ミステリアスビューティー
「舞ちゃんはしばらく接近禁止で」
「うぇえ゛ぇっ!唯ぃーっ!!」
前言の撤回を求める舞先輩が半泣きで迫るも、部長は容赦なく手で制している。
本当仲良いなこのコンビ。毎日こんなじゃれ合いを見てきた結論である。
どうせまたいつも通り、舞先輩がお菓子なんかの食べ物を使い、文字通り餌で釣りあげて部長の機嫌が治るのだ。
うん、チョロインの素質を持っている。後輩として変な男に引っ掛からないか心配だ。
そうこうしていたら、やはり舞さんはブレザーの内ポケットを探り出した。
予想通り飴かなんかを出す気なんだろう。
「はい、唯!お詫びの苺ショートケーキですよ!」
「懐からケーキ!?」
予想が甘かった。
それはもう、この生クリームたっぷりのケーキの様に。
一体どうやって収納していたのやら。普通に考えて絶対ブレザーの中で形が潰れてベタベタになるはずである。
しかしご覧の通り、今まさにショーケースから出してきたかのように綺麗な三角形を保っている。
これは流石に怪しすぎて部長も受け取らないと思うけど……
「えっ!苺のケーキ?わーい!」
受け入れた!?微塵の疑問も抱かずすんなりと!
あっあれだ、きっと食品サンプル的なやつだ。それを分かってて部長は受け取ったんだな。確か可愛い物を集めるのが趣味!的な事を以前話していたから、舞先輩がプレゼントをしたんだ。だから、受け取った後はその鞄の中に入れる……と、思ったら部長は美味しそうに食べ出した。
ほわぃ?紛れもなくリアルケーキだった。
さっきのスターターピストルといい、その豊かな胸の辺りはどうなっているのだ。
あ、決していやらしい意味とかではなくて。
……まぁ、考えてもSAN値が削られていくだけだ。とりあえず、四次元のポケットを舞先輩は持っている事にしておこう。
そんなつまらない考察をしていると、背後にある部室の戸がガラガラと音を立てた。
そしてクイクイと俺のブレザーの裾が引っ張られたので振り返る。
「お!栗花落。やっと来たか」
「……むぅ」
この上目遣いで俺を睨む猫目は彼女の魅力の一つだ。そして、その白い肌に合わせるように、色素が薄くグレーがかった長い髪を持ち、神秘的な不穏気を漂わせている感じから、ミステリアスビューティーと称されているのが同級生の
ミステリアスと呼ばれる所以は容姿だけではなく、感情の起伏があまり見えないという点からも来ている。
だけど俺からしてみればそんな事はない。
だってさっきから不機嫌を隠そうともせず、地味に足を踏まれているのだから。
「もしかして先に此処に来たのを怒ってるのか?悪かったよ置いてきて」
彼女とは同じクラスであり、部活も一緒なのでいつもなら二人で部室へ向かうのだが、終礼が終わった時点で栗花落は寝ていたのだ。
どうせまた遅い時間までゲームをしていたのだろう。無理に起こすのも悪いかなと思い先に教室を出たのだが、彼女は一緒に行きたかったようだ。この寂しがり屋さんめ。
だから、ちょっと可哀想な事をしたなと思えたので軽く謝罪したのだ。
「……ん、悪いと思うなら内臓を差し出す」
怖いよ。そんな物を要求してくるんじゃない。そして、俺の気持ちを返せ!
「たまにはデレをくれ!」
「……デレ?ホルモン的な言い方の部位?」
話がモツれた。
ギャルゲーもやり込むくせにデレが分からない筈がない。確信犯もいい所だ。
きっと口元が綻んでいたのも何かの間違いだろうな。
少し傷付いた俺は、舞先輩から差し出されたケーキを美味しそうに頬張る部長を見て、癒される事にするのだった。
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