心の天秤


「うまうまのウマーッ!!これって、あのショッピングモールに新しく出来たお店のだよね?私、他のケーキも食べてみたくなっちゃった!今度二人で行こうよお兄ちゃん!」


 テンション高めに、フォークで弧を描きながらハッピーオーラを放つ彩葵。

 そうなってしまうのはすごい分かる。

 なぜならこのケーキ、新富士でこだまを追い越すのぞみくらいの速さで、フワッと広がるクリームの甘味はしつこくなく、いくらでも食べれそうだからな。

 ……ちょっと何言ってるか自分でも分からないけど、美味しいのは分かってほしい。


 何にせよ、兄妹揃ってケーキに目がない俺たちにとっては当然の反応で、テンションが爆上がりになるのは必然だと言う事だ。


 でも彩葵よ、そろそろ動きを止めなさい。その手に持ったフォークで魔法陣を描き出すのは。

 なんかさっぱりになりそうな妖精が見えそうな気がするから。


 そんなものを、本当に召喚させられては困るので、早く落ち着かせる為にも彩葵の提案に俺は、二つ返事をする事にした。


「分かった分かった。タイミングが合えば行こうな。それよりも頬っぺたにクリーム付いてるぞ!」

「ふぇ?ついてる?とってとって!」


 食べるのに夢中になるのは分かるが何故フォークで食べているのにも関わらずそんな所についてしまうのかは謎だ。

 ティッシュの箱はこちら側にあるので仕方なく一枚引き抜いて拭い取ってやる。


「ほれ、取れたぞ」

「うーん、15点。苺ショートだけに」

「は?ちゃんと取ってやっただろう?」

「分かってないなー、こうゆうときは口で食べとってくれないとっ」

「態々そんな事する意味が分からん」

「これは、ケーキが大好きなお兄ちゃんの為に、自分の大好物でもそれを我慢して遠回しに一口あげるという、ツンデレ的なやつだよ!」

「斬新なツンデレだな。けどそれは単にからかおうとしているだけじゃないか。てか普通に一口くれよ」

「それじゃ面白くないもん!」

「じゃあやっぱりそれはからかってるだけだろ!」

「違うもん!可愛い妹がイベントを演出しているんだよ!だからもっと食いついて!じゃないと私のケーキはあげないよ?」


 うむ、そうなってくると残心だな。

 王道の苺ショートは、お店の顔と言っても過言ではないので、是非とも食べたい。

 ここは素直に妹イベントに食い付くべきなのか……

 確かに彩葵は、身内の贔屓目を抜きにしても可愛いと思う。くりっとした眼にあどけない顔、身長はレイラよりも少し低いくらいで負けず劣らずスタイルが良く、ファッション雑誌に載っていても全く違和感がないくらいだ。

 しかし、その可愛い妹はもう高校生である。

 二人がまだ小学生くらいなら、微笑ましいワンシーンになるけど、このイベントを高校生がやると、控え目に言っても頬に口付けはやっぱりアウトだろ。

 でも、彩葵の感じからすると兄妹なら普通なのか?俺が意識しすぎなのかな?

 いやいや、騙されてはいけない。そうだ、これは罠だ。


「どうせ、食いついたら食いついたで嫌がるんだろ。そして俺は傷付くのだ」

「別に嫌がらないもん!むしろお兄ちゃんだから大歓迎!」


 何、両腕を広げてアピールしているんだ。ハグをねだっているみたいでちょっと可愛いじゃないか。


「あ……あぁ。まぁその、拒否られないのは嬉しいけど、今回のそのイベントはパスしておこう」


 ケーキよりも妹の可愛さに負ける訳にはいかない。学校でもこんな感じでクラスメイトと接しているのだろうか。ちょっと学校での振る舞いがお兄ちゃんは心配です。


 それにしても、図書部に興味を持っていたのか?てっきり陸上部以外は考えていないのだと思っていた。

 そういえば、図書部がある所なんてこの辺りの学校では無いから、物珍しくはある。しかも分科して複数あるとか、かなり特殊な部活であるし、気になるのも納得出来る。

 でもさっきも言ったけど、やっぱり背面跳びで描く彩葵の曲線は綺麗なのだから続けて欲しい。

 俺は幾度となくそんな妹の姿に元気を貰って来たんだ。それは、どんな言葉よりも深く大きい支えとなっている。

 俺みたいな馬鹿な奴は、耳で理解したものよりも心で感じた方がいいのだ。

 そんな存在が一番そばにいてくれる。……本当、彩葵には感謝してるよ。



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