第10話 すれ違う思い
あのときの選択を後悔したことなど一度もない。そしてこれからも無いだろう。
なぜならそれは、私の願いにとても近いことだったから
後悔する動機が無い。
***
何はともあれ、憶測しないように理由を聞こう。
「どうゆう意味ですか」
予言師はひとつ頷き型の良い口を開く。
「わからないのも無理はないでしょう。貴女は今この世界がどうなっているかも、
何を求められているかも、わからないのだから」
自然と眉間に力が入った。
まるで私が異なる世界から来たと言っているかのようだ。
この人はいったい何所まで見通しているのだろう。
「それは、この世界のために苦しめと言いたいのですか?」
私かレオンに苦しめということか。
私の棘ある問いかけに、予言師は少し辛そうな顔になる。
「はい、貴女とその子供にしかできないことなのです」
紅い瞳が私の後方へ向けられる、視線の先にあるのはレオンの乗った乳母車だろう。
というか、異世界から来たって所の解説は無いんだ・・・・
まぁいいけどさ。
私が不思議に首を傾げると、彼は更に説明を続けた。
「あなたは我々にとって神族と呼ばれる存在です。何よりもの証拠がこの森から出てきたこと」
シンゾクって、何?
親族ではなさそうだ。雰囲気からして、伸属でもなさそうだし
神(しん)族、か?凄い名だな。
しかも証拠がこの森からってことは、
「あの街が関係するのか?」
目線を何所にもピントを合わせず、記憶を手繰りつつ口にする。
あの街が神族とかいうのに関わりがあるのなら、数々の不思議にも納得がいく。
シラはうれしそうに微笑んだ。
「はい。街があるのですか、ぜひ一度見てみたい、さぞかし美しいでしょうね」
珍しく、面倒な感情の混じらない純粋な好奇心が男の表情に表れた。
私は微笑んで答える。
明るい話題を膨らませる努力をしてみよう。
「連れて行きますよ」
「残念ですが、それはできません。あそこは神族とそれに似た者しか入れない」
そう言って再び真剣みを帯びた表情を作ると、視線が合った。
やっぱり綺麗な目だな。感情がたくさん隠れている。純粋な好奇心は消えてしまったけれど。
で、私が神族とかいうやつなら
「この子は?」
背後に追いやっていた子供を覗き見る。見えた先でいつもの寝顔に出会ってほっとした。
「似た者です。この世界の変動の時期に現れるという」
そして詩を歌いだす。
清涼なその声は、なぜか心に詰まる音をしていた。
悲しみが 苦しみが 憎しみが 絶望が
血を流す 涙を流す 世界の涙 命の涙
混乱の渦 極まりし時 神現れる 二つの所に
悲しみは 神が消す 苦しみは 神が消す
憎しみは 神が背負う 絶望は 神が背負う
血を流す 涙を流す 四つの涙 神は二
ひとつは希望 ひとつは未知
未知は変わる 未知は変わる 二つの未知に
神の育て子 害をなす子
希望が笑う 未知は迷う
希望が泣く 未知は希望に
神は二 運命は二 選ぶは希望 始まりは希望
姿は同じ 金の瞳 黒の髪
「これが予言の詩です。希望があなた、未知が―――」
「この子か」
再び、近頃愛おしく感じるようになってきた可愛らしい寝顔に視線を送る。
予想以上に面倒な運命を持っていそうな子供が、小さく吹く風にあたたかな寝息を送り込んでいる。
シラは苦笑した。
「動揺がありませんね」
今度は私が苦笑する番だった。
無意識に自嘲するような、鼻で笑う音を作っていた。
「そうゆう性格なもので」
彼はまた申し訳なさそうに眉をひそめた。瞳からは申し訳なさが拭えていない。
そんなに苦しまなくてもいいのに。この人、自虐タイプか?
「これを聞くのは、酷な事なのですが・・・・・・・・・・」
少しでもその心痛を和らげられるように、私は微笑んで言葉を紡いだ。
「私が泣けばいいのでしょう?私が泣けばこの子は迷わない。迷えば悪魔になる可能性が出てくる、
心が、壊れるのかも知れないですね。それだけは避けたい」
シラは目を丸くする。
そんな表情も綺麗に見えるのは、それはもう彼の才能だと言い切るほうが気楽かもしれない。
「―――――以外です、神族とはいえ、元はただの人間だと・・・・・なぜ?
他人のために、そんなにも簡単に自分を・・・・捨てられる?」
まるで信じられないと言いたげに、怒りをも含んだ眼差しで聞いてくる。
微笑が自嘲として受け止められたみたいだ。
怒ることができるということは、この人は自虐な性格ではないな、
自虐する人は他人を怒ったりしないで自分を戒めるから。
彼の申し訳なさそうな表情の出所は優しさからか。他者の苦しみを理解しすぎているのだろう。
所詮は他人であることを忘れては、いずれ心が耐えられなくなるぞ。
「捨ててなどいませんよ。皆のためでもありますが、私を救うためでもあるのですから」
言った意味が通じるとは思わないけれど、本気なのは伝わると思う。
シラの思考が私の望みを容認することを祈ろう。
沈黙が流れる。
なんだかさっき言ったことが綺麗事のような気がしてきた。さっき言った内容って、
私は犠牲精神です。という意味にもとれる。
そんなの性に合わなくて、なんだか体がむずがゆくなった。
じっと見つめてくる瞳には感情が入り乱れている。答えが出るまではまだ時間がかかりそうだ。
乾燥も湿りすぎもしていない風が、ぶわっと顔に吹きつけてくる。
花のような香りを嗅ぎ取って、始めて春の香りを感じ取った。
今、春なのか。
目の合わない眼を見つづけるのも飽きて、視線をレオンに移したとき
「わかりました」
息をつく音のあと、容認の言葉が紡がれた。
戻した視界の中で、上方の青い空を鳥が数羽森から林の方へと飛んでいくのが見えた。
北へと向かう鳥たちは、林の上まで進んで行くと一羽一羽順々に姿を消していった。
「あなたに来ていただきたい所があります、ついて来て下さい」
そう言って紅い瞳は私の目を逸れ、下に向かった。
ピントすらも合っていないだろう紅い円が再び起き上がると、決心のような意志の輝きが宿っていた。
でも私には、宿った決心が強い意志には見えなかった。
「わかりました」
先程の彼と同じ言葉を言って、微笑んだ。誰だって笑顔を向けられて嫌な気にはならない。
私の可もなく不可もない顔がつくる微笑みは、彼のこころを少しでも楽にすることができるだろうか。
微笑みかけた先の青年は同じように微笑み返してくれた。少し無理しているのは見逃そう。
このシラという人は、過去に自分のせいで誰かを亡くしたのかもしれない、と思った。
もしくは何か、抵抗できない力の前に屈したのか・・・・
あの一度だけ見せた怒りは、そんなものだった。耐えきれずに溢れたものだった。
だからこそついて行った。優しい人なのだとわかったから。
それに何かを知っている人間に会えたこと自体、奇跡的に運が良いと思ったから。
***
「何をなさっているのです?」
銀糸が舞う。快活な速さの足音と共に、耳の上を覆い流れ両肩に零れる髪が
風に乗っては無重力を魅せる。
立ち止まった女の髪は止まることなく揺れていた。
深い青色の軍装に身を包む女が見上げた赤銅色の頭の奥に、開け放された窓が見える。
赤銅の髪が風に流れながら姿を消すと、前髪と瞳に赤銅の名残を残す顔が現れる。
普段無表情なそれは
昔なじみの彼女にだけは僅かな感情を見せる。
「フリアか。準備はもうできたのか」
「ええ、つつが無く完了したわ」
「そうか」
特にそれ以上の興味は無いのか、彼女と同じ服を着て、適度に焼かれた健康的な小麦色の肌の男は
再び彼女の視界から消えようとする。
「何をなさっていたの?」
動いていた円を描く赤銅色が止まり、再び銀髪の女を見返す。
男は、少女の頃からこの女性は少々つった目をしていたことを思い出した。
「いいや、特には何も」
少年の頃から妹のように接してきた従兄妹、フリティアン。
誤魔化そうとするほど彼女の追撃は鋭くなったことを思い出した。
「また嘘をおっしゃるの?」
昔は小首を傾げて『本当に?』と言ってきたというのに、
いつの間にか攻撃的な態度で追撃してくる。
美しく成長した従兄妹は、逞しく成長していた。
「嘘など言っていないよ、フリア」
後頭部に柔らかな風が当たり、長くはないが短くもない髪が左右に別けられている感覚がする。
「では、何故そのような顔をなさっているのですか」
赤銅色の瞳が見開かれた。
上げられた瞼は短い時間と共に伏せられてゆき、先程と変わりない大きさに戻る。
「悪いが、普通だ」
木々をも超えた高さから降る色の無い光は、全てを透過する磨き上げられたガラスを通過した。
薄い灰の色にも見える銀髪は陽を反射しきらきらと光り輝いた。
「辛そうだわ」
輝きは憂慮(ゆうりょ)の声を紡ぎだす。
「そう見えるのなら、そうなのだろう」
銀と同じく陽に照らされた赤銅は、茶の色が隠れ赤の色が引き出されている。
突き放すような声は、しかし何の効果も生み出さなかった。
「また苦令なのでしょう?」
銀と赤が陰って消える。
高い位置にある窓の外で、鳥が太陽を横切っていた。
再び輝きだした銀糸と共に
女は声を発さない男の言葉を待つ、ような謙虚な気持ちは持ちあわせていなかった。
「ベリアルは隊長なのですから、指令に反対することもできるのよ?」
「その位知っているよ」
フリティアンの言葉に返ってきた従兄妹の言葉は力強いものだった。
「知っていて従っているの」
男の声と重なりそうになる程、素早く言葉が返された。
嘆息と共に淋しげに小さくうつむいて、碧い(あおい)瞳が隠される。
きつく一つに結わえられた銀糸の髪は、女の心中とは裏腹に陽の輝きを反射していた。
「愚かしいわ。べリアル、己が何をしているのか分かっていないのですか?」
「我が国に必要なことを行っている」
確固とした声は昔と変わらぬもの。
けれどかつての彼からは感じられなかった不快を伴って彼女の心に響いた。
「それはなさらずとも良いことです。昔の貴方なら決して従いはしなかったはずよ」
「あの頃の私は、愚かだった」
昔と変わらぬ、しかしあまりに違う馴染みの声が
異様に彼女を苛立たせた。
「今のベリアルの方が、愚かよ」
棘の含む澄んだ声が、歯切れ悪く零れ出る。
「フリアも変わったな。昔はそのような、他者を傷つける物言いはしなかった」
少し悲しそうな、それでいてどこか自分を卑下する赤銅色の瞳に
碧い瞳は怒りに燃えた。
「心外だわ。如何してわたくしの言を聞き入れては下さらないの!」
早口になりそうな声を理性の力が押しとどめ、澄んだ声はなんとか貴族らしさのある声色を保つ。
銀と赤の輝きがその心中を表すように再び光を失った。
空高く輝く太陽は、高すぎる為に雲に遮られ隠される。
光源が無くともまだ光を帯びる銀髪は
髪に隠れる耳が嘆息の音を聞き取ると、頭につられてさらさらゆれた。
「弁明すら、なさらないのね」
「悪意ある言葉に耳を傾けるつもりはないよ」
ベリアルの平坦な、けれど他者の心を荒ぶらせる声が、外から入り込む小鳥のさえずりに混ざった。
心に与える影響の違う相反する音は、フリティアンを後押しする。
「まるでジェームス閣下のお人形ね」
嘲る(あざける)ように吐かれた言葉に、赤銅色の眉がひくりと動いた。
「失礼が過ぎるぞ、フリア。あの方は私を理解して下さっている。
人形などと同じにされる筋合いは無い」
熱心な宗教信者の如き言葉の熱に、涼を表す碧い色が諦めたように伏せる。
「堂々巡りね。」
涙を堪える子供のような、悔しさを溜めた笑顔がつくられていた。
赤銅色の瞳は罪悪感から逃げるように正面から逸れる。
「もう何も言わないわ。では、わたくしは任がありますので失礼致します」
一息に言い終えると男の脇を通り過ぎ、強い意志の宿る碧い瞳はまっすぐ先の窓を映し出す。
かつかつ と響く軍靴の音が、開いた窓を通り外気に触れた。
中の音は外の空気に紛れ込み、音は次第に掻き消えていった。
***
太陽の熱を右上から感じながら道を進んでいった。
シラの言う連れて行きたいところ、というのは私が行こうとしていた方向にあるようだ。
奇妙な偶然が愉快に思えた。
予言師シラは馬を二体連れていて、私も何とか乗って進んでいる。
乗馬経験なんてメリーゴーランド程度だけど、シラの指導のもとなんとか歩かせることはできた。
馬での移動が楽かというとそうでもない、けどまぁずっと徒歩よりはましだろう。うん、そうであってくれ。
乳母車になっていた杖は、今レオンを馬に乗せるチャイルドシートになっている。
ちなみに、私の前にこちら向きでくっついていて、
珍しく起きているレオンがわたわたと動いては楽しそうにしている。
楽しそうで何よりだけど、落ちそうで心配になり馬の進みが更に遅くなっている。
乳母車をチャイルドシートに変えたとき、この予言師はあまリ驚かなかった。
驚かないのか?と聞くと、この世界には魔術があるのだと丁寧に教えてくれた。
この杖も魔術なのだろうかと思って、魔術はどうやって操るのかを聞いたら
『魔術は術師の意思で操り、精神で安定させると聞き及んでおります。
どんなに操ることが得意であろうとも、精神が弱くては術はすぐに暴走し、
制御のできなかった力が術師を襲うことになるそうです』
とのことだ。物騒な力だこと。
つまり、この杖は一応のところ私の意思が操り、精神が安定させているということなのか。
でもさらに聞いたところによると「杖」なんて持っている魔術師は見かけないそうだ。
力の制御補助みたいなものは無いのか訊ねたら、
『私は魔術について詳しくありませんが、魔術制御の補助道具というものは聞いたこともありません』
だそうだ。
じゃぁこの杖って何ですか?という疑問が生まれて話は終わった。
まぁいいや、これが何なのかはいずれ解るだろう。
解らなければ調べれば良いだけのことだ。
落ちないだろうかと心配で、正面に居るレオンを見ていると小さな手を伸ばしてきた。
バランスを崩してしまいそうなほど伸ばしてくるから、慌てて握り返す。
小さな手は折れてしまいそうなほど軟らかく、熱いくらい温かい。
ぎゅっと握ってくる手が私の心までも暖めてくれるようだった。
ぎゅっと握って放してくれない上機嫌なレオンのせいで、私は前屈みの、腰が痛む体勢になる。
腰よりもレオンの笑顔の方が大事だからさほど気にならないけれど。やっぱりつらい。
旅の間、レオンの肌に優しいとはお世辞にも呼べないような、水洗いの布オムツは
シラが持ってきた新しい太陽の薫りのするものに変わっている。
更にシラは離乳食まがいの物まで持ってきていた。おかげでレオンは上機嫌なのだが
納得いかないことが一つある。
「私たちが一緒にいるとご存知だったのですね」
なんとか指を開放してもらい、痛む腰をさすりながら
ピンと背を伸ばしてシラを見る。小さく、動揺の見える反応があった。
「なら、この子の母親を助けることもできたのではないのですか?」
わざと怒りを含めて言う。横から見えるシラの横顔が苦しそうに歪んだ。
やはり、彼の性格からして助けないのは不本意だったのか。
「確かに、できました」
硬い表情のまま、ノイズ混じりの低い声が返ってくる。
「けれど、あの森の位置する場所は私の仕えている国ではないのです。
兵を連れてくれば戦争が始まってしまう」
それだけは厭なのか、深みのある声だった。深い声色のまま
それに、と続ける。
「その母親が亡くなることも必要な運命だったのです」
なるほどね、理解はできる。
でも、冷静になり、冷えている私の心でさえも不快を表した。
私は軽く睨みつけて言う。
「私がこの子を育てるために、か」
紅い瞳は細められ、感情を押し殺した横顔が見えた。
見ているだけでも痛々しい。
予言ができるからとこの人を攻めるのもお門違いだし
問い詰めるのはやめよう。
話題を変えようと、別のことを聞いてみた。
「なんで私が神呼ばわりされるの?」
でも声が尖っていたのは私の自己操作ミス。
悪いな、シラ。私のせいで更に苦しめてしまった。
「貴女は異世界にて生まれた、神の力を次ぐことのできる唯一の者だからです」
そして、と言いご機嫌の良いレオンに視線が移る
「この子供はここで生まれた、あなたの力を次ぐ者です」
根本的な部分が分からないが、とりあえず全部聞いてから訊ねよう。
この子は、と続ける。
「あなたが死んだとき、もしくはあなたの意思でのみ力を継承する。
けれどこの子は誰にも継承できません、神に『似た』者なので」
『神』と呼ばれる力を私は持つことができて、この子も同じということだろうか。
でも二人の存在は微妙に違う、と
「なぜ似た者なの。同じではないの?」
力についてより、そっちの方が私の疑問を呼んだ。
風が吹いてシラのまっすぐな金髪がさらりと舞う。乱れた髪を片手でさっと直して
事務的な堅い表情のまま説明を続ける。
「異なる世界にて生まれ生きていたことで、あなたはこの世界との肉体的、精神的違いがあることが
神と呼ばれる由縁です」
なるほど。と呟いた
頭を働かせている反面、表情に変化をつけるのを忘れていた。
気を抜くとすぐに冷たい人間に逆戻りしてしまう自分は、扱いがたく面倒だ。
でも、自分の操縦はリセットできないゲームみたいで面白い。
「異世界の者だからここでは少し異質なのですね」
普通じゃない、という事実は自分が特別みたいに聞こえて嬉しい反面、孤独感があった。
何事にも二面性があるのだな、と思いつつ感情の無い言葉を返す。
何の動揺もない反応が変に感じたのか、それとも揺れる気持ちを隠している様に見えたのかどうかは分からないけれど、シラは堅い表情を消し、苦笑した。
「そんなところです」
続けて『神』とやらがどんなものなのか聞いてみたら
とてつもない力をもっているらしい、という事以外はわからない。との答えが返ってきた。
しかもどこで継ぐのかと問えば、私が既に持っているはずだと言う。
うそぉ?というものが私の感想。既に持っている力なら、変幻自在の杖ぐらい。
なんてしょぼい神様だよ。
つまりのところ、一番大事なところについてはよくわからないままだ。
でもこの男はまったく心配をしている雰囲気がなく、揺るぎ無い信じる心があった。
予言というものはそれほどまでに確実なのかと思わせる。
未来が解る人生というものは、希望をなくしやすいのではないかと思った。
何をしても結果が見えるから、人生がつまらなく感じるのではないかと
でもこれにも二面性が見える。
未来がわかるからこそ、より良い未来に変える事ができる。
結果が解るからこそ、改善策が見えてくるだろう。
私も予知夢というか、正夢をたまに見るときがあるから、昔にもそんなことを考えたことがあった。
残念ながらそれほど重要とは思えない未来を見せる私の予知夢は、
ただ単に現実の世界で夢と同じ状態になった時に、間違った生き方はしていないのだな。と
安心するくらいしか使い道が無い。
だからシラの気持ちはあまり理解してあげられないけれど
この確信の色濃い顔を見て推測する限りでは、上手く折り合いをつけて生きているようだ。
心配する必要もなさそうだな。したところで余計なお世話だろうけど。
「それで、私をどこへ連れて行くのですか」
「あぁ、申し訳ございません。説明が遅れました」
風は東から吹いてきていた。私の方を向いたシラの髪は向かい風にあたって
後方へそよそよとなびいている。
代わりに私が髪を片手で軽く押さえつつ、ゆっくりと道を進んで行く。
「北に在るスイラという国へ来ていただきたいのです」
来ていただきたいって、すでに連行中じゃないか。
「スイラは良い国です。戦争国家が8割を占める今、戦争回避に全力を注ぎ
回避できない場合にのみ軍を出すのです。王も、とてもできた方なのですよ」
そう話す姿は嬉しそうで、その国をとても誇りに思っているのだと伝えてくる。
先程とはうって変わって笑顔の多い顔は、見ているだけでこちらまで嬉しくなった。
「けれど、他の国々に比べて兵が弱い」
型の良い二つの眉が寄る。
さらさらと髪を引き連れて、左右に首を振りつつ悲しげに嘆息した。
「当然です、何度も死線をくぐり抜けてきた敵国の兵たちと比べることがおかしい」
仕方ないと諦めているように聞こえるけれど、認めたくないという思いが伝わってくる。
兵力の差は、戦時においての勝算を図るのに重要な項目だ。
弱ければそれだけ負ける可能性が高くなる。
この世界の現状が日本史でいう戦国時代のような状態ならば、兵の弱さを危惧するのは当然だろう。
弱ければ弱いほど強い力に恐れ、その反面恐怖心から脱したい一心で強く求めてしまう。
「それで私を連れて行くのですね」
一瞬だけシラは怪訝な表情を見せた。でもすぐに真顔になり頷く。
すこし先読みし過ぎたか。
「はい。まず私が、予言師として名のある私が呼ばれました。
そして王に戦乱の世界はいつまで続くのだ、と問われあの詩を伝えたのです。
王も国の者たちも皆、平和を期待し喜びました」
そして、と僅かにノイズの入った声が続く。ノイズがあるといっても
毒の染み付いた醜いノイズじゃなくて、聞いていて耳に優しい音。
「王は私に貴女を探してくるよう命じました。
幸い、別の予言であの森から現れると分かっていましたので
今こうしてお連れすることができるのです」
「なるほど」
予言の御陰でサバイバル生活は終わったのか。ありがとう、予言。
ここでずっと疑問に思っていたことを聞いた
「あの、ひとつ聞いてもいいですか」
「はい、なんでしょうか」
「予言とはどの様にして知るのですか」
実は神より何より、そこが一番気になっていた。
そんな不思議現象、疑問に思わず何を思えというのだ。
シラは少し考えた後
「聴こえてくるのです、歌が。知りたいことばかりではありません。
歌は突然聴こえてきます。
私の意思とは関係なく、ね」
つまり生まれ持ったものだということか。
予め決められた人生なんて私は嫌いだ。人によっては楽で良いと思うかもしれないが
彼の言い様からして、シラも私と同じタイプだろう。
生まれたときから予言師になることを決められて、夢を諦めたりしたかもしれない。
だから思ったままを言っても反感は買わないと判断して、素直な気持ちを伝えた。
「それは、つらいでしょう」
今の同情は演技ではない。
今は昔と違って他の人には及ばないが、同情することができるようになっている。
シラは私の反応をみて、感情の無い冷めた目をした。
「同情ならいりません。されても嬉しくありませんから」
正直、ものすごく哀しい。
同情するのって、すんごく大変なんだからね。こんなに同情できたのだって努力の成果なんだから。
これは、同情しつつ達成感を感じていた私への報いなのかもしれない。
同情して達成感を感じてるなんて、良いことには思えないもの。
きっとそんな悲しい思いが顔にも出てしまったのだろう
「あ、す、すみません。傷つけるつもりではなかったんです」
はっとして意識を取り戻したのか、つい言ってしまったといった感じで弁解してきた。
彼に悪気は無いとわかっているから、私自身それほど傷ついていない。
だから安心させるように
「あぁ、いえ。気にしないで、驚いただけなんで」
と言ってみたけど、シラは申し訳なさそうに口を開いては閉じ、弁解の言葉を探っている。
お陰で気まずい沈黙が流れた。いや、元はといえば私の読み違いがいけないんだけど。
「気にしないでください。傷ついたわけではないので」
そう言い、意図してにっこり笑った。
笑顔は人の心を和らげてくれるから、この気まずさも和らげてくれるだろう。
効果は抜群だった。シラは意表をつかれたのかぼうっと呆けた顔をしている。
綺麗な童顔が更に幼くなって、子供みたいでかわいらしい。
意表をつかれた時の表情はその人の地が出て面白いから好きだ。
面白ついでに、今の表情でシラが悪い人でないこともハッキリした。
「それなら良いのですが・・・・・・」
そんなことを考えてたせいかは知らないけれど
視線を逸らされた。更にこちらへ向いていた顔を前方に戻す。
首を動かした時に、一瞬苦しんでいる表情が見えたのは気のせいだろうか。
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