第2話 外出

 セミの声が四方で響く。まるで溜めこんだエネルギーを余すことなく放出しているかのように夏をより活気づかせていく。


 その音に挟まれながら住宅の並んだ通りを進んでいくと、鉄骨が丸見えのまだ骨組みしかない建物の原型が目に入る。近所では新居がいくつか立ち始めたことで景色に変化を与えていた。

 

 その道すがら、隣を歩く祐輔くんに二階での出来事をこっそりと聞いた。


 どうやら、最近やりこんでいるゲームで夏樹くんを負かしたことが原因だったらしい。その再戦をしようとした矢先、私に呼ばれたから勝ち逃げは「ずるい」ということだったようだ。


「そういえば部活と勉強で忙しくて全然ゲームやってなかったのによく勝てたね」


「あー。あのシリーズは昔からあるやつだし。父さんとよくやってたから……」


「それで勝てたのね。でも少しは手加減してあげなよ? すごい顔で下りてきて驚いたんだから」


「いや、あれ見てよ。たぶん勝つ方法考えてるよ。それなのに手なんて抜いたりしたら相手に失礼でしょ。それに夏樹って勝つと調子に乗るから、正直負ける方が面倒くさいってのもあるけど」


 夏樹くんは一人呪文でも唱えているかのようにブツブツと呟きながら後ろをついて来ている。祐輔くんの言う通り、こんな姿を見たら手加減するのは良くないように思える。それにしたって二人そろって負けず嫌いにもほどがある。



「部活でたまに走りに来てたけど、この辺ってほんとなにもないよね」


 住宅街を抜けた先の見通しが良い道に出る。この辺りは人通りが少なく、見渡す限りこれといってなにがあるでもない。ここだけ取り残されているような少し寂しい雰囲気が漂っている。


「え!? ここまでって、中学校からだと結構距離あるのに。頑張ってたのは知ってたけど部活の練習ってそんなに大変なんだ」


 かすかに甲高く無機質な音が聞こえる。鳴り止んでは少しするとまた鳴り始める。その音がだんだん近くなる。


「ここまでで大体半分かな。この先の踏切を手前で曲がって学校まで戻るんだけど大体1時間くらいかな。夏休み入ってから勉強の息抜きで練習参加してるけど、後輩に聞いたら2周する日もあるらしいよ」


「体動かしたくなるのもわかるけど、受験生なんだし……」


「わかってるって。あくまでも練習は息抜きだから。部活続けるつもりで志望校選んだから結構偏差値高くて今のままじゃ絶対合格できないし」


 すべてを言い終える前に遮られる。わかっているからそれ以上は言わなくていいとでもいうように遮る祐輔くんに、私は黙る他なかった。


 祐輔くんは学生生活を部活動に捧げていると言っても過言でないほどに部活のことばかり考えていた。それでも勉学を疎かにすることはなく定期試験の成績はそこそこ上位を維持し続けている。

 それを知っていたのに、息抜きでは済まなくなるかもという根拠のない不安がよぎってつい余計なことを口走っていた。


「そっか」


 そうとしか返す言葉が思い浮かばなかった。


 自分のことはどうとでもなるけど、子どもの受験に関してはどうしていいのかわからない。結局頑張るのは本人なわけで私にできることは限られているし、親としてできることは少ないのかもしれない。


 途端に自分の存在がちっぽけに思えた。

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