1-5

そんなこんなで、期末テストを迎えた。中間の時よりは大丈夫かもしれない。とりあえず、どの教科も対策はしてきた。テスト中、しっかりと集中できた。数学の時、今回のテストの説明兼質疑応答で桜庭先生が来たときにちょっとドキってしたけど……。

「美波ー、できたー?」

「うーん、なんとなく。どの教科もしっかり勉強はしてきたからそこまでの不安はないけど」

「凄いね! 数学、できた?」

「まあ、微妙かな。問題も、案外難しかったし」

「桜庭先生に褒められるといいね」

「ちょっと」

「ふふっ」

 先生の事が好きって気付いてからは、毎日先生に会うのがより楽しくなってきた。先生は、いつもどおり接してくるけど私は凄くうれしい。もっと、私だけ……って思ってしまう。それは、頑張って控えている。

 テスト返却日。国語、社会、英語は平均点を超えた。五教科以外の教科は、悪かったりそうでもなかったりという波が大きい。そして、数学の返却日。

「はい。えっとー、全体的に、中間の時よりは上がっています。最高点は、九十点です」

 中間の時よりは低いのか。

「それでは一人ずつ返していきます」

 出席番号順で、次々と呼ばれていく。

「橘さん」

「はい」

「今回、頑張ったな。中間の時より上がってるぞ」

「えっ?」

 返されたテストの点数を見ると……、78点。

「えっ!?」

「美波、どう? えっ待って、上がってるじゃん」

 どうしよう。凄く嬉しい。

 ん? 何か書いてある。

 答案用紙の下に、小さな字で

『よく頑張ったな。途中から補習はやらなくなったけど、それまでのことがしっかりと身についていたのかなと思ったら、俺自身も嬉しくなったよ。本当に頑張ったな。お疲れ様』

 お疲れ様の隣ににっこりマークが描いてあって、ちょっとイメージと違うよなって感じたけど、でも、先生個人のコメントがあって凄く嬉しくなった。

 その日の放課後、佐奈と吉沢くんとドーナツ屋に寄った。

「隆、テストの結果どうだった?」

「んー、まあまあかな」

「えっ、頭の良い隆が珍しいな」

「今回、テスト期間に娯楽が詰め込まれてそっちにいっちゃって、あまり勉強しなかったんだよー」

「そうなの?」

「うん。その所為で親にスマホ没収されたし……。マジ萎えたわ」

「吉沢くんにも、そういうことがあるんだ」

 クラスでけっこう上位の成績に入る吉沢くんが、勉強サボりすぎてスマホを没収させるころなんてあるんだ。凄い意外。

「そういえば、二人とも進路はどうするか決めてるのか?」

 吉沢くん始まりで、話題は進路の話になった。

「私は、音楽大学希望してるよ。将来はフルート奏者になりたいから、今部活で吹いているフルートをもっと極めたくてさ」

「えっすげえじゃん! 全力で応援するから頑張れよ!」

「うん、ありがとう!」

「隆は? 進路どうするの?」

「俺は就職するよ。そろそろ勉強疲れたわ」

「えっそんな理由で就職なの?」

「いや、冗談だけど」

 二人は、しっかりと進路が分かっているんだ。それに比べて私は……。

「橘は?」

「えっ?」

「進路。どうするか決めてるの?」

 急に話ふられて驚いた。ドーナッツを食べながらぼーっとしていた。

「私は……」

「まだ、考えられていないんだよね?」

「うん……」

 うまく応えられずにいたところを、佐奈がフォローしてくれた。

「私、なにがやりたいのかまだわからないの。もうすぐで夏休みに入るっていうのに、みんなは夏休み中試験勉強したり就活したりって忙しくなると思うのに、私だけまだ何もないから動くにも動けない」

「あ、そうだ。美波さ、絵は?」

「絵?」

「うん。美術の授業の時、美波のがお手本になること多いじゃん」

「それは、たまたまだよ」

 確かに、美術のとき、黒板に飾られて割とな高評価をもらう。だけど、自分がそんなに絵がうまいとは思わない。

「思い出したけど、一年の時に夏休みの課題の絵がなんとか賞ってのとらなかったっけ?」

「あー、郷土を描く展の審査員長特別賞とったかな。当時は、クラスで一番絵が上手な松本かおりちゃんと一緒に」

「そうやって、成績も残してるんだから、きっとできるよ!」

「そ、そうかな……」

 友達にそんなことを言われたって、自分が絵をかいてやっていくなんて想像できな過ぎて……。

 とある日の美術の授業。今日は、油絵の授業。先生が用意した風景の写真を油絵で描くという授業。

「はい、それでは黒板に貼った写真を今から油絵で描いてください。もし分からなかったことがあったら、遠慮なく聞いてください。それでは始めてください」

 みんな、集中して絵を描く。私も、いつも通りに絵を描いていると、

「橘さん、すごく描けてる!」

「ありがとうございます」

 先生に突然声をかけられてびっくりした。先生の高評価に反応した佐奈も、誓に寄ってきて、

「美波、やっぱりすごいよ!」

「そうかな、ありがと!」


「佐奈、ジュース買いに行こう?」

「いいよー」

 昼休み、オレンジジュースが飲みたくて、佐奈と買いに行こうと二人で自販機に行ったら、同じタイミグで来栖くんがやってきた。

「お、橘と名井じゃん」

「やほー」

「橘、突然なんだけど今日さ、放課後時間ある?」

「うん。大丈夫だよ」

「ちょっと、付き合ってほしいところあるんだけど」

「えっ、まさかデートのお誘いですか?」

「そういう意味じゃないから、勘違いしないでくれる?」

「ハハッ。ごめんねー」

「美波、行こう」

「うん」

「じゃあ、放課後な」

「うん」

 来栖くんに、誘われたの初めてかも。

 来栖くんのことは、友達として好きだし一緒にいて楽しいから全然いい。


 帰りのホームルームが終わった。

「橘、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」

「んじゃ、行こうか」

「うん」

「なんか飲むか?」

 校内の自販機で、来栖くんがジュースを奢ってくれるというけど

「いいよ。お金、無くなっちゃうし」

「大丈夫だよ。気にすんな」

「んー、でも……」

「はい、素直に言うこと聞いてればいいの」

 そう言って、普通に何事もなくお金を入れて、何にするの?と聞いてきた。

「これ」

「オレンジ好きだな」

「好きだよ」

「可愛いなぁ」

「えっ?」

──ガコンっ

「はい」

「ありがとう」

 ん? 誰か覗いてた?

 三階の空いている窓から、誰かが覗いているような気配がして上を見た。けど、はっきりと見えなかった。私の気の所為かな?

「ん? どうした?」

「橘?」

「ん?」

「いや、上のほう見てたから」

「あー、なんか、誰かが見てた気配がしたから」

「ふーん」

「まあ、気のせいだろうけど」

「そっか」

「帰ろう」

「おう」


◆  ◆  ◆


 学校も終わりになったころ、俺は、教頭先生に呼び出された。

──コンコンッ

「どうぞ」

 少し重い扉を開けると、教頭が黒いソファーに座っていた。

「桜庭先生、ここに」

「はい」

 俺は、何を言われるかなんてもうわかっていた。

「昼休みに、三年四組の山田さんが来たときに話していた件についてですが」

「はい」

「橘さんに、個人的に補習をされていたのですか?」

「一番最初の授業の時に、彼女に、数学は一番嫌い。そういわれました。だけど僕は、好きにならなくてもいいから少しでもできるようにしてほしくて。彼女の、数学の学力を上げたかったんです。だから、中間の期間中に補習をしていました」

「そうですか。教師として生徒の学力を上げたいということはいいことですが、『個人的に』っていうのはよくありません」

「はい。すみません。ですが、先週、橘さん本人から、もう大丈夫だから頑張れます。と、言われたので心配ないかと」

「なるほど。それでしたら、今は大目に見ますけど。今後何かありましたら……、ですからね」

「はい。失礼します」

 応接室を出て、職員室に戻ろうかと思ったけど、そこは敢えて戻らずに階段に向かった。

 数学準備室に行こうと、三階に上がった。

「桜庭先生、さようなら」

「さよならー」

 すれ違う生徒に挨拶をして、準備室に向かっていると、

「あ、橘じゃん」

 外を見ると、自販機で男子生徒と仲良く話している橘の姿が見えた。周りが騒がしくて、会話は聞こえないけどなんやら楽しそう。

「橘、なに楽しんでるんだよ」

 教師がこんな事口にしていいのか……。一緒にいるのは、来栖か。

 補習やらなくなってから、橘と個人的に話さなくなったからさみしくなった。

「って、なに寂しがってんだよ。俺」

 意味わかんないわ。自分。

しばらく見ていたら、橘がなんだか様子を伺うように顔を動かし始めた。そして、上を向きそうだったから、俺は透かさず目線を外して準備室に足を向けた。危うく、バレるところだった。

「橘、俺はお前と話がしたいよ。個人的に、いろんな話を」



 学校を出て二人で歩く。異性と二人で歩くとか無いから、なんだか緊張する。来栖くんを横目で見ると、来栖くんも緊張しているのか前を見たり下を見たりと繰り返している。

「あのさ」

 お互いに話すタイミングが被ったのか、来栖くんとハモった。

「橘、先でいいよ」

「いや、来栖くんからで」

 女の子とハモると、クスクスって笑い合えるけど男の子と被るとどんな反応したらいいかわからない。お互いに無言になってしまった。

「んじゃ、俺から話す」

「うん」

「あのさ、好きな人っているの?」

「えっ?」

 いや、あまりにも唐突すぎるでしょ。

「唐突でごめんな?」

「えっ、聞こえてたの?」

「うん。普通に言ってたよ」

「うそでしょ」

 心の中の声が出ているよ。って、こういうことなのか。無意識すぎて、自分でも言っていない気になっていた。完全に気づいていなかった。

「んで、いるの? いないの?」

「うーん、いるよ」

「そっか」

 っふと目に入った来栖くんの横顔がなんかさみしく見えた。

 あれ、これ、まさか言わなかったほうがいいやつ……?

「来栖くんは、いるの?」

「うん。俺もいるよ」

「そっか」

 話題終了。終わっちゃった。何か喋らないと。

 何を話そうかって迷っているうちに、来栖くんがまた話しかけてきた。

「その好きな人って、どんな人?」

「うーん、どんな人かー」

 桜庭先生は、どんな人かって言われると、いじわるだけど優しい。そのくらいだけど。

「まあ、一言で言ったら、面白いかな」

「面白い人?」

「うん。最初はね、なんか変な人って思ったの。なんかうるさいし、何考えてるかわかんないし。でも、ある時、その人の魅力に気づいちゃってね」

「そうなのか」

「来栖くんの好きな人は、どんな人?」

「俺の好きな人は、去年まで頭が悪かったのに突然頭がよくなった人かな」

「えっなにそれ」

 来栖くんの好きな人……、もしかして……。って思ったけど、言うのはやめた。

「橘は、その人とうまくいきそうなの?」

「いかないよ、きっと」

「えっなんで?」

「だって……」

 先生なんだもん……。とは、さすがに言えずに

「向こうにも、どうやら好きな人がいるみたいなんだよね」

「そうなんだ。えっ、もしかして、俺とか?」

「えっ?」

「ごめんごめん、冗談だよ」

「そっか」

 来栖くんと、恋バナなんて初めてした。

「付き合ってほしいところは、ここ」

 そこは、私がこの間一人で立ち寄った本屋だった。

「就職するのに、筆記試験とか受けるから。それの勉強したくてさ」

「なるほどね。だったら、私じゃなくてよくない?」

「ま、まあそうなんだけどさ……」

 えっだってそうだろう。本屋に来るなら、別に一人でもいいわけだし、だれかを連れて行きたかったら、私じゃなくても……。

「あっ」

「ん?」

「ううん。大丈夫。ごめんね? 中入ろう?」

「うん」

 本屋に入って、真っ先に問題集のコーナーに行った。

「すごいね」

「まあな。高卒で就職って大変だけど」

「就職する理由って、何かあるの?」

「うん」

 来栖くんから言ってこないってことは、あまり突っ込んではいけない内容なんだろう。でも、特に何も聞かないことにしよう。



 期末が終わって一学期も今週で終わる。夏休みに入るのは嬉しかったけど、先生に会えなくなるのは寂しい。

「もう、一学期も終わりだねー。早い」

「そうだね」

「美波、もしかして、先生に会えなくて寂しいとか思ってる?」

「えっ?」

「図星だね」

 佐奈には、なんでもお見通しなんだろうな。

「美波にとって、濃い一学期だったんじゃない?」

「そうだね」

 四月、桜庭先生がこの学校にやってきて、最初は自意識過剰の面倒くさい先生だった。二人きりの補習が始まって、この先生なに?って思って。でも、補習を始めたのがきっかけで数学の成績が上がった。それは事実。

 運動会の時に倒れたときとか、クラスの人に意地悪されたときとか、そういう時に駆けつけてくれてなんでここまで私に優しくするのだろうって疑問に思っていた。でも、先生の優しさに触れてしまってから、私は先生のことが気になって。

 気づいたら、先生のことが好きになっていた。


 そしてついに、終業式の日。体育館に集まって長い終業式が始まった。一学期の終業式と二学期の始業式は、暑い時期だから体育館がムシムシする。校長先生の話も、結構長い。長くて疲れるから、大半は聞いていない。

 五十分にも及ぶ終業式が終わった。みんな、けだるそうに教室に戻る。教室に戻ってからは、成績表やらなんやらのHRの時間。

 HRが終わり、放課後。佐奈は、いつも通り部活に行った。来栖くんはというと、友達と楽しく話していた。

「橘、一緒に帰ろうか」

「あ、来栖くん。うん、いいよ」

 友達と話していたと思ったらいつの間に私のところにいて、ちょっと驚いた。来栖くんは、友達にいろいろと茶化されていたけど、笑ってその場を交わしていた。

「なんか、ごめんね?」

「えっ?」

「いや、私がいいよって言ったから、友達にからかわれて」

「そんなの、気にしなくていいよ。大丈夫。なにせ、俺が誘ったんだし」

「うん」

 なんか、申し訳なく思ってしまったから謝ってみた。そしたら、来栖くんが心置きなく、気にしないよって言ってくれたからほっとした。

昇降口を出て、校門にむかっていると、校門前に立っている桜庭先生が見えた。来栖くんに変な風に思われないように、気を付けた。

 校門に近づくにつれて、心臓の鼓動が速くなっていくのがわかる。自分ですごく感じる。でも、来栖くんにばれないようにしなければ……。

 先生の横を通り過ぎて、校門を抜けようとしたとき、

「橘」

「はい」

 呼び止められた。こんなこと、前にもあった気がする。確か、テスト期間の時だったような。あの時と同じ状況。

「夏休み、気を付けて楽しめよ」

「あ、はい」

「はい。さようなら」

「さようなら」

 校門を抜けてしばらく歩いているとき、来栖くんが話しかけてきた。

「さっきの桜庭、なんなんだろうな」

「うーん、私もよくわからない」

 さっきの優しい感じ、すごくよかった。

 今ちょっと、自分でもやばいなというようなこと、考えてしまった。夏休みあえなくなるのはつらい、寂しい。だから、忘れ物に気づいたって嘘ついて……。

 先生の所に行って……、言ってしまおうかって……。

「橘、どうした? さっきから、様子がおかしいけど」

「来栖くん」

「ん?」

「私、忘れ物した」

「えっ、何忘れたの? なんなら、一緒に戻るけど」

「ううん、大丈夫。来栖くんは、先に帰ってて?」

「えっ、橘?」

 今来た道を引き返して、学校に戻る。

 まだ一学期が終わったばかりだから、まだあるから。って思ったけど、夏休みは長い。それこそ、全然違う人と出会って恋をして付き合うかもしれない。そう思ったら、やっぱり言いたくなってしまった。


◆  ◆  ◆


 一学期が終わった。教室で友達と話している横目に、帰ろうか迷っている橘が目に入った。俺は、橘に片思い中。でも橘は、ほかに好きな人がいる。その相手は、知らないふりして知ってる。誰のことが好きなのかなんて、見てればわかる。だって、好きな人のことは常に見てしまうものだから、好きな人の好きな人なんてすぐにわかってしまう。

「橘、一緒に帰ろうか」

「あ、来栖くん。うん、いいよ」

「恭介、女子と帰るのか? あ、デートか」

「は? バカ、ちげえよ」

 ったく、うるせえ奴らだな。

「なんか、ごめんね?」

「えっ?」

「いや、私がいいよって言ったから、友達にからかわれて」

「そんなの、気にしなくていいよ。大丈夫。なにせ、俺が誘ったんだし」

「うん」

 教室を出て昇降口に向かって歩いているとき、なぜか謝られた。好きな人に謝られるって、こんなにも説案くて苦しいものなのかって、今知った。

 昇降口を出て校門に向かって歩いていると、校門前に立っている桜庭の姿が見えた。ふと、横を見てみると、少し挙動不審な様子の橘。

 ごめん、橘。隠しててもわかってるよ。

 先生の横を通り過ぎて、校門を抜けようとしたとき、

「橘」

「はい」

 桜庭が、橘のことを呼び止めた。

「夏休み、気を付けて楽しめよ」

「あ、はい」

「はい。さようなら」

「さようなら」

 なんで桜庭は、橘のこと呼び止めたのかわからない。理由が知りたい。

 校門を抜けて暫く歩いているとき、橘に話しかけてみた。

「なあ。さっきの桜庭、なんなんだろうな」

「うーん、私もよくわからない」

 下を向きながら考えている橘。それにしても、なんだか様子がおかしい。なんていうか、何か考え事をしているというか。

「橘、どうした? さっきから、様子がおかしいけど」

「来栖くん」

「ん?」

「私、忘れ物した」

「えっ、何忘れたの? なんなら、一緒に戻るけど」

「ううん、大丈夫。来栖くんは、先に帰ってて?」

「えっ、橘?」

 橘は、俺の声なんか聞こえないかのように引き返して走り去ってしまった。

 どこに行くかなんてわかっている。でも、好きな人の恋は応援するものだと思っているから何も言わない。

 でも橘、これだけは言わせてほしい。応援してるけど、一つだけ。


「桜庭のこと好きになっても、傷つくだけだよ」



 私は、学校に戻ってきた。校門は空いていたから入れた。昇降口に行くと、そこには、桜庭先生が。

「橘、どうした?」

 いきなり現れた私を見て、驚いている様子の先生。そりゃ驚くだろうな。帰ったはずの生徒がいるんだもんな。どうした?って聞かれても、うまく言えない。あ、でも、そうだ。

「あの、忘れ物が……」

「そうか。なら、早く取りに行って帰りなさい」

 先生、どうしてそうやって私を帰そうとするの……?

「えっと、先生」

「ん? なんだ?」

「えっとー、」

「話したいことがあるなら、準備室、来るか?」

「はい」

 先生に誘われて、数学準備室に行くことになった。

 準備室に入ると、先生は椅子に座ってこちらを向いた。

「で、話したい事ってなに?」

 先生は、優しく聞いてくれた。すごく緊張するけど、言うって決めたんだから。

「えっとー……」

 頑張って言おう。後悔したくないから。

「先生、あの、」

 深呼吸して……、


「私……、先生のこと……、好きになっちゃいました」


 ◆  ◆  ◆


 一学期が終わった今日は、なんだか肩の荷が下りたようにふっと軽くなった。数学の成績をまとめたりなんだりで、終わり一週間は忙しかったから今日は軽い。

 放課後、生徒を見送って職員室に戻ってちょっと仕事して、数学準備室に戻るとき、昇降口で立っている橘がいた。帰ったはずなのに、どうしてここに?

「橘、どうした?」

「あの、忘れ物が……」

「そうか。なら、早く取りに行って帰りなさい」

 橘を帰すために促すが、動かずにずっと立っている。忘れ物を取りに来たんじゃないのか?

「えっと、先生」

「ん? なんだ?」

「えっとー、」

 忘れ物じゃなくて、自分に何か用があるのか? 

「話したいことがあるなら、準備室、来るか?」

「はい」

 何かを話したいようにしていたから、準備室に案内した。

「で、話したい事ってなに?」

 椅子に座って、橘の方を向いた。

「えっとー……」

 なんだか、すごく緊張しているのが見える。そんな緊張することなのか?

「先生、あの、」

 橘は、深呼吸して……、


「私……、先生のこと……、好きになっちゃいました」


 えっ。


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