放たれる奔走への嚆矢 連ヶ
「ところで、今日も母さんと父さんは遅いのか?」
「そうみたい。冷蔵庫にオムライスとデザートがあるから食べてって書いてあるよ」
机の上に置いてあった書き置きに目を通しながら私は答えた。
質問をした当人は、いつもの新婚三択を済まして早々に、鞄を床に置いてソファーに腰を下ろし、テレビのリモコンを操作している。
このやり取りから分かると思うけれど、両親は現代日本にありがちな共働きだ。
どこかのライトノベル作品のように、二人が海外転勤になって家を空けている、なんて事はない。もしそうなら、お兄ちゃんと二人っきりの生活……良い!凄くイイ!
お母さん達が居なくて寂しいとか、適当に理由を付けて夜は一緒に寝ることも可能だよ!
あっ、これヤバイ。想像するとあれやこれやと浮かんできて止まらない。
「あ、彩葵?すごいヨダレが垂れてるんだけど……そんなにお腹減ってるなら俺も手伝うから早く夕飯にしよう」
「はっ!危ない。じゅる。危うく戻ってこれなくなるところだったよ。じゅるり」
「うん。おかえり。しかし彩葵、俺を見ながら都度都度ヨダレを垂らすんじゃない。今何処かへ行っていた先が危険な考えだったとしか思えないのだが。言っておくが、現代で人間は食べてはいけない。ダメ!絶対だから」
私の妄想を、食欲と勘違いした所まではいいけれど、妹の事を危ない奴として見ている事はこれで分かった。
言うまでもなくカニバリズムなんて持ち合わせてないよ。……しかし、これだけは言っておこう。
「いやいや、お兄ちゃんならきっと生薬になるよ!だってお兄ちゃんだもの!」
「有名な詩人っぽく言っても訳が分からん。抄訳してくれ。……ごめん、やっぱりいいや、そんなことより早くご飯を食べよう」
せっかく、お兄ちゃんが生薬たる所以を説明してあげようと思ったのに、私の目を見るや否や追及もせず強制的に話を切られた。
仕方がないので、それはまたの機会にでも話してあげる事にして、作り置きの夕飯を温めよう。
レンジから取り出したオムライスに、ケチャップでメッセージを書いてサラダと共にテーブルに並べ、私達は夕飯を食べ始めた。
やっぱりお母さんのオムライスは絶品で、あっという間に二人のお皿の上にはもう何も残っていない。
ご馳走様と、私が食器を下げようとしたら、一足先に食べ終わっていたお兄ちゃんが、私の分も持っていってくれた。
「そういえば入学してから少し経つけど学校はもう慣れたか?」
と、キッチンからカチャカチャとお皿を鳴らしつつ、お兄ちゃんが言う。
「うん!芳憐ちゃんとクラスが一緒なのは入学式の日に言ったけど、それで休み時間とか二人で話してると自然と皆んなが話し掛けてくれて、かなりお友達が増えたよ」
「そっか、確かに良くも悪くも二人とも目立つもんな。周りが放って置かないか。さながら唯舞コンビみたいな感じだな」
ユイマイコンビって芸人さんなのかな?だとしたら褒め言葉として受け取っておこう。
それよりもこの流れで、あの事を聞いておかないと。
「あー、学校の事でいうと、そろそろ何処の部活に入るかを決めないと駄目なんだよー。お兄ちゃんって図書部に入ってるんだよね?その部活って楽しい?」
その問いに対して、お兄ちゃんの答えは、
「楽しいも何も、ただ駄弁ってるだけだからなー」だった。
去年の夏休みにあったあの出来事から、お兄ちゃんを立ち直らせた一つの要因が、そこにあると思ったんだけどなー。
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