1-3
期末テストに向けてと同時に、体育祭の練習も始まった。体育祭の競技はA種目とB種目の二つに分かれていて、A種目はリレー戦・B種目は対抗戦となっている。A種目での四人でバトンを繋げる四百mリレーではクラスで一番早いとされている男女二人ずつが選ばれている。
今日は、リレーの全体練習。
「えっ、鈴本が出られなくなった?」
鈴本かおる。陸上部員でクラスの女子で一番早い人。鈴本さんが、ついこないだの陸上大会で足を思いきり挫いてしまったみたいで、どうやら今日の練習には出られなくなってしまったみたいだ。
「どうする? 他に走ってくれる奴いるか?」
担任が聞いてもみんな無視。確かに、走りたくないのは分かる。
「橘さん、どうかな?」
「えっ?」
私のところに来たのは、女子の体育委員。
なんで私? と思ったら、近くに山田さんと友だちがいた。もしかして、山田さんが口聞きしたのかな。でも、私、そんなようなことされることしたっけ? 考えてみるけど、記憶には無い。でも、クラスの一大事だから……。
「うん、いいよ」
「ちょっと美波、大丈夫なの?」
「クラスの一大事だもん。仕方ないよ」
「本当? ありがとう!」
体育委員の近くにいた山田さんたちは、いつのまにかどこかにいっていた。
とりあえず私は、鈴本さんの代わりに走る事にした。鈴本さんは第三走。二番走の来栖(くるす)恭介くんからバトンをもらう。
「橘、大丈夫か?」
声をかけてきたのは、
「桜庭先生」
「鈴本の代わりに走るって聞いたから」
「大変だけど、クラスのみんなが困ってたので立候補しました」
「それ、嘘だろ。誰かに言われたんだろ?」
「えっ」
「いや、遠くでお前のクラスの様子見てたけど、どう見てもあの感じ、橘も走りたくなさそうにしてたじゃん」
先生、私のなんなの?
「先生、私のことずっと見てたんですか?」
「さあな」
「桜庭先生、準備お願いします!」
「はい!」
他の先生が桜庭先生のことを呼んでいた。
「まあ、頑張れ」
先生は、私の背中をポンッと軽く叩いて、他の先生たちのところに行ってしまった。
「桜庭先生って、ホントなんなの?」
中間前くらいから、異様に絡んでくる。あの時、嫌いってはっきり言ったのに……。
「それでは、位置について……」
「よーい」
──パンっ
ピストル音が勢いよく響き、リレーが始まった。私のクラスは、二位スタート。
「頑張れー!!」
精一杯の声を振り絞って応援。
出だしはあまりよくなかったが、二走者の来栖くんがなんと先頭を抜き一位になった。
「やった!」
思わずテンションが上がった。先生の誘導に従い、私は一番内側で準備した。そして、バトンゾーンに入ってきて……
「橘、頼む!」
男子が頑張った一位のままバトンをもらい、スタートした。無我夢中に走った。とにかく全力で。クラスの声援がとてもよく聞こえる。それが励みになって、スピードを上げた。
「美波、行けぇー!」
佐奈の声がすごい聞こえてきたおかげで、そのまま一位をキープしてなんとか次に繋げられた。
「はぁ……。はぁ……」
勢いをつけすぎてしまったせいか、息が中々整わなかった。
「橘、大丈夫か? なんか、俺が頑張ったせいかお前にも無理させちゃったかも、ごめんな?」
ゆっくり息を整えていると、第二走者で一位になってくれた来栖くんが謝りに来た。
「なんで謝るの? 大丈夫だよ、先頭を抜いてくれてありがとう!」
来栖君にも迷惑かけちゃったかな……?
「私こそ、心配させちゃったみたいでごめんね? 息は整ったからもう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「おう。ならよかったよ。お疲れ」
「お疲れ様」
二人で頑張りをたたえあった。
全員リレーの結果は、来栖君のおかげで一位になった。クラスのところに戻るとき、来栖くんに声をかけた。
「来栖くんのおかげだよ!」
「お、ありがとな。急遽出てくれて助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
私が急遽引き受けたのには裏があるということは、来栖くんには気づかれていないようだ。
「トイレに行ってくるね」
水分補給をして、トイレに行く途中、桜庭先生に声を掛けられた。
「橘、これやるよ」
「なんですか? これ」
先生が差し出したのは、小さい袋に入ったラムネのようなもの。
「今日、凄く暑いから。倒れられても困るからさ」
「大丈夫ですよ。っていうか、ずっと思ってたんですけど、先生は私のなんですか?」
「えっ?」
今まで言おうかどうしようか迷っていたこと。勢いで口に出た。
「中間のとき、友達と補習してたところに来て、みんなに教えてくれるのかと思ったら、私だけ連れて個人授業始めたり。猫を見つけた時だって、勘違いするなって言ったり。私、なにも言ってないのに……」
「……」
先生は、何故か黙って俯いた。
「あ、なんかすみません。勢い余って……」
「いや、大丈夫だ。本番は、そろそろだから、体調には気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます」
結局、先生からのは受け取らずにトイレを済ませにその場を立ち去った。
練習が本番さながら盛り上がってきたところ、気温も上昇してきた。
「今日、こんなに暑かったっけ?」
「ここまであがるなんて思わなかったよね」
今の時点で、気温はだいたい三十度以上は上がっているのだろう。日なたにずっといると倒れてしまいそうで、ちょっとふらっとしてしまう。
「美波、大丈夫?」
「うん」
さっきから、足場が定まらない。佐奈と話していても、聞いているつもりだけど聞いていないのか話が入ってこない。
「美波、本当に大丈夫? 日陰で休んできたら?」
「ううん、大丈夫」
「本当?」
「うん!」
大丈夫なはずがないのに、何故か友達相手に強がる自分はなんだろうか。
◆
「先生! 私、やったよ! 頑張った!」
「おー、お疲れ様!」
十二月から始まった冬は、とてつもなく寒くてきつい。卒業を控えている今日この頃、有名美術大学の合格通知が届いた。それを握り締めてがら空きの学校に入る。数学準備室で待っている先生に伝えに行ったのだ。
「先生見て! 橘美波さんへって、通知が来たの!」
「合格して嬉しいのは凄い分かるけど、俺にも紙見せろよ」
「あ、ごめん」
興奮しすぎているせいで先生もうまく紙が見えていないみたいで、心を落ち着かせてからちゃんと紙を見せると、大いに喜んでくれた。
「橘」
「ん?」
先生の方を振り向くと、優しい笑顔で両手を広げて待っていた。
「先生!」
先生の腕の中に飛び込むと、しっかりと受け止めてくれた。
「先生、いっぱい応援してくれてありがとう。先生のおかげで、私頑張れたんだよ」
「俺、なんもしてないけど」
「してたの。私の頑張る源になったんだよ。本当にありがとう」
先生を抱きしめる力はゆっくりと強くなり、先生もゆっくりと強く抱きしめてくれた。
◆
「あ、美波が起きた! 大丈夫?」
「えっ、佐奈?」
「心配したんだよ、もう無理しないでね?」
心配? 無理しないでね? ん、私、あの時……。
「美波、私の目の前で倒れたの」
「橘、大丈夫か?」
「桜庭先生」
担任じゃないのに、なんで桜庭先生がいるんだろう? 徐々に今の現状が分かってきたと同時に、疑問が浮かんできた。
「担任の藍川先生、すぐに手が空かなかったから、桜庭先生が手伝ってくれたの」
「俺は、もう戻るから。担任の先生には話しまわってるから心配しなくても大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
先生は、保健の先生に一礼して、職員室に戻った。
それより、さっき見ていた夢。あの状況はなんだ? 確か私は、どこかの学校から来た手紙を持っていた。美術かなんかの学校なんだろう、そのような事が書いてあった。生徒は居る様子がなかったから、多分休み期間かあるいは放課後か。がら空きの学校に入ってどこかに行ったのだか、目的地に桜庭先生がいた。それで、私は凄く喜びながら話していて……。って、なんで、夢に先生が? それが一番の疑問。私にとっての先生は、性格がチャラくて自意識過剰で面倒くさくてなに考えてるのかわかんなくて。とにかくだるい存在。そんな存在の先生が、私の夢に出てくるのはなんで?
「美波?」
「ん?」
「なんか、今凄い考えている感じだったけど、なんかあった?」
「えっ?」
どうやら、さっきの私は、考える時によくする行動をしていたようだ。天井をみたり、目があちらこちらに泳いだり。
「あ、ううん。大丈夫!」
あの意味不明な夢を、佐奈に語るか否か。脳内会議をした結果、もう少し待ってみることにした。
──ガラガラッ
「来栖くん」
来栖くんが、リュックサックを肩に背負って保健室にやって来た。
「橘、大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫! ありがとう」
「そっか、もう放課後なんだ」
体育祭の練習が始まったのは、五限目。今日の練習は、五~六限。だから、私が保健室で寝ている時にもう終わっていたんだ。
「私、部活に行くけど大丈夫?」
「平気だよ!」
「来栖、なんかあったらラインして?」
「おう、分かった」
佐奈は急ぎ足で教室に戻った。もう大丈夫だって言ってるのに、佐奈は何を心配してるんだろうか。
「名井って、お前の親なのか?」
「えっ違うよー」
来栖くんの冗談も笑えるほどに元気になった。
「一緒に帰るか」
「えっ?」
「あ、いや、別に、深い意味じゃなくて」
「そんなの分かってるよ。うん、帰ろう」
来栖くんがもってきてくれたバッグを手にとって、私達は保健室を後にした。
来栖くんと帰ることになり、駅までの道を二人でゆっくり歩いた。
「私、あのとき、先生の話ちゃんと聞いておけばよかったな」
「ん? 誰の?」
「桜庭先生」
トイレに行くとき、先生が私に気を遣って塩分チャージのラムネをくれようとした。でもそれを私は、気を張って受け取らなかったんだ。
そのときのこと、謝りたい。
「リレーの練習の後、トイレに行こうとしたときに桜庭先生が声かけてきて。塩分チャージのラムネをくれようとしたの。でも、私は、いりませんって言って断ったの。先生、怒ってるかな? でも、怒っていたとしたら倒れた時保健室にいないしな」
「来栖くん?」
歩いているとき、来栖くんの足が止まった。
「橘。お前、もしかして、桜庭のことが好きなのか?」
「えっ、なんで?」
「いや、なんとなく」
どうかしたのかな? と、首を傾げた。
体育祭当日。朝からみんなやる気いっぱいだ。
「みんな! 絶対優勝するぞ!」
「オー!」
みんなで円陣を組み、学級委員の掛け声で、みんながひとつになった。
着々と競技は進んでいき、私たちのクラスは優勝にむかって一人ひとりが頑張りを見せた。そして、練習の時に急遽参加した四百mリレーの番が来た。
「橘さん、練習の時はありがとう」
始まるとき、鈴本さんがこえをかけてきた。
「いえいえ。足、治ってよかったね! 頑張ってね!」
「ありがとう!」
私は、友達と一生懸命に応援した。私たちの応援がとてもよかったのか、鈴本さんが1位で独走したおかげで、四百mリレーは勝つことができた。
そして、最後のクラス対抗リレー。三年は、最後だからとても盛り上がる。
「位置に着いて。よーい、パンっ!」
ピストルの合図に一斉に走り出す。応援席では、一,二年生がすごく応援してくれている。
私のクラスは、スタートがよかったのか一位でスタートした。しかし、それから何人かに抜かれて順番が入れ代わりの繰り返しだった。
「橘、頼んだ!」
十走で走る私に、九走者の男子がバトンを渡した。私は、撒けない気持ちが強くなっていつも以上に精一杯走った。
その時
「橘! 行けっ!」
先生の仕事をしながら大きな声で応援してくれる桜庭先生の声が聞こえた。それがさらにすごい励みになってなんと一位になった。
「すごいよ! そのまま行け!」
クラスの声援も聞こえる。
「お願い!」
そして一位のまま、次の走者にバトンを渡せた。肩で息をしている私に、佐奈が声をかけてきた。
「美波、すごいね! お疲れ様!」
息が落ちついてきたところで、ありがとうとお礼が言えた。
「美波、桜庭先生が応援してたの、聞こえてた?」
「うん、なんか、それが励みになって」
「えっそうなの?」
「うん」
──パンッ、パンッ!
ピストルが二回なったのが合図で、アンカーがゴールした。
「クラス対抗リレー、三年の優勝は、四組です!」
放送委員の司会が、四組の優勝を大きな声でアナウンスした。
体育祭の結果、私たちのいる赤団が総合優勝した。そして、私たち四組は、学年優勝も果たした。
「あっという間だったね!」
放課後、佐奈といつも通り帰った。
「そういえば、練習の時倒れたじゃん」
「うん」
「そのとき、桜庭先生が真っ先に駆けつけて保健室に運んだんだよ」
「えっ? だって、佐奈、藍川先生が忙しかったから桜庭先生がって言ってたじゃん」
「それは……、嘘」
「嘘?」
「うん。桜庭先生に、藍川先生の代わりに来たって言ってくれって」
「そう、だったんだ」
先生……。
「じゃあね」
「うん、バイバイ!」
佐奈とわかれて家に向かっているとき、先生の優しさに徐々に気づいていく自分がいる気がした。だけど、そんなの生徒だからいい先生をしているんだろうって、そんなことがすぐに水に流した。
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