ランチと旗雲


 現代の高校生が、ヒエログリフを読める事に必要性はあるのだろうか?

 四時限目の半分を過ぎた頃、カツコツと黒板に書き出される象形文字をノートに写す気もなく、シャーペン片手にそんな事を思っていた。

 考古学者が冒険をする映画は、金曜のロードショーでやる度に欠かさず見るくらいには好きだから、古代オリエントに興味はある。

 でも、これが学校の授業となると全然頭に入ってこない。勉強になると急に覚えが悪くなる現象は本当に不思議である。

 ともあれ、テストで赤点を取るのはまずいので、ノートぐらいは取ろうとシャーペンを手にした訳だが、ヒエログリフを使って名前を書けとか、絶対テストに出さないだろうこれ、ってことでペン先は宙に浮いたままだ。


 世界史は暗記ばかりだから、生徒を退屈させまいと先生なりに授業を面白くしようとしているのだろうが、残念ながら俺はこの有様です。黒砂先生ごめんなさい。


 そんな軽い言い訳と謝罪をしている内に、黒板を象形文字が埋め尽くした所でチャイムが鳴った。

 ノートは白紙のままだが、これでやっと午前の授業が終わりようやく昼御飯だ。


「あぁ〜終わった終わった。結翔ぉー、食堂いこうぜー」

「あいよ」


 制服のネクタイを緩めに締め、毛先を遊ばせた見た目チャラい系の奴に声を掛けられたので、いつもの様に返事をしてテキパキと席を離れる準備をする。

 さっさと世界史で使った教科書等を机に押し込んで食堂に向かわねば、限定メニューが売り切れると言ってこいつが五月蝿いからな。


「うぉっ!?結翔お前、全然ノート取ってねぇじゃん!顧問の授業くらい真面目に受けろよ!」

「チッ、いつの間に机の前に……。はぁ、授業はちゃんと聞いてたんだ、ノートを取らない時くらい偶にあってもいいじゃないか」


 限定メニューの売り切れとか関係なしに、湊介が俺に小言をくれる。もっと早く勉強具を片付けておけば良かった。


「いやっ、偶にって言ってもそれじゃあ家に帰って復習する時に困るだろ」

「マジメかっ」

「復習の後には予習も大事だ。教科書は机に入れっぱにしないでしっかり持って帰れよ」

「マジマジメッ」

「それにだ!この勉強が後に迷宮での危機的状況を打開する知識になるかもしれないだろ!」

「おぉう……マジメ通り越してバカだ。そんな状況に陥るのはどこぞの考古学教授だけだから」


 真鍋湊介は見た目に反して、中身は優等生なのだ。小学校からの腐れ縁でクラスもずっと一緒だったから、そういった場面を何度見た事か。

 まぁ、そんな湊介のおかげで俺は赤点も取らず、テストではいつも平均以上を取れているという事実もあったりする。


 それはさておき、机の前で熱弁している友人が五月蝿いので、黙らせる為に元凶である勉強道具一式を机から片付ける。取り敢えず、教室から出れば流石に勉強の話など言うまいと考え、俺は弁当をカバンから取り出して椅子から立ち上あがる。と同時に、背中をつんつんと突かれた。

 声を掛けずボディタッチで俺を呼ぶのは、栗花落しかいない。そしてこうゆう時、大抵は重要性のない話だ。だから、腹も空いているし湊介も待たせているので、手早く用件を聞いて流すつもりで振り返る。


「どした?栗花落」

「……天晶。お昼、忘れた」

「全然流せる話じゃない!えっと、お金は持って来てるか?」

「……カツアゲ?揚げ物は好きだけどそれではお腹は満たされない」

「違うッ!お昼ないなら買いに行くしかないだろ!」

「……お金、ない」


 電車やバスを利用しているなら財布は必須であるが、確か栗花落は徒歩での通学だったはずだ。だから、毎日持ち歩いていないのは仕方がないのかも知れない。ん?でも確かこいつ、ゲームする時は炭酸がないとダメだとか言って、部室に来る前には必ずドクトルペッパーを買っていたような……。


「……そう、ただ単にゲームの買い過ぎで金欠なだけ」

「おいおいおい、相変わらず心を読んでくる奴だな……じゃあ貸してやるから一緒に食堂で食べるか?」

「……ん」

「て事で湊介、栗花落も一緒で良いか?」

「あぁ、いいぜ。あのミステリアスビューティーと食事出来るんだから断る訳ないだろう?」


 サムズアップして快諾してくれた湊介に軽く礼を言い、俺達は食堂へ向かう事にした。


「てか栗花落さんってお前とだけは話すよな」


 教室を出るとすぐに湊介が俺だけに聞こえる小声で言う。


「そうか?部活が一緒だからじゃないか?」

「ふーん、まぁそう言う事にしとくか」


 そんな含みを持たせて言うなよ。

 確かに、栗花落は自身の席で携帯ゲームをしているか寝ているかの2パターンしかなく、誰かと会話しているのを見た事がない。

 だから、クラスの中では俺だけなのかも知れないけれど、図書部の皆とは割と話してるから俺だけが特別な訳じゃない。

 でも、もし俺に心を許して話してくれているのだったらそれは嬉しいな。


 そんな栗花落と連れ立って食堂に着くと、既に長い列が出来ていた。

 人気の秘密は美味しさもさる事ながら、高校の学食にしてはメニューが豊富だからである。メイン料理に加えて、軽食やデザート類も沢山取り揃っていて、更に最近ではタピオカなんてのもある。

 全く何処を目指しているんだか分からん。


 とまぁ、大体毎日こんな感じで賑わっているので俺達は慣れたものだが、あまりここに来ない人からすればこの人の多さに、一瞬利用するのを躊躇してしまうだろう。中々初見では近寄り難い雰囲気を出している。

 栗花落も食堂にはほぼ来ないからか、その様子を見て、俺のブレザーの裾を掴んで後ろに隠れてしまうくらいなので、上級生も多いし、特に新入生なんかは兄弟がいて、ここの良さを知っている者を除けば、今の時期はまだ利用する奴は少ないのだ。

 しかし、それにしてもいつもより人が多い気がする。もしかしたら湊介がいつも楽しみにしている、週替わり限定メニューはないかも知れないな。




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