第11話 穏やかな笑み
今考えると、私は疑おうとしなかった。
疑いたくなかったんだ
こいつは苦しんでいたから
苦しんでいる人は、私にとって大切な救うべき人だから
***
「そういえば、」
気になっていたことがあった。
「私の目って金色なんですか?」
端的に尋ねると、こちらを向いた顔は驚いたように目を丸くし、眉を上げる。
理解できていないか。説明が足りていないな。
「あぁその、向こうにいたときは黒、というかこげ茶色だったので」
私の色認識を伝えれば、得心したように一つ頷く。
「なるほど、こちらに来て色が変わったのですね。
今は見事な金色ですよ、さすがは神の色と呼ぶべきか、そのような色見たこともありません」
ふわりと笑うこの人の目は
「綺麗な紅い目ですよね」
「え?」
突然の褒め言葉のせいなのか、また驚いて呆けたように開いた目は、とても綺麗な澄んだ紅色。
この世界にはこんな綺麗な瞳の人がたくさんいるのだろうか。
「この世界には何色の瞳があるのですか?」
「え。あ、そうですね・・・・・・まず一番多いのが茶色です。
それから蒼、緑、黒、灰色、赤茶色といったところでしょうか。
たまに紅い瞳の者もいるのですが」
色彩豊かな世界のようだ。
はぁ、と感心した溜め息をついて呟く。
「ぜひ見てみたい」
私は黒ばかり見てきたから。
顔を馬が向くのと同じ方向へ向ける。左の耳が笑いを含んだ声を聞き取った。
「町に着けば緑と灰色ぐらいまでは見られると思いますよ」
正面に、緑の林に囲まれる曲がり角が見えた。
へぇ、と言いながら正面に向いていた顔を動かし周囲を見渡す。
光溢れる木々の一つがざわついたかと思うと、何か小動物が地面に飛び降りたようだった。
「へぇ・・・髪は?金が多いのですか?」
一度金髪の青年に視線を戻し、問う。
彼を挟んだ先の林に、差し込む優しい太陽の明かりの下
鹿のような獣がいた。
子連れの鹿は、こちらに気がつくと背に光と影を交互に浴びながら林の奥へ消えていく。
自然と頬が緩んだ。
「いえ。やはり茶色の者が多いですね、
次に黒、赤、オレンジ、金、銀。他にもいるかもわかりませんが」
「へぇ、面白いですね。私のいた所は黒髪がほとんどでした。
瞳は・・・良くわかりませんけど」
思い出すように思案してみると、目線が上に上がる。脳みそと相談している感じ。
瞳の色の種類は、日本に居る限りでは良く解らない。
碧眼は良く聞くけれど、緑色の瞳の人がいるとも聞くし・・・
ぼんやりと考えていると、今度は聞き役だった相手が興味深そうに
「やはり異世界から来るという予言は本当だったのですね。
情勢は?お国の軍は強かったのですか?」
この人の関心があるのは軍関係か・・・。
無駄な思考を中断して、紅い瞳を見返す。
にっこり笑い、言ってやった。
「私の国は戦争放棄しているのですよ」
でもニュース番組で聞いた限りでは、自衛隊ってすごくハイレベルな装備をしているらしい。
私が戦争放棄と言うと、シラは今迄で一番盛大に目を見開いた。
フフ、驚いてる驚いてる。
良い反応だ。面白い。
*
俺は耳を疑った。
「戦争を放棄している!!?」
信じられなかった、そんな国が存在しているなんて。
「はい、私のいた日本という国のほかにも一国、戦争放棄をしている国があるそうです。
その国は日本より長く放棄し続けているとのことですよ」
そう言って笑う希望の神は、穏やかな顔をしていて良心が痛んだ。
それでも何とも無いかのように、自然のままの表情を勤めて話を進める。
「そんな、その様なことが可能なのですか・・・・・・
さすがは神の国、良い人間ばかりの世界なのでしょうね」
そう言うと、希望の神は眉根を寄せて、苦く笑う。
「そうなら、どんなにいいか」
苦い顔を隠すように、顔を前に向き直して話を続ける。
真っ向から見据えてくる瞳が無くなって、少し心が楽になる。
「おそらく私の世界もこの世界も、住む人間に違いはありません。
己の欲望のために他人を陥れる者が大勢います、それでも戦争を放棄していられるのは
かつておきた戦争の犠牲者があってこそ、もう戦争をしたくないと皆が願っているから」
顔は見えないけれど、真剣な表情をしていることが感じ取れた。
彼女は淡々と、聞き取りやすい速さで言葉を続ける。
「多くの犠牲と時間をかけて、やっとつかんだ平和です」
犠牲をかけたと言うけれど
それでも今は戦争がないじゃないか、醜い国の争いがないじゃないか。
その国が夢の国ようであることに変わりはない。
「羨ましいです、我が国もなれるでしょうか?国の争いに弱者が巻き添えをくらわぬように」
そうなってくれたならどんなにいいか、強要されることなく自由に生きることができるなら。
つい問いかけてしまった俺の方へ金の瞳が振り返った。
「そのために、私がいるのでしょう?」
ニッと笑う顔は悪戯を達成した子供のようで、かわいらしい。
「っ――――――――――」
さっきもそうだ、突然笑って俺の心をかき乱した。
『神隠しの森』の異名で知られる神の森沿いの村で見つけたときは、
彼女の表情は無表情に近く、軍人のような印象をうけた。
だから安心しきっていた。
心のない非情な者だと思うことができたのに・・・・・
人と思うな、これは人じゃない。人じゃない!
いつか、殺さなければいけないのだから。
なぜ泣きたくないと言ってくれなかったんだ。
苦しみたくないとさえ言ってくれれば殺さずにすむのにっ――――――
国を、裏切らずにすむのにっ――――――
溢れる気持ちが言葉になって、喉を越える
「なぜ――――――」
「え?」
音にするのを止められなかった
「なぜ・・・苦しむことを選んだのですかっ。
その子に任せればいいものを、なぜっ!?」
相手の顔を見られない。
いつか自分が色を奪わなければいけないその顔を。
最後の声は悲鳴のようになっていたかもしれない。
「そうしたら、この子はどうなるの?」
目の前の女性は微笑んだ。
困惑の表情をしたのは一瞬だった。
「この子が苦しむことになるのでしょう?そんなこと私は望まない」
きっぱりと、反論を許さない強さの声で言い切る。
「私にとって、誰かの為に何かをしてあげられることは幸せなことなんです。
求められるなら、最高だ」
フッと鼻で笑う、不遜な笑みだった。
「この子のために、レオンの為に犠牲になれと言うのなら、受け入れましょう」
犠牲になることを受け入れると言う。
その声には何の躊躇の色もなかった。
認めたくなかった。
希望の神がそんな人間であって欲しくなかった。
せめて嫌だとごねてくれたなら、救うために手をかけるのだと思えるのに。
「でも生きることを、幸せになることを諦めたわけではありませんよ。
運命など、私がいくらでも修正してやる」
神は笑う、不敵にその目を輝かせて。
俺には無い強い瞳の輝きは、不思議な魅力を放っていた。
あぁ、だめだ。俺には殺せない
この人を・・・殺したくない。
殺してはいけない。
*
何故か変に静まり返った旅は、静かで気楽というよりも居心地が悪い。
何か話題がないかと探してみたら、大事な話題を見つけた。
「そういえば、まだ名前を教えていませんでしたね」
すっかり忘れていた。
相手の名前を聞いておいて自分は名乗らないなんて失礼だ。
「・・あ・・・・そうですね、なんと申されるのですか?」
シラはさっきの悲鳴に似た声を出してから元気がなかった。
何か思いつめているように見える。
「美羽といいます、家名は鈴木です。鈴木美羽」
「すずきみう・・・・ですか、やはり変わった名前ですね。 家名が前なのですか」
「はい、こちらでは後ですよね?シラ・ラフィートということはラフィート家ですか?」
シラは気がついたように薄く笑った、無理をしているように見える。
「はい」
「つらいですか?」
「え?」
突然の質問に紅い瞳がこちらに向く。
理解不能、と驚いた顔がやっとこちらを向いてくれた顔だった。
いや、ごめん。驚かれるだろうな、と考える前に言いたくなっちゃって。
「さっきから苦しそうです。つらいなら、休みましょう?」
そう言うと眉根を寄せ、下を向いてしまう。
「いえ、平気です。行きましょう」
上がった顔はこちらを見ることなく正面に向かい、進む速度は上がる。
「速いし・・・・」
乗馬に不慣れな自分としては、速度を上げられるのはいわゆる修行と同義に当たる。
何とかくっついていきながら思う。どう考えてもこの反応は妙だ。
さっきまでは国を想い活き活きしていたというのに、
まるで我慢の限界がきたかのように元気が無くなった。
なにか嫌なことでも思い出したのだろうか?
とりあえず、彼の気持ちに整理がつくまではしばらく黙っていよう。
かっぽかっぽと進む馬の足音だけが耳につく、
次第に耳が慣れてくると、森から聞こえてくる動物の声が静かな旅に色を加えていた。
それから10分ほどたっただろうか、体内時計だからわからないけれどようやく町が見えてきた。
左前方を進むシラが立ち止まり、荷物をあさりながら私が追いつくのを待っている。
「神、これを着てください。その服は目立ちすぎる」
言われて自分の姿を見下ろした。
水色のワンピの上にジャージ、素足にスニーカー。
そしてシラを見る。
砂色のローブの上にポンチョみたいな布を羽織り、
軍服のように茶のズボンを黒いブーツに入れている。
現代日本の服装が妙にコラボレーションした、日本でも人前に出ることは避けたい私の格好と、
西洋美術のようなシラの格好を比べてみれば
おそらくこの世界でも私の格好は異常だろうと推測できる。
確かに目立ちそうだ。
いつもの癖で、口を隠すように手をあてて考えていると
シラが白と薄茶で作られた服を、上にブーツのような茶色の靴をのせてずいっと差し出してくる。
私は受け取り、ついでに言った。
「・・・その呼び方はよして下さい。名を名乗ったのだから名前で呼んでほしい」
言うとシラの目が泳いだ。
「では、美羽様」
「様では目立つのでは?」
またまた目が泳ぐ。
苦労させて申し訳ないけれど、様は慣れないから止してくれ。
鈴木様、なら聞き慣れているけど、病院の待合室みたいでなんかイヤ。
「・・・・では、美羽さん?」
はい。と返事をする。
意見を受け入れてもらえて嬉しかったのと、
困惑しているシラの顔がかわいらしくて、返事をしながらほほえんだ。
「そこの林で着替えていただけますか?」
こんな道端で着替えるつもりはもちろん無かったから一つ頷く。
「わかりました、すぐ戻ります」
レオンのチャイルドシートがしっかりとまっていることを確認してから馬を下り
光が差し込む明るい林へと入っていった。
頭に当たる柔らかな日差しが安心感を誘い、自然と薄く微笑んだ。
林を進みながら考える。
シラの話から推測するに、これから私は兵を率いることになると思う。
腕の見せ所か。
軍師をやらせてほしいな。私はスポーツでも敵を翻弄することが得意だったから。
策を練るのは大好きだ。
わざと隙を作っての敵の誘い込みや、フェイントが得意技。
そのせいか、兵法書にまで興味をもち高校生のときに孫子の兵法書を読んでいるという
変わった女子高生をやっていた。
読むだけで満足していたのに、まさか役に立つ時がくるなんて
備えあれば憂いなし、を体現したみたいで少し面白い。
渡された服は白い布地に薄茶色の刺繍のあるローブだった。
シラのものより手が込んでいるが薄茶の刺繍なので確かに目立たないだろう
時々外を振り返って、シラが覗いていたりしていないか、
そして何か野生動物とか襲ってこないだろうかと警戒しながら着替え終わると
脱いだ服を持って道へと戻る。
馬上から地に下りていた金の輝きが目に入ると、不思議と安心した。
紅い瞳と視線が合って、なんとなく思いついたことを笑いながら言ってみた。
「フフフ、やっぱりあなたは真面目ですね。覗いたりしなかった」
「え!?」
おそらく予想だにしていなかった言葉に驚いたのだろう。
目を丸くした童顔を見たら、悪戯心に火がついた。
「あれ、覗いていたんですか?」
少し小首をかしげて聞いてみると
シラの白い肌が赤く染まっていき、焦りだす。
・・・・・面白い。
「そ、そんなことしていません!」
狼狽した青年に不信の目を向ける。
「そう、ならいいんですけどね・・・」
信じていない、みたいに言うとシラは動揺の色も露に悲しそうな顔で首を振る。
「誤解です!そんなことしていない」
あぁ、よくある反応だけれど面白い。
でも私もこんなことされたら同じになりそうなのが、癪だ。
「わかってますよ。さ、行きましょう」
さすがにそろそろ良心が痛んできたから、話を切り上げて大人しく待っている馬に近づいていく。
「・・・・・」
私の「覗かれていないか不信に思っている」とは思えないような態度に、シラは一度呆然として
次いで険しい顔をする。
あ・・・なんか、怒ってる?
まぁ元気にはなったみたいだから、よかったよかった。
フフ、と笑って馬に乗ると
「これを」
能面のような無表情の顔でサングラスを渡してきた。
受け取り、馬上から疑問のまなざしを下に向けるが紅い瞳とは出会わなかった。
視線のあわないまま彼は歩き出して、歩きながら言葉を紡ぐ。
「神だと知られると騒ぎになる」
なるほど、そういえば金色の瞳をしているんだった。
「・・・怒ってます?」
軽やかに騎乗したシラを窺うように見て言うと、ちらりとこちらに視線をよこす。
「・・・・いいえ」
やっぱり怒っているかもしれない・・・まぁ、そのうち直るでしょう。
人の良いシラのことだから、問いかけに返事が返ってくるならもう大丈夫だろう。と
勝手に問題を終わらせていたら
隣からごそごそと、荷物をあさる音が聞こえてきた。
これまでの彼の行動を考慮に入れたら何をしているのか察しがつき
「レオンのものはいりません、乳母車の日よけを下げますから」
子供用のサングラスを捜しているのだろうと思った。
どうやら当たっていたようで、シラの動きが止まり顔が上がる。
この様子だと彼はもう、先を読まれた会話に慣れているようだ。
先読みされて気味悪がる人もいるから。変に嫌がられなくて良かった。
「乳母車・・・・・どのような形ですか?」
「あ、そっか、こっちとはデザインが違うかもしれないんですね」
少し目を丸くし感心してから、私が乗る馬と彼の馬と間の地面に降り立って、
更にレオンを馬から下ろすと杖を乳母車に変えた。
駄目だろうかと問うまなざしを地上から送った先では、
シラが真面目な顔で乳母車に視線を落としている。
「だいぶ違いますね、それに乳母車自体が一般の人には珍しいのです。やはりこれをつけてください
それよりは目立たないと思います」
どうしても目立つ旅はしたくないようだ。
何事も目立つと面倒だから私も苦手。ということで大人しく従う。
そしてレオン用のサングラスを受け取って小さな顔に引っ掛けた。
きゃわきゃわと楽しそうなレオンが、一瞬で起きた視界の変化に驚いたあと
更に楽しそうに笑い出した。
恐がったりしなくてよかった。
町はもう目と鼻の先、赤ん坊を抱えたまま馬を進めても辛くない距離だろう。
杖を乳母車から杖に戻そうとしたけれど、
杖もまた目立ちそうなので腕輪に変えて馬の鞍に手をかける。
レオンを抱えながらは乗り上がれなくて一人もがいていたら、シラがレオンを預かってくれた。
太陽がまだ昼間だと伝えてくれる時刻。
私たちは追い風に後押しされながら
町へと向かう。
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