第6話 風邪
「ごめんね、受験勉強で大変な時に。すぐ治ると思うから」
声を出すのも困難なほどに、喉に鋭い痛みが走り続ける。そんなかすれた声で布団に横たわったまま、病院まで付き添ってもらったことにお礼をする。
こんな時期に、支える側のはずの私が迷惑をかけるなんてありえない。自責の念によってなのか、体調はますます悪化していく。
夏が過ぎ秋も終わりに差し掛かった頃、私は珍しく熱を出して寝込むことになった。
昨晩までは少し体が重く感じる程度だったはずが、今朝になってその病状は急激に悪化した。まさかこの歳にもなってただの風邪で三十九度を超える高熱を出すことになるとは思いもしなかった。
病院の検査によれば、疲労と睡眠不足による免疫力の低下が原因とのことだった。
「俺たちは大丈夫だからゆっくり休んで」
「心配かけてごめんね」
大丈夫と言うその顔には陰りがあって、心配をかけていることはすぐにわかった。それでも不安にさせないよう振舞う姿は実年齢と不釣り合いなもので、中学生のそれとは異なるものだった。
この子が弱音を吐かなくなったことに対し、強い子だから。などと言う人もいるけど、決してそんなことはない。
私が未熟なばっかりに裕輔くんはそうせざるを得ず、今のように振る舞っていることを私は痛いほど理解していた。
「夏樹の朝食も作っとくから」
そう言って部屋を出ていく姿を呆然と見送る。
風邪をうつさないよう、一人になったあとに食べたお粥で満たされた私は処方薬が効いてきたのか、それまでの寝苦しさが嘘のように突然の睡魔によって難なく眠りにつく。
寝ている間は不思議といろいろなことを忘れて休むことができた。
どこか遠く、それでいて近いような、そんな不思議な場所でぼんやりと扉が開く音がする。
その音が微睡みにあった私の意識を引き戻した。
「買い物行くけどなんか必要なものある?」
扉の前で突っ立つ祐輔くんの姿が見える。今しがた出ていくところを見た気がするが、少し横に目線をずらし棚に置いてある時計を確認すると昼を優に越えていた。
そこでやっと長い間寝ていたことに気づく。どうりで寝る前よりも体が楽になったはずだ。
「昼は何か食べた?」
体が楽になったとはいえ、やはり喉には痛みが残っている。それでも薬のおかげか鈍い痛みに変わっていた。
「もう食べ終わったよ。夏樹は食べてすぐ遊びに行った」
休日はいつも三人で食事をとっていたからだろう。自分の知らぬ間に食事が終わっていることを聞いて寂しい気持ちになった。
「特にないし大丈夫だよ」
「何かあったら連絡して。あと昼作ってあるから平気そうなら食べて」
「ありがとう」
布団から起き上がり二人で部屋を出て階段を下る。靴を履く後ろ姿を眺め、玄関を出ていく姿をただ見送る。
一人残された玄関で扉の閉まる音だけが響いた。
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