1-2
一週間後───。
「今日は、一ヶ月後に行われる体育祭についての話し合いを始めます」
この学校は、体育祭が毎年六月に行われる。A種目とB種目に分かれていて、A種目は走ったり投げたりする陸上競技。B種目は、Aと違ってクラスで団結して戦う競技。主に、因幡の白兎や騎馬戦などがある。
クラスでは、学級委員が仕切って進めている。
「美波、なにやるか決めたー?」
「んー、まだ何も決めてないよ」
「そっか。何やろうかなー」
私達三年にとって最後の体育祭。
「そっか。それならいいけど、あの日どうだったの?」
「あのひって?」
「ほら、放課後残ってた日」
「あー」
あの日なんて思い出したくない。先生の面倒くさい性格が見えたから。
「佐奈が言ってた噂、あれ、本当だと思うよ」
「えっ?」
佐奈が聞いてくるタイミングと同じタイミングでチャイムが鳴った。
休み時間、佐奈とトイレから帰ってくる時、桜庭先生とばったり会った。
「お、橘と名井」
「こんにちは」
「こんにちは。お前たち、中間の勉強はしてるか?」
「えっ、もうですか!?」
「まだだけど、先週の授業からテストの範囲は始まってるから、特に橘」
ドキッ。
「はい……」
「苦手って言ってたんだから、しっかりやれよ?」
「はい、頑張ります……」
「おう」
先生は、それだけ言って職員室に戻った。
「美波、数学頑張らなくちゃね」
「あんなの、頑張る気が失せるよ」
「えっ?」
「ん? いや、なんでもない」
特に私って……。あの日から、贔屓されてるのか? なんてことないか。
でも、もしそんなことだったら、やっぱり面倒くさい。
先生の性格、だるい。
放課後のグラウンドは、いつも通りに運動部の人たちでにぎわっていた。
「山田ー、そこのカラーコーン持ってきてー?」
「はーい」
マネージャー、大変だな。と、思いながら山田さんの動きを見ていた。
「あ、ねえ!」
校門に向かって歩いていると、誰かが私に声を掛けた。振り返ったら、先生に声を掛けられた山田さんだった。
「いきなりごめんね? あのさ、こないだ、桜庭先生と何してたの?」
こないだ。あの放課後の日だ。
「先生、珍しく一回も部活来なくて、よく考えてみたら、橘さんが呼び出しされてたなーって」
「あー、なるほどね。特に、何もなかったよ。先生からプリントもらってすんなり帰ったし」
「そう。なら、いいんだけど……」
「えっ、なにかあるの?」
「んーん、別に何もないよ。じゃあね」
これが、山田さんとの初めての会話。グラウンドをもう一度見返すと、先生と山田さんが楽しく話している。
「本当。だるいんだよ、自意識過剰が」
あの時山田さんだったら、先生は……。
どうせ、同じことするんだろうな。
中間テストの時期に入った。他の教科は自信あるけど、数学だけが本当に無理。
「はい、それでは、今日からテストに向けて毎週プリントを出します」
は? え? プリント?
「先生! それは、終わらなかったら居残りですか?」
「これは、宿題になります。そして毎週、授業の始めに提出してもらいます。それとも、先生の補習受けたかったですか?」
「受けたかったー!」
一人の女子が、冗談交じりに叫んだ。
ふっ、バカみたい。先生と目が合ったけど逸らした。
もう、本当にこんなバカなことを言うような先生のどこが良いのか。あれから、先生のことが更に無理になったし。私の中で、面倒くさい自意識過剰男というのが根付いた。
今日の授業は、なんとか頑張れた。宿題のプリントが配られて、授業は終わった。
「美波、今日は頑張ったね!」
「補習とかやりたくないからね」
もう、補習なんてこりごりだよ。
帰りのHR前、トイレに行った帰り、山田さんが職員室に続く廊下で桜庭先生と話しているところを見かけた。
「は、分かりました」
「じゃあ、当日は選手より早く来るようにな」
「はい」
二人の会話が終わって山田さんは、こちらに向かって走ってくる。
やばいと思って、私はそそくさに教室に入った。
「帰りのHR始めます。特にこれといった連絡事項はないですが、最近不審者情報が出ているようですので、特に女子生徒は服装などに気を付けるように。はい、号令係」
「起立、礼」
「さようならー」
HRが終わって、部活に急いでいく人や放課後遊ぶ遊ばないを話しながら楽しく出ていく人、バイトの文句を独り言のように言いながらだるそうに出ていく人。それぞれみんなバラバラ。
「美波、じゃあね!」
「佐奈、ばいばい!」
佐奈も部活に行くからそれのタイミングで私も教室を出た。
学校を出て、私は学校近くの本屋に立ち寄った。とくに何かを買うとかではないが、自然と足がそっちを向いていた。本屋に入って、雑誌や小説のコーナーをふらふらとしていると、一冊の本が目に留まった。その本は、ピンク色をした表紙に可愛い字体で『好きな人に振り向いてもらえるための十か条』とあった。無意識なのか意識してなのかは分からない。だけど、なんとなくで手を伸ばした。
本をパラパラとめくると、著者さんをアニメ化させたキャラクターが指し棒を持って様々な感じで説明している。男性が堕ちやすいコーデコレクションや、変に思わせない遊びの誘い方など。いろいろなことがかいてあった。こんな本、今の私には興味ないのにな。特に好きな人なんていないし、気になる人なんか……。その瞬間、謎に、桜庭先生が浮かび上がった。
「んなわけ」
フッと笑って独り言を呟いては、本をパタンと閉じた。
本屋を出ると、私と同じくらいの人たちが楽しそうに話しながら帰っていた。その集団とすれ違って、私は一人で歩いていた。そのとき、なにかの鳴き声が聞こえた。
ん? よく耳を澄まして聞いていると、どうやら猫の鳴き声がした。草むらを掻き分けると、そこには小さな猫がいた。
「迷子のにゃんこちゃんかな?」
「ニャー」
猫の近くに、ひっくり返っているダンボールが視界に入った。
この子、捨てられちゃったのか……。可哀想に……。体は、泥で少し汚れていた。
呼びかけると、子猫は少し小さな声で鳴いた。おいで、と両手を広げると小さな足で歩きよってきて、私は猫を優しく抱きかかえた。子猫の目は、寂しそうで何かを訴えかけているように見えた。私は、スマホをポケットから出してお母さんに連絡をいれた。
『捨てられた猫、拾った。少しからだが汚れているみたいなんけど、うちで飼えないかな?』
ラインを閉じると、数秒で返事が来た、
『あんたがちゃんと責任もって育てるなら』
よし、飼おう。お母さんに返事して立ち上がろうとしたとき、近くで自転車が止まった。
「橘?」
「先生」
そこには、自転車に乗った桜庭先生がいた。
「何してるんだ?」
「猫、捨てられてたから」
抱きかかえた猫をひょいッとあげて先生に見せた。猫は、目をまんまるとさせている。
「はぁ、よかった」
「えっ?」
「最近不審者情報が出てるから、橘になにかあったんじゃないかと思って。勘違いするなよ? 学校の生徒だからきにしただけだからな」
「そんなのわかってますよ」
私が勘違いするとかありえないし。
「気をつけて帰りなさい」
先生は、自転車を走らせて帰った。
私は、駅まで歩いてお母さんに迎えに来てもらった。流石に、猫を抱えて電車には乗れない。
家に帰ると、お風呂場で猫を洗う。水が怖いのか、すごい警戒していたけど言うことを聞いてくれた。猫を洗いながら、私はさっきの事を思い出していた。
先生、何考えてるかわかんない。なにがしたいの? どうせ、学年の女子を堕としたいだけ。ただそれだけなんだよ。授業は真面目に教えて後は適当。恋愛も、適当。だから、学生時代遊んでたんだよ。
そうだよ、きっとそう。
「美波、洗えたー?」
考え事をしていると、お母さんが声をかけてきた。
「うん、できたよー」
「猫のえさ買ってきたから」
「ありがとう」
お風呂場からでて、タオルで優しく拭いてあげると少し嫌そうに小さく暴れ始めた。
「ほーら、大人しくしなさい」
強く抱きしめずに暴れない程度に。綺麗になった猫を見て、可愛いなって微笑んだ。
お母さんに買ってもらったえさをお皿にあけ渡すと、勢いよく食べ始めた。よっぽどお腹すいていたんだな。
とうとうテスト一週間前になってしまった。一週間前ということで全部の部活が停止になる。この日から、私と佐奈と吉沢くんの三人でファミレスで勉強することにした。
───カランコロン
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「三人です」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
私たち三人は、合い向かいになる感じで座った。私と佐奈は隣同士、吉沢くんは隣に荷物を置いて佐奈の前に座った。
「よし、はじめるか」
私たちは勉強道具を広げて勉強を始めた。飲み物はドリンクバーで軽い食事もとった。
勉強を始めて二時間半。
「あ、ダメだ」
「何が?」
「集中力が薄れてきた……」
佐奈がペンを置いた。同時に、吉沢くんもノートを閉じてスマホをいじり始めた。私はというと、なんとしても数学を頑張りたくてもう少し集中していた。
「美波、飲み物行ってくるよ」
「ありがとう」
佐奈は、私のグラスをとって席を立った。吉沢くんは、ずっとスマホをいじっている。
「そういえばさ」
ずっとスマホに目をやっていた吉沢くんがこちらをみた。のが、視界に入った。
「橘って、桜庭と仲良かったりするの?」
「えっ?」
ペンが止まった。
「うちのマネージャーが、なんか言ってたからさ」
「いや、そんなわけないじゃん。数学嫌いだし、まず先生の性格とかもなんかだし」
「そっか。マネージャー、けっこう桜庭に近づいてるよ。こないだの練習試合のときも、休憩中はずっと桜庭の近くにいたりしたし」
「ふーん」
「お前、ほんと興味ねぇんだな」
「当たり前でしょ」
私が先生と仲いいとかありえない。一旦止めてた手が再び動き出した。
「山田、桜庭のこと好きらしいよ」
「えっ?」
また止まった。
「っていう噂あるらしいんだけど、本当だったらおもしれぇよな」
吉沢くんは少し入ってたドリンクを飲み干し、そのまま立ち上がって、「行ってくるわ」とグラスを見せた。
「何が面白いのかわかんないし」
「ん? どうしたの?」
横を見ると、グラスを二つもった佐奈が立っていた。
「ん? あ、なんでもない。飲み物ありがとう」
お礼を言ってノートを閉じる。
山田さんが、桜庭先生のことが好き……。そんな噂、あまり流れてこないけどな。
「あのさ。うちのクラスに、山田さんっているじゃん?」
「あー、サッカー部のマネージャーね」
「そう。その山田さんが、桜庭先生のことが好きらしくて」
「あー。確かに、部活中に外見ると先生のとこにいたりしてるよ。まあ、マネージャーだからだろうけど。でも、マネージャーでもあんなに近くにいたりしないな。え、なに? もしかして、嫉妬でもしてるの?」
「まさか。あり得ないし」
「だよね。ごめん」
佐奈は、ふっと笑って飲み物を飲んだ。
吉沢くんが戻ってきて、私たちは気持ちを切り替えて再度勉強に集中した。
「じゃあ、また明日な」
「うん、じゃあね!」
計六時間半勉強した私たちは、そろそろ帰ることになった。吉沢くんとは、ファミレスで分かれて私たちは駅に向かった。
「ねえ、突然なんだけどさ」
疲れてしばらく沈黙だった度ところに佐奈が口を開いた。
「美波は、恋とかしないの?」
「なに? いきなりすぎるね」
「いや、なんとなく思って。私も含め、まわりに割といるからさ。彼氏がいたり、好きな人がいたり」
「まあ確かにね」
恋……か。
「好きになれる人がいないっていうか、恋ってのがわかんなくなっちゃって」
四年前の出来事。あれがあってから、よくわからなくなっている。
「桜庭先生は?」
「桜庭先生?」
なんでそこであの人が。
「うん。先生のことは何とも思ったりしないの?」
「別に。するわけないじゃん」
「美波ー、なんか怒ってる?」
私は、前に放課後に残った日のことを正直に話した。
「あー、なるほどね。それ、目をつけられてるっていうか気をひかせたいんじゃない?」
「えっそんな訳ないっしょ。だって先生だよ? 生徒を好きになったらクビになるのに。先生は、冗談で言ったんだよ」
「でも、もし本気で美波のことー」
「いや、ありえない」
あんなことを平気で口にするような男のどこがそう見えるのよ。
「しかも、もしそれが本気だとしたら、自分で自分の人生棒に振ることになるじゃん」
「んー、まあ確かにそうだけどね」
佐奈は、吉沢くんに奢ってもらったジュースを飲みながら先に行ってしまった。
自意識過剰な性格の先生、まじめに嫌い。
ついに迎えたテストの日。今日は、理科と社会と英語。数学は明日だ。
「よーい、始め」
チャイムが鳴ったと同時に、先生の合図で一斉に始まった。みんなシャーペンを握り締め必死に問題に取り掛かる。
理科、社会とあっという間に二科目が終わり最終科目の英語。
……。……。
……。……。
───キーンコーンカーンコーン
「はい。ペンを置いてください。後ろの人回収お願いします」
みんな伸びをしたり疲れて勢いで机に突っ伏したり、さまざま。
「今日のテストは終了です。真っ直ぐ家に帰って明日の科目に備えてください。それではさようなら」
さようならーと、挨拶をしてみんな教室を出て行った。
「今日はどうする? ファミレス行く?」
「今日は、ここでいいんじゃない?」
テスト期間の教室は、夜まで解放している。だから今日は、わざわざファミレスに行かずに教室で勉強しようとうことにした。
みんなが帰った教室は静まり返っていた。私達は、この間のように一言も喋らずに集中していた。
「あ、桜庭」
吉沢くんの声に反応して振り返ると、教科書を持って寄りかかっている先生が居た。
「先生何してるんすか?」
「何してるって。見れば分かるだろ、教えに来たんだよ」
先生は体勢を直してこちらにやってきた。
「橘、しっかりしてるか?」
「やってますよ」なんで私をきにかけるの?
先生は近くにあった椅子をもって、私達の輪に入った。
「なんで吉沢いるんだ?」
「佐奈の彼氏なんで」
「あ、そう。なるほどね。で、今はどこやってんの?」
「ここです」
私は教科書を見せた。
「あー、なるほど。そこな」
先生は教科書を開いて近づいた。
先生のことが気になっていると気づいてしまったから、なんだかうまく集中できない。
「橘? 大丈夫か?」
集中できていなくてボーっとしてしまっていたみたいだ。
「駄目だ。橘、荷物まとめて来い」
「えっ?」
「補習だよ」
「あ、はい」
私は、言われるままに荷物をまとめて席を片付けた。
「じゃあ、またね」
「うん、バイバイ」
先生についていくように教室を出た。
「失礼します」
先生についていって、数学準備室にきた。
「ここ、座って?」
「はい」
私は少し警戒した。
「えっなに? 俺のこと警戒してんの?」
「えっ、いや……」
警戒しているのがお見通しだった。
「何もしねえから安心しろ。それとも何? なんか期待してんの?」
「そ、そんなわけない! じゃないですか」
少し強がって意地張ってしまった。それを先生に嘲笑われた。
「さてと。授業始めるぞ」
「はい」
先生との二人授業が始まった。先生の教え方は、とても上手で分かりやすかった。
「先生、ちゃんと先生するんだ」
「んだよ。まるで俺がさぼってるみたいじゃんかよ」
先生にツッコまれた。しかもまた笑われた。
「いや、先生、適当にやってるかと思った」
「あのさ、ちゃんと先生はしてるんですけど」
先生とこんなに話したの初めてかも……。
「お前がちゃんと授業受けてないからだろ」
ベシッ
「いったー」
先生に教科書で叩かれた。体罰やん。と、心の中で呟いて問題を解きはじめる。
「そこ終わったら言ってくれ」
「はい」
先生はコーヒーを飲んでゆっくりとくつろいでいる。
「あの、数学のテスト。平均点を超えたら、ひとつだけ教えて欲しいことがあって」
「ん? なんだ?」
「先生って、彼女とかっているんですか?」
「そんなくだらないこと知りたいの?」
先生はお得意のあざ笑いをしてきた。
くだらないことだからこそ聞いてみたい。
「まあ、あの日、私にあんなようなこと言ってきたくらいだから、本気で恋愛したことないと思いますけどね」
「じゃあ、平均点を超えたら教えてあげるよ」
この様子を、誰かに見られているとは、思っていなかった────。
「橘……」
先生との補習が終わって昇降口で佐奈たちと合流した。
「はい。さようなら」
先生はまだ仕事が残ってるからと、昇降口の鍵を閉めて校舎に戻っていった。
戻っていく背中を、ずっと眺めていた。
「美波、行くよ」
「はいよー」
帰り道、補習の様子を聞いてきた。
「先生、けっこう教え方上手なんだね」
「えっ今更?」
うん。今更だ。
「数学って、なにが面白いのか本当にわかんないんだよねー」
そんな話をしていると、駅に着いた。
「じゃあ、また明日ね!」
「うん、バイバイ!」
佐奈とは方面は逆だから、改札抜けて分かれた。ホームに下りると、仕事帰りのサラリーマンや学校帰りの大学生などでいっぱい。しばらくして電車がホームに入ってきた。車内は、既に人がたくさん。座れる余裕なんてないくらいだ。
電車は割りと揺れが激しい。どこかに掴まっていないと倒れてしまう。なんとかドア付近に移動が出来て手すりに掴まりながらバッグからイヤホンを取り出してスマホに繋げて音楽を再生する。私は、いろんなジャンルの音楽を聴く。それこそ邦楽なんてもちろん聴くし、それ以外にも最近フィギュアスケートにハマっていて、選手達が試合で使用した曲のサウンドトラックや、はたまた別のジャンルで男装アイドルも好き。見た目はそんな感じに見えないだろうが、暇つぶしに見ていた男装アイドルの動画にハマったのがきっかけで、まるで漫画の世界から出てきたような風貌のアイドルが大好きなんだ。
最寄りの駅に着いて自転車に乗って家に急ぐ。
「ただいまー」
家に着いて部屋に駆け込み、早速勉強に取り掛かった。科目は、もちろん数学。先生がくれた特別教材のファイルを開く。
先生がさっき補習のときに「橘は、努力すれば出来る。ただ苦手な事に逃げているだけだ」と言って、特別にくれた。なんか、贔屓されている気がして少し罪悪感があったけど、先生がそこまで言うんなら……と言って受け取った。とりあえず、先生が作ってくれたものを開いて勉強を始める。
だが、勉強を始めて数時間。突然ピタッと手が止まった。
あれ、なんで私、ここまで本気になってるんだろう? 数学嫌いなのに───。
テスト二日目。いよいよ数学がある日。現代文、英語表現、数学の順番。
「美波おはよう」
「おはよー」
「美波、数学大丈夫?」
「うん。昨日、かえって少し復習したの」
「えっ美波にしては珍しくない?」
「だよね」
確かに昨日の自分を振り返ると珍しい。あそこまで本気になるなんて、私どうかしてるかも?
監督の先生がやってきて、二日目のテストが始まった。
現代文と科学は、なんとか乗り切れた。問題は、次の数学。
「それでは、始め」
チャイムとともに始まった最後の科目。始まる直前までどんな問題が出るか不安だった。もしかしたら、勉強したところは一切出ないんじゃないかって。
でも始めたら、なんと、昨日勉強したところがほとんど出ていた。先生がくれた特別教材のおかげで、難しい単元のところもクリアできた。
───キーンコーンカーンコーン
理科から始まった中間テストが終わった。みんな、とても疲れた感じだ。
「美波、数学できた?」
「うん、珍しく頑張れた!」
「お、すごいね!」
「去年とかは、わかんなくて諦めていたのに」
「よく頑張ったね! お疲れ様!」
「佐奈もお疲れ!」
二人で頑張りを讃えあった。
今日まで部活が停止になっているから、三人で帰った。
校門前では、桜庭先生ともう一人の先生が立っていたのが見えて、佐奈がいきなり
「あ、美波」
「ん?」
私の腕を引っ張って昇降口まで戻された。
「桜庭に、頑張れましたって報告してみたら?」
「えっイヤだよ」
「補習してくれたんでしょ? 美波が頑張れるか、気にしてくれてたと思うよ」
「いや、でもー」
「二人ともどうした?」
自転車を取りに戻ってきた吉沢くんがたっていた。
「ううん、大丈夫!」
歩き出して校門前に近づいた。
「さようなら」
「はい、さようなら」
挨拶しようと思ったのに、やっぱりできなくて黙って通り過ぎたとき、
「橘」
ギクッとした。
「なんで驚くんだよ」
先生は笑った。
「いや、大丈夫です」
「そうか。さようなら」
「さようなら」
いきなり呼び止められたのは驚いたけど、逆に呼び止められたおかげで挨拶ができた。
先生に呼び止められたの、少し嬉しかった。テストだって、先生との約束を果たす為に頑張ったし。それは嘘。でも、それも一理ある。
もしかして私、先生のこと……。
好きなのかな……?
テスト明けの翌日から、少しずつ返却された。理科や英語など、続々と返された。
「美波ー、結果どうだったー?」
お昼休みの話題は、もちろんテスト返却のこと。
「んー、微妙かな」
「そっかー」
確かに今のところ微妙なラインで終わっている。理科は平均点ギリギリで超えるし英語は赤点回避は出来たけど、平均点は高くて超えられなかった。現代文は、赤点ギリギリだし……。
「いくら一学期の中間なんていったって、進路に響くよねー……」
「そうだねー……」
屋上でご飯を食べながら、二人ともため息をついた。
放課後昇降口で靴を履いていると、桜庭先生が通り過ぎるのが見えた。
「先生!」
特に用事もないのに呼びとめた。
「ん? あー、橘。どうした?」
「えっあの、」
何の為に呼び止めたんだろう? 数秒間の沈黙が続く。
「なんかあるから呼んだんだろ?」
あ。思い出した。
「この前放課後の補修の時にした約束、覚えていますか?」
「あー、覚えてるよ」
「平均点超えたら、教えてくださいね」
「うん。分かったよ」
そして、数学のテスト返却日。
「今回のテストはみんな良くできていました。最高点は九十五点、最低でも赤点はいませんでした」
みんな、結構本気だったのか。まあ、進路も関係してくるしそりゃそうか。
「平均点は、七十三です」
えっ髙い……。どうかな、超えられているか不安になってきた。
一人一人呼ばれて返されていく。
「橘さん」
「はい」
返される瞬間、先生の口角が少し上がったように見えた。
えっ今の不覚の微笑みは何?
席に戻って恐る恐る開くと……、七十一点。平均点を超えられなかった。
「えっ美波、すごっ!」
横から佐奈が覗いてきた。
「えっすごくないよー」
「いや、数学苦手なはずなのに、七十超えはすごいよ!」
「ありがと」
授業終わり、私は先生の後を追った。
「先生!」
先生は振り返って、
「惜しかったな。あとちょっとだったのに」
「えっじゃあ、あの約束は……?」
「お預け」
「えっ?」
「ってのは、嘘で」
ポンッ
「えっ」
「彼女はいないよ。でも……」
「でも、なんですか?」
「気になる人は、いる」
──チクッ
「気になるひとって?」
「それは、秘密だよ」
「秘密……」
「中間良く頑張った。期末でも、いい結果期待してるから。頑張れよ」
そう言って、先生は職員室に向かった。
先生の気になる人……。誰なんだろう……。
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