたな」
「先生!」
私が会いに来た人は、桜庭先生。終業式の日、放課後に会いに行ったときに
『冬休み、遊びに来ていいよ。詳しくは後で教えるから』と、耳打ちされた。冬休み入ってすぐに手紙が来て、そこにここの場所が書いてあった。だから、予定を合わせて今日来たんだ。どうしても、先生に会いたくて……。
「バカ。お前、あまり先生って呼ぶなよ」
「えっ、じゃあなんて呼んだらいいの?」
「前に呼んでくれてた名前でいいよ」
先生の名前、雅翔。久しぶりに、雅翔って呼べる。すごく嬉しい。
「車、乗りなよ」
「うん!」
今日は、久しぶりのデート。とても気分がいい。
車の中で、いろんな話をした。自分の近況報告とか、雅翔の近況とか。ラジオから流れてくる歌に気分が弾んで鼻歌を歌っていた。
「美波、これ知ってるの?」
「いや、知らないけど。いい歌だなって」
「なるほどな。最近、たまたま開いた動画サイトでホームのトップに出てきてさ。気になって見てみたんだよ。そしたら見事にはまって」
「そうなんだ。なんていうバンドなの?」
「white msukっていうグループ」
雅翔の運転で、美味しい蕎麦屋に来た。
「ここ、最近の行きつけの店」
「そうなんだ!」
早速店に入ると、とても賑やかな雰囲気だった。窓側の席に案内されて、初めてだから雅翔のおすすめのメニューを選んだ。蕎麦が来るまで、さっきの話題の続きで盛り上がった。雅翔といると、すごく落ち着く。楽しい。
数十分後、おすすめの蕎麦がきた。雅翔おすすめのメニューは、てんぷら蕎麦。一口食べてみると、口の中で美味しさがふわっと膨らんだ。
「どう?」
「すごくおいしい!」
「だろ?」
雅翔のおすすめにしてよかった!
雅翔がおいしそうに食べる姿を見て、すごく愛おしくなった。
ご飯を食べて、車に戻る。次は、どこに行くんだろうって楽しみにしていたら、雅翔が一言発した。
「なあ。前に、連れて行った海、いこうか」
「海? 久しぶりに行きたい!」
「よし、じゃあ行こうか」
雅翔は、また車を走らせた。
数時間後、海に着いた。久しぶりに海に来れてすごく幸せ。それも、大好きな人と。
車から降りて、海辺に降りる。穴場スポットということだけあって、人がいない。雅翔と他愛のない話をしながら海辺を歩くこの時間がとてつもなく幸せだ。
「美波」
歩いているとき、雅翔が立ち止まった。
「どうしたの?」
雅翔は、私と出会った時のことを話し始めた。私の第一印象とか、その他もろもろ。私のことを話してくれるなんて、すごく嬉しい。
「でも、本当にごめんな? あんなことになって」
あんなこととは、雅翔が異動してしまうことだ。冬休みが終わったら、もう雅翔は学校にいないんだ。って思ったら、さみしくなって泣きそうになった。
「美波、泣いてる?」
「えっ?」
その瞬間、一粒の涙が流れた。と同時に、なにかに包まれた。
雅翔が、優しく抱きしめてくれたんだ。
「雅翔……」
「美波。俺がいなくても、残りの高校生活楽しめよ。受験、頑張れ。全力で応援んしてるから」
「雅翔、ありがとう」
雅翔が力をくれたおかげで、受験頑張ろうって思えた。悔いのないように、頑張る。
帰りの車の中は、とても静か。私は眠たくなって寝そうになったり、雅翔も運転に集中していた。
駅に着いて、車から降りるとき。
「美波。俺はお前の見方だから。ずっと応援してるからな」
「ありがとう。頑張るよ」
雅翔は、改札付近まで一緒に来てくれた。改札を抜ける瞬間、一気に寂しさがこみあげてきた。でも、雅翔がいてくれるんだって思ったら頑張ろうという気になれた。
改札を抜けて、丁度きた電車に乗る直前、振り返ったら雅翔が満面の笑顔で手をふっていた。わたしも、笑顔で手を振り返した。
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