第12話 旅路

こいつは今何を考え躊躇しているのだろう

揺さぶってみるか

「・・・・・・なぜ?・・・・・・・・・シラ・・・・・シラ、どうしてあなたが・・・」

こんなことを?



               ***



今日は3日に一度の稽古の日だ。

「いってきまーす!」

「リバー、無理するんじゃないよ!」

「はーい」

町にはお城の兵役を怪我や年で引退した元兵士の人が、3日に一度剣術を教える教室がある。

そこには将来兵士や騎士になりたい子供が集まっていて、俺もその一人さ。

「待ってろアル!今日はお前に勝って俺が一位だ!!」

稽古10回ごとに教室内での試合がある

俺かアルが一位になることが多いんだけど、今日は絶対勝ーーーつ!!!

「あれ?」

ダッシュで稽古場に向かってると、見慣れない2人が街に入ってきた。

今時こんな所に旅行なんて、変なやつら。

「なぁ、そこの人!こんな所に旅行?」

なんだか気になって声をかけると、振り返った人たちは子供を抱えてる。

はっはーん、なるほどね。

「あ。もしかして、かけおち?」

「え!?」

二つの声がはもった。

息が合ってるなぁ、やっぱり駆け落ちするくらいだもんな。

息ピッタリなんだな、うんうん。

「そっかぁ、かけおちってあれだろ?

 禁じられた恋を親に邪魔されて、せめてあの世では一緒にってんで、

他国で一緒に谷に飛び込むやつ」

「えぇ!!?」

女の人がすごい驚いてる。

でも砂色のローブを着た長身の方、たぶん旦那の方は驚いたりしなかった。

間違ってるのかな?正しいのかな?

「あれ?違うの?」

「ちがう、んだけど。まず駆け落ちの定義から違うとゆうか。

 駆け落ちっていうのはね、そんな過激じゃなくて・・・・」

「あたりです、駆け落ちですよ」

男の声が言い換えた。

「だから他の人には黙っていてくださいね?」

任せろ!って思いっきり頷くと、女の人が動きを止めた。

「あぁ、はい。そうなんです。まだ見つかりたくないんで秘密にしてもらえますか?」

にっこり笑って言われたら安心した。

「うん、でも谷には飛び込まないほうがいいよ」

この人たちが死んじゃうと思うと、すごく悲しくなった。

もう、知ってる人が動かなくなるのは嫌だな。

「は、はははは。ご心配なく」

笑って言われて、なんだか安心した。

へへへ、人助けできた。

「じゃ、俺これから稽古だから。宿屋はあっちね、今は客が来ないからすいてるよ」

見上げると、紅い瞳が見えた。

紅い瞳なんて珍しいな。綺麗だな。

「ありがとう」

紅の兄ちゃんは、よく見ると綺麗な顔をしていた。女の子達がいたら大変だ。

眼鏡の姉ちゃんもなんか良い感じだし、お似合いだな、うん。

なのにかけおちかぁ、若いのに大変だなぁ。

でも、落ちない駆け落ちって何だろう?

う~ん。

ま、いいか

俺もがんばって騎士になるぞー!






茶色の頭が離れていく。

遠くの茶が建物の中に入ったのを見届けて、赤ん坊を抱く女性が口を開いた。

どこからともなく流れてくる香ばしい香りが、三人の鼻腔をくすぐる。

「駆け落ちって・・・・そういうものなのですか?」

香りの元を突き止めるように、黒髪の女性が辺りを見回しながら訊ねる。

馬の手綱を持ち直した青年が小首をかしげた。

「そういう、というのは?」

「谷に落ちるとか」

(駆けてって落ちるって意味なら納得できる・・・気もするけど)

青年を見返す瞳には、純粋な好奇心が宿っている。

聞いた青年が破顔した。

「ははは、そうですよ。あの子供も良く知っていましたね」

妙に明るく笑う青年を、切れ長の瞳が横目に見た。

何の言葉も訴えない瞳は、そのまま腕の中の子供に視線を移す。

近くの民家からもれてくる食事の音が、二人の足を動かした。

お昼を食べに宿へ行く、というシラの意見に美羽が賛同し

馬を引き連れて土の道を進んでいく。

ふと、美羽が思い出したように口を開いた。

「そういえば、駆け落ちカップルだと思わせる必要があるんですか?

 そこまで目立たないようにする必要は、ないんじゃないですか?」

納得のいかない表情の彼女に、シラは笑って

「ははははは、面白いからいいじゃないですか」

話を終わらせる。

美羽は怪訝に眉をひそめるが、軽く肩をすくめると薄く笑った。

「まぁいい、それで?宿には泊まるんですか?」

「いいえ、宿では食事だけを。その後に軽食や飲み水を補充して出発しようと思います。

 少しでも早くお連れするようにとの命令ですし、この近くでもうすぐ戦があるのです。

 巻き込まれる前に出たいのです」

「ここも戦場に?」

白い顔から血の気が引き、青くなる顔にシラは慌てて訂正する。

「いえ、隣国同士の争いなのでここはならないはずです」

そう。と言ったきり無言で歩を進める彼女に、シラが案じる視線を送る。

視線に気づいたのか、眉を上げて少し驚いたように笑う。

「まぁいいや、とにかく急ぎましょう。私も早くお城に行ってみたい」 

笑顔に変わった美羽に、青年は同じように笑い返した。

「はい」




食事を終えてから、この世界に不慣れな私は、買出しをシラに任せて近くの森に入った。

魔術なのかもわからないけれど、杖を使いこなせるよう練習するためだ。

やっぱり人目を避けるべきでしょう?

練習始め、杖に声を出して命令していたのだけれど、念じるだけでも平気だった。

どうにも、無意味に声を出していた自分が恥ずかしい。

ここにシラがいなくてよかったぁ、なんて考えながら、

熱くなった頬を手で冷やして練習を再開した。

意外と簡単に空を飛べた。近くにある物も飛ばせたし、風を起こすこともできた。

でも火や水などを作り出すことはできない。

「やり方が違かったりするのかな・・・」

他のやり方を考えていると、深く落ちていた思考を呼び戻すように

幼い声が聞こえた。

あーぁーと、レオンがやりたそうに手を伸ばしてくる。

お。この子

「やりたいの?」

ただあーあー言っているレオンに、

どうせだから杖を持たせてみた。「ぅーあー」とか言いながら杖を振り回し始めた。

小さなレオンが振り回せるほど、杖はとても軽かった。

「おっと」

危うく鳩尾にヒットするところだったじゃないか、もう

何がしたいんだい?レオンちゃん。

と顔を近づけてみても、きゃっきゃっと楽しそーに無邪気に笑い続ける。

でも何も起きない。

「フフフフ、残念でした」

ひょいっと杖を取り上げる。

「美羽さん、おまたせしました・・・?」

ぷにぷにと、杖を取り上げられてつまらなそうなレオンの頬をつついていたら

シラの声が聞こえて硬直する。

振り向くと片手に荷物を抱えたシラが不思議そうに見ていた。

若干顔に血が上るのを感じながら、弁明を試みる。

「レオンがやってみたそうだったから、杖を持たせてみたんです。

でも何もおきませんでしたね」

あはは、と気を持ち直すように笑ってみたら

とりあえず喋らなければ、と思った。

「あと、私空飛べました。

高いとまだ不安定だけど、低ければ結構なスピードで進みますよ。

 だから城までは飛んで行こうと思うのですが、どうでしょう?」

努めて冷静に言葉を送り出すと。

言葉を受け取ったシラは、こちらの動揺には気づいていないのか気を使ってくれたのか

真剣な顔で少し考え

「確かに、その方が助かります。私も馬で走れますし」

「じゃあ、そうしましょう。レオンは任せてもいいですか?

 私が抱いていて落としたら大変ですから」

あははは、と既に動揺が消えた私が笑うと

シラもふわりと微笑んだ。

本当、男なのに綺麗な顔だなぁ。

「わかりました、もし馬で走った速さで進めれば明日の夜には着けると思います」

そう笑って言うシラは、やっぱりどこか無理をしているように見えたけど、

また私がそこに触れれば隠そうとするだろうから、今はまだ見守るしかない。

けれど、いつか救いたい。いつか、きっと

でも、

戦争となれば、この考えは恐ろしく精神の負担になるだろう。

救いたいと思う心は、残せるだろうか。



            ***


スイラ国とアルザート国の国境に近い町、ティス

そこからスイラの首都サリアまで行くには町を二つ通過することになる。

ある日、ティスとその一つ目の町リスボをつなぐ道沿いに住む人々の間に、

一つの噂が広がった。

曰く「白い服を着た女が宙を飛び、馬に乗る男をすごい速さで追いかけていた」

あれは幽霊だろうか魔術師だろうか

住民の噂は膨らみ「夜道を歩くと宙に浮く女に追いかけられる」という怪談となった。

 


「・・・・・シラ」

砂色のローブを着た金髪の青年と、薄茶色のローブに身を包んだ黒髪の女性が

宿の一階で夕食を取っている。

「はい?」

「ものすごく、恥ずかしかったんだけど」

整った顔で整った笑顔を、向かいに座る青年へ向ける女性は

片方の眉だけを器用にひくひくと痙攣させる。

それでも動く手は止まることなく、さくさくと卓上の食事は数を減らしていく。

「はははは、すみません。あの道を通らないと行けないのです」

シラと呼ばれた青年が、可笑しそうに笑い

上品な所作で手元のスープを一口、口元に運び喉を通す。

「林の中を通るとか、できなかったんですか?」

黒髪の女性は変わらずさくさくと食事を進め、片手間に話を進めていく。

連れる赤子は、お腹いっぱいになると眠ってしまい、すでに部屋にいた。

「林では、馬が走ると危険です」

「そうだろうけど・・・・」

納得がいかないのか、女性は小さく嘆息し、終わった食事を小奇麗に卓の隅に積み重ねる。

片付ける店の者にとってありがたいことだ。

不機嫌な顔で頬杖をついた女性の向かいで、青年が一口パンを口にする。

厨房からなにやら視線を感じ、シラが振り向くと

女性が二人、黄色い声を上げて奥に消えていった。

紅い瞳は不思議そうにきょとんとする。

噴き出したような笑い声が聞こえて、青年は視線を連れの方に戻すと

そこには口を押さえて堪えるように笑う美羽がいた。

ますます状況がわからなくなった青年は、けれど楽しそうな美羽を見て穏やかに微笑んだ。

「まぁいいや。でも明日は嫌だ」

意図して作ったであろう、確固とした口調の女性の声が響く。

けれど端々が笑いに震えていて威厳はない。

「しかし、そうなると王都に入るのが遅くなります」

食事を終えた青年が、美羽を真似て不器用に食器を山にしていく。

片付ける作業が不慣れなようであった。

「シラは馬で道を通って、私は林を抜ける。

シラの位置が見える所を通れば迷わないだろう。

 林のなくなったところでは仕方ない、道を進むよ。

 それで、林を通っているときは速度を落としてほしい。見失ったら大変だから」

かちゃかちゃと、青年の手元で音をたてる食器を横目に眺めながら

笑いを過ぎた口で、つらつらと出てくる計画と要求に青年が内心で感心する。

「わかりました。残念です、あの速さなら明日の夕方には着けたのですが・・・」

「悪いね、助かるよ。それからシラ、もう寝ますか?」

「いいえ」

答える青年は、不思議そうに眉を顰め小首をかしげた。

「なら乗馬を教えてください」

ああ、と低い声が得心した声を漏らす。

「いいですよ」

にっこりと二人揃って笑顔を向け合い、意思が伝わったことを確認しあう。

二人同時に立ち上がると、乗馬の練習に向かっていった。



              *


あぁ、疲れた。

一言ぼやいて、ベッドに突っ伏す。

田舎町の宿だけど、これがなかなかに柔らかい。

真っ白い布に突っ込むと、ベッドからぼわんと反発が返ってくる。

地面の上で着の身着のまま寝ていた昨日とは全然違う。

私も出世したものだねぇ。

ベッドの柔らかさをしみじみと感じてから

数秒程度たつと起き上がって、ぼんやりとレオンの寝顔を見た。

可愛い寝顔を見ると、穏やかなものが心内に生まれてきて

やっぱり子供って癒し系だな、などと思う。

不慣れな夜中の乗馬訓練は、予想以上に大変で

終わると集中力が切れ、思っていた以上に体が疲れを訴えてきた。

外からはまだ微かに馬の嘶きが聞こえている。

夜中の訓練のせいでまだ寝ていないんだな、と思うと少しばかり申し訳なく思う。

思い出してみると、さっきまでの自分は、結構情けない状態だっただろう。

夜の訓練は視界が暗く不安だったのだ。そのせいで姿勢は悪くなり、

背筋を伸ばすようにとシラに何度も注意をされた。

自信を持たない馬乗りの言葉には、馬もなかなか耳を傾けてくれなかった。

情けないことこの上ない。

あぁ、恥ずかしくて顔が熱くなってきた。

でも、シラの教え方はわかりやすかったな。

彼のおかげか、だいぶ走れるようになったのだけれど、まだまだシラには追いつかない。

彼は乗馬が得意らしく、走るのが速かった。

自分で言うのもなんだが、

私は器用貧乏だから明日には走って行けるようになるかと思ったけれど

飛んで林を抜けたほうが早いだろう。

明日はシラを見失って迷わないよう、注意して進まないと。

さてと、寝ようか。

もそもそと太陽の香りのするふかふかベッドに体を埋めると、

杖の化けたベビーベッドが丁度隣に見えた。

すやすや眠るレオンは、幸せそうな顔をしている。

しかし、

いったいこの子は、どれだけ眠れば気が済むのだろう。

赤ん坊って泣きじゃくっているイメージだったのに、

この子はひたすらに眠り続けている。世話する身としては楽で助かりますよ。

寝る子は育つというものが本当なら、この子はすごい育つだろうね。


 

              *


月が満ちている。

静かな明かりを闇に零す月が、窓を超えて眠る人を優しく照らしていた。

輝きを反射して長い黒髪が艶やかに光る。

隣り合う窓には、眠れない青年の頭で金が輝く。

月の明かりを浴びて、強い金色は静けさを纏い、穏やかに青みを帯びた姿で停止していた。

止まっていた金糸がさらりと揺れる。

真っ白のベッドに座する青年が頭を左へ動かし、感情の入り乱れる瞳を静かに止める。

瞳には、ただただ壁だけが映り込む。



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