2-1

言って……、しまった……。

一学期の最終日、放課後に忘れ物を取りに行くと嘘をついて学校に戻ってきて、桜庭先生に『好きです』と。

しばらくの沈黙が流れる。それを先に破ったのは、

「それ、本気?」

「えっ?」

 先生だった。しかも、本気? って……。

「あのさ、そういうの、面倒くさいんだよね。一人の生徒に恋愛感情もたれるとか。別に、本気で好きなら、特別な関係になってやってもいいけどさ」

 なにそれ……。私の精一杯の勇気がすべて水の泡じゃん。

「その代わり、俺はやめることになるから」

「えっ、やめるって……」

「だってそうだろう? 教師と生徒は、そういう関係になっちゃいけないの。分かった?」

「えっでも、私は先生の事」

「あーもう。俺の事好きなのはわかったから。それ以上、線を越えようとするな。いいな?」

「っ……」

 目から何かが出てくるのを感じて俯いた。一滴、頬を伝った。すると、先生の手が見えて、指が触れるか触れないかのところで思いっきり振り返って飛び出した。この空気が嫌で、苦しくなった。

「橘!」

 後ろから、先生の叫ぶ声が聞こえてきたけど、そんなの知らない。聞こえない。無我夢中に廊下を走った。


 ◆  ◆  ◆


 橘の口から出た言葉。それが、衝撃で何を言ったらいいか分からなかった。しばらくの沈黙が続く。橘は、それ以上何も言ってこなさそうだから、タイミングを見計らって俺から沈黙を破った。

「それ、本気?」

「えっ?」

 好きだって言ってくれたのは嬉しいし、本当は……。って思ったけど、やっぱりここは一人の教師として大人として、引き離さなければ。その気持ちのほうが強くなってしまった結果、口調が少し荒くなってしまった。当然、本人は困っていた。が、

「あのさ、そういうの、面倒くさいんだよね。一人の生徒に恋愛感情もたれるとか。別に、本気で好きなら、特別な関係になってやってもいいけどさ」

「その代わり、俺はやめることになるから」

「えっ、やめるって……」

「だってそうだろう? 教師と生徒は、そういう関係になっちゃいけないの。分かった?」

「えっでも、私は先生の事」

「あーもう。俺の事好きなのはわかったから。それ以上、線を越えようとするな。いいな?」

 教師として、最大限に言ったつもり。だっだのだが、

「っ……」

 橘は、咄嗟に俯いた。俺は、自分で何を言ったのかどうして泣きそうになっているのか、冷静になって気づいた。橘のこと、傷つけてしまったんだ……。橘の目から涙が一滴流れていくのが見えた。無意識なのか意識的なのか分からないが、涙を拭おうとした。しかし、咄嗟に避けられてそのまま準備室を飛び出していった。

「橘!」

 廊下を全力で走っていく橘の背中が、なんだか、むなしく見えてしまった。



 夏休みが始まって二週間。あの日から、頑張って忘れようとしている。気持ちを消えようとしている。だけど、やっぱり消えていないみたい。気づいたら、先生のことで頭がいっぱい。

 夏休みの課題をやっていたら、佐奈からLINEがきた。

『来週土日、神社のお祭り行く?』

 神社のお祭り?

『去年もみんなでいったお祭り』

 あ、思い出した。確か、去年、からあげをたくさん食べたあの日だ。今年もやってくるんだ。

『先生たち、去年と同様、夜に見回りくるからもしかしたら会えるんじゃない?』

 佐奈から来た追加メッセージを見て、心臓の鼓動が速くなった。そっか。先生たちがくるんだ。ということは……、先生に会える……? 会えるなら行きたい。先生に会いたい。

 リビングに降りると、コーヒーを飲みながらテレビを見ているお母さんがいた。

「お母さん、来週の土日ってなんも予定ない?」

「ないけど、なんで?」

「佐奈に、お祭りに誘われて」

「うん。いいよ」

 お母さんから許可を得たということで、自分の部屋に戻って佐奈に大丈夫の連絡をする。『了解! 当日、ほかにも何人か呼ぶつもりだから把握よろしくね』

 私は、可愛いキャラクターのスタンプで返事をして勉強に集中した。

 一時間後、LINEがきて、どうやら来栖君を呼んでるらしく、来栖くんが土曜しか無理ということで土曜日になった。


 そして、お祭り当日。私たちは、浴衣で行こうと約束をした。

「美波、大丈夫?」

「うん、大丈夫ー」

 お母さんに着付けを手伝ってもらうため、部屋に来てもらった。

「入っていい?」

「いいよ」

 今日着ていく浴衣は、花柄の可愛い浴衣。薄いピンクに花がたくさんデザインされているもの。これは、幼いころからずっと着ている。去年もこれを着た。髪型は、可愛くお団子にして飾りをつけた。

「美波、去年よりも着こなせてるじゃない?」

「えっ、そうかな?」

「お母さんにはそう見えるけど」

「ありがと!」

 スマホを見ると、佐奈からLINEが来ていた。

『美波、大丈夫?』

『大丈夫だよ! いまから行く!』

 一言返して、部屋を出た。

「気を付けてね」

「はーい。いってきまーす」

 待ち合わせ場所に着くと、佐奈と

「お、来栖くん」

「よっ」

 佐奈と一緒に、来栖くんがいた。

「男子、来栖くんだけ?」

「ううん、来栖の友達も呼んだよ」

 しばらくして、来栖くんの友達二人がきた。

「よし、集まったね。それじゃ、行こう!」

 神社に入ると、たくさんの人で賑わっていた。

「ねね、何食べる?」

「橘、からあげ行くか?」

「お、いいよ」

 来栖くんの友達、片寄くんのノリでから揚げを食べることになった。去年と同じような流れだけど。

 から揚げの屋台に並んで、私は六個入りのから揚げを買った。みんなでからあげを買って、石段に座って食べることにした。

「美波、会えるといいね」

「うん」

 私がお祭りに来た目的は、先生に会うため。変な人だと思うけど、私は先生に会いたいんだ。一学期が終わってからずっと思っていたこと。先生に会えるだけでもいい。挨拶だけで終わってもいいから。

「ん?」

 さっきから、来栖くんがこちらを見ている視線に気づいた。

「いや、なんでもない」

 変なの。

 みんなが食べ終わったタイミングで、金魚すくいに向かった。金魚すくいは、家族連れで人がいっぱいだった。ようやく、自分たちの番が来た。

「はい、じゃあ、一人十匹までね。制限時間は一分。よーい、スタート!」

 みんな、とても必死。佐奈は、やり方がうまいのか次から次へと金魚をすくっている。私も頑張るけど、中々出来ない。

「はい、終了!」

 一分が経ち、楽しい金魚すくいは終わった。私がすくえたのは、五匹。

「えっ、佐奈すごい!」

 佐奈がとった数は、九匹。あと一匹!ってとても悔しがっている。次にみんなでお化け屋敷に入ろうということになったが、私は怖いのがどうしても無理だから外で待ってることにした。来栖くんも、一緒に待ってくれた。

 みんながお化け屋敷に入ってから十数分後、視線の先に、誰かを見つけた。

「あっ……」

「ん? どうした?」

 視線の先には……、女子生徒に囲まれて楽しそうに会話をしている先生がいた。先生が、少しずつ近づいてきて。

「ここで何してるんだ?」

「名井さんたちと来ていて、お化け屋敷に行くというので待ってます」

「入らないのか?」

「私、怖いの無理なんで」

 先生は、ああそうか。と返事をして見回りに戻っていった。先生に会えた。話せた。私はもうそれだけで十分。

「橘……、好き?」

「ん?」

 来栖くんがいきなりな事を言ってきたから驚いたけど、聞いていないふりしたらそれ以上のことは聞いてこなかった。


 佐奈たちが戻ってきて、お祭りもそろそろ終盤。

「もうすぐ花火の時間だね!」

 私たちは、花火がきれいに見える河川敷にきた。私と佐奈の隣に来栖くん。後ろに来栖くんの友達というふうに並んで座った。

 花火が始まった。スターマインやデザイン花火、色とりどりの花火がたくさんあがっていく。みんな花火があがるたびに、反応が大きい。そういうわたしもだが。

「皆さん。今年もありがとうございました。次は最後になります」

 あー、次で最後か。

「さみしいね」

「んね」

 佐奈と一言二言交わしたら、もう最後の花火があがり始めていた。高校生最後のお祭りが終わってしまうのは、やっぱり寂しい。

 今年のお祭りが終わった。帰り際、みんな疲れているのか段々と口数が減っていく。

「じゃあ、私こっちだから」

「佐奈、今日はありがとうね。またね!」

「うん! ばいばい!」

 佐奈と分かれてから、来栖くんたちと同じになってしばらく歩いて、友達ともわかれた。

「今日は楽しかったね」

 来栖くんと二人きりになった。私は、来栖くんの様子が何となく変なのに気付いたが、理由は分からないから何も言わなかった。

「そうだな!」

 会話、終わり。ここからなにか繋げないと……と思ったころにはもう遅かった。

「じゃあ、私、家がすぐそこだから。また、日にち合ったら遊ぼうね。じゃあね」

 家に行こうとした瞬間、

「日にち合ったら。って、なに?」

「えっ?」

 来栖くんが突然な事を言った。しばらく沈黙の時間が流れた。

「俺、合ったらじゃなくて合わせたいんだけど。日にち合わせて会いたいんだけど」

「それって、どういう」

「好きだから。俺、ずっと前から、橘のことが好き。返事は今じゃなくてもいいから」

 私が問いただそうとしたとき、じゃあな。の一言を行って帰ってしまった。

少しずつ小さくなっていく来栖くんの背中を、見えなくなるまで見つめていた──。


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