不機嫌

 今日は柄にもなく、みんなを遊びに誘うというリア充のリーダーみたいな事をして正直疲れた。

 早く自室のベッドに倒れ込みたいと思いながら、部活を終えて帰宅した俺は、玄関の鍵を開けてドアを引き、中に入る。


「お兄ちゃん、おかえりなされ!」

「どこにッ!?ここが俺の家だよね!」


 そこには、ニコニコと辛辣な言葉を吐く妹がいた。

 なんていい笑顔で兄を家から追い出そうとするんだこいつは……

 そして、一文字違うだけなのに意味が逆になるなんて日本語って凄いな。

 玄関まで出迎えてくれるのは嬉しいんだけど、出来れば暖かく迎えてほしい。そう思うといつもの新婚三択が良く思えてくる。


「今日も母さんと父さんは遅いのか?」

「ん」


 一音だけを発して指差された方を辿るとテーブルには『冷蔵庫にハンバーグ有』と大きく書かれた紙が置いてあった。こう言う場合は両親共に帰宅が遅くなる時である。

 そして、キッチンを見るに食器類を洗った形跡はなかったので、彩葵もまだご飯は食べていないようだ。


「制服姿って事はお風呂まだだよな?でも、もう七時前だしお腹空いてるだろ?先にご飯にするか?」

「どちらでもいいです」


 なんかあからさまに返答が刺々しいな。それに、普段は隙あらばくっついてくるのに、今はソファーに座って顔さえもこちらを向いていない。


「なんか怒ってる?」

「別に」


 これ絶対怒ってるやつ!しかも俺に対してなのは明らかなんだが、謝ろうにも思い当たる出来事が浮かばない。食堂で会った時はこの状態ではなかったから、それ以降に原因があるのだろうけど全然分からない。

 この状況で謝っても、何が理由だったかを答えられなければ、火に油を注ぐ事になる。だから今は、それとなく理由を引き出すのがいいと判断した俺は、火力の沈静化を図る為、変に出ている脂汗が落ちて刺激しないように、火の元である彩葵の頭にそっと手を置きゆっくりと動かす。


「とりあえず頭撫でておけばいいと思って……」

「嫌だった?」

「よき」


 目を閉じ、吐く息と共に全身の力をぬいていくのが、頭に置いている手から伝わり、まだ返答は短いけれど刺々しさは和らいだ感じがする。取り敢えず胸を撫で下ろした。


「んでなんで機嫌悪いの?」


 あっ、安心して気が抜けたのか普通に聞いてしまった。

 これは普通に怒られるかと思ったら、

 彩葵はもじもじと口を尖らせて言う。


「ぉ……お兄ちゃんが、水族館にみんなを勝手に誘っちゃうから……」


 確かに二人だけで行くとは言っていなかったけれど、一緒に行く相手には了解を取るべきだった。それにほぼ初対面の人達と、いきなり行動を共にするのだから、緊張や気まずさもある。

 これは完全に俺が悪い。素直に反省しないといけない。


「ごめん。彩葵の事も考えずに……」

「別にもういいよ……」


 そう言って下を向いてしまった。

 これなら怒ってる方がまだマシだ。一気に罪悪感が押し寄せてくる。


「そういや、最近は二人で出掛けてなかったよな。もしかして久しぶりだから楽しみにしてくれてた、とか?」

「……ぅん」


 素直!そんな顔しないで下さいッ本当すいません!全て俺が悪いんです!


「そ、そのっ俺もそうだよ!やっぱり彩葵といると楽しいからさ!これからはまたいっぱい二人で出掛けよ」


 必死になって本心で語る俺に、ゆっくりと顔を上げてこちらを見る彩葵の口元が、何かを言おうとしている。俺を見るその眼は潤んでいて、思わず衝動的に抱きしめたくなったのを堪え、その言葉を待った。


「……約束。これからは部活ばっかり優先しないで、私とも遊んで」


 俺が二つ返事で了承したのは言うまでもない。妹様にそう言われてしまっては当然の結果なのである。

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