第3話 踏切
前方にこじんまりとした踏切が見えてくる。ここからでもわかるほどに、あの空間は時代の流れから取り残されたような、時間という概念に忘れ去られたような雰囲気を醸し出している。
その中心で唯一存在感を放ち続ける踏切ですら現在から置き去りにされてしまったようだ。むしろ置き去りにされたからこそあの場に馴染めたのかもしれない。
そんな哀愁を感じる踏切に着くと、遠くまで届きそうな音とともに遮断機がゆっくりと降りていく。なんだか物懐かしいこの空間に、心を捕らわれたかのようにその光景を眺めていた。
「俺さ、ここが昔から好きなんだよ。特にこの踏切がさ」
結婚する少し前、
「どうして? 特別大きいわけでもないし、むしろ小さくて不便じゃない? 車一台通るので精いっぱいだし」
「特別じゃないからこそだよ。誰にとっても特別なものより自分だけが特別に思ってる、なんてことない場所だからいいんだよ。雰囲気というか、空気感みたいなものが子どものころに使ってたころから全く変わってないんだよな」
私の疑問に答える姿は無邪気な子どものようでいて、知人に古くからの友人を紹介するおじさんのようだった。
そんな古くからの仲である踏切についての話も、あまりの熱量についていけずあの時はただなんとなくでしか聞くことができなかった。
でも今になって、彼の言っていたことがわかった気がする。だけど、懐かしさと同時に寂しさも感じる。
たとえこの場所は変わらなくても私たちは変わっていく。そんな現実を突きつけてくる。私にとってはそういう場所になっていた。
目の前を電車が颯爽と駆け抜ける。風を纏ったように軽やかな走りには涼しささえ感じられる。電車の圧倒的存在感や爽快さに、ジメっとした気分はすっかり消えさっていた。
ひと仕事を終えた遮断機が定位置へと戻っていく。その動きはこの暑さにへばっているように重く鈍い。その様子にどこか大輔さんの姿が重なって見えた。
高い気温が苦手で、今日みたいな日はいつにもまして覇気がなく動きが鈍くなっていた。そんな姿が猛暑に同じ仕事を延々と繰り返す遮断機とよく似ている。
「もう遮断機上がったけど」
いったいどのくらいこの何気ない光景を見つめていたのだろう。その声で我に返ると、祐輔くんが踏切を眺めたままの私の顔を心配そうな表情で覗き込んでいた。
慌てて返事をして踏切を渡った。
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