第4話 掃除

 敷地への入り口に構えられた小さな門を越えた先には外とは明らかに雰囲気が異なる空間が広がっている。入り口付近には水汲み場がある。さらに桶と柄杓が置いてあり借りることができる。しかしここでしか水汲みができないため運ぶ距離はそれなりにある。


「とりあえず水汲んでくるから先に行ってて」


 二人を先に行かせて、水汲み場に向かおうと二人の元を離れる。


「俺行ってくるよ」


 先に向かわせたはずの二人がすぐ後ろについて来ていた。


「僕も兄ちゃんと一緒に行くよ」


 思春期なこともあって距離感がつかみにくく接し方に悩むこともあるけど、こういうときに率先して手伝ってくれる二人の優しさが何よりも嬉しい。


「ありがとう。じゃあ水汲みは二人に任せるね」


 さほど時間もかからず向こうから二人が横並びに歩いてくる。その間には桶が挟まれ、二人で一緒に運ぶ姿が目に入る。中学校に入ってから祐輔くんの身長が急激に成長したため横に並ぶとデコボコしている。


「持ってきたよ」


 二人の声が重なる。

 腕の位置が異なるからだろう。祐輔くんは若干持ちづらそうにしている。桶には私が汲む量よりも明らかに多く、目一杯に汲んだ水が入っていた。


「重いのに二人ともありがとね」


 汲んだ水とともに三人で大輔さんの元へ向かう。



 到着してまず三人揃って両の手を前で合わせる。掃除を始める前には必ずこれをしている。

 その後持参した袋から布巾とスポンジを取り出す。

 桶に汲んできた水を使って布巾を濡らすと、汲んだばかりの水はすでに生ぬるくなっていた。

 その濡れ布巾を絞り、墓石を拭きあげ砂ぼこりによる汚れなどを落としていく。よほど汚れていたのか、一拭きで持っていた濡れ布巾が真っ黒に染まった。


 足元には白玉砂利と呼ばれる小石が敷き詰められているため雑草がそれほど生えることもない。それでも完全に生えないわけではないため、私と祐輔くんが水拭きしている間、夏樹くんにはそれを抜く作業を任せる。


「雑草抜き終わったけどゴミ袋ってどこにある?」


 夏樹くんの除草作業は水拭きよりも早く終了していたので、ゴミ袋を渡すとともに花瓶の水と枯れた花を新しいものと交換する作業もお願いした。


 水拭きも終わり、仕上げの作業として濡らしてない布巾で墓石を丁寧に乾拭きし、使った布巾をすべてゴミ袋に放り入れる。


 一通りを終え、袋から線香を取り出し蝋燭づてに火をつける。綺麗にしたばかりのこの場所にモクモクと白い煙が上がる。


「はい、二人の分」


 線香を受け取った二人は順々に線香をあげる。


「父さん聞いてよ。兄ちゃんがさ、ゲーム強すぎて勝てないんだよ。僕の方がたくさんやってるのに」


 目の前にいる父親と話すように思っていることを口に出す夏樹くん。今朝のことを話しているに違いない。きっと昔は三人仲良くゲームで遊んでいたのだろう。


「そういうこと報告するなよ」


 珍しく少しきつめに忠告するが、ゲームの話をしている夏樹くんは聞く耳持たずといった感じだ。こんな声を出すこともあるんだと私は驚いたが、特に怒っているようには見えないので平気そうだ。


 私も線香をあげ両の手を合わせる。


(……大輔さん。二人は去年よりもさらに大きくなりました。気づけばもう卒業式が迫っています。来年になれば二人とも新入生としてそれぞれ中学と高校に入学します。日に日に大人に近づいている二人の成長を嬉しく思う反面寂しくもあるけど、そんな風に思えること自体が恵まれているんだなと考えるようになりました。ただ、祐輔くんの受験のことが心配で。どう接したらいいか正直わかりません。それでも側にいる私が支えていくので、どうか二人を見守っていてください……)


 現状報告と自分の気持ちを密かに伝え、その場を後にする。


 入り口付近の汲み場に桶と柄杓を返しに行く途中、見覚えのある姿がこちらに向かって来るのが見えた。

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