第17話 騎兵隊
「俺は殺したくなんかない、あなたを、あなたを殺すなんて!」
シラはふるふると頭を振る。
「でもやらなければ、やらなければいけないんだ。やらなければ―――――――――」
男は暗示のように言葉を吐き、震える指先を剣に伸ばす。
けれど手は震えていて、掴んだその場で剣は落ちてしまった。
室内には カラン カラン と
絨毯の敷かれていない石床に、鉄の転がる虚しい音が
何度も何度も続けて響いていた。
「シラ・・・・・・・」
剣は微かに振動し、高い音を室内に響かせている。
*****
「こりゃあ帰ったらガキ共に自慢できるぞ」
くすんだ茶の髪に、明るい茶色の瞳の兵士が話し始めた。
腰つけた男の下で、芽生えたばかりの芝生がつぶされて、
草の苦い香りを風に流している。
「何を?」
金の髪に薄茶の瞳をもつ、30代に見える男が
同じく芝生の上に腰つけて、丹念に剣を磨きながら答えた。
二人の背には、白塗りされた馬車の車輪がある。
車体は青を基調とし、白い模様が入っていた。
スイラは国の代表色として、国色を青にしている。
「今回の任務のことだ。女神様の初出陣に同行したなんて
殉職したとしても自慢できるぜぇ」
茶髪の彼は、名をブルートという。
豪快に笑うと、こきこき首を鳴らした。
「これは出陣じゃなくて、ただの社会見学みたいなもんだよ。
女神様も物好きな方だ。美人を近くで拝めるのは良いけどな」
金髪の兵士は、名をザインという。
彼も背中を車輪にあずけて座り込み、きゅきゅと愛剣を磨いている。
「確かになぁ。普通は、特に女なら、戦だ!って聞きゃぁ
遠くへ逃げる算段をするもんだ。フリア隊長みたいな軍人の女を除いてさ」
ふわりとくすんだ茶髪が風になびいた。
風は花の香りを伴って、ブルートの鼻孔をくすぐり、
ザインの鼻孔をくすぐって、彼の金髪を攫おうとしながら
次いで馬の方へと流れていった。
どことなしに、馬達の嘶きが楽しそうになった。
厩舎の準備が終わった兵達は、それぞれ雑談を始めている。
するべき仕事はほぼ完了していた。
残った仕事といえば、運ぶ人を待つことだ。
やることがないことは理解しているので、場を仕切るベリアルも黙認している。
ブルートはうんしょ、と掛け声をかけて立ち上がり、
話を続けながら馬車を再度点検し始めた。
「しっかしなぁ、さすがは女神さまっつか。綺麗な顔してたよな」
骨ばった手で車輪をぺたぺた触っていると、差したばかりの油が香ってくる。
ああ、と左からザインの声が聞こえた。
「ああ、幼くも見えるが、それなりの年だといわれれば納得しそうな・・・・・
年齢不詳なところがまた不思議で、魅力的だ」
キュと小気味よい音をさせて、剣を磨き終えると陽光優しい太陽にかざす。
反射した光が、ザインの薄茶の瞳に届き、眩しく目を細めた。
「おい、何の話をしてるんだ?」
グラッツだった。
離れた両目が特徴の、少しのっぺりした顔立ちの男だ。
魚のような黒い目をザインに向けて歩いてくる。
「別に、何も話してないよ」
さらりとザインが言った。
「嘘つけよ」
ごすと拳をザインにぶつけると、
彼の薄茶の瞳が面倒くさそうに見上げて。
「ブルートに聞けよ」
「あいつの説明は分かりにくいから嫌なんだ」
グラッツが言い切る前に、彼は脇腹に痛みを感じた。
「俺が何だって?」
いてぇと喚くグラッツを放って、
ブルートは、ザインと二人で会話を進めた。
はは、と笑いあう和気藹々とした雰囲気に、グラッツが喝を入れる。
「おめぇら説明しろい」
めんどくせぇ、と二人分の声が返ってきて、重ねて説明しろと言っても
なかなか説明はしてもらえなかった。
*
「それじゃ、そろそろ行くよ。もう準備も済んだでしょう」
許容量を超えた涙は、既に溢れ終えていた。
白い肌の中で目元だけを少し赤くしたシラは、随分と落ち着いた様子だ。
先程まで泣いていたとは、目元以外では察せない柔和な笑顔を
立ち上がった女性に向ける。
「お気をつけて」
「うん」
友の間で交わすような、気軽い言葉で返した女性は、
けれど顔には母のような優しい微笑を称えている。
ふわりと白いローブを翻し、彼女が歩を進めると
刺繍の入った端々が太陽の明かりを反射して、金と銀の輝きを見せつけた。
あえて見えないように上品に、けれど目に付くようにと輝く金と銀の糸は
清廉な美を創り出しているようだ。
ほう、と青年が見呆けていると
彼女はまたくるりと体を翻すと、フッと笑んで。
「また明日」
わっと桜が満開したように
シラは大仰と笑む。
「はい」
さぁっと一陣の風が吹き、花びらが一枚
小走りで去っていく美羽の後を、追うようにくるくる踊りながら流れていった。
紅い花びらの奥にある女性は、馬車の用意された場所へ向かっている。
「馬車、ですか。その方が良い」
シラの声は、今までに無い雰囲気を纏っている。
(彼女は戦い方も、乗馬も知らない女性だから)
だから護られていてください。と微笑んで
見送る姿が馬車に隠れて見えなくなると、立ち上がってどこかへと歩いていく。
辺りはすっかり夕の色に染まっていた。
馬の嘶きが聞こえた後に、がらがらと馬車の走る音が遠くへと消えていった。
すっと青年の口端が上がる。
「あなたを護りたい」
その瞳に嘘はなかった。
また一陣の風が吹き、赤い花びらがはらはらと流れていく。
*
「ベリアルさん。すみません、探しましたか」
その人物が現れたとき、ベリアルは渋面を顔に貼り付けていた。
見ただけで彼の心労がうかがえる。
「いえ、これから探しに向かおうと思っていたところです」
ならよかった。と金の瞳の人は微笑んだ。
ふと微笑を真顔に変えて、彼女は周りからくる視線の元を向いた。
向いた先では、青や水色の軍服を着た者が、さっと顔を背けた。
(しまったな。人目を忘れていた)
一瞬、美羽は眉間をひくりと動かした後、人が変わったように
すぅっと不敵に微笑んだ。
「そうか、ならよかった。もう出られるか?」
お偉い官僚のような軍人のような、居丈高な物言いが
彼女に考えられる、偉そうな話し方であった。
「やっぱり年齢不詳だ」
女神の登場で静まり返っていた中で呟かれたブルートの言葉は
聞こうと意識せずとも耳に入る。
聞こえていたらしい者たちが、皆そろって頷きをみせていた。
「準備は整いました。出発致します」
ベリアルという男にしては砕けた口調で、一日上司となった美羽に告げる。
聞いていた部下達が一斉に動きだした。
「ご苦労。それで、私は優雅に馬車旅行か?」
どこか残念な色の見える上司の姿に、
ベリアルは内心で何が不満なのか不思議に思いながら
「はい、国境までは馬車で半日ほどで着きますので、退屈なさることは無いかと」
心の読めない無表情の彼に、なんと訂正を入れるべきかと、美羽は言い方に窮した。
「そういう意味じゃないんだが・・・・・まぁいい。行きましょう」
居丈高な物言いと、丁寧なもの良いが混じる彼女の言葉を
見えないベリアルの内心は、不思議だと思っていた。
なぜ奇妙な言葉使いなのか、訊ねれば答えは聞けるのだろうか。
考えているうちに、彼の一日上司は馬車の中に収まっていた。
窓からは肩から上しか見えておらず、
彼女は小柄なのだと、今更ながらに確認した。
上司から目をそらして、赤銅の瞳を左から右へと動かしていく。
行進する列の形態の最終確認をする。
予定の通り、深い青色の軍服を着た騎士が
馬車の前と列の最後尾に分かれていることを確認した。
さらに彼は、女神の乗った馬車の後に続く
荷物や食料を積んだ馬車の周囲を見る。
青みの強い水色の軍服を着た兵士が、
二つの馬車を護るように配置されていることを確認すると
己も栗色の愛馬に跨って、夕日を左に走り出した。
騎士の中でも、ベリアルほど堅実に確認をしてから出発する者は数少ない。
ベリアル・セイレン、彼は慎重な人物として、騎士の中も認識されている男だった。
暗がり始めた空の中で、薄らぽっかりと丸い月が浮かんでいた。
月の元を走る馬車と並んで、赤い花びらがふわりはらりと流れていった。
馬車と流れる花びらを見つめる紅の瞳は、
まだ守護の意志を宿している。
*
王国騎士団
それは国内でも優秀な、強者達によって構成されているエリート集団である。
騎士団に入るには3つの方法がある。
1、貴族の者であり、年に一度行われる在籍騎士隊員との公式試合で
5試合中3回を勝ち取る
2、年に一度行われる国内大会において、数ある部門の中でひとつでも優勝する
(数種類の部門への出場も可)
3、各騎士隊長によりスカウトされ、王に認められる
また、どの方法であれ
見目が良く礼儀正しい、騎士の名に恥じない人物であること
この厳しい条件をクリアした者たちが王国騎士団であり、
騎士は多くの少年たちの憧れの的であった。
騎士は主に王や重役など、要人の警護や王城の警備などをしており、
王直々の命を受けて動く者たちである。
ただ近頃は、魔術士による医療魔術を目的に
辺境の町々に遠征へ行くことも多くなっていた。
そんなエリート集団の中でも、一際目に付くのは
男性がほとんどを占める騎士隊の中で
女性でありながらわずか16の歳で入隊し、20歳で隊長にまで登りつめた
現王国騎士団第5番隊の隊長を務めるフリティアン・サークリット
現在は21歳となった彼女は、銀髪に蒼い瞳をその目に宿す、若く美しき女性だ。
彼女は槍や薙刀に似た武器を操り、剣を武器とする男性騎士隊長にも引けをとらない。
男性に負けられないという意思のためか、彼女はハキハキした人物であった。
そしてダルという国境近い町に、
国内でも有名な女性騎士隊長の率いる第5騎士隊がやってきていた。
彼女らは今、この町を発ち隣町オートレへと向かう準備をしている。
第5騎士隊のもとにオートレへ向かうよう指示が来たのは、
女神が城に来た翌日の夕方である。
どれほどに離れていても、魔術の力で命令が写し出される
不思議な令状がこの世界には存在する。
何とも便利なその令状を各騎士隊長が持っており、それによって今回も命令が下されたのだ。
だけれど、彼らは神がやってくることは知らない。
なぜなら当の神が
「その騎士隊に私が行くことは伝えないで下さい。私は彼ら本来の働きを見たいのです。
けれど神が見ていると知れば、いつもと違う力を出してしまうかもしれない。
と思うのですよ。ベリアルさん」
と、それはそれは神々しく言ったせいだ。
よって令状には
『町に着いたら、翌日の昼まで町の中で英気を養うように。』
と書かれているので、夕方遅くに出発した美羽が町に辿り着くまでに
たとえ半日以上を要したとしても、戦には間に合うようになっていた。
「まだ出発できませんの?どうして皆はそんなにも遅いのでしょう。
私はとっくに終わっているというのに・・・・」
呟いたのは、噂の隊長フリティアン
通称フリアと呼ばれる彼女は、天才ゆえに挫折を知らない人でもあった。
何をしてもすぐにコツを掴みできるようになってしまう為
できないという経験の記憶がない。
「早くしてくださいね、私は終わるまで宿屋に戻らせていただきます」
何をするにも他人が自分より遅いことに、彼女はいつも苛立っていた。
苛立ちが募っていようとも、それでも優雅に見えるのは
彼女の貴族としてのプライドによるものか、彼女の美しさのなせる業か。
「はい。早急に終わらせます」
部下は慣れたもので、文句ひとつこぼさない。
それとも、美女には何を言われても気にならないのか、
真実をフリティアンが知ることはないだろう。
苛立つ隊長が駐在所からいなくなると、
人の話し声がぽろぽろと漏れてきた。
「隊長は苦労知らずでうらやましい」
騎士の一人が肩をすくめた。
「まったくだ。味方としては心強いが、敵にはしたくないな」
「確かに」
はは、と笑いあって
それぞれの持ち場に戻っていく。
しんとしたまま駐在所は時が過ぎ、
騎士がいなくなるのを待っていたかのように、
彼らが兵たちから離れていくと、若い男の声が漏れた。
「何なんだよあの女、自分が何でもできるからって」
若い兵士は嫉妬心を隠せないでいる。
「外観はいいんだけどな」
へっ、と吐き捨てる。
「俺は、悪い人ではないと思う。特別嫌うような上司だとは
思わないけどな」
隣から、これまた若い男の声が現れた。
「そうかぁ?ああいう世間知らずには、一度痛い目見せてやるのが
優しさってもんだと思わないか?」
「あんたとは話が合わないようだ」
「奇遇だな、俺もそう思うぜ」
フン、と鼻息荒くどこかへ立ち去っていく若い兵士と
ふん、と苦笑する若い兵士は
その後、不仲の人として、兵の中で有名になるのだった。
彼らの名は、カイクとサイク
名が似ていることが余計に嫌なのだそうだ。
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