プロローグ

 

 この世に善と悪の二つが存在するのなら、私はきっと悪なのだろう。

 

 それは、茜に染まった空が不気味なほど綺麗な日だった。

 

 真紅の薔薇が空に咲いているようだ。私はその美しさに嘆息した。また、涙した。

 

 血液を浸したような薔薇の花弁に触れる骸の山の上に、私は立っていた。複雑怪奇な形をした頭蓋が積みあがった山には生命の躍動が残っていなかった。皆死んでいるのだから当然のことだった。

 

 骸の天辺に、私は自分を殺して立ち続けている。骨と骨とが幾重にも交差し合って、頑強となった山には、皮肉にも絶対的な強者と謳われる者のみが立つことを許されている。

 

 でも、強者と言っても、吟遊詩人が詠うような耳通りの良い透明感のあるものでは決してなくて、私の肌はいつも血に濡れている。罪の無い、私達人間とは違うモノたちの血で…。

 

 何も知らない人々は私のことを、救世主だの聖処女だの、それぞれが気持ちの良くなるような呼び方をするけれど、私自身にはそのどれもが、本当の私とはかけ離れた存在のように思えてならなかった。そんな絵画の中で凛とした女性達と私とでは、天地がひっくり返るぐらい異なるというのに。

 

 だから、私は、私のことを熟知する私だからこそ、私自身を否定する。

 

 例え、誰もが私のことを正義だと、善だと、聖なる者の象徴だと崇めようと、結局のところ、それは傍観者が抱く曖昧なものに過ぎない。

 

 だったら、私は、私だけの正義に従って、血に濡れた私自身を悪と断言しよう。

 

 その自己否定だけが、私を救ってくれるのだから。

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