にがてなもの


 一足先にデザートを食べ終えた俺は、ダイニングテーブルを離れてソファーの定位置に座り、夕飯前に消したテレビをまた点けていた。

 特に見たい番組はないけれど、なぜかソファーに座るとついついリモコンのスイッチを押してしまう。

 しかもほぼ無意識にやっている行動の上、今みたいに大抵は携帯を弄っているので、テレビの内容なんてほぼ覚えていない。

 だから母親に、見ていないのなら消しなさいとよくお叱りを受けるのだ。

 でもきっとこれが俺のルーティンだと思うので許して頂きたい。


 そんな無駄な事をボーッと考えていると、画面では魚の群れが豪快に泳ぐ大水槽の様子が映し出されていた。


「江乃島水族館!」


 横からソファーに飛び込んできた彩葵が、俺の腕に絡まりながら言う。

 急に大声出すから、お兄ちゃんちょっとビックリしましたよ?


 江乃島水族館は学校から程良く離れた場所にあり、カップル達のデートスポットでもある。彩葵が反応したのもそういうお年頃だからだろうか?


 しかし、この映像だけでよく場所が分かったなと思ったが、下の方にテロップが出ていた。どうやら近々イベントが開催されるので、その特集を放送しているらしい。

 人混みは嫌いだし、水族館に行く予定も無い俺は、再び携帯の画面に戻ろうとした。


「あっ!!お兄ちゃん見て視てミテッ!」

「んぁ?どした?」


 興奮した様子でバシバシと肩を叩かれ、何事かと彩葵の方を見るとテレビを指差している。

 その先を追ってみると、なんと画面の中ではあの人気RPGゲーム《イースター・ファンタジー》でお馴染みのモアイヌがイベントの説明をしていた。


 元は家庭用ゲーム機のソフトで、シリーズ化もしているタイトルであるが、ガイドキャラであるこのモアイヌだけはシリーズを通して毎回登場するのである。

 そしてその《イースター・ファンタジー》が、最近パズルゲームでアプリ配信されたばかりであり、リリースを盛り上げる為のコラボイベントらしい。

 因みに、今までに販売された全ソフトが家にあり、新作が発売されれば、彩葵と一緒に徹夜で攻略を目指すくらいには、兄妹揃って大好きなゲームでもある。


「これはもうっ、行くしかないね!」

「た、確かに限定グッズには心惹かれる物がある」


 人混みは嫌いであるが、そこを耐えてでもこれは行く価値のあるイベントだ。

 そう言えば、あのゲーマーこと栗花落も好きだって言ってたな。どうせ行くなら誘ってみるか?「たはァァーッ!!このコラボフードかわぁー!」


 あいつも基本はボッチで、その癖こうゆうのは一人で行けないタイプだ。かくゆう俺も人の事は言えないのだが……きっとファンならば絶対に参加したいはず。だから口実が出来れば行きやすいだろう。「エッ!?ARでモアイヌが館内をガイドしてくれるの!?」


 明日、こんな素敵な提案をした俺に栗花落は感激するに違いない。……うん。十中八九、辛辣な言葉が返ってくる未来しか見えないけどね。「あぁー、イベント紹介終わっちゃった。見てた?お兄ちゃん?あの聖剣が抽選で当たるんだって!!」


 ……てか、そんな事よりも、ちょくちょく合いの手みたいにイベントの内容を伝えつつ、横で無邪気にはしゃいでいる妹様が煩可愛い。そして、ぴったり俺に張り付いているのが邪魔可愛い。

 今も、肩が隠れる程の長さの空気を含んでフワフワな彩葵の髪が、俺の首元を撫でている。

 テンションが上がるのは分かるんだが、兄妹だからってちょっと距離が近すぎやしないか?妹と言っても歳の近い女の子である。一応、思春期の高校生的にはなんだかソワソワしてしまう。

 そんな事を思っていると、幸いな事にイベント紹介が終わって落ち着きを取り戻したのか、やっと少し離れてくれた。といっても腕は掴まれたままなのだけれど。


 でも頬が触れそうな程近かった顔が離れたので、ちらりと彩葵の方を見てみると、終わったはずなのにまだテレビ画面に集中しているようだ。これでようやく大人しくなったと思ったのだが、


「クラゲプラネットすごぉーッ!」


 ビクッと背筋が伸びた。先程みたいに大きな声に驚いた訳ではない。

 俺が反応したのはクラゲの方で、小さい頃にとある出来事が起きて以来、トラウマになっているからだ。

 大層な言い方をしてしまったが、単に大量発生した海で刺されて溺れかけただけの出来事であり、トラウマというほど重くはないのかもしれない。……クラゲなんてあの時の状態に比べれば、些細なものである。だから正確には、苦手よりもちょっと強い、嫌悪感があるといった感じだ。

 そして今、彩葵の視線の先ではそのクラゲが何十匹もフワフワと水中を漂っている。あの時もこれぐらい漂っていたなー。

 普通の人はこれが神秘的で良いなどと思うのだろうが、俺としてはただの映像ですら恐ろしい光景である。

 しかも、彩葵の髪の後に同じフワフワと表現するのには雲泥の差がある。水族館だけに鯨と鰯だ。


「あの、ごめんねお兄ちゃん。クラゲ嫌いなのに……」


 どうやらそんなクラゲに対する気持ちが無意識に顔に出てしまっていたようだ。


「いや、大丈夫だよ」

「それも私のせいなのに……」

「気にするなって!こんなの平気だ!だから水族館一緒に行こうな!」


 そう言い、俺はこの話を有耶無耶にするように彩葵の頭をワシャワシャと撫でる。


「……うん!行こっ行こっ!久々の水族館だ、ワァーイッ!!」


 思った以上に立ち直り早いな。しかも万歳してるし。これはきっと俺の意図が分かったからなんだろう。ならありがたく流れに乗ろう。


「彩葵、イルカ好きだもんな!ショーは絶対見ような!」

「うんうん!流石私のお兄ちゃん、分かってはりますなー」


 なんで急に京都風口調ォ!?



 ……あぁ、バンザイおばんざいね。ボケが雑だなー。こんなのオチとして許されないぞ!でも……


 イントネーション完璧!

 鰯鯨級に可愛いからヨシッ!



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