生きた手紙と残された親子

りさとりり

プロローグ

「大丈夫。父さんはどこにも行ったりしないからな」

 

 優しく落ち着きのある声で、僕たちにそう言った父の顔を今でもよく覚えている。

 

 その時は正直なにを言っているのか訳がわからなかった。

 ただ、真横で怒ったように泣き叫ぶ兄を見て胸のあたりが苦しくなって続くように泣いたような気がする。




「なにがあっても俺が味方になってやる。なんたって俺は夏樹なつきの兄ちゃんだからな」


 父がしたことを再現するかのように話す兄の言葉は、見知らぬ土地で迷子になった子どものように道しるべを失った僕に新たな道を示してくれた。


 向かい合うその顔には昔のような涙はなく、その凛々しい表情から大人のような。そう。まるで父の姿を思わせるように大きく見えた。

 でもそれと引き換えに、無邪気に笑う姿を見る機会は減っていった。

 今になって思えば、兄は兄でいっぱいいっぱいだったのだと悟れるが、当時の僕は兄のことまで考える余裕もなにもかもを持ち合わせていなかった。


 あの時の自分にもう少し、あとほんの少しでも考える力やその余裕があったなら。

 今の半分、いや三分の一でも大人のように振る舞うことができたなら、兄の本当の笑顔を取り戻すことができたのではないか……

 その後悔が今も、そしてこれからも僕の心に残り続けていく。

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