第23話【乱章】はじまりの物語
始まりの運命
『アルザートに美帝あり』
その異名で世界に知られるは大陸の東に位置するアルザート帝王国
齢20にして国王となった現国王アルゼムは美しき母の血を一身に受け継いだ美殿下として名高かった。プラチナブロンドの輝く髪は背にかかる程に伸ばされて、常は頭後ろでゆるく結ばれている。彼の黒い瞳は髪の色と相俟(あいま)ってその深さが際立たされていた。その声はうっとりするほど澄んでいる。更に剣の腕では右に出るものは無しと噂され軍部からの信頼も厚い。アルザートの美殿下は生まれたその時から王の後継者としてもてはやされ、彼の才覚が現れるにつれその声は熱を帯びていった。どこに行こうとすべての者が彼に頭を垂れ、彼に悪しき者が寄らぬようにと皆が協力して彼を守った。
美しき新王は挫折も苦悩もこの世の闇も知らぬ清人だったのだ。
そして負けを知らぬが故の自信家でもあった。
彼が20歳の時、父である先王が病に倒れた。享年45歳、あまりにも早い他界に国中の民が涙した。しかし良王であった先王の一人息子もきっと良王だろう、と漠然と信じられており後世への不安を持つ者は少なかった。
アルゼムという名の新王は、玉座に着くと国家の決まりにより他国への挨拶巡りを始める。挨拶に向かうのは自国のある大陸内4カ国
「スイラ王国」「イバルラ皇帝国」「タルタス王国」「カーサム王国」である。
始めに大陸内でも最も平和主義である国で、アルザートの北に接する隣国スイラへと向かった。スイラの王は優しく温和な王であった。アルゼムはスイラで王たる者に必要な心の広さを学んだ。
次に向かったのは西に接する隣国イバルラ。
しかしイバルラの王が来国を拒否、書状には「偵察目的の新王を自国に入れるわけにはいかない」と書かれていた。アルゼムは入国のできなかったイバルラの王から王に必要な用心深さを学び取った。と同時に無実の事で疑われる怒りを覚えた。
彼は始めて持った暗い感情に戸惑い苦心した、己の中にある黒い何かがたまらなく嫌だった。
次に向かったのは南の隣国タルタス。
タルタスの王は自国民以外の者を毛嫌いしていた。大地と同じ褐色の肌を持つ自国民は崇高なる存在だとし、黒色人種以外の種族は位が低いと主張。白色人種・黄色人種を迫害していた。黒色人種が統治していない国を嫌う国王による、再びの入国拒否の可能性が心配される。
だが届いた書状に拒否の文字はなかった。
念願叶った二国目の挨拶巡りはアルゼムに運命の出会いをもたらす。アルゼムがタルタスに入ると、タルタスの王ザキーラは「長旅の疲れを癒す為挨拶は明日にして、今日はもう休まれるのはいかがか?」との申し出をしてきた。事実疲れを感じていたアルゼムは他国の王の言葉に甘えてその日はすぐに就寝した。しかし夜中に目の覚めた彼は1人城内の散歩へと出かける。
そして城の広大な中庭で、運命の出会いを果たすのだ。
タルタス国第二王女ファレスティーナ嬢
褐色の肌と柔らかな白に近い金の髪、すらりとした肢体にメリハリのある体
白い服のよく似合う美しき姫君。月明かりに照らされたその姿は神秘的な雰囲気を放ち、月明かりに照らされ輝く髪はまるで人ではなく月の人であるかのように見せ、水色の瞳が闇に負けない清純さを湛えている。
アルゼムは無意識のうちに一歩足を進めていた。その時に起きた音に驚いて目の前の女性の瞳が動く。アルゼムの闇を湛える漆黒の瞳と、晴天の空を湛える空色の瞳が交差した。
一目惚れであった
目の合ったその一瞬に、彼は名も知らない女に心奪われていた。
たとえ一目惚れであろうとも女の中身に問題があれば、彼は彼女を心から愛することはなかったかも知れない。しかしファレスティーナもまた世間の闇の部分から切り離され育った娘であった。その心が闇の色に汚されることなく育ち、この時18の歳になっていた。
アルゼムと同じ、世界の善のみを知る女だ。知らず知らずのうちに、彼の中に生まれた闇を忘れさせてくれる存在だと思ったのやもしれない。
そしてファレスティーナもまた美しきアルザートの新王に心奪われた。
その吸い込まれるような闇色の瞳。相反する銀色の髪は逞しい肩を流れ落ちる。その銀の輝きは闇の中の光に見えた。彼女の恐れる夜闇を照らす月のやさしい明かりと同じに見えた。
無意識に二人の足は相手へと向かう。気がついたときには間近で見つめあっていた。
抱きしめたい気持ちを抑えきれずにアルゼムが彼女の背に手を回す、と
驚いた彼女は硬直する。ファレスティーナの反応に心の痛んだアルゼムは、彼女を傷つけないようにとその身を引いた。だが離れようとする彼の手を、固まっていたファレスティーナが引きとめてその腕の中に納まった。
アルゼムはぎゅっとしがみついてくる彼女を躊躇することなく強く強く抱き締める。
互いに名も知らないというのになぜか心が落ち着いた
幻のように思っていた
本当は自分は眠っていてこれは夢なのではないかと思っていた
それでも強く強く抱きしめた
幻でも、たとえ明日にはいなくなっていようとも
それでも存在を実感するように
抱きしめる腕に力をこめた
抱き返す腕に力をこめた
このやさしい夢を、離したくないと心が叫んでいた
しばらくして、互いにそっと身を離す。
けれどその腕は相手の肩にかかり、背に回る。その手は相手の服を掴んでいた。互いに信じられないというように、現実ではない出来事に直面したかのように、夢見る瞳で見つめ合う。
意を決したアルゼムが己の名を名乗り、相手の名を訊ねた。暗闇の中、彼の前で月明かりに輝く髪を夜風になびかせ佇む女性はアルゼムの名を聞くと目を丸くし、型の良い唇が己の名を紡ぎだす。名を聞いたアルゼムは驚いた、が同時に希望も持った。王族同士ならば婚姻も容易く許されるのではないか、と。
魂が惹かれているのを感じている
心がこの女性に引き付けられている
出会って間もないファレスティーナにアルゼムは恋をした。そして優雅に膝をつき求愛の口上を述べる。それは求婚の際に紡がれる言葉であった。彼女は突然の出来事に目を丸くしていたが、至上の幸福を手にしたかの如き美しい笑みをつくり、頷いた。彼女もまた心から強く惹かれるのを感じていた。
決して手放してはいけない存在のように感じていた。
けれど二人は気づかなかった。否、気づくのに必要な経験をしていなかった。タルタス国王が黒色人種以外の人類を蔑んでいる事を、重要に考えていなかった。娘が頼みさえすれば、誠意を見せさえすれば認めてくれるだろうと。
そう、思っていた
翌日
彼はタルタス王との面会時にファレスティーナとの婚約を願おうと
意気揚々とさわやかな笑顔で王の間へと歩を進める。
彼女は幻だったのではないか、との心配は早朝の中庭で無くなっていた。
昨夜逢引の約束をとりつけていたおかげで再び会う事ができたのだ。互いに従者を連れていた為、遠くから見つめあう事しか叶わなかったが・・・・・・
王と対面の折、一通りの挨拶を済ませるとアルゼムは眼前の王を見た。にこやかに笑っている、けれど瞳の奥にどす黒い渦を宿したタルタス国王ザキーラ。
彼は内心イラついていた。昨夜のうちにこの新王は死んでいたはずなのだと。
暗殺を命じられた部下によると、昨夜進入した際にその姿はどこにも見当たらなかったという。城内のどこにも居なかったらしい。
実は、暗殺者が中庭へ行ったとき丁度入れ替わりのように彼はその場を離れていた。暗殺者が中庭で見たのはファレスティーナだけであった。
表面上は他国の新王を快く受け入れているかのように振舞ってはいたが、夜中に行方の分からなかった新王に対しザキーラは不信感を強めていた。まさか愛する娘と恋に落ちていようとは、夢にも思っていなかった。
無情にも、誰にも始まりを予測することができなかった。誰も予測に必要な情報を得ていなかった。新王の発言を止めることができる者は皆無であった。
ザキーラの胸中など知らぬ若き新王は、その瞳を輝かせ澄んだ声を他国の王へ放つ。
それが戦の始まりになるとは知らず
それが己の国を疲弊させる始まりとも知らずに
「・・・・・ここで話を変えることをお許しください。どうしてもお伝えしたいことがございます」
丁寧に目の前の男に申し出る。
その目に宿った輝きを見逃すほど老いぼれた相手ではなかった。何を言い出すのか興味を持った褐色の肌を持つ王は、言葉を促した。
「何でしょう?どうぞ申してください」
相手を検分する瞳を向ける異国の王に、美しき銀髪の青年は促されるまま答えた。答えてしまった・・・・
「ザキーラ国王陛下のご息女ファレスティーナ嬢との婚約を願いたいのです」
一瞬の沈黙
「はっはっはっはっはっはっ何を言うかと思っておれば、とんだご冗談を!!」
馬鹿にして笑い飛ばす男に銀髪の青年はひるむことなく言葉を繋ぐ。
「冗談ではございませぬ。私は心より、いえ魂よりファレスティーナ嬢をお慕いしております!!!」
真摯に訴える、その姿から彼の誠実さが伺えた。
「会ったこともないというに何を抜かすか!!」
偽りの仮面が剥がれ落ちてゆく。
「お会いいたしました。昨夜、運命的にも、たまたま訪れた中庭でお会いいたしました。一目見てこの人こそ私の伴侶となる者だと思いました。今でもそれは変わりませぬ!!」
「ならん!!お前が惹かれている事などどうでもよい!!娘がお前なんぞに惹かれるはずがないのだ。娘の意思を無視するというのか!お前は!!?」
聞く耳を持たない国王の怒りの炎に油が注がれる。
「お父様、お待ちください!」
王の間にいたすべての者の視線が一点に集中する。その先にいるのは渦中の人物。
肌の色によく映える白く、細さを強調したドレスを身に纏う美女。この国の第二王女ファレスティーナ。
彼女が現れたことで事態は急速に進むことになる。
「わたくしはアルゼム様をお慕いしております」
まっすぐな瞳で父を見る、そして父の座る玉座の下に立つ彼を見た。
目が合うとほんのりと頬を桃色に染める。見つめる先の男もまた、はにかんだ笑みを作った。
その場にいる官吏たちは二人の間に流れるものが何かを感じとった。しかし
王により他人種を蔑む心を植えつけられたタルタスの官吏たちは快く思わなかった。それは当然、官吏だけではない。
「な、なんとゆうことだ!!我が愛しい娘が卑しい種の男にたぶらかされていたとは!!」
立ち上がり怒りの篭る声で騎士に命じる。
「摘み出せ!!!!その卑しい種をこの城からたたき出せ!!!!」
「そんな!お父様!!」
悲痛な顔で「やめて」と訴える娘を王はやさしく諭そうとした。
「お前は騙されているんだよ、この男はお前に相応しい者ではない。大地の恩恵を得られなかった哀れな人間が、大地の恩恵を宿すお前に相応しいはずがなかろう?卑しき人種なのだよ、無を思わせる白い色の哀れな人種なのだ。同情はしても良いが、同情から恋に変わってしまってはいけないよ」
父の瞳を向ける男にファレスティーナは涙ながらに訴えた。
「そんなの、間違っているわ・・・・彼はやさしい月の輝きを持っている。偉大な大空に浮かぶ雲と同じ白い色を持っている。私はそれが美しいと思ったわ。やさしい色だと思ったわ。何が卑しいというの・・・・?何が相応しくないというの?・・お父様・・・・・」
「直に分かる」
言っている間にもアルザートの官吏たちはタルタスの騎士によって王の間から運ばれてゆく。アルゼムは騎士の掴もうとする手を軽々とかわして玉座へと近寄ろうとする。
「ファレス!!!」
しかし背後から剣を抜き放つ音を聞き己の腰に手をやる、が剣はない。他国の王との対面時に武器の持ち込みは許されない。
警護をする騎士たちを除いては。
「アルゼム!!!!お父様っ!!!お願い、やめて!!!!」
若き新王は敵騎士の斬撃を容易くかわす、しかし敵は3人。分が悪い。
そこにタルタスの騎士を打ち倒したアルザートの騎士が現れ、敵と対峙する。
「陛下、お逃げください!!」
アルザート国第1騎士隊長ゼオン、第1騎士隊長は騎士隊全体の総長でもある。
「ファレス!!共に行こう!!!」
玉座の壇下は集まってきた兵士が取り囲んでいる、彼はその外から愛しき人を呼んだ。
「おいで」
優美に差し伸べられる手。
その手をどれほどにか掴みたかったか、どれほどにか彼の元へ行きたかったか。
それでもファレスティーナはためらった。
まだまだ幼い娘だ。父を、母を、姉を、国を、これまでのすべてを捨てる覚悟を持つにはあまりにも時間が足りなかった。手を伸ばし、引く、選択を迫られた手はその狭間で揺れ動く。
「わたくし、は・・・・」
宙を漂う手を隣に立つ父が受け止める。
「騙されてはいけない、あいつはお前を大地の加護の及ばない所へ連れて行こうとしているのだよ」
涙目で見上げる娘の頭をそっとなでると、その瞳を鋭いものに変え壇下を見下ろし指示を飛ばした。
「王女をあのような輩にやるわけにはゆかぬ!!殺せ!!!!」
「お父様!!!!」
いっせいに壇下を守っていた兵たちがアルゼムへと向かう。
「くっ、」
「陛下!!お逃げください!!」
アルゼムは襲ってきた兵の1人を気絶させ、奪い取った剣で応戦する。そのまま声を張り上げた。
「必ず迎えに来る!!!」
叫ぶ男の黒い瞳は一瞬だけ水色の光と交差した。
「どこまでも忌々しい奴だ!!!身の程をわきまえぬ無礼者に制裁を!!かかれ!!」
うなり声が響く、平和の崩れゆく音が勢いを増した兵たちにも怯むことなく、アルゼムはその場にいた兵の8割を地に伏せさせた。
だが奥の扉から兵が駆けつける音がする、まだ小さいとはいえど今にここまで到達するだろう。
「ゼオン、引くぞ」
「御意」
争いの音は次第に遠く離れてゆく、愛しい人が離れてゆく、自分が迷ったせいで。
王女は涙を流していた。父はそれをすぐになくなる感情だと信じて疑わなかった。
後日、アルザート帝王国はタルタス王国へ宣戦布告する。
表向きは「黒色人種による他色人種への迫害に終わりを告げるため」
事実は「王女への愛のため」
その後タルタスは以前よりも軍事に力をいれる。
すでに植民地となっていたカーサム国の北半分、そこから膨大な税を搾り取り、多くのカーサム国民が疲弊し死亡した。当然逃げ出す者もいたがタルタス国軍が国境を警備しているため成功者は数少ない。
アルザートは自国の平民からの税の取立てを重くし軍事力を強化していった。それと共に貴族社会にも異変が起きる。平民への重税に異を唱えた大貴族の失墜。それにより多くの心ある貴族家が影を薄くした。政治に興味の薄い新王はそのすべてを右大臣へと任せ、国家の平民への税は重くなるばかりだった。
そして3年の月日が流れた
アルザートには反乱軍と呼ばれる抵抗組織が生まれていた。
終わりが来るそのときまで F @puranaheart
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。終わりが来るそのときまでの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます