積み重ねられた屍の上に種は芽吹く

チクチクネズミ

屑は早く死ぬべきだそうだろう?

『202020号拠点A-23の地質調査の状況を送ってくれ』


 雑音混じりの無線から六桁の数字が呼ばれたが俺は数字とにらめっこを続けた。


「202020号。201865号の通信が来ている。早く状況を報告せよ」

「レーニンと呼んでくれ。ゼロと二ばっかりだから俺はレーニンとするさ。歴史上の人物の名だし、華もある。お前も名前で呼んでやろうか」


 202020号それは俺のクローン人間ナンバー。その次のは204021号と全く馬鹿げている。人間を呼ぶ時はもっと多様的な名前が与えられるもので、たった十の数字を無機質に組み合わせるものでないはずだ。この星を捨てた人間がそうだったように俺もそうあるべきだ。

 だがお隣さんは口を横一文字にしたまま抑揚なく催促する。


「不要だ。早く返答しろ」

「やれやれ、おんなじ顔をしているくせに堅物だことで」


 俺たちクローンは、すべて一人の人間の遺伝子から複製された奴らで構成されている。だが生活環境が違えば隣の堅物の202040号のようにそれぞれ性格が異なる。顔が同じなのに、性格が違うのだからあだ名でもつければいいのに、隣の奴も石ちゃんと呼んだほうが可愛げがあるだろう。


「こちらレー……おっと202020号。現在の地質は変わらず真っ赤な砂と岩しかありません。詳しい数字と写真は追って送りますのでどうぞご確認ください」

『202020号。数字と写真だけでは判断が不十分である。惑星再生シード計画の進展について貴官の見解を聞きたい』


 惑星再生シード計画か、数百年経っていつまで続くのか。俺たちがいるこの惑星は環境破壊と核戦争による大地は完全に死滅した。生き残った人間たちは全員生まれた星を捨て、別の惑星へ移住してしまった。それでも残った研究者たちが必死に大地を蘇らせようと生命復活のため栄養液と生命の種子が詰まった試験管『シード』を作り上げた。あとはシードが解放される条件である栄養豊富な大地にする事業を何百年と掛かる土壌改良の研究をクローンに任せて続けられている。


 だが未だにその条件にあった大地は一度たりともできていない。


「俺が試験官から出てきて以後、この大地がもとに戻る気配なんかありゃしません。調査実施ののちも変わらず。増えるのは同じ顔した同胞の屍ばかり、いい加減にしたいものですな」


 率直な個人的見解を述べると、同じ顔の司令官は涼しい顔しているが顔が赤くなっているのが画面越しにでもわかった。


『202020号。貴官の勤務態度には目に余るものがある。我々の目的である惑星再生シード計画の進行に支障をきたす恐れがあるため、帰還後厳重注意の処分を科す。以上』


 一方的に通信が切られた。その様子を隣で見ていた石ちゃんが仏頂面で叱った。


「202020号。司令官から言われた通り、勤務態度には注意しろ」

「注意ぐらいいいだろう。どうせ処分するならこの間亡くなったクーちゃんの隣で埋まる刑にでもしてくれ。俺は早く死にたいから大歓迎さ」

「202009号のことは不幸な伝染病が原因だ。お前と同じ地面の下に埋めることなど許されないだろう」

「まったく、せめて死ぬときぐらい選ばせてほしいな」


 クローンとはいえ、中身は人間と変わりなくちょっとした事故で死んだり、伝染病で死ぬこともある。そしてその時だけは人間と同じく墓を立てて、赤い大地の下で眠る。この不毛ともいえる土壌改良から解放される唯一の手段でもある。だから俺は早く死にたいんだ。

 ぶつくさ不満を垂らして、横になると胸にかけた四つのペンダントを出して祈った。


「それはなんだ」

「墓の土だ。今まで赴任してきた場所で死んだ同胞たちのな。クーちゃんのもあるぞ」

「伝染病の恐れがあるかもしれんぞ」

「そのほうがいいな。俺みたいな出来損ないは目が覚めたら死んでいたほうがいいさ。こんな徒労を繰り返すだけよりはな。202040号は早く寝ろよ。過労死なんて笑えないからさ」


 まだ仕事をしている石ちゃんを尻目に俺はまぶたを閉じた。

 あ~、早く俺死なねーかな。


 だが翌日起きた時俺は死ななかった。がっかりしたのもつかの間、石ちゃんが機械の前で腰かけたまま反応がないのに気づいた。


「どうした202040号? なんだよ、本当に堅物になったのかよ。返事しろよ」


 だが石ちゃんはうわ言のようなことをつぶやくばかりでわずかに聞き取れたのは「帰還しろ202……レーニン」と言い残して逝った。


 ……へへっ。また生き残っちまった。何だよ石ちゃんもクーちゃんも俺より真面目にいつ戻るとわからない地面を直して、研究して。コロッと死んじまった。処罰される俺だけ残って……一番死ぬべきなのは俺だろーに。逆だろうが。お前らが生きなきゃなんねーだろうが。

 だいたいこんなこと続けるより、逃げた人間たちのように遊んで気軽に不満をもらせて、違う顔の奴と結婚できる人生を歩めたほうが幸せだろうが。なんで、なんでこんなことばかり必死になって……


 俺は石ちゃんを埋めたあと、シードの機械がある施設へ飛んだ。

 施設に着くと、検問をかいくぐり、同じ顔のガードマンたちを張り倒してシードの機械の前に着くと叫んだ。


「やいシード! 一体いつまで屍を増やす気だ! みんな必死に研究して直して、未だに収穫なしとくる。今までもこれからも試験官から出てくるクローンたちは何のために生きて、何のために死ぬんだ! 自分たちの穴を掘って埋めるためか!」


 俺の暴走にガードマンたちが追い付き、地面に伏せようと躍起になる。そして最後の力を振り絞って、胸のペンダントを投げつけた。


「そんなに種を植える土が欲しけりゃ。みんなの墓の土をくれてやらぁ!!」


 怒りに任せて機械に投げつけたペンダントが割れて、中の土が機械の中に落ちていく。結局こんなことしても何にもならないことはわかっている。ただこれで処罰は厳重注意に済ませられないことだけは確定した。それで満足だった。


『シードシステム条件クリア。栄養人工雨を射出します』


 機械音声が響き渡ると、研究員たちが何も触っていないにもかかわらずシードの機械がうなりを上げる。天井が開き、種が放出された。

 雨が降った。何百年ぶりの雨が種子と共に赤い大地に滲み渡る。

 同じ顔のクローンたちが歓喜の声を絶えず上げる中で、俺は雨に打たれながら今まで散っていた同胞たちが眠る墓の前で座っていた。

 喜べなかった。俺のヤケクソのような行動一つで世界が救われるだなんて……本当ならもっとカッコイイ行動で、長年の努力と研究末という形が理想なんだ。

 いや、たしかに長年の努力をしてきたよな。この土の下にいる同胞たちのおかげで。

 しばらくして、司令官が電子機械を手にして俺の隣に座った。彼も俺と同じく喜びの様子はない。


「解析が出た。クローンの死体内部のバクテリアが大地に必要なエネルギーとして長年染み込み、シード発生に必要な条件がそろっていた。倫理上、墓の土を検査対象外にしていたのがシード発生の遅延として出たとみられる。計算上シードが発生する条件としてはもっと前に――」

「もういいさ。悔やんでもこの大地に広がっている二十万の屍に謝罪することしかできないんだ。俺たちは気づくまでに何百年も怠慢を起こし、いっぱい屍を積み上げたからな。ほら、さっさと俺の処分をしてくれ。できれば土の中に埋められる処罰が良い」

「……処分は厳重注意だ。202020号は英雄的行為をしたからな」


 処罰を伝え終えると、司令官は黙って施設の中に消えていった。

 クズのような行動をしても生き残ってしまう、まったく理不尽だよな。

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