第9話 予言
街に入ったとたんに赤ちゃん『レオン』の泣き声がした
(あぁ、やっぱり起きてたか。オムツかご飯か、寂しいのか)
どれだろう?などと考えながら置いてきたところに駆け戻る
私にとって人を救うことは生きがいだ。
私には私の心を救う方法がわからない。だけど別の誰かを助けてあげたとき、
心の苦しみを少しでも取り除いてあげたときの、あの表情
あの希望を取り戻した表情は私の気持ちを軽くする。「本当によかったね」と心から思う
その喜びが、私の救い。「誰かを救う」ことが私の救い。
だから婦人警官になろうとした、身長154cmは受験資格ぎりぎりな上に、
勉強は嫌いであぶなかったけれど。
でももう関係ない、ここは異世界
それに今の私にはレオンを救うことがすべてだから。
今太陽は街を出たときよりも少し高いところにある、
長くても2時間ほどしかたっていないが、レオンが起きて一人だと気づくには足りる時間かもしれない
足元で淡い緑の草を踏み分けながら進んだ先で、泣き続ける赤ん坊を抱き上げる。
「ごめんね寂しかった?もう大丈夫だから、安心して」
やさしくあやすと泣き止んで、何もなかったかのように笑い出した。
寂しかったのだろう。
「まったく、かわいいことをしてくれる」
軽く苦笑しながらその姿を見下ろした
(今更、街すべてを見るわけにはいかない
せめてあの神殿っぽいところだけ見てから、村から続く道を辿ろう)
腕の中に居る子供は、悲しいことなど何もないかのように笑っている。愛らしい子供だ。
「よしよし、じゃあ一緒にあの神殿に行ってみよう」
そう言いながら倒れないようにバランスをとって立ち上がった。
何気に赤ん坊って重いな。
子供の重みを負担に感じつつ、まだ見ていなかった一番大きな建物へと足を向けた。
その神殿は近寄っていくほどに、その存在感を見せ付けてきた。
次第に見えてくる装飾の数々、繊細な細工でできた建物は
触ると壊れてしまうのではないかと心配になるほど装飾過多だ。
これ装飾品を積み重ねたんじゃないかと思うほど、支えになる柱まで装飾されている。
でも何か、あの建物からは引き寄せられるような感覚がする。
もしかして、人がいるのかな。
野生の勘、当たるだろうか。
入り口らしき正面に着けば、その巨大さに圧倒された。
あまりの巨大さに見上げてみれば、
見上げた先には美しい植物の装飾。職人さんの根性が垣間見えた気がする。
首がつる前に定位置に顔を戻して、私は街で最も大きく最も美しい建物の中へと足を踏み入れた。
その中はまるでダイヤモンドで埋め尽くされているかのよう。
やっぱりあるのは、生きているかのような植物の装飾品たち。
装飾品は大小さまざまにあり、
きっと美意識の在るモノが設計したのだろう、室内をうるさすぎない程度に程よく飾っている。
室内一杯に在る装飾がキラキラと輝いてはいるものの、それは目に痛いものではなく
やさしい輝きを持っていて、虹のような穏やかさが在る。
入ってすぐに進むべき道が分かった。
『真っ白い巨大な扉』
それが入ってすこし先、目に見えるところに佇んでいる。
扉には何も装飾がされておらずただただ真っ白い巨大な扉があった。
周りがキラキラと輝く中でただ白の色だけを誇示する姿は
周りに侵食されない確固とした力を見せてくる。
この先には何かある
そう思わずにはいられなかった。
腕の中のレオンが恐ろしそうに顔をうずめてきて、何かがあるのだという思いに拍車がかかる。
「面白い。何があるのか覗かせてもらおうか」
ちょっとだけ、チラッとね。
白い扉に手をのせた。触れた先はひたりと冷たく滑らかで、石なのだとわかる。
扉に取っ手はないから、きっと押せば開くのだろう
扉と繋がっている手のひらに力を込めて、曲がっていた肘を少しづつ伸ばしていく。
音もなく扉が開いた。
僅かに開いた扉の隙間から中を覗くと
見えた先には台座
その上に丸い白く輝く玉が置いてある。
「なんだよ、つまらん」
何も出てこないじゃん
思ったほどすごいことが起きなくて、がっかりしながら開いた隙間に両手を入れる。
掴んだ手に力を込めると、扉を最大限にまで開き台座へと歩いて行く。
腕の中で、躯を固くする感触がうまれた。目線を下げてみるとレオンがより一層縮こまっていた。
少し罪悪感がよぎったが、その真っ白の玉が気になったので
すぐにここから出ることを心に誓い
早足で台座へと歩いていく。
やっぱりというべきだろう、台座にもまた装飾が施されている。
胸の下辺りまで植物を模した土台が伸び、その先にバレーボールほどの大きさの
白い球体が乗っている。
淡い光を放つ白い玉の色は、何ともいえない魅力があった
ずっと見ていても飽きない。
雲を凝縮してガラスの中に閉じ込めたかのような、でも液体のような滑らかさのある流れが見える。
触ると何か起きるだろうか。この球体に閉じ込められた白い世界の中に変化はあるだろうか。
いつまでもここに居るつもりもないし、何か起こるなら早くしてほしい。
だから躊躇することなく、球体に手を伸ばした。
例えるなら「ガラスの風船が中の空気に耐えられず弾けた音」
玉に手を触れた瞬間、そこには亀裂が入ることも弾ける事も無く
ただ音だけが生み出された。
僅かに残る球体に触れた時の感触は、ほのかに温かかったと記憶している。
音と同時、玉から放たれた白い光が私に『入って』きた。
そう、まるで砂漠の雨が大地に吸い込まれるかのように
一瞬にしてそれは入ってきた。何の苦痛もなく
「・・・・・何?」
腕の中のレオンは見ていなかったのか、さっきと同じように縮こまっている。
「何なんだ?」
―――――――
答える者はいない。ただ
私の「玉に触れた手」には白いシンプルな杖が握られていた。
握った記憶は無いけれど、驚いた瞬間、反射的に玉を掴もうとしたのだろう。
その結果掴んだのは杖だったようだが。
「何だよ、説明ぐらいあってもいいじゃん」
こういうありえない状況になると、大抵誰かが説明に来るもんだ。
そうだよ、神様みたいな人が出てきて「世界を救いなさい」とか言ってくるんじゃないの?
訳分かんねぇ。
まぁ、苦痛も無かったから許してやる。
一応周囲をぐるりと見回してみるが、ざっと見て怪しい物は見当たらない。
目の前にあった玉の代わりなのか、己の手の中にある美しくも装飾の少ない杖を眺めながらふと思う。
「どうせなら乳母車が良かった」
あぁ、乳母車。あの長そうな道のりを、私はレオンを抱きながら進むのか
リアルに乳母車を想像してみる。
確か、乳母車という物は、上げ下げ自由な赤い日除けとかついてて、
見目良い車輪がついていて、スーパーのカートを美化したみたいな押し手がついていて、
全体は白かったりするんだよね。勝手なイメージだけれど。
杖が薄白い光を放ちだした。
驚いて、上を向いて乳母車を想像していた目を下に向ける。
下げた目線の先には、私の右手に押し手を握られた乳母車があった。
こ、これは
「すごい・・・・・想像すると形が変わるのか?ラッキー」
幸運とはあるものだ。
早速レオンを乗せようと思い、気がついてみたらさっきから大人しい腕の中を見てみると、
緊張が解けたのか、レオンはいつの間にかすやすやと眠っていた。
穏やかな寝顔を見ていると心が洗われる様だ、無意識に顔が綻んで
起こさないようにそっとレオンを乳母車に乗せた。
がらがら、と杖が変形したらしい乳母車を押しながら外へ向かう。
台座の間を出てからちゃんと扉を閉めましたよ。
(外に出ると何か変化があったりして)
などと期待して入り口の扉を開けた。
が景色はまったく変わっていなかった
ちょっとがっかりしながらも、街を抜けて森へと向かう。
さすがに森の中を乳母車で通るのは無謀だったので、
杖に『戻れ』と命じそうになったけれど、いろいろ試してみたくなり
「飛べ」
すると乳母車は宙に浮かび私の顔の高さほどになる
「すばらしい。なんでもありだね」
そして森を抜けていった。
一度だけ、世話になった街を振り返って
相変わらず深い森の中を通りながら、レオンのことを考えていた。
レオンはなぜ狙われていたのだろう。
なぜ敵はあそこまで徹底的に殺そうとしたのだろう。結局それは失敗に終わったが・・・・
私は杖に声をかける
「日よけをもっと下まで下げてくれ」
言葉を合図に、先ほどまで見えていた寝顔を隠し乳母車の日よけが降りた。
これで、これから人に会っても、あの髪や瞳の色でばれることはないだろう 。
森を難なく通り抜け、村にでると乳母車を地上に降ろした。
再びガラガラと乳母車を押して、今度は舗装のされていない村を通り抜ける。
行き先はもちろん、北への道だ。
辿り着いた道には、けれど先程来た時にはなかったものがあった。
砂漠色のローブを着て、フードをかぶる怪しさ満点の男。
男と判るのは、単純に背が高いから。背の高い女性もいるけれど、
そういった女性にあるひょろっとした細身の気配もないし。
「こんにちは」
男はこちらに気がつくと声をかけてきた。
ほんの少しだけノイズがかった綺麗な声だ
「こんにちは」
なんだこいつ、とは思ったけれど
なれない土地で動揺していても仕方が無いから
特にいつもと変わらない調子で挨拶を返した。
男が笑った
おかしいな、笑われるようなことはしていないハズだけど。
「フフフ、この状況にもう馴染んでいるとは・・・すばらしい適応力ですね」
変だ、なぜ私がここに慣れていないと知っているような話をする。
乳母車を背後に隠し、大学のサークルで習った合気道の構えを軽くする。
眉根を寄せて、表情までもあきらかに警戒しているように変えた。
「あぁ、警戒なさらないで下さい。私は貴女に話があって来たのですから」
男の白い手が頭に伸びて、ふわりとフードを外す。
フードの無くなった場所には金の色。
金髪の毛先を首に触れる程度に伸ばした中に、素顔が現れた。
白く澄んだ肌の上部には紅い瞳、目がパッチリしていて幼く見えるが年下ではないように思う。
根拠は、背が高いからじゃありません。えぇ決して、
近づいたら見上げるだろうな、と思ったからじゃありません。
高い位置にある顔は少しだけ彫りが深く、整った顔立ちをしている。美しいな、美術館に来た気分だ。
「何の話だ?」
紅い瞳にはまっすぐな輝きがあるのに、奥深くに淋しさが見え隠れしている。
この人も苦労しているんだな、がんばれよ。
とりあえず、素顔を晒したということは私に用があるということだろう。
でも、私は何も分からないのに相手は何でも知っている。という構図が気に入らない。
から、問い詰めてみよう。
私の問いに男はフッと微笑んだ
「あなたがここではどのような存在であるかを」
突然そんなこと言われても、信用ならない。
不信に目を細めて目力を込めた。
威圧感がでてればいいのだけれど。
「名を名乗れ」
私が問いかけると、
男は恭しく体の前に片腕を横切らせて、軽く会釈しながら声を出した。
「シラ・ラフィートと申します」
「シラ?」
それは昨日兵士たちの話に出てきた予言師の名だ、女かと思っていた。ちなみに老婆
「あなたの言った予言で、この子が殺されそうになったのですね?」
この人が何者であるかの説明は必要なくなったから、
そこを省くように自分のもっている情報を伝える。
すると、シラと名乗った男は意表を突かれたように驚いた顔を見せた。
「もう知っておられましたか、それは弱りましたね。隠しておこうと思ったのですが」
「そんなことを言っていると、ますますあなたが信用できないのですが」
この人、たぶん素直な人だな。悪役とか絶対できなそう。
予言師は肩をすくめた。
自嘲気味な顔の表情と、思案している瞳。
「ははは、よく言われます。お前は一言多い、と」
「なら直しなさい」
「手厳しいですね」
話がずれてるんだけど。
この人、間抜けな気がする。まぁ、別に嫌いじゃない。
警戒するのも馬鹿らしくなって、一つ息をはいた。緊張が少し抜けた。
「それで、私の存在っていうのは?」
「あぁ、そうでした。あなたには選択してもらわねばなりません」
「選択?」
男はこれまでの陽気そうなふざけた顔をやめ、真剣な顔になる
この時ばかりは、微かに揺れていた紅い瞳も定位置に定まっていた。
「あなたが苦しむかその子が苦しむか」
耳に心地良い男の声は、嫌気がさすほど快調に聞き取れた。
どっちも嫌だ。
三つ目の選択肢を選ばせてくれ。
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