放たれる奔走への嚆矢 連


 中学まで運動部だったお兄ちゃんが、高校では文化部に入った事は分かっていた。

 それぐらいは家にある道具類や、洗濯物を見れば一目瞭然。特に制服の匂いが違うもん!

 激しい運動後は、甘い匂いの後にシトラスっぽい感じの匂いが仄かに入ってきて、それが堪らないんだよ!

 ……こほんっ。話が逸れたけど、だからお兄ちゃんが文化部に入ったとしてもきっと、パソコン部やテーブルゲーム部あたりだと思っていたのに、図書部ってなにっ!

 彩葵ちゃんからその話を聞いた私は、そこでいてもたってもいられなくなって、その実態を把握しようと突撃した訳なんだけどそこで驚愕。

 そのまま部室から飛び出して帰宅し、制服も脱がずにベッドに倒れ込み、現在は枕元のぬいぐるみを抱き寄せて話しかけている。


「はぁ~、まさかあんな現状になっているだなんて思わないよね?」


 もちろん答えは帰ってくるはずもなく、いじけた私はその耳を軽く引っ張っる。

 このぬいぐるみは小学校の頃、お兄ちゃんがクレーンゲームで取ってくれた物でモアイヌといって、とあるゲームのガイドキャラクター。

 犬のようなシルエットに、モアイ像のようななんとも言えない表情がかわいくて癒される。


 冷静になって考えてみると、流石にハーレムは言い過ぎたと思う。確かに女の子だらけの部だったけれど、仲良く談笑していただけだし。

 でも、あれだけ近い距離感だと、このままでは図書部の誰かと付き合ってしまうかもしれない。

 そうなったら益々私に構ってくれなくなっちゃう!

 これは図書部に入部してお兄ちゃんをしっかり監視しないと!

 先輩の手前、届けを出したのにやっぱり辞めますなんて心苦しいけど、背に腹は変えられない。


 ーーぐぅ~。


 考えがまとまった所でお腹が鳴った。

 気が付くと窓の外は大分薄暗くなっている。ーーそろそろ夕飯の用意をしないと。


「ただいまーっ」


 あっ、丁度お兄ちゃんが帰ってきた!

 ガバッとベットから起きた私は、恒例のお迎えをする為に急いで部屋を出る。そして、自室がある二階から階段を降りて、シュタッと玄関に繋がる廊下に躍り出た。


「お帰り!お兄ちゃん!ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」

「んー、ご飯だな」


 その素っ気ない言葉に、初々しい振る舞いと上目遣いをやめて真顔に戻る。


「……ちょいと兄上、毎度お伝えしているのですけれど、そこは妹を選ぶべきなのです。それがこの国の法律なのですよ?」

「そうか妹よ、ならそこは並行世界だったんだ。この世界にそんな法律はない。戻ってきてくれて嬉しいよ」


 やれやれといった感じで返すのはいつもの事。

 これまで一度だって私を選んでくれた事はない。


「むぅー、じゃあ明日の三択肢目はワ・サ・ビ♪にするから!」

「急な罰ゲームッ!?その言い方だと有無を言わさず口に突っ込んでくる勢いだろ!」

「ツーンっ!聞こえなーい。山盛り擦り下ろしておくから、明日までせいぜいその罪を悔いればいいんだよ!」


 伝統ある新婚三択を無下にするからいけないんだ。

 腕を組んで、大袈裟にそっぽを向いて見せる私にお兄ちゃんは「まじかっ……」と呟いていた。

 いくら何でもそんな酷いことするはず無いのに、この兄は一体私を何だと思ってるんだろうか。


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