第1話 兄弟

「二人とも、そろそろ出るよ」


 階段下から二階の部屋にいる二人に向けて声をかける。二階でドタバタと何かをする音がしたあと、急げと笑いながら祐輔ゆうすけくんが滑るように軽やかな動きで下りてくる。


「待ってよ兄ちゃん」


 遅れて夏樹なつきくんも慌ただしい足音を響かせながら合流する。子どもにとっての歳の差は大人と比べるとかなり大きいようで、祐輔くんの軽快な動きを見た後だとどうしてもその動きがバタついて見える。

 

 こういう何気ないところにも子どもの成長が見え隠れしていて、三年後には夏樹くんも今の祐輔くんのようになっていると思うと感慨深いものがある。


「慌てなくても大丈夫だよ」


 そんな風に思われているとはつゆ知らず、夏樹くんが変顔でもしているのかと疑うほどにおかしな表情を浮かべて焦っていたので思わず笑ってしまう。

 そんな私を見たからなのか夏樹くんは下りてくるなり、ふくれるようにさらに顔をゆがめた。


「兄ちゃんずるいじゃんか」


 笑った私には目もくれず祐輔くんのほうを凝視している。なるほど。この顔は祐輔くんに向けたものだったのか。そういえば下りてきたときから祐輔くんは笑っていたし、置いていくように先に行ってしまったことが不服だったのかもしれない。


「いやいや、出かける時間だし仕方ないじゃん」


 笑いながらそう話す祐輔くんと、むすっとしたままの夏樹くん。


 こうしていると仲の悪い兄弟に見えるが、喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるように実際には仲が良い。

 もちろん喧嘩というほどのものでもないし、どうしたものかと私が考え始めるのとほぼ同時に、祐輔くんがこの状況を打破するように口を開いた。


「わかったよ、帰ってきたら続きやるから」


「約束だからね」


 夏樹くんの表情がさっきまでとは打って変わってわかりやすく笑顔になっているのを見るに、今のやり取りでどうやら問題は解決したらしい。置いていったことでないなら何が不満であんな顔をしていたんだろう。

 ひとまずそれは歩きながらにでも教えてもらうとして、そろそろ家を出ないと。


 玄関を出た私たちを、もわっとした凄まじい熱気が包みこんだ。

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