先生と禁断の賭け愛(ラブゲーム)
櫻葉ゆう
1-1
「いってきまーす」
2019年、四月。私は、はれて高校三年生となった。
今日は、とてもいい天気。桜の花びらがひらひらと舞い、空を見上げると雲ひとつない綺麗な青空。私の学校は、家から電車で約一時間のところにある。駅で待っていると、遠くから私のことを呼んでいる声が聞こえた。
「美波ー!」
「佐奈!」
私の友達、名井佐奈。背は私より少し高くて可愛い。なんでも本音で話せる、親友だ。
佐奈は、可愛らしく手を振りながら階段を駆け下りてきた。
「佐奈、今日、入学式で吹くんでしょ?」
「そうなの! 練習は、昨日みっちりしたから、今日は本番前に集合して細かい底路の確認だけだから、朝はいつも通りの時間で大丈夫!」
「そっか!」
佐奈は、吹奏楽部。フルートパートに入って、毎日頑張っている。私は音楽を聴くことは好きだが、演奏するのは出来ないからとても尊敬する。
駅で、佐奈と電車を待つこと約十五分して、電車がきた。この時間の電車はそこそこの人混みだ。
降りてくる人たちの様子を窺って、私たちは電車に乗った。
「あ、美波。隆が向こうの車両に居るみたいだから行ってもいい?」
「いいよ!」
私たちは、少し混雑している人混みをかきわけながら移動した。隆とは、吉沢隆のこと。吉沢くんは佐奈の彼氏。二人は、去年の文化祭を機に付き合い始めたそうで、後もう少しで一年になるらしい。
恋人かー。私には、遠いんだか近いんだか分からない。要するに、縁のないものだ。
何故縁のないものと感じるのかというと、昔のトラウマがあるからだ。
「隆、おはよう!」
「よっ」
隣の車両の端っこに、吉沢くんはいた。寄りかかってスマホで音楽を聴いていたようで、イヤホンを抜いてズボンのポケットにしまった。
「おはよう、吉沢くん」
私も、いつも通りに挨拶を交わした。
「橘、おはよう!」
吉沢くんは、佐奈経由で仲良くなった。男友達の一人だ。親友の彼氏と仲良くなるとか、なんだか罪悪感があるが、佐奈は私の恋愛事情は全て知ってるから、自分の彼氏を奪うなんてそんな馬鹿なことはされないと分かっている。
だから、たまに吉沢くんと話したりするが佐奈からは何も言われない。逆に、自分の彼氏と親友が友達になれて嬉しいみたいだ。
「そういや、今日から入ってくる新任の中に、二十二の先生がいるらしいよ」
「え、二十二って、大学ストレートで入ってストレートで卒業って事?」
「まあ、そうだろうな。普通は」
ストレートで卒業。そんな頭いいのか。
「あと、俺が聞いた話だと、イケメンで高学歴だとか」
うっ……。イケメン。私がダメな異性だ。
昔のことがふとフラッシュバックされて、暗い顔して俯いた。その瞬間を、吉沢くんに見られていた。
「ん? 橘、どうした?」
「あー、美波、イケメンがダメなの」
「あ、そうだっけ」
「うん」
「橘、なんかごめんな?」
「え? いや、大丈夫だよ!」
俯いてた顔を上げて明るく微笑んだ。
私がイケメンがダメな理由。それは、今から四年前に遡る。
───
四年前、私は中二になり中堅学年となった。二年は、『中弛みの学年』と言われ、どの世代も二年になると突然羽目を外していく。
五月中旬、校外学習で私たちは東京に行った。場所は、東京都内であればどこに行ってもいい。班で一日の流れを決めて行くという内容だった。
この時、同じ班だった、三上流星。のちに、私の彼氏となる人。そして、あんな最低な性格だったとは、このときは微塵も感じなかった───。
校外学習当日。朝から
すごい雨で、折り畳みの傘だと足りないくらいの大雨だった。私たちの班は、上野と浅草に行くことになっている。予定だと、最初に動物園に行くことになっているが、天候の問題で予定が変更された。
駅に着いて、みんなで上野公園に向かって歩いた。天気が悪いから、国立の美術館に行くことになり、館内はとても静かでさまざまな作品が飾ってあって新鮮だったが、まだ中学生の私達には難しい内容だった。
美術館を出ると、さっきまでの悪天候が嘘かのように晴れていた。
「動物園行こう!」
流星とその友達は、動物園に向かってダッシュした。
「男子って、何歳になっても子供だよねー」
「確かに」
私達女子メンバーは、そんなようなことを話しながら楽しく歩いた。
動物園に入ると、パンダがすぐに見えて、私は一気にテンションが上がった。
「パンダ、可愛い!」
「橘、パンダ好きなの?」
「うん、大好き!」
実は、私は無類のパンダ好き。ネットの動画で、可愛い一面の動画をたまたま見たとき、私はその瞬間パンダの虜になったのだ。
それから、いろんな動物を見た。最近動物園に来ていないから、私も夢中になって楽しんだ。
「はぁ、疲れたね」
朝の疲れがここで出たのか、みんなでベンチで一休みしようという事になった。女子は、みんなベンチに座って、男子は立っていた。
「橘、大丈夫か?」
「えっうん。平気だよ」
流星に、突然声を掛けられた。そんなに、私疲れているかな?
「これ、いるか?」
流星が差し出したのは、一本のお茶。
「ありがと」
「お、流星、まさか……?」
「なんだよー」
男子二人に突かれている流星。私は、男子の様子をみてよくわからなかった。
動物園を出てみんなで歩いている時、私は自然と目線は流星の方を見ていた。
あれ、私、なんで気になっているんだろう? 自分でも、よくわからなかった。
「流星さ、宇宙工学とかって好きだっけ?」
私の隣を歩いていた女子が、いきなり前に出て流星に話しかけていた。流星は、自分の好きな分野だからなのか、二人はすごく盛り上がっていた。
さっき動物園で、私に優しくしていたのは、きっと単に仲良い友達だから気にかけてくれただけ。そうか思ったら、なんだか心の奥が痛くなった。
これって……、なに? なんなの、この痛みは。
この時、私は、これが恋の始まりだとは気づいていなかった。
校外学習が終わって、通常の日々に戻った。毎日暑くて本当に大変。学校に行くだけでも、汗が止まらなくなる。
放課後、帰るときにグラウンドを覗いた。流星は、サッカー部に所属している。サッカー部を見ると、三年の部長を中心に部活が始まっていた。グループに分かれての練習の時、流星はグループのリーダーになっているみたいで、みんなを纏めていた。
「じゃあ、向こうに向かって櫻井からドリブルしてカラーコーンを一周してくる。いいか?」
「はい!」
流星、ひとを纏めるのが好きなのかな? けっこう、みんなついてくるしまとめるのも上手。流星が部活している姿、見たことなかったからなんだか新鮮な気持ちになった。
流星、頭良くて運動もできるんだ……。私は、新たな一面が見れた気がして嬉しくなった。
この時、私は、流星の事が好きなんだと気づいた。
校外学習が終わってから一ヶ月、中間テストの時期がやってきた。テスト二週間前になった頃、私は、勉強が苦手なため、学年でもトップクラスに成績の良い流星に放課後、つきっきりで教えてもらっていた。
「よし、今日はここまでにしよう。明日は、どうしても部活出なきゃいけねえから、悪いけど放課後の補習は出来ねえ。ごめんな?」
「ううん、いつもありがとう!」
「そーいや、なんで俺なの? 女子でも頭良い奴そろってるはずなのに」
「それは……」
言葉が詰まった。私は、校外学習のときから流星の事が気になっていて、流星の部活姿を見たとき、好きだってわかった。
私は、あの日から、流星に恋ををしてしまったのだ────。
流星が好きだから、少しでも一緒に居たいんだ。───なんていえる訳がないから、私は頑張って誤魔化した。
「んー……。ほら、みんな、部活で忙しいみたいだし?」
「それ言ったら俺もなんだけどな」
あ、失敗。ま、そりゃそうだよね、うん。
「んー」
どうにかばれないようにと、必死に言い訳を考えている中、流星はハハッと笑った。
「え、なに?」
「いや、なんでもねえわ。ただ、そうやって考えている姿が面白くて可愛いなって」
「へっ……?」
「ほら、もう完全下校の時間になるから行くぞ」
え、何? 可愛いって?
ん? 今の空耳? でも、流星の口から可愛いって聞こえたのは確かだよな……。
「何してんの?」
「えっ?」
「地味に聞こえたんだけど、気の所為か?」
ハッ。もしかして、心の声が漏れていた……?
「ま、いいけど。早くいくぞ」
「うん」
夕暮れが綺麗な空の下を、私たちは他愛のない話で盛り上がりながら帰った。
あっという間に時は過ぎ、テスト本番。結果はまあまあだったけど、流星に教えてもらったところはできた。
「流星!」
放課後、部活に行く流星を追いかけた。
「今日までありがとね」
「おう。頑張れたか?」
「当たり前じゃん!」
「だよなー。俺の努力が水の泡になるもんなー」
「ちょっと、それ、仕方なくやってやったみたいな言い方!」
私は流星の肩を少し強めに叩いた。
「あ、流星!」
「ん?」
部活に向かう流星をまた呼びかけた。
「……」
「え、なに?」
「えっとー……」
「早く言えよ。部活行きたいんだけど」
「部活! 終わったら、というか放課後、ちょっと話したい事あるんだけど……。いい?」
「あー、うん。いいよ」
「じゃあ、駐輪場で待ってるから」
「おう」
私は決めた。流星に告白する。
気づけば時間はあっという間に過ぎていて、校舎内や校庭に完全下校の時間を知らせる放送が響いていた。
「遅くなってごめんな」
「ううん、大丈夫」
部活が終わった流星が、エナメルバッグを肩にかけてやってきた。
学校を出た私たちは、近くの公園に寄った。
「話って、なに?」
先に切り出したのは流星のほうだった。
「あー、あのね……」
うまく言い出せないまま、時間だけが過ぎていく。
「実は……、前から、流星のことが好き」
思い切って言ってしまった私の心臓は、もうどうしようもないくらいにドキドキしていた。
「だから……、私と、付き合ってください!」
怖くなって、咄嗟に俯いてしまった。そこから、沈黙が続いた。
まさかこれって……、失敗? と思ったその時……。
「実は……、俺も……なんだよね」
「へっ?」
思いがけない一言に、変な声を出してしまった。
「なんだよ、その返事」
流星は、馬鹿にしたように笑った。
「えっだって……」
「ったく。お前は鈍感だな」
その瞬間今までにないようなものを感じた。
これは、つまり……。キス……だ。
「俺ら、付き合おっか?」
「うんっ」
少し頬を赤らめながら、流星は言ってくれた。私も、少し赤らめながら応えた。
それからの毎日は楽しくて、とても幸せだった。放課後は毎日一緒に帰って、流星が部活休みの時はデートしたり。恋人がいるって、こんなにも楽しいものなんだと実感した。
付き合い始めて半年と一月が経ったある日、私たちは突然距離を置き始めるようになってしまった。私たちというより、先に置き始めたのは流星のほうだ。急に、よそよそしくなるようになった。話しかけても、無視されたりということが日に日に増えていった。
ラインもすれ違う日が増えていく。そんな中、気晴らしにというので友達が遊園地に誘ってくれた。割引券が二枚あって、本当は親と行く予定だったらしいけどそれがキャンセルになったということで私を誘ってくれたのだ。
遊園地に行く電車の中、私たちは自然とどちらからともなく流星のことを話題にしなかった。というか、友達が気を使って流星以外の話題をポンポンと出してくれた。
遊園地について私たちは、絶叫系のアトラクションを二つ三つと一気に休憩なしで乗った。ジェットコースターで、二人でワーキャー騒いだり、二人とも怖いの苦手なくせに、お化け屋敷に入って死にかけたり。
お昼ごろ、フードコートでご飯を食べることにした。
「ありがとう!」
「いーえ!」
ごはん中も、他愛のない話で二人で盛り上がった。
「美波がちゃんと笑ってるとこ、久しぶりに見た」
「ん?」
あ、そういえばそうかも。私、ここのところちゃんと笑えていない。
自分では笑えてるつもりでも、『ちゃんと心から』笑えていなかったんだ。
「ありがとね」
「いーえ。美波の笑顔が見れてよかったよ」
友達のおかげで、私は久しぶりに心から笑えた。
あの瞬間までは───……。
この後ごはんを片付けて、観覧車に乗ったら帰ろうということになった。
観覧車に行くと、結構な人が並んでいた。並んでいるとき、幾人か前に、背丈が流星に似ている人を見かけた。でも、背丈くらい似ている人なんてそこらへんに沢山いると言い聞かせるだけで気づかなかった。
観覧車に乗ったとき、さっきのことを話した。
「えっそれ、ほんとにあいつだったの?」
「それはわかんない。あのー、ほら、背丈って似たりするじゃん?」
「まあそれはそうだけど。でも、もしあいつだったら声はかける?」
「うん。ここ最近、ライン未読スルーされてるし。ふと開くと、既読スルーされてたりっていうのが続いてるから」
「そっか」
なんだか、私がもちかけたせいで空気が重くなってしまった。
「あ、なんかごめんね?」
「ううん、大丈夫だよ! 逆に、よかった」
よかった?
「今日一日、まあウチもだったけどあいつの話題がなかったから。美波、あんなに好きだって言ってたのに突然冷めたのかなって」
「んふ、そっか。冷めてはいないよ、私は流星のこと大好きだから」
確かに、友達もだったけど私も敢えて流星のことは気にしないようにしていた。
だから、今日は凄く楽しい一日になったのだ。
観覧車から降りて、帰ろうとなったとき、前にとても見覚えのある姿を見つけた。
その光景は、私の知らない女の子と手を繋いで楽しく歩いていた。
「流星……?」
流星が振り返るのと同時に、流星の隣に見覚えのない女の子も一緒にこちらを向いた。
「流星、何してるの?」
「えっ?」
流星は、間抜けのような返事をした。
「あんた、今自分が何やってるのか分かってんの?」
涙目になっている私を横目に察して、友達が前に出た。
「私、トイレ行って来る」
「おう」
女の子は、何かを察したのかただ行きたくなったのかは分からないが、その場を離れて早足でトイレに向かった。
「なんなの? 私と付き合ってるでしょ?」
自分の気持ちを言いたくなって、私も前に出た。
「ごめん。お前と付き合ってたっけ?」
「えっ……」
なんなの、この人……。
「もういいよ。最悪な結果で終わりたくなかったけど、こんなんでいいよ。今までありがとう。もう、学校でもプライベートでも話しかけないでね。関わりたくないから」
そう言って、目に涙をたくさん溜めて携帯についていたストラップを引きちぎって流星に投げ捨てて涙をこらえてその場を走り去った。
─────
あれから四年経ったが、流星とは本当に連絡とっていない。というか、連絡先を知らないのだからとっていないのは当たり前だ。卒業の時に謝られたけど、私はどんな返しをしたかまでは覚えていないが、きっと、「お幸せにね」と伝えたと思う。
学校の正門前では、生徒指導の先生が朝の挨拶で立っていた。
「おはようございます」と元気良く挨拶をして、私達は玄関のドアに張ってあるクラスに行った。
私と佐奈は同じクラスで三年四組。吉沢くんは隣のクラスの五組。佐奈と吉沢くんは離れてしまったけど、お昼は私含めて三人で過ごそうということになった。
なんだか、とても楽しそう。
新しい担任であろう先生が来て、出欠をとり始業式のために体育館に行く。
教室を出ると、丁度吉沢くんが友達と歩いていた。佐奈が小さく手を振って嬉しそうに微笑んでいるのを隣で見て、私も幸せになった。
体育館には、もう既に他のクラスや二年生が整列していた。
「ねえ、美波。あそこに立っている大学生みたいな人、新任かな?」
佐奈が、先生たちのほうを指差す。そこには、昨年お世話になった先生たちに紛れて、一際目立った男性がいた。その男性は、背が高くて見た目大学生って感じ
「あー、どうだろうね」
新任なのか、又は教育実習生かもしれない。それは、まだ始まるまで分からなかった。
始業式が始まって、校長先生の話が終わる頃には、みんな姿勢を崩して楽にしていた。男子は寝る人が続出した。それほど、始業式というのは疲れる。
「ここで、新しく赴任してきた先生方を紹介します」
校長先生に続いて壇上に上がった先生は、七人いた。その中に、私達が気になった男性がいた。
「やっぱり先生だったんだね」
「んね」
二人して小声で確かめ合った。私達から見て左側から紹介が始まった。そして、気になっていた男性改め先生の番が来たとき、周りからざわざわと騒がしくなった。
「えー、皆さん初めまして。新任で来ました、桜庭雅翔です。担当教科は三年の数学で、サッカー部の顧問になります」
拍手と共に小さく響く女子の歓声に、男子達は引き気味だった。私も、そこまで騒ぐ必要ないのにと思った。何故なら、イケメンな先生。私が苦手とする感じの先生だからだ。
女子って……、よくわかんない。
◆ ◆ ◆
「おはようございます」
職員室に入ると、改めて、先生になったんだ……という実感が湧いてきた。
今日から正式に赴任することになった、県立風花高校。俺は、他の六名の先生方とともにこの学校にやってきた。
自分がやってきてのは、春休みが終わる一週間前。
「新任の、桜庭先生です。先生には、三年四組の副担任をお願いすることになりました。担当教科は数学、そして部活は、サッカー部の顧問をしてもらいます」
そして、自分のことも紹介する。
「みなさん、初めまして。桜庭雅翔です。大学をストレートで卒業して全くの新人なので、分からないことはどんどん聞いたりするのでその時は宜しくお願いします」
普通に挨拶をして普通に一礼する。続けて拍手が巻き起こった。
この日から、あっという間に一週間が経ち、ついに先生としての毎日が始まる。
「おはようございます、桜庭先生」
「教頭先生、おはようございます」
少し緊張している俺に、優しく声をかけてくださったのは、教頭先生。
「緊張していると思いますが、ここはリラックスで。あまり強張らないように」
「はい。ありがとうございます」
「それでは、始業式に向かいましょう」
生徒たちが集められた体育館は、人口密度が高くて少し暑かった。時間になり、始業式が開始される。校長先生の挨拶や生徒指導の先生の話など、着々と進められた。
「それではここで、新しく赴任してきた先生方を紹介します」
教頭先生の後に続いて、壇上に上がるとき、前のほうからひそひそと会話する女子の声が聞こえてきた。「あの先生、かっこよくない?」とか、「絶対二十代でしょ」とか。
壇上に上がり、一人ずつ紹介する。
「〇〇高校から来ました、藤井です。よろしくお願いします」
生徒たちから拍手が巻き起こる。そして、マイクを渡されたとき、またざわつき始めた。
「えー、皆さん初めまして。新任で来ました、桜庭雅翔です。担当教科は三年の数学で、サッカー部の顧問になります。よろしくお願いします」
拍手とともに巻き起こった歓声に、心の中でガッツポーズをした。
五十分間の始業式が終わり、教室に戻った。佐奈と二人で気になっていた新任の先生は、私たちのクラスの副担任となった。
「えっねえ、千佳は既に先生のこと知ってんでしょ?」
「うん、知ってたよ!」
「千佳の言うとおり、確かにカッコイイね!」
「でしょでしょ! しかも副担とか!」
教室の後ろの方で、窓に寄りかかって楽しく話している集団が気になった。その集団の中心になってキャッキャッとはしゃいでいる女子生徒は、山田千佳さん。ルックスがよくて一年の頃は入学して半月で複数の人から告白されたみたいだ。そんな山田さんは、サッカー部のマネージャー。
「あんなので盛り上がれるなんて、女の子だね」
佐奈と二人で、後ろの集団に目をやりながら話していた。
「美波だって女の子じゃん」
「まあそうだけど」
女の子だけど、かっこいいひと見てはしゃげるとか、女の子の女の子じゃん。
心の中で私はつぶやいたと同時に、チャイムがなった。
この日は、配布物やなんやらで終わった。佐奈は、部活があるからということで先に行った。わたしも暫くして教室を出た。
校庭では、陸上部が道具の準備をしていた。
「陸上部、頑張ってるんだなー」
「なに、独り言言ってんだ?」
後ろから、誰かの声が聞こえた。
「吉沢くん」
「朝、吉沢くんが言っていた先生って、サッカー部の顧問だったんだね」
「うん。俺らと世代近いから、友達みたいな感覚で楽しいよ」
「そっか! んじゃ、頑張ってね」
「ありがと!」
異性との距離は、なんだかこのくらいが丁度いい。
敢えて恋人とかいらない。と、このときの私は思っていた───。
次の日から、通常授業が始まった。今日は、数学はない。ラッキーだ。私は、三年の授業で一番数学が嫌い。あんなの、何が面白いのか分からない。まあ、分かりたくもないけど。
午前の授業は、国語と英語と日本史。国語は、好きな本を紹介したりとても楽だったが、社会はいきなりテストが始まった。初日からテストとか本当鬼畜すぎる。
「あー、もう、最悪」
昼休み、私と佐奈と吉沢くんの三人で屋上に行った。
ご飯を食べている最中、佐奈は吉沢くんに社会の愚痴をぶつけている。
私は、佐奈と吉沢くんが仲良くしているなら何でもいいと思った。他に、仲いい子見つけてすごそうとも思った。でも佐奈は、恋愛と友情を分けたくないし自分の恋人と友達が仲良くなってくれたほうが嬉しいし楽しいから、と言う。そんな理由で、私たちは二人が付き合い始めてから三人ですごすことにしている。
「社会って、担当の先生誰?」
「横瀬」
「あー、俺、去年担任だったけどめんどくせえよ。色々と」
横瀬先生。年齢は、割と上のほう、というかこの学校のベテラン先生だ。生徒指導の先生だから余計か、確かに色々とめんどくさい。
「美波―、テストできたー?」
「うーん、微妙かな」
テストの内容は、日本史の縄文時代から安土桃山時代まで。授業は、その先から始まるみたいだから、そのあたりまでの知識がどのくらいあるか確かめたかったと言う。
「そんなの、覚えてないよー!」
「佐奈、日本史苦手だもんね」
「世界史より難しい!」
「えっ世界史のほうが難しいでしょ! カタカナ過ぎて訳分からなくなるし」
世界史と日本史。みんな、絶対に分かれる分野だ。
放課後、いつもどおりに学校を出て校門に向かって歩いていると、グラウンドのほうから女子の黄色い歓声が聞こえてきた。
そんな騒がれるほどにかっこいい部員でもいるのか?
頭の中にはてなを浮かばせながらグラウンドに行くと、そこには五、六人の女子が固まってキャーキャーと騒いでいた。
「二十分の休憩! 終わったら、試合始めるぞ!」
「はい!!」
休憩で解散になったとき、吉沢くんが飲み物もって駆け寄ってきた。
「よっ」
「やほ。どう? 桜庭先生は」
「あー、春休みのときからだからもう慣れたよ」
「そっか」
飲み物を豪快に飲んだ吉沢くん。
「はあ、しっかし、桜庭の人気はすごいよ」
吉沢くんの視線の先には、試合を始めるためにマネージャーと一緒に準備をしている先生の様子が見えた。さっきから騒いでいる女子は、先生目的みたいだ。
「練習のとき、俺らと一緒にボール蹴ったりしてるんだけど、何をしてもキャーキャー騒いで。そんな、たいしたことしてねえっつーの」
「んふ。吉沢くんはああいう女の子苦手そう」
「嫌いだよ。うるせえし。俺は、佐奈しか興味ねえから」
「私も、苦手」
「お前は、あいつらというよりか先生だろ?」
「まあそうだね。まだ関わってないから外見でしかないけど」
──ピーッ!
先生がホイッスルを響かせて皆を呼ぶ。
「じゃ、部活戻るな」
「うん。頑張ってね」
「おう!」
吉沢くんが皆のところに戻った。女子たちはというと……。
「桜庭先生かっこいい!」
「先生、ボール蹴ってー!」
「もう始まるからあとでな」
「きゃー!」
あとでって言っただけなのに、なんであんなに騒げるの?
イケメンで高学歴ってだけであんなにモテるのか。すごいな、男って。
二日後の授業の日。今日から、三年の数学が始まる。
チャイムと同時に、あの先生はやってきた。
「きりーつ」
「礼」
「お願いします」
号令係の合図で、一斉に教室に響いた。
「はい。初めまして。今日の授業から担当する桜庭です。俺は、ひとりひとりちゃんと見ようと思っているので、休んだ場合は仕方ないけど寝ていたら、その日の単元プリントを放課後残ってやってもらいます。よろしくね」
「えー! なにそれ、先生」
先生の話に周りから一気にブーイングがおきる。
なんだか、話し方もチャラくみえるのは私だけなのか?
だけど周りの女子みんな、先生に釘付けだ。
今日は初回授業ということで、自己紹介をしようということになり、廊下側の人から一人ずつ自己紹介が始まった。自分の番が来るまで、みんなの参考にしながら何を言おうか凄い考えた。
「はい。それでは、次は橘さん」
「はい」
返事をして、その場で立ち上がった。
「橘美波です。数学は、この学年の教科で一番苦手というか嫌いです。何が面白いか全く分かりません。だから、自分で分かる範囲で頑張ろうと思います。一年間よろしくお願いします」
先生の表情は、案の定苦笑い。まあ、苦笑いするしかないだろうな。
自己紹介が終わったと同時に、授業が終わった。私って、こんなにはっきり言う人だったっけ? と、後で思い返して、なんだか恥ずかしくなってしまった。
「美波、君、そういうキャラだったっけ?」
「わかんない。もしかしたら、先生が苦手なのが数学の苦手さと比例して出ちゃったのかも」
休み時間、佐奈に早速聞かれた。
この自己紹介が、まさかあんな事態になるなんて、この時は思いもしなかった───。
進級して一ヶ月。みんな、三年としての自覚を少しずつだけど持ち始めたらしく、休み時間には進路の話が飛び交うようになった。季節も、少しずつ夏に変わってきた。毎日暑い日は続いて夏服で来る生徒が増えた。
そんなある日、とある『噂』が広がった。
「ねえ、そういえば、あの噂知ってる?」
「噂?」
「うん」
昼休み、先にお弁当を食べ終わった佐奈が話を始めた。三年の一部を筆頭に、いま少しずづ広がりつつある『噂』。それは、桜庭先生のことについてだった。
「桜庭先生、けっこうたらしらしいよ」
「えっ」
「大学時代、本カノを作らずに遊んでたとかなんとか。隆、聞いたことある?」
「さあ。俺は、そういうの興味ないからな」
いくら噂でも、遊びは無理。私には、あの過去がある以上噂だと疑えない。
「しかも、自分のことをSだって言ってるみたいだし」
「性格、黒そう……」
なんとなく予想は付いていた。人は見た目で判断しちゃいけないとは言うけど、でもあの先生は風貌からいかにも『俺、昔凄いモテたんだぜ感』が凄い。それこそ、放課後の部活に先生目的で見に来る女子たちの対応。思い出すだけでも意味分からなさ過ぎる。
キーンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「佐奈、次の授業なに?」
「あ……」
「ん? どうしたの?」
「次、その噂の……」
「えぇー」
教室に戻ると、みんな数学の用意をしていた。はあ、なんて最悪な日なんだろう。
「佐奈、もう分かってたらあの話しないでよ」
小声で指摘する。
「ごめん!」
授業が始まるチャイムが鳴り、いつもどおりに先生が入ってきた。
昼休み聴いた噂によって、私の中で先生は『最悪な教師』となった。
先生の噂が広がり、私の中の先生が最悪な存在となってから、数日が経った。男子は、そういうのは興味はないのか特に騒ぎはしないが、女子の騒ぎが止まらない。三年の女子の中で三パターンに分かれた。
まず、『噂を信じて離れていく派』。最初は、先生カッコいい!と騒いでいたが、噂が出始めてから、そんな奴だったんだ。現実を見よう。と、嫌っていくタイプ。二つ目は、『どうせ噂だろうとサラッと流して変わらずに騒ぐ派』。まるで、好きなアイドルに熱愛報道が出たのも関わらず、「いつもの週刊誌なんで変わらず大好きです!」と言っていつもどおりに愛を捧げるヲタクみたいに、先生がたらしだった、Sだと言いふらしている。えっだからなんですか? カッコいいからいいじゃん。という意見で、サラッと流すタイプ。
そして、最後は、『興味ない派』。こちら派は、もはや噂とかどうでもいい。興味がないから、特に触れたくないし触れようともおもわない。
三年の女子がこの三つのパターンに分かれているなか、私は三つ目の『興味ない派』にいた。興味ないというか、もう最初から分かりきっていたこと。イケメンで高学歴っていうところから、もうそんな感じがしていた。
この日の数学は、本当に訳分からない。何をどうしたらそんな答えになるのか、私は頭を抱えていたけど、結局答えに辿りつかず……。
「……なみ! 美波!」
誰かの声がして、目が覚めた。どうも夢の中での声では無かったようだ。というのに気がついたのは、体がおきてから数秒経ったときだった。
「美波、おはよう」
隣に佐奈がいた。
「流星……」
「えっ?」
「流星がいたの。私の隣に。手を繫いで歩いてたの!」
「美波、起きたばかりで眠りから覚めてないみたいね」
どうやら、私はあの後爆睡してしまったみたいだ。びっしりと書かれていた黒板は、何もなかったかのように綺麗になっていた。夢の中で流星が私の名前を呼んでくれていたのに、突然声が変わったのは、現実で佐奈が私を起こしていたからだった。
「ん? なにこれ」
机の端に、一枚の付箋がついていた。そこには「放課後、数学準備室へ 桜庭」と、ちょっと丸みを帯びた文字で書かれてあった。
「先生が、渡したいものがある。だって」
「はぁ? 意味わかんないし」
放課後呼び出しとか……。
「えー、嫌なんだけどー」
文句言ったって、時間は戻ってこない。寝た自分が悪いから自己責任だけど、それにしても……。
「早く帰りたかった」
放課後、私は言われたとおり数学準備室に来た。本当は帰りたかったけど、なんか後々めんどくさそうなことになると思ったから素直に来た。二回ノックすると、先生の返事が聞こえた。
「失礼します」
「お、来たな」
「呼ばれたので来ました」
「あーそ」
先生は、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。呼び出しといて、その態度?
「お前さ」
女子生徒にお前呼び。
「授業中寝てたろ?」
「はい」
素直に返事をした。
「初日で寝るとか、すげーな」
「数学嫌いだし、良くわかんなかったし」
「ふーん。はい、これ」
机の上に出された一枚のプリント。
「なんですか?」
「見れば分かるだろ」
「そりゃ分かりますけど」
「次回の授業までに終わらせてこい。今日の回だけだから、教科書見ながらやればできるから。俺は、一人一人ちゃんと見ていくつもりだから、嫌いでも頑張って欲しいから」
「なるほど。分かりました。用事はこれだけですよね、ではさようなら」
帰ろうとしたとき、先生がコーヒーを置いてこっちに寄ってきた。私は、必然的に下がった。先生は、何も言わずに距離を詰めてくる。
「えっなんですか?」
そして……。
ドンッ!
「えっ?」
いきなりの壁ドン。流石の私でも、この状況はわかった。
「お前さ……、本当は数学得意だろ?」
「はい?」
「初回の自己紹介のとき、あんなこと言ってたけど、本当は俺の気を引かせたくて、苦手ですって言ったとか。今日寝たことも、放課後残りたくてわざと寝たとか。そうなんだろ?」
「自意識過剰、めんどくさっ」
「は?」
独り言でいってつもりが聞こえていたみたいだ。
「数学苦手は本当です。先生の気を引かせたいとか、そんな意味わかんないことしないし、したいとも思いません。あと、先生のその性格も苦手です。苦手というか……」
「苦手というか、なんだよ」
先生の事を軽く睨んで
「嫌いです。めんどくさいです」
「うわっ」
私は、先生を突き飛ばして教室を飛び出した。
◆ ◆ ◆
翌日から通常授業になった。二クラス持つことになったから、今日は三組。二日後は、副担任をする四組の授業。
三組は、とてもやりやすい。複数名聞いていない生徒はいるが、それ以外みんなちゃんと授業に集中してくれる。先生としてとてもやりやすい。
放課後、運動着に着替えて部活の指導に励む。
「そこ、もっとスピード上げて!」
この学校のサッカー部は、やる気がある生徒たちばかりで、昨年は三年がとても強くて関東大会で三位入賞したりと、今までの成績もとてもいいみたいだから、これからも十分に期待できるメンバーばかりだ。
指導しているとき、女子たちの歓声が聞こえてきた。みんな、選手目的ではなく……
「桜庭先生!」
みんな、俺目的。でも、正直疲れるかも。ああいうの。
「二十分の休憩! 終わったら、試合始めるぞ!」
「はい!!」
みんな、返事もちゃんとしてくれるいい生徒たちだ。
生徒たちが休憩しているときも、仕事をしなければならない。次に始める試合のチームの組み合わせやカラーコーンの準備など、忙しい。
「山田、そこにあるカラーコーン、こっちに持ってきて?」
「はい!」
三年四組、山田千佳。マネージャーとしてとても働いてくれるいい生徒だ。
──ピーッ!
時間になり、笛で選手を呼ぶ。
「桜庭先生かっこいい!」
「先生、ボール蹴ってー!」
「もう始まるからあとでな」
「きゃー!」
俺を見てキャーキャー騒ぐ女子に、「あとで」と言っただけなのにそれだめでも騒げる女子ってすげーな。
二日後、四組の授業の日。教科書など必要なものをもって職員室を出た。
「きりーつ」
「礼」
「お願いします」
うん。このクラスもしっかりしていそうだな。
「はい。初めまして。今日の授業から担当する桜庭です。俺は、ひとりひとりちゃんと見ようと思っているので、休んだ場合は仕方ないけど寝ていたら、その日の単元プリントを放課後残ってやってもらいます。よろしくね」
ひとりひとり、しっかりと授業に取り組んでもらいたいと思って出た一言だ。だが、もちろんブーイングはおきる。
「今日は、初回という事なので、自己紹介から始めましょう」
まずは、自分から自己紹介をする。名前、年齢、趣味……。一通り、紹介することは終わった。
「はい、先生の紹介は以上になります。では、端の方から一人ずつお願いします」
廊下側の端から、一人ずつ。
「はい。それでは、次は橘さん」
「はい」
あれ、この生徒、確か一昨日の部活のときにいたような……。
女子生徒は、席を立って、
「橘美波です。数学は、この学年の教科で一番苦手というか嫌いです。何が面白いか全く分かりません。だから、自分で分かる範囲で頑張ろうと思います。一年間よろしくお願いします」
橘、美波さん。強いな……。
「はい、お願いします」
この生徒……、面白いな。
この学校に赴任してきて一ヶ月。けっこう学校に慣れてきて、授業にも身が入るようになった。三組と四組、それぞれで教え方を変えたりなんだりと自分で工夫してそうにしたら生徒たちがついてこれるかと日々試行錯誤して俺自身も勉強しながら、毎回の授業を楽しく少しでも分かってもらえるように頑張るようになった。
そんなときの四組の授業で、二度目の授業にしてサボるというか居眠りをする生徒がいた。
「じゃ、橘。ここの問題を解いてくれ」
黒板に書き込みをして生徒のほうを振り向くと、その橘が居眠りをしていた。
「おい、橘。起きろ」
机を軽く叩いても、起きる気配なし。なんか、もごもご言ってるけど、まさか寝言か?
「誰か、付箋持ってる人いるか?」
「私、あります」
生徒から一枚もらって、そこに「放課後、数学準備室へ 桜庭」と一言記載して机に貼り付けた。
「多分、授業が終わる頃になっても起きないと思うから、そしたら休み時間に起こして、渡したいのもがあるから来いって言っといてくれる?」
「はい」
時計を見ると、授業が終わる十分前。橘を見ると、まだ寝てる。あの人、まじで授業終わりになっても起きない気だな。
「はい、今日はこれで終了です。号令」
「きりーつ」
「礼」
「ありがとうございましたー」
チャイムが鳴る五分前に号令をかけさせた。
見事に起きない橘美波。強者だ。
放課後、数学準備室でコーヒーを飲みながら待っているとノック音がした。ちゃんときたんだ、橘美波。
「はーい」
ガラガラと、ドアを引いて橘が姿を見せた。
「失礼します」
「お、来たな」
「呼ばれたので来ました」
「あーそ」
コーヒーを飲んで、話を進める。
「お前さ、授業中寝てたろ?」
「はい」
素直に返事するのかよ。
「初日で寝るとか、すげーな」
「数学嫌いだし、良くわかんなかったし」
「ふーん。はい、これ」
俺は、先程まで作っていた補習プリントを、橘の手元に置いた。
「なんですか?」
「見れば分かるだろ」
「そりゃ分かりますけど」
「次回の授業までに終わらせてこい。今日の回だけだから、教科書見ながらやればできるから。俺は、一人一人ちゃんと見ていくつもりだから、嫌いでも頑張って欲しいから」
「なるほど。分かりました。用事はこれだけですよね、ではさようなら」
面白い生徒。それだけじゃ、帰らせないっつーの。
コーヒーを飲み干して、橘にゆっくりと近付く。
「えっなんですか?」
そして……。
ドンッ!
「えっ?」
久しぶりの壁ドンは、相手の反応で、これは何かが違うなと確信した。
「お前さ……、本当は数学得意だろ?」
「はい?」
これが、本当の自分。授業で見せてる、頭のいい秀才教師なんて演技のひとつだ。
「初回の自己紹介のとき、あんなこと言ってたけど、本当は俺の気を引かせたくて、苦手ですって言ったとか。今日寝たことも、放課後残りたくてわざと寝たとか。そうなんだろ?」
「自意識過剰、めんどくさっ」
「は?」
なんなんだ? この生徒は。
「数学苦手は本当です。先生の気を引かせたいとか、そんな意味わかんないことしないし、したいとも思いません。あと、先生のその性格も苦手です。苦手というか……」
「苦手というか、なんだよ」
先生の事を軽く睨んで
「嫌いです。めんどくさいです」
「うわっ」
橘は、俺を突き飛ばして教室を飛び出していった。
「橘美波。面白れえ奴」
とても急ぎ足で歩く廊下は、私の足音でとても響いていた。
櫻庭先生。外見がチャラくて中身もめんどくさい男。
あんな面倒くさい先生が教える数学、更に嫌いになりそう。
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